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硝煙の幻想郷《ファンタジア》  作者: 日之浦 拓
第一章 一発屋
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「くぁぁ……おはようマリィちゃん」


「あら、おはようDD。随分眠そう……というか、本当に徹夜したのね」


 困った子供を見る母親みたいな顔で、マリィちゃんが言う。まあ、完全にそんな感じだから、言い訳する気もおきないけど。


「せめてもうちょっと良い自動組立機(オートクラフター)を買えればいいんだけど……」


「いや、それは流石に遠慮するよ。いい男には、忍耐が必要だしね」


 実際のところ、火薬やら何やらの代金は、パーティの共用財布から出ている。マリィちゃんの武器のメンテとかも当然ここからだが、一戦ごとにかかるコストは俺の方が圧倒的に多い。

 それでも文句を言われないのは、マリィちゃん側の事情もあるんだろうけど、一番大きいのは信頼だ。俺たちが相棒としてやっていくために、これは必要な経費なんだとわかってくれている。それは決して当たり前のことじゃない。それを勘違いしたら、あっという間にコンビ解消だろう。


「そう? まあいいわ。それじゃ、朝食を取りに行きましょうか。1階の食堂で食べてもいいけど、昨日は結局依頼を受けられなかったから、酒場の方で食べて、そのまま依頼掲示板(オーダーボード)を見るのもいいわね」


「ああ、そりゃいいね。ならそうしようか」


 俺たちは連れだって宿屋を出て、酒場の方へと歩いて行く。ちなみに、依頼掲示板(オーダーボード)が酒場と協会にしかないのは、手続きとかの関係もあるけど、一番の理由は「それだけ(・・)目当ての掃除人が集まるから」だ。酒場なら文字通り酒を飲んでいくくらいはするだろうが、依頼だけ見て泊まらない客が大量に宿屋に集まるとか、営業妨害以外の何者でもない。


 というわけで、俺たちは酒場へ行き、適当にパンだのスープだのを食べてから、依頼掲示板(オーダーボード)を眺める。といっても、昨日の今日でそんなに大きく変わるわけでも無いので、結局昨日検討していて、まだ誰も引き受けていなかったレプルボアの討伐と、その近所の村への荷物の配達を受けようと、マスターのところに行ったわけだが……


「ん? あんたがドネット・ダスクか?」


「んあ? まあ、同姓同名の別人がいたらわからないが、いい男の方のドネット・ダスクなら間違いなく俺だな」


「あんたに、指名依頼が入ってるぞ。詳しいことは、協会まで聞きに来てくれってことだが」


 場慣れしている酒場のマスターに相応しいスルー力を発揮されつつ、俺はマリィちゃんと顔を見合わせてから、とりあえず受ける予定だった依頼を保留し、協会へと向かうことにした。


「DDに指名依頼ねぇ。まあB級なんだから意外とまでは言わないけど、それでも珍しいわね」


 指名依頼は、読んで字の如く依頼する相手を指名するものだ。確実に狙った相手に依頼できる反面、依頼料は当然高くなる。知り合いなら直接頼むだろうから、基本的には直接面識が無い、だがそれなりに名の知れた相手に依頼したいってときに使うことになる。

 なので、俺を指名される理由は、ほとんど思いつかない。


「うーん。何だろ? 銃のコレクターで、火薬式の実銃の使い心地を知りたいとか? 射撃指南なんてのもあったな」


「まあ、DDを指名するなら、理由はそんな感じでしょうね。単純な戦闘力とか、依頼の達成率とかで貴方を指名することはないでしょうし」


「厳しいなぁマリィちゃん。まあ、それは俺も同感だけど」


 俺は決して弱くない。が、別に特別強いってこともない。俺くらいの実力はB級なら珍しくはないし、費用対効果で考えるならむしろかなり下になる。

 必要無いときにまで自分を大きく見せるような奴は、長生きしない。デカくいきり立つのは、獲物を前にした時だけで十分だ。


 そんなこんなで、協会へたどり着き、リューちゃんに話を通すと、そこから返ってきた答えは、実に意外なものだった。


「ブル・ブランドル? 誰だ?」


「えぇぇ……昨日まで散々ドネットさんに絡んできた、元B級掃除人ですよ」


「ああ、あのハゲマッチョ」


 奴はもう、俺のなかではハゲマッチョ以外にはあり得ない。次点で髭マッチョでもいいが、ハゲの方が響きがいいしな。


「で、そのハゲ……じゃない、ブル・ブランドルとか言うハゲが、DDに指名依頼を出してきたの?」


「はい。ハゲ……げふんげふん……ブル・ブランドル氏からのドネットさんへの直接指名依頼です。内容としては、所定の位置まで来て、そこで荷物を受け取って協会に運んで欲しい、と」


 ああ、もうこれみんなのなかでも奴はハゲに確定だな。ふっ、いい男の影響力は計り知れないぜ。


「罠よね? というか、これでもし本当に普通の依頼だったら、むしろそっちの方が驚きなくらいよね?」


「まあ、そうなんですが……依頼としての形式はきちんと整っていて、前金も受け取っていますので、協会としても通常の依頼として処理するしか……」


「面倒ねぇ」


 ため息をつくマリィちゃん。普通の依頼と違って、指名依頼は正当な理由無しに断ると、軽いとはいえペナルティがある。まあ、内容的には協会の内部査定がちょっと下がることと、氏名依頼を自己都合で断ったことがあるっていう経歴が残るだけではあるが、「自分の都合で依頼を断る前科がある」というのは、掃除人としては結構痛い。

 だって、同じ仕事を、同じくらいの実力の相手に、同じ料金で依頼するなら、経歴が綺麗な方を選ぶのは当然だ。よっぽど突出した実力者か、特別なことができるスペシャリストならともかく、普通のB級掃除人である俺としては、出来れば避けたいところである。


 勿論、そういう「評判を落とすことを目的」として指名依頼を出せないよう、協会としては「指名には前金が必要で、断られてもそれは返却しない」という手段を講じているが、今回みたいに「金を使ってでも嫌がらせしたい」という相手には対応できない。そこまでこじれるなら、こじらせた奴が悪いというのが協会の立場だからだ。


 困ったときに頼れはするし、トラブルの時に間に入ってくれたりもする。だが協会は親じゃない。度を超えればあっさり見捨てるし、そもそもそういう「自己責任」を背負うからこそ、掃除人は個として戦力を有し、依頼を受けられるのだ。


 となれば、どうするか。答えなど、ひとつしか無い。


「ま、受けるしかないよね。もてる男は辛いなぁ」


 俺は気楽な口調で、依頼を受ける旨を答えた。

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