第七十七話 実験
「案外早く帰って来たわね」
「その分いろいろあったよ」
俺は冒険に出てあった事をシャルへと話す。
それをシャルは頷きながら聞いてくれた。
こういう事は今まであまりなく新鮮な感じがした。
そう言えば俺以外では同じような事があった。
そしてシャルも同じ事を考えていたようだった。
「そうだった。
モーンが貴方にお願いしたい事があるそうよ。
研究を手伝って欲しいとか? だったわ。
一度顔を見せてあげてね」
それはモーンの事だった。
いつもマジックアイテムについて長い講釈をしているからな。
シャルは俺の話が詰まらなくは無かっただろうか?
……そんな事は無いと信じたい。
◇◇◇
「あ、ファーストさんお帰りなさい。
冒険者ギルドの方はどうでしたか?」
「ああ、上手く行ったよ。
もう卒業課題分終わったからな」
「さすがですね」
当たり障りのない会話。
さっさと本題に入って欲しい物だ。
俺、帰って来たばかりであんまりシャルと一緒に居られなかったんだけど!
「あのシャルさんから聞いているとは思いますが……」
「何かお願いがあるって事だけ聞いてる」
「はい、それでですね。
……的になっていただけたらと思いまして」
「……やだ」
俺は機嫌が悪かった。
そして的と聞いて嫌な予感しかしないからだ。
「いや、成功したらファーストさんには当たらないんですよ!」
「失敗したら当たるのかよ!
しかも何が当たるのかもわからないし!」
「えと、僕が作った魔力を感知する物ですね。
もし感知できたらそこへ向かって飛んで行くはずです」
やっぱり碌な事では無かった。
「……それでその物ってどんなのだ?」
「これです」
それは小さな石のような物だった。
魔力の属性を調べる水晶に似ているが、それはとても小さかった。
「……当たっても爆発とかしないよな?」
「ええ、ただの石の様な物です」
「まー、これくらいなら?」
「有難う御座います!」
俺は渋々モーンのお願いを聞く事にした。
◇◇◇
「なんでこんな広い所でやるんだ?」
俺とモーンは何も無く、人も居ない、ただ広い場所へと来ていた。
そしてモーンは俺からかなり離れた場所に居た。
「聞こえますかー?
行きますよー!」
モーンは似合わない大声を上げながら俺にそう言ってきた。
大声なんて上げなくても聞こえるけどな。
「いつでもこーい!」
モーンは先ほど俺が見せられた石の様な物を思いっきり投げる。
更に風の魔法でより遠くへ飛ばそうともしていた。
……そんなに力一杯、飛ばさなくても良いような?
そしてそれは勢いよく命中した。
……モーンに。
「い、痛い!
でも成功だ!
いや失敗なのか?
でも予想通りなのだからこれは成功と言って良いのか?」
モーンは一人で納得していた。
「で、これはどういう事なんだ?」
「あ、えと、今までは属性を感知する物はありました。
それは魔力自体を感知する物でもありました。
そして今回、僕が作った物は人間の魔力を感知する物です」
言っている意味は分かった。
だがそんな事よりも重要な事があった。
それは俺が……人間の魔力を持ってはいないと言う事だった。
「魔力は大きく分けると三種類あります。
人間、魔物、そして魔石の物です。
魔石の魔力を感知するのは、現状では難しいといえます。
その物自体に反応してしまうからです。
材料に魔石を使用して居る為ですね。
なのでまずは人間の魔力から研究する事にしました。
人間なら自分自身を使って研究が出来ますからね。
それが今の結果です」
「……おめでとう」
「有難う御座います。
それで次は魔物の研究をしたいのです。
これからもファーストさんに協力して頂けたら嬉しいのですが……どうでしょうか?」
「……考えとく」
それだけ言って俺はその場を後にした。
一刻も早くこの場を去りたかったが……空は飛ばなかった。
◇◇◇
「モーンのお願いは何だったのかしら?」
「……研究の手伝いだった」
俺は多分、酷く落ち込んでいたと思う。
「どんな研究? 卒業課題かしら」
「……人間の魔力を感知する物だった」
声には力が無く、消え入りそうだった。
「……それはファーストに反応した?」
「……しなかった」
「そう……」
それは言うなれば……。
「モーンには少しきつく言っておく必要があるわね」
……苛められた子供が親に告げ口をしたと言った所だろうか?
「いや、大丈夫だから。こんなの何でもないから!」
そしてその親はモンスターの頂点に立つドラゴンもびっくりの暴君だった。
◇◇◇
「キルシュはいるかしら?
トルテに少し手伝って欲しい事があるの」
「やぁ、シャルさん。
今は特に予定も無いし、トルテは君に懐いているから問題ないよ」
シャルはキルシュの所へ来ていた。
そして問題はトルテではなくシャルにあった。
「また迷宮にでも突撃してくるのかな?」
キルシュは少し茶化しながらそう言った。
「いいえ、モーンを引き摺るのを手伝って貰うの」
その答えは少しも茶化せなかった。
「シ、シャルさん!?
君は一体トルテに何をさせるつもりなんだい」
「今言った通りよ。
トルテに紐で縛ったモーンを引き摺るのを手伝って貰いたいの。
勿論、モーンは裸よ?」
何が勿論なのか。
裸かどうかはキルシュが疑問に思った所でも無い。
キルシュが真意を聞こうと説明を求めたがそれはより酷かった。
「ああ、キルシュにもモーンを縛るのを手伝って貰おうかしら?」
「僕達を悪の道へ誘うのは止めて欲しい……」
「いいえ、これは正義の行いよ。
……それともキルシュは引き摺られたいのかしら?」
「……せ、正義の行いなら、も、問題ないよ」
キルシュはきっと正義と言う言葉が好きなんだな。
決して恐怖に屈した訳では無いとしておこう。
◇◇◇
「あ、シャルさん。
それにキルシュさんもご一緒でどうかされました?
もしかして僕の研究を使い魔が手伝ってくださるのですか?」
その場には俺とシャル、キルシュとトルテがモーンに会いに来ていた。
そしてモーンの予想は大きく外れていた。
「私も鬼では無いわ。
モーンにも弁解の余地はあると思うの」
俺はシャルの足元に居た。
そして体の半分をシャルの陰に隠しながらモーンの方を見ていた。
そんな俺とモーンの目があった。
ここで初めてモーンは自分の置かれた現状を理解した。
怯える俺を見て自分が何か間違いを犯した事を。
「も、もしかして僕はファーストさんに何か失礼な事をしたのでしょうか?」
「そう言う事になるわね。
その理由を正しく理解して、ファーストに一言ごめんと言ってくれればそれで良いの」
次の答えがモーンの全てを決める事になる。
冷や汗をかきながらモーンは意を決して答えた。
「ほ、誇り高いドラゴンを人間と比べた事でしょうか?
比べるまでも無かった事ですよね。
本当にすいませんでした。
ファーストさんは人間とは全く違う存在です!」
モーンは助からない。
俺はそう確信した。
「……ファーストは人間に憧れているの。
冗談でペットやモンスターだというのは許してあげるわ。
でもそれを真面目に、本気で言ってる時はどうすれば良いのかしら?」
モーン自身も確信した。
自分は助からないと。
そして祈った、せめて楽に逝けます様にと。
モーンはそんな表情をしていた。
「ぼ、僕はファーストさんをドラゴンだと思っています。
そう、モンスターだとも思っています。
ですが……友達だとも思っています」
それはモーンの嘘偽りの無い答えだと思えた。
そして俺はそれで良いとも思えた。
シャルもきっとこれを俺に教えたかったのかもしれない。
「それなら良いの」
シャルさんのお許しが出た。
ここに居た全ての者が安堵の息を漏らした。
「引き摺るのは止めにする。
晒すだけで許してあげるわ」
……しかし完全には許されていなかった。
◇◇◇
「僕は周りから悪人の手先に思われているのだろうね」
キルシュはトルテを引きながら学園内を歩いていた。
そしてトルテには縄でぐるぐる巻きにされたモーンが乗せられていた。
「これ結構恥ずかしいんだよ……」
モーンが顔を赤くしながらそう言った。
「反省が足りないようね。
……鞭でも打った方が良いのかしら?」
「もうこれ以上は良いから!
俺は全然気にしていないから!」
その後を俺とシャルが歩いていた。
シャルはこのまま学園中でモーンを晒し者にするつもりだった。
道中はヒソヒソと何か此方の事を言っている声が聞こえた。
そのほとんどが今回の異常事態についてだが、シャルの顔を見ると皆納得していた。
「シャル……これにどんな意味があるんだ?」
「今モーンは好奇の眼差しで見られているわ。
それがどんな物か知って欲しかったの。
……ファーストがいつもどんな風に見られているかって事よ」
それは俺の事をもっとモーンに知らせたかったのだろうか?
「本当は最後に潰してやるつもりだったんだけどね」
つまり、トートの二の舞だったという事だ。
それが聞こえたのかモーンは今度は青ざめていた。
そしてキルシュもだ。
キルシュはトートの時も見ていたからな。
……本当についてない奴だ。
「でもこれではつまらないわね。
……最後に何をして貰おうかしら?」
そんな理由でいったい何をさせるのか?
本当についていないのはモーンだった。
◇◇◇
「決めたわ!
モーンの大好きなマジックアイテムを使ってあげる。
人体切断マジックショーよ!」
……種も仕掛けもありません!
「ファースト、ドラゴンスレイヤー出して」
「それはやり過ぎだから、死んじゃうから!」
「スパッと切れる方が楽でしょう?
それにマジックアイテムで斬られるのならモーンも本望でしょう」
「ファーストさんを実験台にしたのは謝りますから、もう許して下さい!」
俺とモーンはそれを必死に止めようとするが無駄だった。
「安心して種はちゃんとあるの!
……斬り取ってしまったらまた生やせば良いのよ!」
……そんなのは種とは言いません!
シャルの手にはお蔵入りとなっていた緑のジャムが握られていた。
「もうしない! 本当にしないから! 僕を実験台にしないで!」
モーンの必死の叫びはついに届く事になる。
「……君達は一体何時も何をしているのですか!」
もう授業などほとんど無いのだが……レーレン先生にお世話になる事になっていた。
「君達は今までで一番優秀な生徒ですが、また一番問題のある生徒でもあります。
そもそもですね……」
そして仕方のない事だが先生の説教は毎回長くなっていた。
◇◇◇
説教が終わり、解散する時にシャルは最後通告を行った。
「……モーン。
ファーストが何か新しい魔法の研究をしているみたいなの。
手伝ってあげてくれる?
それで許してあげるわ」
「そんな事ならたとえ頼まれなくたって手伝うよ!」
「……頼むぜ、モーン!」
シャルは俺が前から魔法の研究をしているのを知っていたようだ。
研究と言っても変わった使い方を試しているだけだがな。
◇◇◇
そしてそれからすぐに俺とモーンの研究が始まった。
「……どうしてシャルさんの体の細かな数字が必要なの?
しかもその、女性の特徴的な所ばかり……」
「これは必須事項なんだよ!
その微細な数字が無ければ出来ない事なんだ!」
「……これをシャルさんに知られたら、僕は生きていないだろう。
それどころか確実に拷問される!」
「諦めろ! ここで止めても行きつく先は同じだぞ!」
まぁシャルが望んだ事だからな。
そんな悪い事にはならないだろう。
……多分。




