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硝煙の幻想郷《ファンタジア》  作者: 日之浦 拓
第八章 青い人
103/138

003

「……………………」


 おかしい。受付嬢の人の言葉は、確かに福音であるはずだった。だが俺は今、無言で密室に閉じ込められている。


「…………」


 隣にはマリィちゃんがいる。これはいい。いつものことだ。


「…………」


 だが、反対側の隣にはジェシカがいる。これが違う。しかもさっきまでと違ってここは密室だ。せいぜい1メートル四方程度だと思われる大して広くも無い空間に身を寄せ合っているためか、空気の密度というか、湿度というか、とにかく何かがみっちり詰まっているように重くて濃い。


「ね、ねえマリィちゃん?」


「何?」


「……いや、別に何ってわけじゃないんだけど…………」


 それ以上の返事は返ってこない。こっちから攻めるのはどうやら悪手のようだ。


「なあ、ジェシカ?」


「何、ドネット?」


「あー……ジェシカもジェイに呼ばれてたのか?」


「ジェイ? ああ、ジェラルドさんね。そうよ。彼とは色々と取引をしていたから。一緒に呼ばれたってことは、ドネットもそうなんでしょ?」


「ああ、まあね。奴とは腐れ縁というか……取引相手? うん、情があるような関係じゃないから、それが一番近いかな?」


「あらそう。それじゃアタシと同じね。やっぱりドネットとは運命で結ばれてるのかしら?」


「同じ相手と取引している程度で運命なんて、随分と安っぽいわね」


 ボソリと呟くマリィちゃん。だが例え小さな呟きだろうと、こんな密室で聞こえないわけがない。ジェシカの額にピキリと筋が入り、ヒクヒクと口元が歪む。


「……ハッ。確かにマリィみたいに胸も人生も平らだったら、運命なんて安っぽい言葉よね」


 そんなジェシカの返しに、マリィちゃんの顔に浮かんだのは……寂しそうな薄笑い。


「そうね。安い言葉だわ……私にはとても口に出来ない」


「マリィちゃん……」


「…………何よそれ」


 だが、そんな態度こそがジェシカの瞳に火を付ける。金色の瞳が獲物を狙う猛禽類の如く細められ――


チン


 甲高いベルの音と共に、上昇を続けていた密室がその動きを止め、目の前の扉が開く。


「やぁやぁ、お待ちしておりました、スカッドレイ嬢。それにドネットとマリィも」


 場の空気など一切気にしないジェイの言葉に、俺たち3人の視線が奴の方へと向き直る。


「お招きありがとうございます。エバーノーツ氏」


 そんなジェイにジェシカは以前も見たヒラヒラドレスの裾を摘まんで挨拶し。


「ああ、約束通り来てやったぜ、ジェイ」


 俺はいつも通りの砕けた口調で適当に返し。


「……初めまして」


 そしてマリィちゃんは、まるで人形のように表情を固めたまま、ただそれだけ口にした。


「さ、立ち話もなんだし、そこに座るといい。今お茶を入れさせよう」


 促されて座るのは、4人掛けのでかいソファ。腰を下ろせば飲み込まれるんじゃないかと思うくらい尻が沈み込み、さりとて一定のところで適度な弾力を持って体を支えてくれる辺り、流石の最高級品だ。


「どうぞ」


「あ、どうも」


 真面目そうな顔の青年が俺たちの前にお茶を並べ、仕事を終えるとジェイに一礼してさっきの箱……確かエレベーターだったか? に乗って去って行く。隣の部屋に下がるとかじゃないのは、これからする話の秘匿度がそれくらい高いことの現れだろう。


「……へぇ……」


 出された紅茶を一口飲んで、ジェシカが感嘆の声を漏らす。


「お、わかりますか? これはダージリンのファーストフラッシュ……に限り無く近いナニカです。魔力が蔓延したせいで1000年前の純粋な紅茶は育ちませんからね。試行錯誤して作り上げた、世界で最も本物に近い偽物ですよ」


 自慢げに語るジェイだが、その話に俺は思わず眉根を寄せる。


「いや、香りとか凄く良いし、美味いんだろうけど……偽物って言われるとなぁ」


「はっはっ。仕方ないさドネット。本物はいつだって1つしかない。どれだけ似せようと近づけようと、あるいは本物を超えることがあったとしても、それが本物になることはない。本物の持つ唯一にして最大の価値は、それが本物であるということだからね」


「相変わらず小難しいことを考えてるんだな。ま、アンタのこだわりなんてどうでもいい。さっさと本題に入ろうぜ」


「なんだい、随分とせっかちだねドネット。早い男は嫌われるんじゃなかったかな?」


「いい男なら、その程度のリカバリーは余裕さ」


 あくまで余裕の態度を崩さない俺に、ジェイは軽く肩をすくめる。


「ま、いいだろう。話というのは、勿論これのことさ」


 そう言ってジェイがテーブルに置いたのは、つい最近見たばかりの銃。


「あら、それは?」


「ああ、スカッドレイ嬢は始めてでしたかな? これは第3の蛇サード・ウロボロス。貴方の持つ5番目や、ドネットの2番目と同じ系統の銃ですよ」


「へぇ」


 関心はしても、ジェシカの反応は鈍い。まあこれが「砂の町」を引き起こした銃だと知らなければそんなものだろうが。


「そいつを取り出すってことは、データが集まったのか?」


「ええ、勿論。こうしてこれも……っ」


 ジェイが続けてテーブルに置いたのは、見覚えのある中折れ式、シングルバレルのデリンジャー。それを見た瞬間、俺は腰の相棒セカンド・シルバーを引き抜いて、ジェイの額を打ち抜いた。


「ちょっ!? ドネット、何を!?」


 驚きに声をあげるジェシカと、驚きすぎて固まっているマリィちゃんをよそに、俺はジェイから目を離さない。すると、額に空いた風穴が見る間にふさがっていき、そこにいるのはさっきと変わらぬ姿のジェイ。


「いきなり酷いなドネット。何のつもりかな?」


「ふざけるな。ダレルがそれを手放すはずがない。どうやって手に入れた?」


 流れ出た青い・・血をハンカチで拭きつつ平然と話すジェイに、俺は銃口を向けたまま問い詰める。死なずとも苦痛を感じることはわかっている。その返答によっては、弾が尽きるまで奴に風穴を空け続けることだって躊躇うつもりは無い。


「私が暴力に訴えたとでも思ったのかい? 無論そういう手段も無くは無かったが、今回は穏便に譲り受けたんだよ」


「そんなわけが……」


 人差し指に力を込めようとする俺を、ジェイの手が制す。


「簡単さ。マキーニ氏には、この銃が娘さんに使えないことを証明しただけだからね。そのうえで娘さんに最適な武器を用意すると約束したら、意外と簡単に譲ってくれたよ。第1の巨人ファースト・タイタンに対する思い入れより、娘さんの方を優先したってことだろうね」


 その言葉には、一定の納得はできる。確かにサンティに受け継がせることができないなら、売って金に換えることもできない銃より他の武器をというのはわかる。その存在を嗅ぎ付けられてしまっているなら、売らずに秘匿するという選択肢が既に奪われているのだから尚更だ。なので気になることはただひとつ。


「サンティに使えないってのは、何でだ?」


 少なくとも俺の相棒は、所有者登録を上書きさせれば他人に譲渡することはできる。やろうと思ったことは無いし、俺の意思を無視してできることでもないが、逆に言えば俺がそうしようと思えば他者に引き渡すことは不可能ではない。そこに本人同士の意思以外の問題があるなんて初耳だ。


「ああ、それこそ簡単だよ。これらの銃は、人間にしか使えない・・・・・・・・・んだよ」


 ジェイの口から出た意味不明なその言葉に、俺の人差し指は躊躇無く引き金を引いた。

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