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硝煙の幻想郷《ファンタジア》  作者: 日之浦 拓
第八章 青い人
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001

 永劫教団。それは特に何てことの無い、ありきたりな宗教団体だ。「全ての人類に永劫の救済を」という曖昧な教義を掲げているが、それ以外に特筆して変なところはない。規模だってそこそこより上程度だし、名前を聞けば7~8割の奴が知っていると答える半面、信者となると拠点となる場所以外にはあまり見ないという、何とも言えず微妙な立ち位置の教団。それが一般人における永劫教団の認識だ。


 だが、少し裏に回って調べてみると若干印象が変わってくる。まず教団の設立が800年も前だ。これは「大変遷」以降に誕生した組織のなかで、成立からの確たる資料が揃っているものとしては最古の存在となる。

 そして、歴史があるというのはそれだけで力だ。長い時間の中で信者の中には権力に食い込む者も現れており、政府や関係各所の偉いさんには、それなりの数の伝手がある。それを利用して不正などを行うわけではないので目立つことは無いが、それは行使出来る影響力の大小とは関係無い。もしも何らかの目的を持って動き出したならば、それは巨大なうねりとなるだろう。


 そして、真に深い位置にいる者のみが知っている事実がある。それこそが永劫教団の最大にして最高の秘密。即ち「教祖 ジェラルド・エバーノーツは不老不死である」……入信者用のパンフレットに書いてある明らかに胡散臭いそのうたい文句が、真実であること。隠されていないが故に、誰も信じない真実。それを俺は知っている。


「それでは、こちらが依頼書になります」


 心配そうな顔でリューちゃんが書類を渡してくる。蝋によって封緘が成された手紙とは、何ともそれらしい感じだ。ペーパーナイフを借りて封を切り、中身に目を通せば……予想通りの招待状。俺はそれをそのまま腰の鞄にしまい込む。


「あの、ドネットさん? その依頼って……」


「ん? ああ、ちょっと知り合いに呼び出されただけさ」


 通常、協会の受付嬢が依頼の内容に言及してくることなどあり得ない。それは情報の保護と秘匿は仲介者である協会にとって絶対に守るべき一線だ。そんな事は当然リューちゃんも解っているはずだが、それでも聞いてきたのは、純粋に俺たちを心配してのことだろう。


 永劫教団は胡散臭い。言ってしまえばそれだけでもある。別に信者がこぞって犯罪行為をしたり、該当で強引な勧誘をしたり、あるいは変な壺を高値で売りつけたりもしていない。貧民街での定期的な炊き出しや、災害時における救助活動、慈善団体への寄付なんかを行っている点からすれば、むしろ善良な宗教団体と言われる程でもある。


 だが、胡散臭い。慈善活動だけでなく、企業や協会……それこそ問題掃除人協会トラブルスイーパーアソシエーションにも教団は多額の寄付をしているし、上層部にはまず間違いなく教団関係者がいる。彼らは不正をして私腹を肥やしたり、協会を私物化したりすることはない。ただ信者であるというだけで、それ以外の面では間違いなく普通の一般人だ。


 だが、胡散臭い。宗教というのは、ただそれだけで色眼鏡で見られるものだ。世界に認知されるほどの規模にまで広まれば別だが、永劫教団はそこまでは行っていない。その最大の理由は、彼らの「人類」の定義には人間しか・・・・入っていないということだ。


 彼らは亜人や獣人を差別しない。どんな時でも平等に扱うし、不当に利益を奪ったり害を与えるようなことを決してしない。

 だが、区別はしている。自分たちとは違うのだと、明確に線を引いている。例え行動でそれを示されなくても、受け取る側はそれが何となくわかる。だが何となく感じる程度のことでしかないなら、それを理由に叩くことなどできるはずがない。行動そのものは、下手な平等主義者よりよほど懸命で公平なものなのだから。


 故に、胡散臭い。実害は無いし良い集団っぽいけど、何となく信用するのは怖い。それが永劫教団という集団に対する世間の印象だ。


 が、これが掃除人となるとちょっと違う。協会に対する寄付金の額や上層部にいる信者のことを考えれば、そこからの指名依頼を断るのはどうにも具合が悪い。要望を受けたからといって寄付金が増えるわけではないし、断ったからといって寄付金が減ったりするわけではない。が、あくまで寄付は善意の行為であり、相手の胸先三寸のものである。その資金に依存していることなど無くても、収入が減るのは当然避けたい。であれば、協会が掃除人に依頼を受けるように便宜を図る程度のことはむしろ当然だ。


 当然それは掃除人の権利を侵害するほどのものではない。嫌なら断ることはできるし、それによってペナルティが生じることも無いが……何となく居心地が悪くなる程度のことはあるだろう。ちょっとだけ手続きが煩雑になったり、少しだけ金の支払いが遅くなったり、そういう僅かな変化は起こるかも知れない。そして、そんなものにあえて立ち向かうような反骨心のある奴は掃除人なんてやりはしない。清濁併せのみ、長いものには巻かれる。生き残れるのは、いつだってそういう奴だ。


「大丈夫。リューちゃんが心配するようなことはないさ。しっかり受けるし、キッチリ片付けてくる。ああ、でも、それでも気にしてくれるなら……」


「何でしょう?」


「ディナーの予約を空けておいてくれるかい? 3年分の予約に割り込めるなら、報酬としちゃ十分だ」


「ふふっ。わかりました。じゃ、帰ってきたら3人で・・・パーティが出来るようにしておきますね」


「おっと、俺だけじゃ無くマリィちゃんまでご所望とは、流石リューちゃん、絶倫だね?」


「そりゃまあ、5分で使い物にならなくなっちゃう人だけじゃ、満足なんてできませんからね」


「ぐっ、やっぱりリューちゃんは強いなぁ……」


 俺の小粋なジョークに華麗なカウンターを決めて、リューちゃんの顔にはもう心配の色は浮かんでいない。これならマリィちゃんも安心して――


「どしたのマリィちゃん?」


「え? 何が?」


 さっきからずっと黙っていたマリィちゃんを振り返って見てみれば、その表情に精彩が無い。今だっていつもなら何らかのツッコミが入ってきそうな感じだったのに、俺が声をかけて始めて気づいたって感じだ。


「はぁ。ま、仕方ないか。よっと」


「えっ!? ちょっ!? DD!?」


「わぁ。ドネットさん、大胆!」


 俺は戸惑いの声をあげるマリィちゃんを無視して、その体を横抱きにする。所謂お姫様抱っこと言う奴だ。


「何!? 何なの一体!?」


「いやぁ、ウチのお姫様が随分とお悩みのようだったから、いい男としては是非ともエスコートしなくちゃと思ってさ」


「はぁ!?」


「じゃ、リューちゃん。俺はこのままマリィちゃんを連れてくから、後の細かい手続きとか宜しくね」


「ぷくく……了解しました。それじゃ、お二人ともごゆっくり」


 台詞自体は意味深ながらも、笑いをこらえるリューちゃんに手を振って、俺はマリィちゃんを抱えたまま協会から外に出る。当然、周囲からは注目の的だ。


「やっ、DD! 下ろしなさい!」


「なんだ、もういいの? じゃあ……ぐはぁっ!?」


 腕からマリィちゃんを下ろした瞬間、電光石火の勢いで爆裂恐斧の柄が俺の脳天に炸裂する。


「馬鹿じゃないの! 馬鹿じゃないの!? ほんっとうに馬鹿じゃないの!」


「痛い! ちょ、マジ痛いから! ごめん、ごめんって!」


 すっかりいつもの調子を取り戻し、俺の頭に鋼鉄の棒をやたら滅多らに振り下ろすマリィちゃん。元気になったのはいいけど……どうやらその代償はだいぶ高くついたようだ。

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