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自失  作者: イルカポネ
1/1

瓦壊

不定期更新いたします。

読んでくださるだけで嬉しく、ありがたく思います。

 蝉が鳴いている。秋の声は聞こえない。真夏の茹だるような暑さだけが脳を麻痺させる。

 もう盆だというのに、何の用意もしていない。父も母も他界した。次は自分の番だと思っている。

 早く、早くと順番を待つ。死にたくても死ねないのは知っている。それはもう試した。

 父方の家系では、死に際に白い狐が見えるとうわごとを残して死んでいく。何を意味しているのかは不明であるし、本当にそんなものが見えているのかどうかも分からない。ただ、曽祖父も祖父も、そして父もそう言って死んでいった。

 こうして寝転がっていても、暇に殺されそうだ。佐藤栄太は、突然背後から誰かに殺されたい、と思うこともあったが、相手は選ぶようだ。リモコンに手をのばして、包丁を振りかざして背後に忍び寄ってきていた暇から逃げ出す。リモコンの方から来てくれればよいのに、と何時も思う。

 テレビをつけると、ワイドショーで、いやらしい引き攣ったような笑顔を浮かべたコメンテーターが、盆の話をしている。この人は何時も何時も知った風な口を利くから好まない。チャンネルを切り替えるも、面白い番組などやっていない。そもそもテレビを見る時など、好きな人物が出演している時だけだ。栄太のような人間がいるから、番宣だなんだといって、人気の俳優が不自然に登場するのも、肯かざるを得ないのかもしれない。

 だが、墓参りには、行かなくてはいけない。忌み嫌っているコメンテーターが耳に吹き込んでいった盆の話題が、脳みそにどろりと残っていた。

 重たい腰をあげた。


 栄太が大学を卒業して、もう5年になる。ストレートで田舎の国立大に入学し、彼女を作り同棲生活をスタートさせ、サークルではお得意のバンドで持て囃されたところまでは良かったものの、就活を前にして持病が悪化した。

 病名はアトピー性皮膚炎。軽度の症状は山ほどいるが、重症となると、そうはいない。

 皮膚は赤く爛れ、皮膚を守ろうとして汁が出る。炎症により顔は厚ぼったく腫れ、特に目は二重瞼が一重瞼になってしまうほどだ。

 痒みは想像を絶するほどで、我慢すればするほど、身体中を百足が這うような気狂いを起こしそうになるものだ。周りを気にしなくてよいときには、実際に半狂乱になり、暴れだす。

 痒くて痛くて気持ち悪くて眠れないので、睡眠は風呂でとる。風呂に浸かっている間は、不思議と痒みが少し和らぐ。しかし後から聞いた話によると、これは非常に危険な状態で、寝ているというよりは気絶に近いのだそうだ。

 そんな生活を強いられるものだから、自律神経も可笑しくなってくる。生きているだけで、怠い。生きているだけで、まるで犯罪者にでもなったような気持ちになる。生きていてはいけない。そんな心持ちがするのだ。

 そんな状態でも、付き合っていた彼女は見捨てないでくれた。怠い怠いとうなされる身体を、腱鞘炎の腕でマッサージしてくれた。

 私も私で、すぐにこんな病気は治る。治してやる。という気概があった。大して苦労もせず国立大に入り、女も出来て、サークルで得意の分野で喝采を浴びたことで、栄太には偏狭な万能感が生じていた。自分は大丈夫だ、と。

 結果は、全然大丈夫などではなかった。顔から汁を吹き出しながら、赤く爛れた顔で、栄太は就活をした。写真を張る形式のエントリーシートを提出させている会社はその時点でお断りだし、面接まで進めてもそこでアウトだった。

 栄太自身、このような状態で就活を続けるのは困難だと思ったし、採用する側の立場で考えてみても、どう見ても採用できるような状態ではなかった。

 いくら履歴書に国立大卒業見込み、サークルで副部長、ゼミにも参加。バイトは飲食業で接客をしていました、などと書いても、そんなものにゴミほどの価値もない。便所に転がるトイレットペーパー千切れた破片のようなものだ。

 結局、卒業まで栄太の病気が良くなることは、なかった。

 言うまでもなく日本は新卒至上主義である。まだ存命だった両親と相談の上、必要単位だけをとって、卒業論文の提出を留保し、休学。病気の快復を待つこととした。


 実家に戻ってからの1年目は地獄だった。

 病気は悪化。数万匹の矮小な虫に咬みつかれているような痒みのせいで顔を叩き、麻痺させようとする癖があった。実際にそうせざるを得なかった。そのせいで、目は白く濁り、白内障になった。文字は追えなくなり、太陽の下に出ると眩しくて目を開けられなくなった。手術が決まったが、2か月も待たなくてはならなくなった。栄太は新卒や経験者以外の採用に厳しい会社員ではなく、年齢に比較的やさしい公務員になろうと考え、勉強を進めていたが、文字が読めないので、ストップした。

 そして栄太にはもうひとつ、耐え難い苦痛があった。父親との関係だ。栄太が神経過敏になっているせいもあったが、父のいうことはいちいち当時の栄太を苛立たせた。

 目の手術をする前、栄太は、現在の病気が快復しない理由を目の不調と思っていた。ストレスが病気を悪化させているのだと。

 しかし、いざ手術を終えてみても、目が白む以前の景色よりは格段に見づらくなった景色がひろがるだけ。手元は分厚い眼鏡を装着しなくては見えない状態だった。それでも、贅沢は言わぬ、白んでいる時よりは、よっぽどクリーンな世界が広がっているのだ。

 栄太は、その景色を、これからの自分の展望に想いを寄せた。しかし、結局は病気の悪化の原因は目だけではなかった。

 手術の手続きをしたのが、春。手術を行ったのは夏。そして、あっという間に秋がきた。栄太は鬱積するストレスと戦っていた。畜生、畜生と毎日自分と、自分の人生を呪った。父との関係も悪化の一途を辿った。


 半袖では寒さを感じるようになった北海道の9月。栄太は心療内科を受診した。眠れないことを含め、精神的な問題が自分を侵蝕している気がしてならなかった。

 医師の診断の前にカウンセラーとの面談がある。正直に話す。自分のストレスの要因になっているものを吐き出す。自分でもかなり理解出来ている。栄太の持つコンプレックスが余計にストレスを増大させていることを自己で再確認した。

 医師の診断は、大学の地元で就職をした、彼女の家に行け。とのことだった。父の確執を除去する方法をしては、実に理にかなっていた。彼女もまた、ずっと、こっちに戻ってきなよと言っていた。彼女も寂しかったんだろう、と思う。夏頃までは、電話も頻繁にしていたが、最近では少し回数は減ってきていた。彼女は大手証券会社の営業職をしている。忙しいのだろう。

 彼女にも両親にもそのことを伝えた。準備は始まってみるとなかなかの早さでまとまった。まるで逃げ出すように。

 足として使うJRの改札まで迎えにきてくれた母と別れを告げ、寝台列車に乗り込む。痒みの波がいつくるか、いつくるか、恐怖は車輪の音とともに軋んで歩み寄る。


 普通の人にしてみればなんてことない距離なのだが、栄太にとっては大移動であった。半日かけて大学時代を過ごした第二の故郷に到着した。朝早くに駅に迎えに来てくれた彼女を見て、栄太は懐かしく思った。たったの半年ほどが懐かしく思えるほど、半年という時間は長かった。たった半年、経ってしまっていた。

 栄太は期待していた。大学で知り合ったこの彼女に、栄太は弱みも強みも、全部見せていた。そのくらい、気兼ねなく話せる相手だった。親よりも自分のことを理解してくれる、そんな風にも考えていた。少なくとも、大学在学時の病気の様子は両親も知らなかったが、彼女は毎日毎日見てくれていた。看てくれていたから。

 だから栄太は、心療内科の先生が勧めてくれたこの荒療治に、期待していた。彼女のところにいけば、ストレスから解放され、良くなるかもしれない、と。ただ、同時に不安も抱えていた。

 食事だ。栄太の病気は生活習慣が大きく関わっているといわれている。そのため、バランスのいい、あまりアレルギー悪化させない食事を心がけていた。

 実家にいる時、その食事を作ってくれていたのは、父だった。

 彼女と再会した。全然良くなってないじゃん、と言われた。その通り。あまり目を合わせてくれない。照れているのとは、違う気がした。

 彼女の部屋に入る。散らかっている。アレルギーの原因になるから、部屋は綺麗にしておいて欲しいと、居候させてもらう側にも関わらず注文をつけておいたが、実行はされていなかった。忙しいから、と彼女は答えた。なんでも言えるはずの彼女だったが、それ以上の追及はしなかった。

 毎日ごはんは作れないからね、と先に念を押された。一番心配だったところだ。栄太が自分で作ればいい、と普通ならばそういう発想になるが、この頃の栄太に毎日料理を作ることが出来るような気力はない。

 異常な寒気が襲いかかる。皮膚が薄くなっているのと、自律神経が狂っているせいだ。毎日この不自然な寒さに襲われるたび、不安が波のように広がる。自分はいったいどうなってしまうのだろう。治るのだろうか。そして、今は、より現実的な問題が眼前に迫っていた。

 皮膚が気持ち悪いので、風呂に入れさせてもらう。服を脱いでいくと、尻のあたりを見た彼女が、痩せたね。と一言つぶやいた。

 風呂にはまるで脱皮したんじゃないかと思えるほどの皮膚片が浮く。正常な状態に戻ろうとした皮膚が、身体に定着する前に、剥がれ落ちてしまう。それらを丁寧に洗い落として、シャワーを上がった。

 前日飲み会だったらしい彼女は、昼前に寝てしまった。栄太も、カーテンの閉まった暗い部屋の中で、眠れないものの、目を閉じた。

 

  続

 

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