001
新連載始めました。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
4/28 ブレブレだったマリィちゃんのキャラを最低限修正しました。内容はほぼ同じです。
4/30 容姿の描写を追加
何てことの無い田舎町の酒場。そこで俺はグラスを傾けていた。軽く手首を揺するたび琥珀と共に氷が揺れて、カランカランと心地よい音を奏でる。
揺らめく琥珀を口にする。焼け付くような熱が喉を通り、胃を満たし、俺の魂に火をくべる。
俺の名はドネット・ダスト。柔らかな茶色の髪は自然なセクシーさを演出し、細く長い顔つきとはしばみ色の目は優しさと親しみを印象づける。スラリと伸びた180センチ程の身長はまさにスマートという言葉の体現者だ。
海のように深い青のシャツと、焦げ茶色のレザーベスト。薄い茶色のズボンと膝近くまで有るレザーブーツは、俺が旅人であることを如実に物語っている。
そんな俺を端的に表す言葉があるとすれば……つまり、いい男ってことだ。
いい男に言葉はいらない。ただこうしているだけで、女の方から寄ってくる。
「ハイ、DD。ご機嫌ね」
早速俺の背後から、素敵なレディーのお呼びがかかる。短く切りそろえられた波の如くうねる燃えるような朱い髪に、深くきらめく紅い瞳。歳の頃は20を少し過ぎたくらいだろうか? 身長はやや低めで小柄。成熟した美女が好きな俺の好みとしてはやや若すぎるけど、極上の美人であることに違いは無い。
強いて欠点があるとすれば、ごく普通の旅装であるということだろうか? 目の覚めるような赤いシャツの上に丈の短い薄い茶色のジャケットを羽織り、下はピッチリとしたレザーズボン。厚底でくるぶしより上まですっぽり覆う靴は、彼女が旅慣れた、そして戦い慣れた存在であることを表している。これはこれでよく似合っているが、レディーとしてエスコートするには、些か粗野すぎる。
俺はちらっと視線を送ってから、無言のままグラスを揺らす。
「いえ、こう言い換えた方がいいかしら? いいご身分ね?」
そのまま歩み寄り俺の隣の席に座ったレディーの言葉に、俺の額に一筋の汗が浮かぶ。だが、いい男はこんなことで動揺しない。無言を貫き、グラスを揺らす。
「で? こんなところでお酒を飲んでいるDDさんは、これからどうする予定なのかしら? 明日の朝のご飯すら怪しいんだけど?」
……いい男は動揺しない。だから、このグラスが揺れているのは、決して恐怖やプレッシャーに負けたからではない。
「ねぇ、DD?」
隣から聞こえてくる、死を呼ぶチェシャ猫の甘い声。
「死にたいの?」
「すいませんでしたマリィちゃん」
俺は素早く身を翻し、その場で土下座する。いい男は機を見逃さない。ここで謝らないと、多分マジヤバイ。
「謝られてもねぇ……あーあ。どこかに良い相棒がいないかしら? 護衛対象の荷物を吹っ飛ばして、依頼失敗の違約金どころか、賠償金まで請求されて、スカンピンになるような無能じゃなくて、せめて人並みの相棒」
「すいません。マジすいません」
「一発大きな依頼を見つけて大逆転してやるぜとか言っておいて、その実昼間からお酒とか飲まない、当たり前の相棒を探すのって、高望みなのかしら?」
「ホントすいません。すいません……すいません」
「はぁ……もういいわよ。で、何かいい感じの依頼はあったの?」
呆れた、あるいは諦めた顔でそういったマリィちゃんに、俺は素早く身を翻し元の体制へと戻る。いい男は復活も早いのだ。
「うーん。ざっと見た感じだと、あんまりぱっとするのが無かったんだよね。だからまぁ」
「お酒を飲んで現実逃避してたと?」
「ごめんなさい。マジ勘弁してください」
「まったく、仕方ないわねぇ。まあいいわ。でも、本当にお金はもう無いわよ? ぱっとしようがしまいが、何か依頼は受けないと」
そう言って、彼女は依頼掲示板へと足を向ける。ほぼ全ての街の酒場に、ほぼ例外なく存在する、俺たちみたいな問題掃除人に向けた、厄介事の紙の束。こいつを解決することで、俺たちは飯を食い、女を抱き、生活することができる。
「うーん。街中での雑用を除外すると、ゲロッグの討伐に、ササナキ草の採取、あとは……うぇ、オークの体液採取って、こんなの誰が受けるのよ」
オークとは、豚面豚腹の二足歩行型魔獣のことで、人型なのに魔人じゃないのは、知能が低すぎてブヒブヒしか言わないからだ。
で、そいつの体液採取ってのは……まあ、そういうことだ。性別の指定が無いのは、あいつらは男だろうと見境なく発情するからでしかない。まともな奴が受ける依頼じゃないが、まともなことを言ってられないくらい切羽詰まった奴なら受けることもある、そう言う依頼だ。
「オークはなぁ……流石に」
「そうね。オークは無いわね。まあDDが今回の失敗の責任を取りたいって言うなら止めないけど」
「……勘弁してください……」
マリィちゃんの言葉に、俺の尻がキュッと引き締まる。流石にオークで処女を散らせたくは無い。マリィちゃんの冷たい視線から目を逸らしつつ、俺は必死に依頼掲示板に視線を馳せる。これはもう迷っている場合じゃない。金銭的には元より、貞操的な意味でも。
「あー、じゃあ、これとかどう? 護衛だけど、隣町までだし」
「失敗したばっかりの護衛とか……まあ、でも、条件は悪くないね。移動は馬車で、護衛対象は積み荷。依頼主は……まあ、普通の行商人って感じね。うん、悪くはないわ」
「じゃ、決まりだな」
俺は依頼掲示板からその紙を引きちぎり、カウンターへと戻っていく。
「マスター。これを受けたい」
「……登録証を」
「ほいよ。ドネット・ダスト。B級だ」
「私はこれね。マリィ・マクミラン。同じくB級」
隣にやってきたマリィちゃんからの登録証も確認して、マスターが2人のライセンスに、ポンポンと判子を押す。こいつは魔術の産物で、俺たちがこの依頼を正式に受けたという証明になる。
「集合場所は街の北口門前。時間は朝の7時だ。遅れるとペナルティ、時間によっては依頼破棄として違約金を払うことになるから、気をつけろよ。まあ、B級の奴に言うことじゃないだろうが」
「オッケーオッケー。わかってるって」
「あのね、これ失敗したら本気で借金生活になるのよ? 絶対絶対、ぜったい寝坊しないでよね?」
「お、おっけーおっけー。わかってるって」
マリィちゃんのジト目を華麗にスルー。いい男は常に余裕があるものだ。
「まあいいわ。じゃ、その時間その場所に集合ね。それじゃ、また後で」
そう言って、マリィちゃんは俺に背を向け手を振って、酒場を出て行く。
「おう、また……って、あれ? 俺の宿代は? ねえ、マリィちゃーん?」
俺の声は、どうやらマリィちゃんには届かないらしい。聞こえてないわけではないはずだ。じゃなかったら、明らかに目の前にいるのに無視されていることに理由がつかない。
「ふ、ふぅ。まあ仕方ないさ。いい男は、女を立てるものだしな」
席に戻って、手の中でグラスを揺らす。これが飲み終わった後のことは、またその時にでも考えればいいだろう。