第八十五話 正義2
シャルはもう限界で息も上がっていた。
これ以上は逃げる事すら難しかった。
それでも俺がやる事は変わらない。
「限界かな?
もう諦めたらどうだろうか」
「俺が絶対にシャルを守る!」
「君は一途だね。
しかしシャル君にそれ程の価値があるのだろうか?
だが……君にはその価値がある。
主人と使い魔といっても所詮、人とモンスター。
相容れない物だよ。
そして君は飛竜の一種だろう?
良い飛竜の雌を紹介するから国につかないか」
それは親切から言っているのかもしれなかった。
だが俺を怒らせるような内容だった。
「俺はそんな事に興味はない!」
「なら人間の奴隷を用意しよう。
いや君が望むなら何でも用意する。
そこのシャル君を自由にする事も私の、国の協力があれば可能だよ?」
俺は完全に切れてしまった。
これは親切で言っている事では無い。
明確な挑発だった。
自分が今までモンスターや物の様に扱われてもここまで怒った事は無かった。
だが大切な者がそんな扱いを受ける事がこんなにも腹立たしいとは知らなかった。
「ふざけるな!
俺は欲しい物は自分の手で手に入れる!
そして大切な者を傷つける奴は許さない!」
「ファースト……」
シャルは複雑な表情をしていたが今はそれどころでは無かった。
「それで君はどうするというのかい?
現状何も出来ないはずだよ」
「エレクト様、もう止めましょう!」
シャルは懇願した。
俺にはそれさえも許せなかった。
「シャル、止めろ!
俺はもう我慢できない!
ほんの些細な事でも、もう我慢できないんだ!」
こんな時だというのに前から我慢できなかったどうでも良い事を叫んでいた。
「……それだよ、その様付けが我慢できない!
あんな奴に様なんて付けなくて良いんだよ!!!」
俺はもう怒りで頭がどうかしていた。
エレクトだけでなくシャルにすら当り散らしていた。
「ファースト、今はそんな事……」
「悪いが後で話そう。
今はエレクトを倒す!
シャルは遠くで見ていてくれ」
「えっ? きゃっ!」
俺はシャルを遠くへと移動させた。
シャルを空へと放り出す。
その先には真っ黒な穴、門の様な物が開いており、シャルの姿はその中へと消えてしまう。
……それは転移の魔法だった。
「なっ! その魔法は!」
これにはエレクトも驚いていた。
「なぁ、エレクト。
……何か気付く事は無いか?」
俺は挑発の仕返しがしたくて堪らなかった。
「俺は迷宮出身でね。
……お前の友人は不味かったよ」
きっと昔食べたあの肉はエレクトの友人の物に違いなかった。
確証はないが状況証拠が揃いすぎていた。
「……人間とモンスターは相容れない物だったね。
自分で言っておいて今頃……理解したよ」
エレクトの顔からやっと笑みが消えた。
だがこれくらいでは済まない。
「俺にもう不利な要素は無い。
思いっきりやらせて貰う」
俺は空を飛ぶ。
今までとは全く違う速さだ。
シャルやエレクトがいくら鍛えてもそれは人間の範疇だった。
だが俺は違う。
体のつくりそのものが違うのだ。
その速度は衝撃波が発生する程のものになっていた。
「ぐっ! なんて速さだ!」
その速度ではエレクトの傍を飛ぶだけで攻撃をしているような物だった。
だがエレクトはそれをなんとか耐えていた。
「捉えきれないか……。それならそれで手はある!」
エレクトは奥の手とでもいうのか全方位攻撃の魔術を使用した。
それは逃げ場など無く、周囲一帯を巻き込む凄まじい威力だった。
地上で使用したなら街が一つか二つ消し飛んでいたかもしれない。
「俺にそんな物は効かない!」
だがそんな魔術は俺には効かなかった。
アンチマジックフィールドで簡単に防御できる。
むしろそれすらも使う必要は無かったかもしれないが。
だがそれはただの目晦ましだった。
エレクトの従魔ワイバーンが俺に体当たりをし、俺に掴み掛る。
そしてエレクトは先ほどまでとは違う剣を構え、更に上空から俺に斬りかかる。
「止めだ!」
エレクトの持つその剣は赤黒い色をしており、嫌な感じがした。
多分あれは俺に有効な武器、ドラゴンスレイヤーだ。
初めから俺をやるつもりでどこからか準備してきやがったな。
ワイバーンに拘束された状態では回避できない。
手段はいくつか考えられたがここは前に使えなかった手を使う事にした。
俺はエレクトの攻撃が届く瞬間、幼生へと擬態した。
ワイバーンの拘束は簡単に解かれ、エレクトも俺を見失う。
「くっ、そのような使い方も出来るのか!」
攻撃を回避し、一端エレクトと距離を取った。
そしてまた成体へと変態する。
「そんな物騒な物を隠し持っているとはな。
だが次はこっちの番だ。
……避けきれるかな?」
俺は今からブレスを吐く。
エレクトは簡単に回避できるだろう。
だがエレクトは回避しないはずだ。
俺からはエレクトとワイバーンが見える。
そしてその更に後ろには……アインツ王国の兵士達が見えた。
俺は初めからこの場所へとエレクトを誘導していた。
「……同じ事をやられるとはね」
エレクトの返答はどうでも良い。
俺はやる事をやるだけだ。
「ドラゴンブレス!」
それは何時もより大きく、だがゆっくりとした物だった。
……エレクトは避けなかった。
きっと全力でアンチマジックフィールドを使っているに違いない。
だがそんな物で防げるほど俺のブレスは弱くない。
俺のブレスで兵士達が炎にまみれる……はずだった。
「俺はこんな事は望んではいない。
初めにシャルが言った通りだ。
それにお前が本気で攻撃してこなかったからな。
……これくらいで許してやるよ」
俺は手を抜いた。
炎はエレクトだけを襲い、軽く服を焦がした程度で終わった。
そしてエレクトはずっと本気で戦ってはいなかった。
光の矢があんなに遅い訳が無い。
本気ならアンチマジックフィールドを常時展開しなければ防げるはずが無かった。
「……使い魔が主人無しでそんな判断を下せるのか。
君は本当にモンスターなのかい?」
使い魔、モンスターならもっと短絡的で簡単な解決方法を選ぶのかもしれない。
「俺がどうするかなんて分かっていたはずだ。
だからこんな面倒な茶番を演じたんだろう?」
「……これも国の命令でね。
こうなるって言ったのだが、信じて貰えなくてね」
俺とエレクトの戦いは遠くから監視されていた。
それは初めから感じていた事だった。
あんな遠くからでは細かい事は何も分からないだろうに。
……近かったら戦いの巻き添えで監視も何も無いか。
「試して悪かったね。
だがこれで国も納得するだろう。
これからは君を懐柔する方向へと進んでいくと思うよ」
「そんな事言って良いのかよ」
「正直に話した方が君には有効そうだからね」
そしてエレクトは何時もの笑みを浮かべていた。
本当にいけ好かない奴だ。
「そう言えばシャル君をどこへ転移させたのかい?」
「ここを安全に監視できるところだよ」
「それもばれていたのか。
……監視者は今頃どうなっているのだろうね」
「本当のモンスターを見ているかもしれない……」
国は注意するべき者を間違えていたのかもしれない。
◇◇◇
そこには国の者が数人、エレクトと俺を監視していた。
そしてもう一人、本来なら監視される側の人間がその者達を監視していた。
「で、どういう報告をするのかしら?」
シャルはその者達の首に剣を当てながら質問していた。
……監視というより、尋問か拷問の方が近いか。
「は、はい。ドラゴンは友好的で信頼に値すると報告させて頂きます」
「……私の事は?」
「使い魔をきちんと躾し、手足の様に扱えると、はい!」
本当は警戒すべきはシャルだと報告したいだろうに。
「分かっていると思うけど、エレクトさ……騎士団長よりドラゴンの方が強いわよ。
もし今言った事と違う報告をしたら、どうなるか分かっているわよね?」
完全に強迫だった。
「「「は、はい!」」」
そして最後の駄目押しだった。
「……当然、魔法については何も言っちゃ駄目よ。
例えどこに逃げても隠れても、簡単に見つけ忍び寄る事が出来るのよ?」
どんな魔法を使ってシャルがここに現れたかは少し考えれば分かる事だった。
だが国の監視者たちはその事について深く考えない事にするだろう。
この魔法……転移ははっきり言って反則だった。
悪用しようと思えばどんな事でも可能になるだろう。
それゆえに存在すら明かしてはいけないのだ。
……本来なら。
「まったく……使っちゃ駄目って言ってるのに……」
シャルは剣を握る手に力を入れていた。
どうしてそこで力が入るのか。
……深く考えてはいけない。
◇◇◇
「最後に一つだけ聞きたい」
エレクトはシャルを迎えに行こうとした俺に質問して来た。
「君は本当に私の友人を……」
やはりその事だけは気にしていたか。
「……ドラゴンは人間を食べるらしい。
俺は知らなかったんだ。
そしてエレクトは知ってるだろ?
……俺は肉が嫌いでね」
言葉でいくら言っても信じないだろう。
行動でそれを示すしかない。
「……分かった。君を信じるよ……」
エレクトはこれまであまり見た事の無い複雑な表情をしていた。
俺にはこれ以上はどうしようもなかった。
モンスターが言葉を話しても信頼はされない。
なら行動によって信頼されるしかないのかもしれない。
それは……人間でも同じなのだろうか?
そしてこの後に待つ暴君にどうやって信頼して貰うか?
今から考えなければいけなかった。
行動(暴力)での信頼だけは止めて欲しい物だ。
感覚共有では剣の風切音だけが感じられた。




