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妄想行脚  作者: きのめ
3/5

白浜の湯

釣りの部分を、敬愛する柳キョウ様の作品に触発されて書いてます。素人の書いたもので申し訳ないです。柳キョウ様の癒される作品、僭越ながらご紹介させていただきました。とても癒されます。皆様ご一読くださいませ。

海の上では初夏の風も、吹けば涼しくすら感じられる。


小舟が揺られているのは海岸からほど近い浅瀬だが、波はなく穏やかだ。海の透明度が高すぎて、外からはまるで宙に浮いているように見えるそうだ。


舟のへりから海底を覗けば、コバルトブルーに光る水底に、色とりどりの小魚が泳いでいる。


暫く見入っていたが、舵の子供が「もうすぐつくよ」と身ぶりで促してきたのでそちらに振り向く。


言葉はわからないが、賢そうな少女だ。肌が健康的に焼けていて眩しい。




出発した浜からぎりぎり泳いでわたれるほどの距離にある島が、我々の目的地だ。そこには小さなホテルがあって、最低限の従業員がもてなしてくれるらしい。


少女が操縦していた船は、滑るように桟橋の横に着いた。

桟橋には二人の女性従業員が待っててくれていて、我々に花冠とウェルカムドリンクを渡してくれた。


ウェルカムドリンクからは不思議な花のような香りがする。


従業員がどうやら説明してくれているようだが言葉がわからない。

首をかしげていると、唯一言葉のわかる記者の男が「エルダーフラワーの炭酸水のようですよ」と教えてくれた。


飲んでみれば、花の香りと炭酸のスッキリとした喉ごしが心地よい。


そのまま案内されたのは小さな東屋(あずまや)で、そこには大きく作られた窓と、ベッド、そして簡易なキッチンだけで出来ているような造りだった。


大きな窓からは出入りできるようになっていて、出てみれば広いバルコニー。バルコニーにはこれまた広いバスタブが備え付けられていて、バルコニーに大きくせりでた布で出来た屋根が日差しを柔らかく防いでいる。



バスタブからの眺めはコバルトブルーの海、そして誰もいない美しい砂浜であった。


「ここでは、旅の疲れを癒す様々なサービスを受けることができます。ご要望の際は何時でもお呼びください。そして、まずはオイルマッサージをこの部屋で受けることができますが、いかがなさいますか?」


記者の男が訳すに、だいたいこんな意味だそうだ。

オイルマッサージとは初めてだ。是非やってもらおう。


我々が頷くと、女性の従業員はにっこりと笑ってガウンを手渡してきた。これに着替えろと言うことらしい。


まっしろいガウンはふかふかしていて、肌触りがよい。部屋の更衣室で着替えてくると、ベッドにうつ伏せに寝るように促された。


ベッドからは、清潔な香りがする。なぜだか、それだけで不思議と落ち着いた気持ちになった。


「」


女性の従業員は、ベッドの横に屈んで私と目をあわせて何か言葉を言った。

これはわかる。歓迎の言葉だ。記者の男から前もって聞いていた。


私は日本語で、「よろしくお願い致します」とだけいった。


女性の従業員はにっこりと笑うと、私のガウンをそっと取り去り、おしりの半分より下の辺りにかけた。初夏の風は気持ちよいくらいで寒くはない。



ザザン…、ザザン…、ザザン…、



波の音が聞こえる。すると、女性の従業員は何かを言って、暖めたオイルを私の背中に落とした。ふわっ、と、オイルの甘いような香りが広がった。


女性の従業員は両手を私の腰の辺りに宛がうと、オイルの滑りを利用して腰から肩の方へとぐいーっ、と重さを込めて手のひらを動かした。


決して弱くはないが、強すぎるということもない。ちょうど、このくらいでやってほしい、というくらいの力強さで、何度も揉んでいく。



ごくゆっくりと、肩口までいくと、そこで暫く止まる。腰に戻るときは指の先で少しだけ押すように戻る。


ぐうーっ、すすすす、ぐうーっ、すすすす、ぐうーっ、…、



筋肉を痛めないようにゆっくりと。


それが終わったら、左肩から右肩にかけての揉みほぐしだ。

オイルを足し、ぱたりぱたりと手をひらめかせながら、しっかりと揉んでいく。ツボを的確に捉えている動きで、後頭部の辺りに一気に快感がかけ上がった。


じわっ、と頭が痺れて、今度は右から左へと戻ってくる手がツボをとらえるたびに、じわじわじわっ、と痺れる感覚が続く。



この頃にはもう身体中の力が抜けて、海のナマコのような心地になってしまっていた。



ザザン…、ザザン…、ザザン…、



かわらず、波音が聞こえてくる。

微かなアロマオイルの香りと、ふわりと心地よい風が海から吹けば潮の香りも運ばれてくる。


あとはもう、ベッドに沈み込むような感覚だ。気温もちょうどいい。



肩が終わったら、冷えないように背中にタオルをかけられた。こんどは、肩から指先へとオイルで按摩してくれているようだ。


絶妙な力加減でどんどんほぐされていく。指先へと来たときに、従業員の女性は手のひらと手の甲を親指は手のひら、それ以外の指は手の甲で挟み、ゆっくり、数を数えるように指圧した。


なんだろう、これは、すごく気持ちがいい。全ての指と、手のひらの至るところを、ただ彼女の指先で挟んで押すだけ。


それを繰り返す。時には手を包み込むように、時には二つの指で挟むように、余すところなく手のひらをほぐしてくれているよう。


もう、眠くて眠くて、どうしようもなくなってきた。

手が終わったら、今度は腕を再び刷りあげるように指圧た。こちらも何度も何度もやってくれる。オイルの力で、摩擦は全く痛くない。


しゅっ、しゅっ、しゅっ、…、


あわや寝てしまう、とその時に、体をひっくり返すように指示された。

胸から下にかけて、またタオルがかけられる。



こんどは、仰向けの肩をがっしりと捕まれて、ぐいーっ、とベッドへと押し付けられた。


鎖骨のした辺りの筋肉が伸ばされ、どっ、と血が巡りだしたのがわかる。

普段猫背気味の私なので、胸が開いたかのような感覚だ。


長いことそうしていて、十分に肩の骨が動いたら、首の後ろに手を回して、ぐぐぐっ、と持ち上げる動き。これも普段使わない筋肉が伸びて気持ちがいい。



次は足だ。足の裏を手で包み、ぐにぐにと揉む。しばらく揉みほぐすと、従業員の女性は手を猫のての形にして、指の第二関節のところでぐりぐりと足の裏に溜まったものを流すようにすりはじめた。



最初は力んでしまうほど痛かったが、老廃物が流れたのだろうか。ふいに足の裏が柔らかくなったような感覚があり、そのあとはじんじんとした気持ちよさがやってきた。

かかとをぐい、と擦られると、例えようもなく気持ちがいい。



もう片方の足も最初はかなり痛かったが、またも足裏が柔らかくなるやいなや、指圧が心地よい刺激へと変わった。



足首も容赦なくぐいぐいと揉む。まるでどろどろした何かを崩して流すかのようだ。


足首が終わったら、従業員の女性は両手の親指と人差し指で、そっと押すような感覚でふくらはぎから太ももまでたどり始めた。


さっきまでの強さとは反対に、ツボを探して優しく押し込むような動き。


これを丹念に繰り返す。

決して強くないのに、リンパが流れてるような、勝手に暖まってくるような感覚が気持ちがいい。


「」


従業員の女性が私に一声かけて、再び屈んで目線を合わせてきた。


もう大分目を開けるのも辛い。従業員の女性はにっこり笑うと、私を仰向けにして大判のタオルをかけてくれた。


そして、私は意識を手放した。













目が覚めると、日はだいぶ高くなっていた。

眠い目をこすり体をおこすと、驚くほど体が軽い。


先に起きていた物書きの青年がやってきて、よく冷えたフレーバーウォーターを渡してくれた。


「この島の柑橘類を切って入れた水だそうですよ」



なるほど。柑橘類の爽やかな香りが水に溶けて、口がベタつく寝起きには最高だ。



「記者さんは、まだ寝てるようですね」


物書きの青年がさす隣のベッドでは、イビキをかきながら記者の男が寝ている。

これはしばらく起きないだろう。



さて、夕飯までまだ時間がある。これから何をしよう。


「よかったら、これから釣りに行きませんか?」


物書きの青年が言うには、このへんに良い釣り場があるそうだ。

釣りも慣れないが楽しそうだ。行ってみよう。


連れだって東屋を出て海へ暫く歩くと、小さいながらも小綺麗な小屋があった。

どうやら、従業員のいるサービスセンターらしい。


身ぶり手振りで釣りが出来ないか尋ねると、中でも若い男性の従業員が奥から釣りざおを2本、綺麗なバケツを1つ持ってきてくれた。


身ぶりから察するに、沢山釣れるだろうからバケツは大きいとのことだ。


釣りざおの使い方を教えてもらいお礼を言うと、釣り場まで案内してくれるという。ありがたいのでそのままついていった。



着いてみると、そこは砂浜から伸びる長い桟橋で、端まで着いてみれば眼前に広がるのは透き通る海と青い空、そしてプカプカと浮く雲の白のコントラストだ。


カモメが何羽か飛んでいて、時おり鳴いては海に飛び込んで行く。


それ以外は、耳を通りすぎる風の音と、穏やかに打ち寄せる遠くの波の音が聞こえるだけだ。


桟橋から下を覗けば、色とりどりの魚が泳いでいた。



魚が見えるということは、食いついたときを見逃すことがない、ということではないか。これは期待できそうだ。


なんて考えたのが甘かった。泳ぎ回る魚はすばしっこく、あっという間に餌は食い尽くされてしまう。針をあげてみれば、綺麗に食べ尽くされたかわいそうな姿だけが手元に戻ってきた。


男性の従業員はおおらかな性格のようで、釣りに四苦八苦する我々をにこにこしながら見ている。


どうやら指導してくれるつもりらしい。



「」



大きい身ぶりで、釣りの動きを再現してくれる。ゆっくり落とせ、と言っているようだ。そうして、ゆっくり上げるらしい。



当たりがきたら竿を立て、魚を取り込むそうだ。



「かかりました!」



男性の従業員の指導のあとすぐ、物書きの青年の竿が大きくしなった。



「」



男性の従業員は物書きの青年に何かを言うと、桟橋を走り出した。こっちにこいと言っているようだ。


物書きの青年もわたわたとついて行く。



当たりが出た場所から少し離れた場所で竿を立てる。予想外に大物のようで、男性の従業員も緊張した面持ちで身ぶり手振り指示している。



「」


魚を弱らせて、最後まで手を抜かず引き上げた時、三人分の歓声があがった。



釣れたのは立派な大きさの、赤く光る鱗が美しい魚だった。男性の従業員はよくやった、といった身ぶりで青年をねぎらった。



「釣りとは、疲れますね。奥が深いです」


暫くやんややんや、と釣った魚を祭り上げていた我々だったが、物書きの青年は釣りざおを男性の従業員に渡すと足を投げ出して座り込んだ。


もう見ているだけで良いという。


確かに、あの魚を引き上げるだけでもかなり時間がかかった。逃さずつり上げるのは相当集中力を要するのだろう。


よし、私も負けてはおれぬ。劣らぬ大きな魚を釣ろう。そうとなればすぐに実践だ。


結局、我々は日が傾くまで釣りを楽しんだ。

















あのあと、私はそれほどの大きさではないが美味しそうな魚を二匹釣った。



男性の従業員は上手いもので、あれよあれよと7匹も釣っていた。


魚は今晩の夕げに調理して出してくれるそうだ。



くたくたになって部屋に戻ると、記者の男が待ちくたびれていた。


なんでも、目が覚めてから優雅にお茶したあと、洗髪のマッサージを受けていたそうだ。


そのあとは我々を探して海岸を歩き、従業員に我々が釣りをしていることを教えられ、行こうとしたが道に迷い、結局戻ってきたらしい。


「夕げの前に、風呂に行きましょう」


記者の男がいい、我々も頷いた。


潮風に吹かれ続けていて、全員塩っぽい感じがする。東屋の大きな風呂は何時でも沸いていてすぐに入ることができるので、我々は服を脱ぐと桶で軽く流して体を沈めた。



「貸しきりの風呂もよいですな」と、記者の男はもうご機嫌だ。


湯船には花と柑橘類の果実が沢山浮いていて、スッキリとした甘い香りがする。

花は花弁が五枚ある白い花で、真ん中に黄色がさした南国らしいものだ。果実は青く、みずみずしい。


湯はさらりとしていて少し温度が高めだ。だが、夕方の涼しいくらいの時分になれば、それも肌に心地よかった。


記者が釣りの様子を知りたがったので、私はことの経緯をかいつまんで説明した。


物書きの青年は釣りの興奮が戻ってきたのか、事細かに話している。記者の男は話にいちいち感心した様子で、おお、なんと、など楽しそうに聞いている。


長くなりそうなので、私は暗くなってきた宵の空を見上げた。


光源が少ない島は星がはっきりと見える。雲一つない空に広がる天の川は、神々しいほどに鮮烈だ。


暫くすると話していた彼らもそれに気づいたのか、同じく夜空を見上げた。気のきく物書きの青年が、グラスにフレーバーウォーターを注いできてくれて、それで喉を潤し、我々は黙って長いこと夜空を眺めていた。



暫くして風呂を出ると、香ばしい香りが漂ってきた。


部屋に戻れば、ちょうど夕食が運ばれてきたようだった。

運んできたのは、先ほど釣りを教えてくれた男性の従業員だ。

彼は少し得意気に、料理の説明を始めた。



「こちらから、前菜の海老のカクテルサラダ、白身魚のカルパッチョ、島野菜のの蒸したもの、貝のスープ、島の果物の盛り合わせです。。釣った魚は希望通り刺身にしてあります。そして、最初の赤い魚は立派だったので、塩釜焼きにしてあります」



記者の男に訳してもらい、我々は従業員の男性にお礼を言った。

彼はにっこり笑って、歓迎の言葉を言ってくれた。


そして、料理と一緒に持ってきた、白のスパークリングワインをあけた。


国の特産らしく、武骨な味と表されるそれは、ワイングラスに注げば気泡の線は太い。甘くなく酸味もゆるやかだそうで、魚料理と合いそうだ。



記者の男が、お前ものめのめ、と男性の従業員に無理やりグラスを持たせたので、四人での乾杯となった。



男性の従業員はやはりおおらかで、少しだけ酒の席に付き合ってくれた。



そしておまちかねの夕げだが、どれもこれも大変美味しい。

海老は噛めばプリっとして、それでいて濃厚だ。白身魚も弾力があり、あっさりとしているが旨味が強い。島の野菜は香り高く、付属の辛味の聞いたタレと、手作りのマヨネーズにつけて食べる。果物は癖が強いものからあっさりしたものまで見たこともないものが並んでいる。

中でも、ライチというものは芳醇でみずみずしく、ポポーというものは濃厚で甘味がつよく好みの味だった。



刺身になった釣った魚だが、新鮮で歯応えがよくうまい。魚の油が用意してくれたという醤油に溶けて、これでは白米がほしくなる。


と、おもったら、薄いさらに盛られて白米が出てきた。昼から遊んで腹がへっているので、どんどん食べられる。白米の上にわさび醤油につけた魚を乗せるともう止まらない。



塩釜焼きの魚はしっとりとしていて、自然な塩味が聞いていて旨かった。

塩と葉に閉じ込めて焼くこの調理法は、大胆だが素材の味がいかされている。



男三人の夕げ、気がつくとテーブルの料理はすっかりなくなり、スパークリングワインを味わうだけとなった。

(つまみにチーズと木の実の盛り合わせが出てきた)



だらだらと談笑していたら、記者の男が夜の浜に行かないか、と提案してきた。

なるほど腹ごなしにちょうど良い、我々は東屋を抜け出し、静かな浜へと繰り出した。



浜までつくと、そこには驚きの光景が広がっていた。

海の微生物だろうか。夜空の星のように、波打ち際が光り輝いていたのだ。


「ここの隠れた見所なのですよ」



記者の男が得意気に言い、私と物書きの青年は驚きに息を飲んだ。

青白く光る海面と、天の川のくっきりと見える夜空とで、まるで宇宙の中にいるようだ。



暫く、我々は黙ってその光景を見ていた。南の島、恐れ入った。



「ああ、最高だ」


思ったら、口から漏れていたようだ。記者の男が笑って、物書きの青年が頷いた。

また来られるだろうか。今度は、私がこの島を誰かに紹介しよう。この素晴らしい体験を、きっと誰もが気に入ってくれるだろう。




















気づけば、またも見慣れた駅舎にいた。


酒まんじゅうはたべごろで、香ばしい焦げ目がついている。

小腹のすいた我々に、ちょうど良い大きさのそれはすぐに無くなり、白湯でほっと一息を着いた。



「白浜の湯、きれいでしたね」


物書きの青年が言い、私も頷いた。

そういえば、海に入っておけばよかったなぁ。


時刻は午前三時半、始発にはあと少しだけ時間があった。


「最後の話は、あなたの番ですな」


記者の男は、裾の砂を払いながら片目をぱちんと閉じた。

この男、もう付き合いが長いと茶目っ気がつよいな。


しかしそうか、まだ『暖まる話』を語ってないのは私だった。しかしそうだな、何を話そうか。


私は火鉢に炭を足すと、ふるさとのとっておきの宿を思い描いた。



「では、そこはただの田舎でございます。山をわけいって、わけいって、汽車など当然ございません。では、お連れいたしましょう。人里離れた辺境の地、『青竹の湯』へ」


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