004
「いてて……酷いじゃないかドネット」
「寝言は寝て言え。俺の妹を『人間じゃない』なんて言う奴にくれてやれるのは、鉛玉だけだ」
俺も、ダレルも、サンティも。誰一人として血の繋がりは無い。ダレルが生身だったならまだ隠し子とかの可能性もあったが、俺が出会った時には既に全身機械だったんだから、その可能性はゼロだ。
だが、だからこそ俺たちはその関係を疑ったことは無い。死んじまった実の両親を蔑ろにするつもりは無いが、それでもダレルが親父であること、サンティが妹であることを忘れたことなど一度も無い。
「まあ待て。私は別にサンタナ嬢を化け物だ等と言うつもりは無いんだよ? ただ彼女は混ざり物であって、純粋な人間では無いと言いたいだけだ」
「その何処が違う? 亜人や獣人を差別……とは言わずとも区別しているのは知ってるが、サンティはどう見たって人間だろう?」
サンティに、人以外の特徴など何も無い。天使のようだが頭にわっかが浮かんでいるわけじゃないし、小悪魔のようだが尻尾が生えていたりもしない。
「違うんだよドネット。人間とそれ以外は、決定的に違う。人間に魔術は……魔法は使えないんだ」
「……何?」
再びジェイから飛び出す意味不明の発言。だがさっきとは違って、今度は耳を傾ける価値が感じられる。
「いいかい? 魔術というのは、1000年前には無かった。存在しないものを使える訳が無い。つまり、人間には魔術が使えない。使えるのは魔物……既存の生物に魔力が混じった『混ざり物』だけなんだ」
「は!? そんなこと……」
「だから待てと言っているだろう? いいか、大変遷の前には、この世界には人間しかいなかった。魔物なんていなかったんだよ。だがあの『空の大穴』から吹き出した魔力によって、世界は変わってしまった。肉体は強靱だが自我の弱い動物や植物は魔力の影響を強く受けて魔物になり、逆に肉体は脆弱でも意志の強い人間はそれにある程度耐えた。勿論、完全に耐えられた訳じゃ無い。人の中にも魔力が混じり、更に恐ろしい事に、魔力を介することで本来はあり得ない異種族間での交配すら可能になってしまった。そうして生まれたのが亜人や獣人であり、そこまでいかずとも薄い魔力の影響を受けているのが、今の世界の人間……いや、人間モドキなのだ」
「そんな、そんな馬鹿な話……」
あまりのことに、俺も他の二人も絶句する。世界の価値観そのものをひっくり返すような事実に、だが違和感を感じて俺は質問を返す。
「いや、待て。それなら何で俺やジェシカは銃を使える? お前の言う『人間モドキ』なら使えないはずだろ?」
「そうよ! アタシは稲妻の魔術を使えるけど、第5の先導者だって……」
「抑えたまえ二人とも。まずはスカッドレイ嬢。君は自分が魔術を使えると言っているが、そこがまず間違いだ。君は魔術など使っていない。君の電撃はあくまで5番目の銃の補助効果を使っているに過ぎない。その証拠に、君は銃を手にした瞬間から稲妻の力を扱えるようになり、そして今に至ってなお、詠唱で魔術を発動させたことは無いだろう?」
「それは……っ!?」
確かに、俺と戦った時にジェシカは一度も詠唱をしなかった。単純に速度の利点を生かすために無詠唱だったのだと思っていたけど、実はそうではなく、そもそも詠唱で発動させることはできなかった……?
「いや、でもマリィちゃんは爆裂恐斧でジェシカの稲妻を防いでたぞ? それこそあれが魔術じゃないってなら、防いだりできないはずじゃ……」
「それについてはまた後で説明しよう。今はそっちじゃなくて、人間とそれ以外の話の方だ。さっき私は人間に魔力が混じってしまったと言ったが、それは全ての人間じゃない。魔力が混じらなかった、あるいは血肉以外の部分に混じったおかげで結果として遺伝子には影響しなかった人間というのが存在する。
1つは、マキーニ氏の様に全身を機械化していた人達。流石の魔力も短時間で無機物に融合するのは無理だった。今現在は魔力の籠もった鉱物というのも発見されているが、それらは何百年もかけてゆっくりと浸透していったからだ。だが、当然全身機械となれば子孫を残すことはできない。故に彼らは人間ではあるが、この場合は例外だ。今回の件とはあまり関係が無い。
重要なのは2つめのケース。人体に血肉以外の存在を混ぜていた存在……そう、ナノマシンを体内に入れていた人間には、魔力が影響しなかったんだ。
一見さっきのケースと矛盾するようだが、確固たる魂と自我を持つ機械である1つめのケースと違って、極小であり自由意思などないナノマシンはあっという間に魔力に汚染された。だがその過程でナノマシンは自己増殖と魔力を動力源に変換する機能を有すようになり、本来肉体に染み込むはずの魔力まで片っ端から吸収していった。その結果としてナノマシンを入れていた人間の肉体は一切の魔力の影響を受けることなく存在し続け……その子孫だけが、唯一純粋な『人間』なのだよ」
「ナノ、マシン?」
その単語に聞き覚えなど欠片も無い。だがその存在には嫌になるほど心当たりがある。俺の中にある混ぜ物。その正体がおそらくその何とかと言う奴なのだろう。
「血と共に、ナノマシンもまた子々孫々へと受け継がれる。だがそれは本来の処理とは違う流れのため、その適合率は少しずつ下がり、1%を切るとその効果を失う。あ、ちなみにドネットの場合は、魂魄再誕機を用いて体を再構成するのにナノマシンが使われているから、その時に人間として生まれ変わったという感じだね」
「えっ!? それだとお母様は!?」
話が母親を再生している魂魄再誕機に及んだことで、ジェシカが悲鳴のような声を上げる。
「ん? ああ、スカッドレイ嬢の母親は、今再生中なんでしたね。そうですね、もし彼女がかつて豊かな魔術の才能を持っていたとしても、再生後は一切魔術を行使出来なくなるでしょう。でも、その程度で健常な人間として蘇るのなら安い代償なのでは?」
「それは……そうね。命に比べれば、馬鹿みたいに安いわ」
安心したように呟くジェシカを見て満足げに頷くと、ジェイは更に言葉を続ける。
「ええ、そうでしょう。人間になれるのですから、魔術など安い代償です。ということで、解っていただけましたか? サンタナ嬢が銃を引き継げない訳が」
「あ、ああ。そうだな。そういうことなら、まあ納得だ」
ジェイの人間の定義が「魔力の影響を受けていない存在」というなら、それを否定する要素は無い。後は俺がどう思うかであり、俺にとってはサンティは間違いなく人間であり妹なのだから、その辺は見解の相違でしかない。
「ねえ、それなら……私は?」
不意に、今まで沈黙を守ってきたマリィちゃんがそう口にする。
「私は……私やミリィは、一体何なの?」
そんなマリィちゃんの切なる問いかけに、ジェイはまるで路傍の石を見るかのような視線を向けた。
「ああ、それに関しては……まあ実際に見てみるのが早いだろう。その何とかと言った、斧の柄を貸したまえ」
「…………わかったわ」
まるで部下に指示でも出すかのような物言いのジェイに、躊躇いながらもマリィちゃんが爆裂恐斧の柄を渡した。それを手にしてしげしげと眺めたジェイが、再びその口を開く。
「『解除』」
「えっ!?」
瞬間、マリィちゃんの体が光に包まれ……その後には、鈍く光る小さな弾丸だけが残されていた。