第八十話 行軍
「ふむ、今の内から俺の所で働く練習か?
良い心がけでは無いか」
「……今回だけだ。
なんでシャルはケーゼを手伝えなんて言ったんだよ」
俺は今度はケーゼの手伝いに来ていた。
五年生は遠征で四年生の指揮を取る。
シャル達が四年生の時と違って、きちんとAからEクラスまで五クラスあった。
その為、三年生との合同では無く、四年生だけだ。
特に来賓がある訳でも無く、やっと例年通りに戻ったといった感じなのだろうか。
開催場所だけは昔とは違っているけどな。
そして決まり事も徹底していた。
今までの様に甘い判定はされない。
模擬戦の範疇を越える武器の使用は認められていない。
訓練用の矢、槍、剣や盾などしか使用できない。
もし本物の弓矢など使おうものなら、拘束され裁かれる可能性すらあるという事だ。
前例が悪すぎたのかもしれない。
あくまで訓練と言う事を重視する事になったようだ。
「ファーストさん、今回も宜しくお願いしますね」
「トートはなんでまた……。
卒業課題はもう終わっているだろうに」
「僕は外の広い世界を知り、本当に大切な事を学ぶ為です」
それはもう何度も聞いた台詞だった。
……陛下からの命令とは言え大変だな。
そして今回の遠征には他にも大勢の五年生が来ていた。
ケーゼとトートの他に八名。
キルシュ、マルメラ、ガーベル、レッフェル、ヴィンデ、トルペ、タッセ、そしてシャルだ。
シャルは本当は来たくなかったようだが、国からの要望(命令)で仕方なくと言った感じだった。
俺はシャルに付きたかったが、これもシャルからの要望(命令)だ、諦めよう。
それぞれが指揮官もしくは副官を務める。
俺が手伝うケーゼはAクラスの指揮官、そしてトートが副官だった。
ケーゼがどんな采配を振るうのか気になるが、普通にぶつかればAクラスが勝つ。
これはもう出来レースの様な物なのかもしれない。
◇◇◇
「俺が指揮官のケーゼだ。
俺の指揮下に入れた事を光栄に思うんだな」
「「「はい!」」」
公爵という地位があるからだろうか。
ケーゼの上からの物言いに誰も不満を述べなかった。
「副官のトートです。
模擬戦闘では細かい指示を出す事になると思いますが、指示通りに動けば必ず勝てます。
落ち着いて行動して下さい。
それでは中隊長は此方へ来てください。
初戦の作戦を指示します」
「「「はい!」」」
トートもその容姿の為か簡単に受け入れられていた。
……その境遇に同情されたのかもしれないが。
「理解の出来ない行動を指示するかもしれんが、その通りに動け。
全てを俺に任せておけば良いのだ。
それが最善で最強の力を発揮する事になる」
「僕の方から指示を逐一出しますので、聞き逃さないよう注意して下さい」
大体の流れは説明されたが、その行動の意味までは説明されなかった。
ただ駒の様に動けという事だろう。
そしてそれは戦争では当たり前の事だった。
◇◇◇
「初戦はBクラスです。
強敵ですが作戦通り頑張りましょう!」
「俺に任せておけば良い、何の心配もいらん!」
「「「はい!」」」
敵Bクラスの指揮官はガーベル、副官はレッフェルだ。
……ケーゼの取り巻きじゃねーか!
これはもう完全な出来レースだろ!
「たとえ相手がケーゼ様でも手は抜きません。
むしろ全力で戦ってこそ信頼を得られるという物です」
「僕も全力で受け止めて貰うんだ!」
だが俺の予想とは裏腹にガーベルは本気で戦うようだった。
レッフェルの言い分は良く分からなかったがな。
両軍とも同じ陣形、横陣で特に変わらなかった。
ただ均等に並んでいるだけの陣形だ。
違いは隊列で味方はハンターだった。
魔術的に優位で射程に差があるのだから当たり前か。
敵もそれは分かっており、隊列はクロスで守りながら進んでくる。
敵は各小隊同士もやや密集しているように感じられた。
「……魔術を使用するぞ」
「魔術師は構えー!」
ケーゼが指示を出す。
敵との距離はまだかなりあり攻撃が届くとは思えない。
しかも物理による攻撃はしないようだった。
「……今だ」
「放てー!」
ケーゼがタイミングを計り、トートの指示で魔術が使用された。
当然敵には届かず、ただ手前の地面へと魔術が突き刺さっただけだった。
それでも味方は指示通りに何度も魔術を放つ。
「魔術に注意しろ!」
ガーベルは警戒の言葉を叫ぶ。
しかし何の影響も無く、進軍速度を緩めただけだった。
「クロスです! 一気に駆けます!」
トートが声を上げる。
敵とは逆に味方は進軍速度を速めた。
そして隊列をクロスに変更していた。
「勢いに乗って一気にぶつかるつもりか?
……此方も進軍速度を速めるぞ!」
「全軍前進だー!」
ガーベルは此方が突進力を上げ、勢いよくぶつかるつもりだと判断したようだ。
レッフェルが当たり負けしないよう前進の指示を出す。
だがケーゼの狙いはこの進軍速度だった。
「なっ? 陣形が乱れる!?」
ガーベルが驚きの声を上げた。
指揮を取っている後方ではまだ分からないのだろう。
前方ではその足場の悪さに苦慮している事が。
地面は味方の放った魔術で穴だらけになっていた。
敵を攻撃する為の魔術では無く、地面に穴をあける為の魔術だったのだ。
それは足が入るくらいの大きさだが、深さはそれ程無い。
……引っかかって倒れるには丁度良い大きさだった。
そして進軍速度を速めたのならそれはもう立派な罠と言えた。
「止めだ。今なら倒し放題だ!」
「隊列をハンターに!
遠距離攻撃準備!
……放てー!!!」
敵は陣形も隊列も乱れた状態で攻撃を喰らう事になった。
そして満足に防御する事も出来ず、そのまま撤退するしかなかった。
初戦は快勝だった。
◇◇◇
「……教師陣から次はあの戦法は使用禁止だと言われました」
少しやり過ぎたらしい。
一方的に敵を倒してしまったからな。
「問題ない。別の作戦も準備してある。
また理解できない行動があるかもしれないが指示通り動け」
ケーゼはまだ策がある。
次はCクラスとの対戦になる。
敵指揮官はヴィンデ、副官はトルペだ。
「ケーゼさんは強敵だけど上手く頑張ろう」
「敵の力は前の試合である程度計れた。
問題は何も無い」
ヴィンデは少し頼りなく感じるが、トルペが冷静な判断を下すから大丈夫なのか。
此方は前の戦いと同じ横陣でハンターだ。
敵は魚鱗で隊列はクロスだった。
一気に突破を掛け勝負を決めるつもりだろうか。
試合開始と同時に両軍は進軍を始める。
その速度は緩やかな物だった。
そのまま徐々に両軍の距離が詰まる。
「ここが敵の最大射程だ」
「分かった。進軍速度を早めよう」
「……全軍突撃だ!」
トルペは此方の射程を正確に判断していた。
そしてヴィンデもそれに異論は無かったようだ。
敵はクロスのまま一気に近づき接近戦を仕掛けてくるつもりのようだ。
「……まだだ。もう少し近づいた所で攻撃する」
「はい」
ケーゼは敵をもっと引き込むつもりらしい。
敵が近い方が威力は確かに上がる。
だが理由はそれだけでは無かった。
「この辺で良いだろう。気合を入れて投げろよ」
「全軍構え!
……放て!!!」
兵士達はいつもと違う構えを取っていた。
助走を付け、一気にその手に持つ物を投げる。
……それは槍だった。
矢とは比べ物にならない重量がある為、敵が接近するまで投げる事が出来なかった。
そしてその威力もまた比べ物にならなかった。
魔法で強化しているのだからなおさらだが。
「ぐっ! なんて物を投げてくるんだ!」
「……そう言えば槍を大量に持ち込んだと聞いている。
まだまだ攻撃は来るぞ!」
トルペの言葉通り、此方には大量の槍が準備されていた。
ケーゼが個人的に準備した物だ。
金の力って狡い。
今はその事を知っていたトルペを褒めるべきか。
使用武器の制限には引っかからないが……これでは本物の矢とそれほど変わらない。
盾越しに受ける衝撃は、此方の方が大きいだろうからな。
まともにぶつかれば中央を突破される可能性はあった。
だが敵は遠距離攻撃で思った以上に消耗し、それは叶わなかった。
今回もAクラスの勝利だった。
◇◇◇
「……教師陣から次はあの戦法は使用禁止だと言われました」
トートはまたしても同じ台詞を繰り返していた。
「盾を投げるのも禁止だと付け加えられました」
……盾もケーゼによって大量に準備されていた。
ここまで来るともう投石に近い物があった。
それも大きな石を投げるのと変わらない威力がある。
さすがにそんな事は教師陣も気付いていた。
「仕方あるまい。次からは指示が細かくなるだけだ」
ここからやっとまともな戦いになるのだろうか。
次の対戦はDクラスになる。
敵の指揮官はキルシュ、副官がマルメラだ。
俺の良く知る人物達だ。
その行動はある程度予測できるだろう。
両軍が対峙する。
此方はずっと変わらず同じだ。
敵は鶴翼でクロスだった。
Vの字の様な陣形で、此方を挟み込むのが狙いだろうか。
試合開始と同時に此方は右方向へと進軍する。
片翼を落とそうという事だ。
隊列はハンターだが遠距離攻撃は行わない。
着々と敵との距離だけを詰めていった。
「このまま前進だ」
「全軍……前進……」
そして敵も遠距離攻撃を行わない。
完全に接近戦で勝負を決めるつもりだろうか。
両軍が激突する。
此方は片翼の中腹辺りとぶつかり、それを突破する。
敵は二手に分かれる事になった。
だがそれは此方を挟み込む事にもなっている。
そして此方はそこで足を止め、戦闘が続ける事にした。
そんな事をしたら普通なら挟み込まれた此方の方が不利になる。
だがそうはならなかった。
「敵は遠距離攻撃を絶対にしない。
目の前の敵だけに集中しろ!」
「此方は遠距離攻撃を行います!
遠距離攻撃準備!
……放てー!!!」
此方は挟み込まれてはいるが前列と後列で連携しながら攻撃を行えた。
だが敵は味方を巻き込みたくないのだろう。
遠距離攻撃を行わず近接攻撃しかしてこなかった。
……キルシュの甘い判断なのだろう。
多少の犠牲は構わずに味方ごと攻撃すれば勝てるかもしれないというのに。
挟み込まれた状態でも此方は冷静に行動する事が出来た。
それがケーゼに対する信頼なのか、魅力なのかは分からない。
「味方を助けるんだ!」
「突破しないと……味方が……」
キルシュならこういう状態でいつも以上の力を発揮するのだろう。
だがこれは模擬戦闘で倒されても多少の評価を失うだけだ。
その差が結果に出たようだった。
三戦目もAクラスの勝利で終わった。
「ここまでは予定通りだな……参謀」
「……次は俺の力ではどうしようもないぞ。
俺だから無理だとも言えるけどな」
これまでの作戦は全て俺がケーゼに進言した物だった。
だが問題は次の戦闘だった。
Eクラスだが……指揮官はシャル。
これ以上に戦いにくい相手は居なかった。




