16話 その子は
フォルはダボズの乱暴な拳をかわしながら、僅かではあるが、的確にカトリーヌで刻んでいく。ダボズの動きは大きく、余程のことがない限りダボズの拳がフォルに当たる気配は無かった。
しかし、ダボズもまた皮膚が硬く、なかなか刃が通らなかった。
「そうだァ!それでいい!少しずつで構わねェ!冷静さは欠くんじゃねェぞ!」
ソルがフォルに声援を送る。
キルエは、その様子を一瞬伺うと、巻き込んですまない。とフォルに心の中で謝った。
「ちょっとぉ-、なぁに余裕ぶっこいてくれちゃってんのぉ?」
ニスがジャブ、ストレート、フック、アッパーを織り交ぜた拳のラッシュを浴びせている最中に、よそ見をするキルエに不機嫌そうに言い放つ。
元々キルエは相手を舐めてかかるような性格ではないが、戦闘に巻き込んでしまったフォルが心配なのだ。そして、ニスは素早く、厄介な程に回避に長けているが、恐らく魔法での身体機能向上を速さに重きを置いているあまり、攻撃が軽いのだ。
したがって、鍛錬を積んでいるキルエには、決してニスを舐めていないにしても、フォルを心配する程度の余裕はあるのだ。しかし、だからと言って楽に勝てるという訳ではない。ニスの素早さはキルエの刃を上回っており、キルエの攻撃が当たらないのだ。
しばらくして、状況に変化が訪れる。ニスに若干の疲労が現れ始めたのだ。身体機能を向上させる魔法を巧みに扱えたとしても、あくまで向上させるに過ぎず、体を酷使すれば体力は当然消費されるのだ。ニスは上手く魔法で補ってはいたものの、鍛錬を積み、日々修練を怠る事の無かったキルエと比べれば、基礎体力に歴然の差があるのだ。
「ふっ、はぁ、はァ、あ、あんた、やるじゃない」
ニスは歪んだ笑顔でキルエに言う。その顔は、まるで我慢を顔に隠せておらず、もはや瘦せ我慢であることを隠す素振りも無いと伺える程、懸命に作り上げた虚勢の笑顔であった。
「殺す前に聞こう。お前は誰の差し金だ。答えたなら命を奪うことまではしないでいてやる」
キルエは勝ちを確信したように言うが、表情からはそれが全く読み取れず、まるで、誤解するなよ、お前に対する警戒はまだ解いていないのだ、といったような目つきでニスを捕らえていた。
「はぁ、はふ、ふふふ、おい。あたしをなめんなよ」
ニスはそう言うと、虚勢で作り上げた笑顔を崩し、キルエを睨みつける。
「ダボス!身体強化をあたしに『譲渡』しろッ!」
続けざまにニスがそう言うと、ダボスは縫い目を両手で裂き開いた。そして、ニスは再びキルエに攻撃を仕掛ける。
フォルは、ダボズが何かしようとしているところを察し、早速斬りかかる。しかし、ダボズを斬りつけても、やはり皮膚が硬く、刃が通らない。ダボズが縫い目を両手で開き大きく開いた頭部の穴にカトリーヌを投げつけてみても、ダボズの体内は虚空を捕らえるのみで、何ら手ごたえはなかった。フォルがダボスに色々と攻撃を仕掛けている最中も、ダボズは縫い目を開くこと以外に関心を示す様子はなかった。フォルが攻撃を仕掛けても、どうやら効いてる様子もなく、依然として縫い目を開いている状態で止まっていた。
すると、ダボズの縫い目から霧のようなものが現れ始めた。フォルは、これは一体何なんだ、といった表情でキルエを見るが、こちらの状況に気付いていない様子であった。
なんだ?何があった?おかしい。
キルエは、ニスと戦闘をする中で、ある違和感を覚えた。あれほど疲弊し、敗色濃厚だったニスが、みるみる息を吹き返してきているのだ。いや、それどころか、最初よりもスピードとパワーが上昇しているのだ。
「あれ?あれぇ~!?どうしたのかなぁ!何かあったのかなあ!」
ニスは、キルエの心情がどのようなものか分かった上で、まるで知らないかのように振る舞い、キルエをからかう。
キルエは、大方の予想は付いていた。あのダボズとかいう魔物が縫い目から何か出したのだろう、とキルエは予測を立てた。しかし、それが分かったところで現状が変わるわけではない。ニスは徐々に身体機能が上昇していく。このままではキルエを上回ってしまうのではないか、というところまできていた。
「おいィ!フォル!お前、さっきの精霊が見えたかァ!?」
ソルは、ダボズに引き続き攻撃をお見舞いするフォルに尋ねる。
「見えたよ、見えたけど。何かは、分からない」
フォルは、ダボズに攻撃を与えながら、なんとかソルの問いかけに答えるのであった。
「あァ、ありゃ恐らく無色の精霊共だ。それを魔法で転化した上であのガキに送ったんだろうなァ」
ソルが推測を立てる。
「え、そんなことって、可能なんですか?」
縫い目を開くことを止め、フォルとの戦闘を再開し始めたダボズに応戦しつつ、フォルは答える。
「あァ、可能だ。だが、当然人間には不可能だ。そんなことが出来るのは、精々魔物くらいなもんだなァ」
「えっ、」
そう言われ、一瞬フォルは思考が停止する。なぜなら、それはつまり、あの白い服を着た女の子が魔物であるという事に他ならないためである。
「あの子は魔物なの?」
「あァ、間違いねェ。俺も初めて見たが、人の姿形をして、人の言語を話す、魔物ってことだァ。少なくとも人間じゃねェ事は間違いねェ」
ソルは、淡々とフォルにそう言った。現在に至るまで、人型、しかも言語を操る魔物は発見されていない。
フォルは困惑する以外に手段はなかった。




