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硝煙の幻想郷《ファンタジア》  作者: 日之浦 拓
第八章 青い人
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002

「うぅ、頭が……頭がへこんだ……」


「あら、そんなに簡単に頭蓋骨が陥没したりするわけないじゃない」


「いやいや、鋼鉄の棒でぶん殴られたら余裕でへこむよ!? むしろ死ぬよ!?」


 流石に武器は腰にしまったが、それでも両腕を組んで仁王立ち、すまし顔で俺を見下ろすようにしているマリィちゃんに対し、俺は頭を抱えて地面に座り込んでいる。勿論、悩んでいるという比喩用言ではなく、本当に痛いからだ。


「全く。何を血迷ったらあんなことができるのよ……」


「うぅ、酷いよマリィちゃん。せっかく俺がマリィちゃんを元気づけようと思って……」


「もうちょっとやり方ってものがあるでしょう!? はぁ、まったく……」


 ご立腹げなマリィちゃんがひとつ大きくため息をつくと、組んでいた腕をほどき、右手を俺に差し出してくる。


「もう大丈夫だから、行きましょう? それと……ありがとう」


「ん。どういたしまして」


 マリィちゃんの手を取って立ち上がると、俺はそのまま歩き始めた。1歩遅れて付いてきたマリィちゃんが、そんな俺の横顔に声をかける。


「で、今回の依頼の目的地は何処なの?」


「ああ、永劫教団の本部だけど……ここからだと2週間くらいかかるかな? 行ったことないけど」


「あら、そうなの? ジェイって人と知り合いなのに?」


「アイツと会うのは、基本的に支部だからね。本部で面会なんてしたら公式な記録が残っちゃって面倒だし」


「ああ、つまりそう言う相手なのね……」


「ま、教祖様だしね」


 何気なく呟いた俺の言葉に、マリィちゃんの足が止まる。


「…………え? 教祖?」


「そうだよ。ジェイ……ジェラルド・エバーノーツ。永劫教団の教祖で、不老不死の男さ」


「それって……」


 マリィちゃんの言葉を、俺は自分の口に人差し指を立てることで遮る。俺の事情を知っているからこそ、マリィちゃんはそれを「馬鹿げた冗談」だと笑い飛ばすことはできない。


「ま、色々あるのさ。その辺もアイツと会ったら話すさ。俺が話すまでもなく、アイツがペラペラ喋るかも知れないけど」


「……そう。そういうことなら聞かないわ。2週間もかかるなら、軽く準備をしてからさっさと行きましょうか」


「だね」


 そのまま俺たちは細々した補給品を整え、すぐに町から出る。といっても複数の町を経由するルートだから特に危険も無いし、数日ごとに町に寄れるから手持ちの食料が無くなるなんてこともない。二人でとりとめの無い雑談を交わしながら、順調に旅の空を進んでいく。ちなみに、宿泊費はジェイの手紙……依頼書を提示すれば教団の施設をタダで使わせてくれると書いてあったが、一度として利用することはなかった。おそらく警戒する必要は無かっただろうが、今は僅かな出費を抑えるよりも、マリィちゃんと二人の時間を大切にしたかった。

 お互いの繊細なところには触れずとも、俺たちの話題が尽きることは無い。あんな事があった、こんな場所に行った、あれが食べたい、ここに行きたい……過去と未来を語り合い、あっという間に2週間が過ぎて……俺たちは目的地へと辿り着く。


「こりゃまた随分ご立派だねぇ」


「本当。凄く大きいわ……」


 そそり立つ強大なソレを見て、俺とマリィちゃんは口々に感想を漏らす。勿論それは目の前にある永劫教団の本部のことだ。


「支部とは全然違うんだな。あっちは普通の教会だったし」


「そうなの?」


 マリィちゃんの言葉に、俺は頷いて返す。目の前の建物は、ただひたすらに四角かった。窓も扉も全てが四角く、それが天をつくほどに高く長く縦に伸びている。周囲の建造物とは一線を画す、明らかに異質な建物。


「ま、尻込みしてても仕方ないし、そもそもこっちはお客様だからね。行こっか」


「そうね」


 俺たちは協会と同じ自動ドアを通り抜け、すぐ正面にある受付と思わしき場所まで歩いて行く。3人ほどいた受付嬢から、俺は真ん中を選択。理由は簡単。落ち着いた大人の女性な感じが俺の好みだったからだ。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」


「こんにちは素敵なお嬢さん。貴方にお会いするように、神に導かれて来たのですが……」


「申し訳ございません。そのような神託は受けておりません」


 おぉぅ、流石に冷静な切り返し。とはいえリューちゃんほどのノリを期待するのは間違いだ。これでも十分俺に合わせてくれた方だろうし、その余裕のある感じが実に素晴らしい。


「そいつは残念。だが導かれて来たってのは本当だぜ? はい、これ」


「これは……!?」


 俺が鞄から取り出した手紙を見て、受付嬢の顔色が変わる。さっきまでのにこやかな笑みが、瞬時に引き締まって真顔になる。


「失礼致しました。すぐに確認を取らせていただきます。お客様のお名前を伺っても?」


「勿論。俺はドネット・ダスト。後ろの子はマリィ・マクミランね。ちゃんと一緒に来たって伝えてくれ」


「ドネット様に、マリィ様ですね。畏まりました。暫くお待ち下さい」


 その場で深く一礼すると、隣にいた18歳くらいの若い子に指示を出して、そのまま奥に消えていく。となれば俺たちとしてもできることはないので、ちょっと端に避けてそのまま待機することにした。


「DD……今日ほど貴方を頼もしいと思ったことはないわ」


「およ、どしたのマリィちゃん? ひょっとして惚れちゃった?」


「惚れはしないけど、関心はしたわ。まさか宗教団体の受付嬢まで口説くなんてね。あの人達って、一応修道女的なものなんじゃないの?」


「あー……どうなんだろ? 気にしたこと無いからわからないけど、別に純潔がどうとかって話は聞かないから、仮にそうだったとしても恋愛とか結婚は普通にするんじゃないかな? 実際結婚してる信者の人だっているわけだし」


「そうなの? 私はこの教団のこと名前くらいしか知らないんだけど……まあそれにしても凄いとは思うわよ。悪い意味でも凄く悪い意味でも」


「あれ? それ褒めてる要素が1つも無くない?」


「アナタ達、本当に相変わらずね」


 いつもの奴をやり始めた俺たちに、不意に届く謎の声。そのどうも聞き覚えのある感じに振り向いてみれば、そこにいたのは見覚えのあるあきれ顔。


「ジェシカ!? 何でこんな所に?」


「それをアタシも言いたいところだけど……まあこちらから答えるなら、呼ばれたからってところね。ここにはジェシカ・スカッドレイとして関係してるから」


「ああ、そうなんだ。いやぁ、久しぶりだなジェシカ。元気にしてるか?」


 イアンの件で頼み事はしたが、その際はソバーノ氏を通じてコンタクトを取っただけで、ジェシカ本人とは会っていない。故に直接顔を合わせるのは、あの草原で別れたとき以来だ。


「勿論元気よ。ドネットの方も相変わらずみたいね? この前は随分厄介な案件を持ってきてくれたみたいだけど」


「いや、本当に助かったよ。ありがとなジェシカ」


 ニヤリと笑ったジェシカに、俺は心からの礼を述べる。イアンの件は高いリスクがある割に、ジェシカが得られる利益は現状ではほとんど無いと言う極めて不平等な案件だった。あれを受けてくれたのは9割方ジェシカの誠意だけであり、そんなものを顔も合わせず了承してくれたジェシカに対しては、感謝の念しかない。実際の所、断られた場合に用意していた札を1枚も切らないで済むなんてのは、俺にしても想定外だったのだ。


「べ、別にあれくらいどうってことないわよ! ドネットには、その、お世話になったしね。で、でも、貸しは高くついてるから、覚悟しなさいよね!」


「はは。その辺は俺が返せる程度に分割して要求してくれるとありがたいけど……大丈夫。いい男は約束を破ったりしないさ」


「絶対よ! 絶対だからね!」


「あ、ああ。大丈夫だけど……」


 両手を握り、勢い込んで確認をしてくるジェシカに、俺は安請け合いしすぎたかとちょっとだけ焦る。実際かなりの借りだから、大抵のことなら応じるつもりはあるが……一体何を要求されるのか、正直あまり予想がつかない。


「DD……貴方って本当に……」


「お待たせ致しました」


 ジェシカの熱い眼差しとマリィちゃんの冷たい視線に板挟みにされていた俺に、ナイスバディの受付嬢さんが福音の如き台詞を持ってやってきた。

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