Satisfied Firefly
日本語訳。『満足したホタル』
八月十二日。午後七時。その電話は突然だった。
「風次郎。今度は何だ」
『今から一緒にホタルでも見に行かないかな。一時間前に放送されたニュース番組で環境団体がホタルをこの街に流れる川に呼び込むために清掃活動を行ったと報道されたのだな。その川で一緒にホタル観賞でもやりたいな。フミちゃんとな』
「分かった。誘ってみる」
古川宗次は電話を切り、佐倉フミに聞く。
「ホタルを見に行かないか」
「行くよ」
佐倉フミが頷き、古川宗次は折り返し鈴木風次郎に電話する。
それから二人は目的地まで歩く。
「楽しみ。ホタルがどれくらいいるのか」
「期待するな。環境汚染が原因でホタルの住処が減っている。三十九年前と比較したら、少ないだろう。まあ環境団体がホタルの住処を作ろうとしているから絶滅する心配はないけど」
十分後二人は街に流れている川にやってきた。鈴木風次郎は二人を見つけると手を大きく振った。
「態々呼び出して悪かったな」
その川は街の中心部に流れている。鈴木風次郎は月を眺めながら、古川宗次に話しかける。
「宗次。暗闇に乗じてフミちゃんの手を握りたいな」
「それがやりたくて呼び出したのか。手はプールの時に握っただろう。元カノとは手も握ったことがなかったくせに。草葉の陰でさくらが泣いている」
「それだけ進歩したということだな」
「元カノとの未練があるのが分かりやすい」
「普通に別れたわけではないから、未練がないといったら嘘になるな。一応聞くが、ここまでくるまでの間宗次はフミちゃんの手を握ったのかな」
「握っていない」
「そうだろうな」
二人が会話をしていると、突然ホタルが空を飛び始めた。
夜空を舞うホタルに佐倉フミは見入っている。
「本当にきれい。三十九年前と同じくらいきれいだよ」
その佐倉フミの発言を聞き鈴木風次郎は首を傾げる。
「三十九年前というのはどういうことなのかな」
「ああ。フミは近現代史オタクなんだ」
古川宗次はなぜ自分が嘘を吐いたのか分からなかった。昭和五十年からタイムスリップしてきたというのが事実を鈴木風次郎が信じるはずがない。その考えが彼に嘘を吐かせたのかもしれない。
古川宗次の中に疑問が生まれたからなのかもしれない。佐倉フミは本当に昭和五十年からタイムスリップしてきた存在なのか。
現在佐倉フミが昭和五十年からタイムスリップしてきたことを裏付ける証拠は一つもない。
佐倉フミ。彼女は何者なのか。その謎を古川宗次は再認識した。
だが古川宗次は暗い顔をせず、ホタル観賞を佐倉フミと共に楽しむ。
佐倉フミが満足そうな表情を浮かべ、二十分に及ぶホタル観賞は幕を閉じた。
次回『South Festival』