21話 おいで
あの腕は、嘘だろう。まさか、そんなはずがない。でも、なんで。そんなことが。じゃあ、どういう……。俺は、俺は。あああああ、嘘だ嘘だ嘘だ。こんな、どうして。なんでこう、なんで。こうなってしまった。でも、そんなはずがない。違う違う、違う違う違う違う。
混沌とした思考で、壁に張りつけられた惨めな男は喉の痛みを忘れて目の前の腕に釘付けになる。
「ありがとう。アレは口を割らないし、まずこちらからやろうかしら」
自分を痛めつけては復元して、また体を壊しては復元してを繰り返した、人の形をしたナニカがそう呟いた。
待ってくれ。ニスに何をする気だ。触るな、その汚い手で、ニスに、妹に触るな。
男は、声にならない心の叫びをナニカにぶつけた。しかし、喉が潰されて声にならない心の叫びは、そのナニカに届くことは無かった。
ナニカは、白く細い、見覚えのある愛おしい千切れた腕に軽く手をかざす。すると、まるで最初からそうであったかのように、腕から本来繋がっているはずの体が五体満足で横になっていた。しかし、命が無いことは、ただでさえ白い肌が、より一層白くなっているのを見れば明らかであった。
そして、男は確信してしまった。
ニスだ。間違いなく、いつもすり寄ってきては何をしているの、と鬱陶しく絡んできては干渉してくる、兄思いで愛していたニスだ。
男の目から自然と涙がこぼれ落ちた。
「さて、このままだとやりづらいわね。」
そう言うと、ナニカは地面に手を当て、丁寧に岩の台を魔法で生成した。そして、ナニカとその手下は丁寧に物を運ぶように、岩の台にニスを乗せた。
そして、ナニカはまた地面に手を当てると、小さな刃物とピンセットのようなもの等を岩で生成しだした。
「やはり部屋を岩で作っておいて正解ね。生成しやすい。それはそうと……、手袋はどうしようかしら」
ナニカは何をしようとしているんだ。台に乗せられた裸のニス、小さな刃物に、手袋が必要、まるで、解剖でもするのか。
男はそれが頭に過ぎった途端、足を魔法で強化し、背にある壁を踵で打ち付けた。
「あら?口を割る気になったかしら」
シーニスがそう言うと、男は涙でぐしゃぐしゃの顔を立てに振った。すると、シーニスは男の喉に手を当てると、喉を潰された事実など無かったかのように、復元されていた。
「ニスに、な、何をす、する気だ……」
男の発言を見守っていたシーニスに、男は質問を問い掛ける。
「顔を見る限り、何をするのかは分かっているようだけど、あなたの想像しているとおりの事をするだけよ。無論、あなたが全てを話してくれるのであれば、何もあなたの目の前でするつもりはないわよ」
「あ、悪魔……」
シーニスの言葉を受けて、男は吐き捨てるようにそう呟いた。
その言葉を聞いて、シーニスは呆れたように、ふと笑った。
「人を殺すっていうのは、そういう事でしょう?殺す者は殺される誰かにとっては悪魔なのよ。あなただって私にとっては悪魔だった。まぁ、死体を解剖するのとはちょっと違うかもしれないわね」
「……。す、全てを話すから、か、解剖するのは、お、俺にし、しろ」
「わかったわ。必ず、約束は守る」
レイグ=ネーは、小さな村の男の子だった。妹のニス=ネーとの二人兄弟で、妹とは非常に仲が良かった。何の変化もない、何の事件も起こらない村で、退屈で平和で幸せな毎日を過ごしていた。
ある日、村に盗賊が襲ってきた。争いとは無縁な村は、なす術なく無力化されてしまった。拘束された村人も、不思議でたまらなかった様子だった。この村は、極めて貧困というものではないが、特に盗る物もない。何より、ジェノ帝国のすぐ近くにあるため、こんな事があれば、すぐに足が付く事になってしまう。
何故この村を襲うのか、村人には理解出来ていないようだった。
そして、盗賊は物は何も盗らず、その代わり、子供を攫っていった。攫われたのがレイグとニスだった。
何故わざわざ村を襲ってまで子供を攫うのかわからなかった。戦争孤児ならそこら辺で集団野宿しているし、わざわざ村にまで来て攫う必要がない。
疑問を抱えたまま、レイグとニスは盗賊に連れられて、村を後にした。少し村を離れ、盗賊は魔法石を手に取ると、一瞬で山奥の宿のような所へと移動していた。
そして、レイグとニスの元に一人の人間が歩いて近寄ってきた。
その女は、名前をリン=ノウジョウと名乗った。聞いたことがある、確かお母さんが話してくれた。
リン=ノウジョウ。勇者ハジメ様と共に魔王を討ち取った、伝説の戦士の名前だ。
リンと名乗る女はニスの胸に手をかざすと、ニスはプツンと意識が途切れたように倒れ込んだ。そして、すぐにニスは起き上がると、ニスからは言葉に言い表せないような禍禍しい空気を感じた。
今度は自分の番だ。リンはレイグの目を見ると、優しく微笑み、胸に手をかざした。意識が途切れる。ふと目を覚まし、立ち上がる。
すると、ある感情がレイグの中を渦巻いていた。この人に忠誠心を捧げなければならない。この人こそ世界。ああ、この人のために戦いたい。この人のために命を賭けて命を奪いたい。自分の、そして誰かの血をこの方に捧げるために自分は生まれてきたのだ。
その様子を見て、盗賊とリン様は、上手くいった、成功したと喜んでいた。何に成功したのかは分からないけど、リン様が喜んでくれるなら自分も嬉しい。この顔を見るために生まれてきたのだ。隣に居るニスも同じように嬉しそうにしている。
「その、山奥というのはどの辺か分かるかしら?」
そこまでレイグの話を静かに聞いていたシーニスは、レイグに問い掛ける。
「そ、れは……」
レイグは少し躊躇ったが、意を決してシーニスの問いに答えようと口を開いた。
その時、レイグの頭部が、まるで爆弾でも仕掛けられていたかのように爆発した。レイグの肉片と、頭の中にあったものが四方に飛び散る。
レイグの頭の中身の一部は、静かに眠るニスの顔にも僅かにかかった。




