1話 師弟関係
フォル=カーマインは、12歳にして旅の途中に両親を魔物に襲われて亡くし、途方に暮れているところを奴隷商人に捕まえられ、商品として売られていた。
陽が肌をじりじりと照らす。
暑い。
他の子供達と一緒に檻に入れられている事、土で茶色く濁った水とカビ付きのパンが日々の食事である事、そして、自分が商品として売られている事。これらについて、もはや何の感情もわかなくなった。
唯一、この檻から出られるのは、トイレの時か奴隷としての作法を調教される時くらいのものである。
しかし、元の生活とそれほど落差があった訳ではない。元々、フォルが住む町は貧困に苦しんでおり、とりあえず農業で飢えを凌いでいる状況であった。そして、子供たちは、教育を受ける間もなく農奴として作物の生産力の一部となる。そして、ただ作物を作り続け、栄養の足りない食事を取り、病になれば助かる見込みもなく死んでいく。優秀な弟は例外にしても、フォルもまたその運命であった。
暑いなぁ。
顔を上げ、しばらく檻からぼーっと空を眺める。どのくらい経っただろうか、突然ドサッと何かが倒れる音がした。無気力に目だけを音のする方へ向ける。
「あ」
心の中で小さく声を漏らす。自分達を売っている奴隷商人が仰向けに倒れていた。首が赤く染まっている。喉を切られたのだろうか。どうやら死んでいるようであった。
そして、その向こう側には、手を赤く染めた、細身で背が高く、金髪で長髪の男が立っていた。彼が殺したのだろう。
男は赤く染まる手を落ちていた布で拭いながら、自分達が居る檻の元へやってきた。
「おう。生きてるかー」
誰も返事はしない。ただ男を見つめた。
「おいおい。完全に心がやられてるじゃねェか。栄養が足りてなくて頭が回ってねーのかァ?」
汚い言葉遣いでそう言うと、人差し指を檻の扉に付いている大きな錠前を上から下になぞる。すると、錠前は真っ二つに割れ、そのまま床に落ちた。
「よし。お前ら、出ろ」
しかし、誰も立ち上がろうとはしない。
「あァー!めんどくせぇ!ッんだよお前ら!死んでんのか!?」
チッ、と舌打ちをすると、上着のポケットから赤く丸い大きな宝石のようなものを取り出して、檻の中へ入ってきた。
「これ、多分檻ごと行っちゃうよなァ。まぁ良いか」
そう言ったかと思うと、一瞬にして辺りの景色が変わる。
手入れされた庭、白い大きな家、整備された道。
何が起こったのだろうか。しかし、それに伴う反応を示す気力は沸かない。
「まぁ!なんで檻まで持ってきてしまったの!?」
どこからか、女の声がする。
「いやァ、こいつらが檻から出ねーからよォ、俺が檻に入って転送したら、やっぱ檻ごと来ちまってよォ」
「言い訳はもう良いですから!早く出してあげなさい!」
男はブツブツと文句を言いながら、男に一人ずつ抱きかかえられ檻の外へ運ばれる。
「こいつら軽すぎるな。どうするか、とりあえず軽く飯食わせるか」
「そうね。そうしましょうか。皆、こんなに細くなって、なんて酷い事を……」
眼鏡をかけた黒髪の女が目の前に姿を現し、哀れんだ。
そして、再び一人ずつ抱きかかえられ、大きな白い家の中へ連れて行かれる。
「さぁ、ゆっくりと食べてね。急いで食べると、お腹がびっくりしちゃうから」
温かいスープとカビの付いていないパンを出される。子供達はゆっくりと食べ始めると、泣き出す者、一心不乱に食べる者など、ぼーっとする以外の様々な反応を見せるのだった。
「美味いか」
男は優しい笑顔で問いかけてきた。
頷き、スープの味を噛み締める。食事を済ませ、一段付いたところで、男は子供達に、奴隷商人に捕まった理由を尋ねてきた。中には取り乱したり、無言で俯く者もいたが、フォルは素直に答えた。
「旅の途中に魔物に襲われて両親を殺されて。それで、一人で居たところを捕まりました」
そうか。と一言言うと、深刻そうな面持ちで黙り込んだ。
質問タイムを終え、「しばらくゆっくり休んでて良いわよ。」と優しい笑顔で女に言われると、フォルを含む子供達は、満腹と安堵から眠りに入った。
床で転がるように寝ていたのだが、鉄の檻のように床は固く無く、奴隷商人の憂さ晴らしに付き合わされる不安も無い事から、久々に熟睡というものを味わった。
「おい、起きろ」
トントン、と肩を叩かれる。ゆっくりと目を覚まし、起き上がる。栄養を取って、ゆっくりと睡眠を取ったからだろうか。体は軽くなり、頭もすっきりしていた。辺りを見ると、すっかり暗くなっていた。
肩が叩かれた方を見る。さっきの男だ。どうやら他の子供達はまだ寝ているようだった。
「お前、名前は?」
「フォルです。フォル=カーマインです」
「フォル、お前はこれから俺と共に生活してもらう」
「え?」
「よし、行くか」
フォルの返答もまたず、そう言うと、男は再び赤く丸い大きな宝石をポケットから手に取る。
すると、今度は一瞬で小さな一軒家の前に移っていた。周りには草原が広がっていた。
「ここが今日からお前の家だァ!」
男は誇らしげに言う。フォルは、何も理解できずにポカンと男を見つめていると、男は何かを思い出したように話し出した。
「あぁ、名前か。どうするかなァ。まぁいいか。俺の名前はユリー。お前の師匠だ!」
相変わらず誇らしげな顔だが、いまいちピンとこない。
「師匠……?」
「あー、えーと。そうかァ。何も説明してなかった。俺にはお前を救った恩がある。だから、悪いがお前には俺のわがままに付き合って貰う。俺はお前を一人前の賞金稼ぎにする!そういう事だ」
唐突過ぎて何も理解できないが、フォルはとりあえず奴隷商人に調教された通りに応答する。
「わかりました。それがご主人様の命令ならば。」
「ッがァー!だァー!だからァ!俺は師匠なんだよ!お前は弟子!奴隷じゃない!分かるか!?」
「では、どのようにすれば、」
「え?そうだなァ、えーと、それはだな、なんか、もっと、こう、あれだ、弟子っぽくしろ!」
「わ、わかりました、師匠」
「よーし!そういう事だァ!」
ユリーは満足げな顔をして腕を組んだ。フォルは、どういう事なんだろう、と思いつつも、とりあえず満足そうにしているから良いか、と自分を納得させた。
ユリーとの共同生活と修行の日々が始まった。