Simple Follow
日本語訳。『シンプルなフォロー』
昭和五十年八月一日。佐倉フミはお姉さまと呼ばれる女の自宅で泣いていた。お姉さまはリビングの床に座り込み大粒の涙を流す佐倉フミに声をかける。
「泣かないで。いつか帰ってくるから」
「いつ帰ってくるの」
「四年後のつもりだけど長引くかもしれない。悪く思わないで。今日はフミちゃんと過ごす最後の一日だよ。だからプールに行ってカナヅチを克服しよう。私は優雅に泳いでいるフミちゃんの姿が見たい」
「最後の一日なんて言わないで」
「もう会えなくなるかもしれないでしょう。だから間違っていない。最後に日本のプールに行きたい。そこでフミちゃんがカナヅチを克服する姿がみたい。我儘なのは分かっているけど、一緒に来て」
強引だと思いながらも佐倉フミは縦に頷く。
それは佐倉フミがタイムスリップする前の記憶。しかし佐倉フミはお姉さまと呼ばれる女の顔を思い出すことができない。
平成二十六年八月二十五日。午前八時。佐倉フミは寝室で目を覚ます。佐倉フミが回りを見渡すと寝室に置かれている椅子の座って眠っている様子が見えた。
なぜこうなったのか。佐倉フミは思い出す。半日前佐倉フミはお姉さまと呼ばれる人物について思い出そうとした。その後のことを佐倉フミは覚えていない。
佐倉フミは薄い布団を古川宗次の体にかけようとする。
その直前古川宗次が欠伸をしながら目を覚ました。
「フミ。起きたのか」
「うん。何か心配かけたみたい。ごめんなさい」
「フミは悪くない」
「ありがとう」
「特に何もしていないが」
佐倉フミの言葉を聞き古川宗次は顔を赤くする。佐倉フミは言葉を続ける。
「夜通しで私の介抱をしていたのでしょう。布団もかけずに椅子に座って」
「フミが寝ているベッドで一緒に眠るわけにはいかなかった。後で如何わしいことをやったと思われたくなかったから。聞くけど、お姉さまというのはフミの姉のことではないのか」
「そんなことはない。私には姉がいなかったから。お父さんにお母さん。私の三人家族。だから姉は存在するはずが……」
佐倉フミが言いかけた時、彼女の封印された記憶の扉が開く。友達とプールに行った帰りに交通事故に巻き込まれて、タイムスリップした。この事実が間違っていた。
一緒にプールに出かけたのは友達ではなかった。佐倉フミはお姉さまと呼ばれる女と一緒にプールに出かけた。その帰りに交通事故に巻き込まれて、タイムスリップした。
改ざんされた記憶。そのことに気が付いた佐倉フミはお姉さまの言葉を思い出す。
「ピンク色のチャイナルック。フミちゃんの誕生日にプレゼントするからね」
それはお姉さまと呼ばれる女の別れの言葉。
佐倉フミはタイムスリップした直前の記憶が戻りそうになった。だが彼女はお姉さまの顔や名前を思い出すことができない。
佐倉フミが深刻な顔を見せると、古川宗次が声をかける。
「そういえば昨日園山さんから電話がかかってきた」
この時古川宗次は思い出した。あのことは佐倉フミに伝えてはいけないと。
「園山さんから。何の電話だったの」
「命が狙われていないのかという確認の電話だった」
古川宗次は適当に嘘を吐く。佐倉フミはベッドの端に座り、口を開く。
「嘘だよね。何か隠している印象がする」
「何も隠していない」
「どうして園山冬実さんが何も隠していないと断定できるの」
佐倉フミの質問を聞き古川宗次は安心する。自分の嘘が見抜かれていないと。
「あの人は世界を救おうとしているだけ。未だにフミとの関係を隠しているのも気になるけど」
「そうだよね。その電話で私のことを何か言っていなかった」
「特に言っていなかったが」
「そう。それより朝食はおにぎりが食べたいな」
「分かった。お米を炊いていなかったからコンビニに行ってくる」
古川宗次はコンビニに出かける。その道中彼は呟く。
「俺と佐倉フミは前代未聞のテロを止めることができる。その言葉の意味も分からない」
次回『Sound Future』




