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硝煙の幻想郷《ファンタジア》  作者: 日之浦 拓
第八章 青い人
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007

 その後の旅は、順調だった。力の使い方を理解した私にとって、周囲に生息する魔物はどれも大したことの無い存在だ。実力を遺憾なく発揮して敵を駆逐し、己の有用性を示していく。それはしっかりと彼にも伝わったようで、私の戦いぶりを見ては楽しそうに口笛を吹いたりしていた。


「私たち、なかなかいいコンビじゃない?」


「ああ。これなら町まではあっという間だろ」


 私の言葉を、彼もまた肯定してくれる。実際私たちの息の相方は素晴らしかった。銃使いである彼の戦い方が手に取るように解る(・・・・・・・・・)私にとって、彼に合わせることは造作も無い。苦労どころか戦いを楽しいと感じられる程の余裕をもって、私たちは町まで辿り着いた。


 懸念していた登録証(ライセンス)の再発行に関しても、特に問題はなかった。「私」と私のずれはもうすっかり無くなっていて、協会の人に問われる質問にはすらすらと答えられた。もっとも、もともと魔術(マギ)技術(テクニカ)の複合技術によって個人を特定しているものなのだから、事情聴取など最低限の儀礼的なものでしかない。出された小皿に血を垂らし、それを機械が(マリィ)だと認めたら、それでおしまいだ。費用も道中の魔物狩りで十分に賄えたし、登録証(ライセンス)を取り戻したことで預金も使えるようになった。これで例え一人になったとしても、もう何の懸念も無い。


「ふふっ。ありがとう。ねえ、せっかくだし食事くらいご馳走させてもらえないかしら?」


 とはいえ、一人になることに不都合が無いことと、一人にならなければならないのとは違う。ここで彼と急いで別れる必然性は何処にも無いし、世話になったのに言葉でお礼だけ、というのはあまりに不作法だ。

 だから私の口から不意に飛び出したこの言葉は、例え私の意図していなかったことだとしても問題無い。むしろ言うべきだったことを本能が先取りした形なんだから、手間が省けたとすら言える。


 そのまま楽しくお喋りして、お酒を飲んだ。家族のことを聞かれた時は少しだけ胸が痛んだけれど、それも一瞬のことだ。私と彼は逢瀬を続け、やがて日が暮れ、彼は私を静かなお店へと誘った。


 正直、そういうことなのだと思った。私だって大人の女だ。誰彼構わずついてくような女ではなかったけど、これだけの恩義を感じ、好感を抱く相手の誘いならば否やは無い。でも、彼は私をそう言う目で見ることは無く、そのまま静かにお酒を飲んでいた。


 ゆっくりとした時間が流れる。無言の時だったからこそ、私は改めて自分の事を考えていた。


 目的が見えない。自分の向かうべき先が見当たらない。帰るべき場所も、待っている人も、もう私には残っていない。ならばこのまま根無し草として掃除人を続けていけばいいのか? ふらふらと宙を漂って、いずれ何処かに根を下ろすまでたった一人で流され続ければいいのか? その生き方は何だか違う気がする。少なくとも今の私には、それを楽しむという気持ちがない。


 今この瞬間。彼との時間が終わりを告げたその時から、私には本当に何も無くなってしまう。マリィ・マクミランという名前(きごう)を背負ったままのらりくらりと生き続けることが、本当に私のしたいことなんだろうか? それが、私の望む未来なのだろうか?


「ねえ、ドネット……」


 知らず、私は彼の名を呼んでいた。ちょっと前に会ったばかりの人間に、こんなことを話されたって困るだけだろうに。


「何だい、マリィちゃん?」


 彼は私をマリィちゃんと呼ぶ。彼以外に、私をちゃん付けで呼ぶような相手はいない。両親ですらとっくに呼ばなくなっていたのだから、それは彼だけの呼び方だ。その特別さが、私には嬉しい。


「私……どうしたらいいのかしら……?」


 それは彼に向けた問いであり、自分に向けた問いでもあった。両者の違いはただ1つ。彼の方は答えを貰ってないが、私自身は「わからない」という救いようのない答えを出してしまっていること。


「そうだな。とりあえず原因でも探ってみたらいいんじゃないか?」


「原因……そうね。それは……知りたいわ……」


 だから、明確な答えを出してくれたことは驚きだった。もっと曖昧な答えを予想していたし、そうであれば私はきっとこのまま何処かに消えてしまっていたんだろう。でも、彼は答えを出した。私に道を示してくれた。


「私は……歩き続けられるかしら…………」


 それだけで十分だった。だから私のこの言葉に続く答えは「君なら大丈夫さ」のはずだった。そう言ってもらえれば、私は一人でも歩ける。その最後の一押しを期待しての呟きだった。


「ご入り用なら、手を引きましょうかお嬢さん?」


 だから、その言葉に私は耳を疑った。高望みしすぎた希望が、夢を幻聴に変えて聞かせてくれてるんじゃないかとすら思った。


「…………いいの?」


 だから。だからその言葉は、きっとすがるようなものだったと思う。ここで冗談だなんて言われたら、まだ(・・)ただのマリィ・マクミランであった「私」は、泣いてしまったかも知れない。


「勿論。美女のエスコートは、いい男の専売特許だしね」


「ふふっ。それじゃお願いしようかしら?」


 だから、目の前の優男の笑顔に、私は生涯最高の笑みを浮かべて答えたと思う。その後彼は見た目と違って私を襲うこと無く普通に部屋を取ってくれたけど、その時の私は、幸福感で一杯だった。


 私は求められている。私は認められている。私は彼と共に在れる。同じ道を、歩いて行ける。その嬉しさと、それに相対するような正体不明の喪失感で、私はその晩泣いて過ごした。


 そして次の日。私たちは同じテーブルで食事をとり、そして私たちは相棒(パートナー)になった。私にとって何より大事な約束が、その日確かに生まれた。


 その後の日々は順調だった。ただ、順調であるが故に問題が生じた。彼が私をマリィだと認めてくれればくれるほどに、私の中にあるマリィ・マクミランのイメージが乖離していくのを感じた。


 曰く、マリィ・マクミランは大人の女ではあるけど、それは年齢的な意味であって経験的な意味ではない。流石に処女ではなかったけど、付き合った男は片手で足りる程度だった。

 でも「私」はいきずりの男に抱かれたり、あまつさえ可愛い女の子を抱いたりすることに何の抵抗感も感じない。そもそも性というものに対して倫理観と言うべきものがかなり欠如していて、刹那的に楽しむことに何の忌諱感も無い。


 曰く、マリィ・マクミランはもっと子供っぽい精神の持ち主だった。お酒はあまり得意じゃなくて、近所の親父にお尻を触られてはアタフタして怒るような、いじられやすく愛されやすい性格だったと思う。でも「私」は、ゆったりとお酒を楽しむ余裕があり、下品な男の手くらい笑ってあしらえる。何なら触りかえしてやることだって朝飯前だ。


 曰く、マリィ・マクミランは意外と家庭的な女性だった。料理や裁縫なんかもそれなりにこなし、暇があれば母親の家事を積極的に手伝うくらいには技能があった。でも「私」は、その手のことは苦手だ。出来ないとは言わないけど、人に褒められるほどの出来は期待出来ない。


 日が経ち、時が経つごとに、私と「私」が離れていく。

 怖い。それはとても怖い。だっていつか、本物は偽物を駆逐するだろう。その時駆逐される偽物が誰であるのか、それを知ることが何よりも怖い…………





 …………ねえ、DD。覚えているかしら? 貴方の昔話を聞いた時、私貴方に聞いたわよね? 「私の過去を知りたいか?」って。これが私よ? 私の過去。貴方の知らない私の過去は『無い』。それが私の一番の秘密。あの時それを教えたら、貴方はどんな顔をしたかしら? ふふっ……きっと間抜けな顔で「そりゃまた難儀だねぇ」とか言ったんでしょうね。それとも「お、それなら俺がマリィちゃんの過去を独り占め? うわ、照れちゃうな」とか調子のいいことを言うのかしら?


 DD。ねえDD。私が何故貴方をDDと呼んでいるかわかる? 貴方は私の夜明け(Dawn)。貴方は私の(Daylight)。貴方は私の大切なモノ(Dear)。貴方は私を喜ばせ(Delightful)、貴方は私を惑わし(Delude)、貴方は私に要求(Demand)し、貴方は私を見つけ出す(Detection)。もっともっと沢山の、全ての思いを束ねて重ねて、私の名前を呼んでくれた貴方に、私が贈る最初の贈り物。


 運命(Destiny's)(Darling)。どうか「私」がいなくなっても、貴方の中に、私が残りますように……

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