第七十二話 判断2
「それでは陛下……」
「うむ、それでは始めい!」
開始の合図が陛下の使用する魔道具により、轟音と共に告げられた。
「進軍速度が命よ! さっさと進みなさい!」
「「「うおお!」」」
敵の魔力砲での初弾は、散開した四年生達には当たらなかった。
だが二発目はきっちり修正され、直撃する事になる。
しかし爆音と爆炎に包まれたはずの四年生達は、何事も無かったように進軍していた。
「……当たったよな?」
敵の信じられないと言ったような台詞が聞こえてくる。
しかし敵に出来る事は魔力砲を撃つ事だけだ。
そのまま迷わずに撃ち続けてくる。
そして魔力砲だけでなく、遠距離魔術と物理の射程にも入ったようだ。
魔力砲、魔術、そして物理攻撃による矢が四年生達を襲う。
それでも四年生達は止まらない。
そしてその中でひときわ厳しい攻撃に晒されていたのがシャル達だ。
たった五人で百人程の攻撃を受けているのだから当たり前だが。
しかし他の四年生達よりもシャル達には余裕があった。
シャルの魔力による事も大きいが、それ以上にマジックアイテムの存在が大きかった。
そう陛下から頂いたあの盾だ。
「化け物かよ! あんなの倒せる訳ないだろ!」
一方的に攻撃しているはずの、敵の方から悲鳴が聞こえてくる。
そして四年生が接近戦の距離まで近づいた時、敵の恐怖は最高潮に達した。
「も、もう駄目だー!」
「狼狽えるな!
敵の数は少ない、囲めばすぐに倒せる!」
指揮官が兵士を鼓舞するが、それはあまり効果が無かった。
ここまで四年生は隊列をクロスにし、防御を固めていた。
しかしここからは違う、隊列はセンターだ。
魔術師だけが突出し、兵士が後方を守る変則的なポジションだった。
そしてシャルが剣を上段に構える。
「遠距離魔術は禁止されてるけど、これなら良いわよね?」
それは氷の剣だった。
……ちょっとでかいが。
その大きさは大木か何かと思えるほど巨大だった。
それを頭上より振り下ろす。
横薙ぎの方が多くの人数に攻撃が届くかもしれないが、それでは流石にシャルでも振り切れない。
だが縦に振り下ろすのなら別だ。
ただ重力のままに振り下ろすだけで、それは一撃必殺の威力だった。
……死人が出ない事を祈ろう。
「「「うあああああ!」」」
敵の兵士はもう駄目だ、恐怖でおかしくなっている。
その攻撃は見た目にも恐ろしかった。
それがシャルの魔法によって何度も作られ、振り下ろされる。
敵の魔術師達も抵抗を試みるが、此方の対魔法障壁に阻まれ何も出来ない。
魔力砲すら防ぐのだから当然と言えば当然だが。
魔術師の力が圧倒的に違った。
絶対的な魔力の量に差があり、また当然魔術の腕も四年生が上だった。
シャル以外の者達も優位に状況を進めていた。
魔術では無く、魔法だけで相手を圧倒する。
ファイアやアイスと言った初歩的な魔法を相手は防ぐ事が出来ない。
アンチマジックフィールドを相手も使っているのだが、魔力量が違いすぎる。
日頃の鍛え方も違うのだろう。
しかしそれよりも同じ学園に通いながら四年生と三年生では、その経験に大きな開きがあった。
それがこの結果に繋がったのだろう。
程なくして三年生は撤退した。
追撃は行えなかった。
遠距離魔術が禁止されており、初歩的な魔法だけでは攻撃が届かないからだ。
……シャルだけは容赦なく、その大きな氷の剣で一方的に攻撃していた。
たとえ訓練と言えど常に全力なのだ。
決して楽しんでやっている訳では無い。
……多分。
◇◇◇
「経験の差か。これ程の力、正規軍より強いかもしれんの」
「元々四年生の時点で学園で教える事は全て教えた事になります。
残りの一年は学生自身の手で学ぶ事になります」
「そうであったの。今の時点で戦えぬのなら軍には入れんか」
レーレン先生は出来て当然と言いたげだった。
「それでライフィー共和国の軍が相手をして下さるのでしたね?
彼らはもう一人前です。
同じ条件で構いませんので、胸をお貸し頂けますか?」
先生は言い逃れの出来ない状況で完膚なきまでに叩き潰すつもりだ。
同条件では絶対に負けない。
奇襲など受けなければ生徒達は負けはしなかった。
きっと先生はそう言いたいのだ。
「わ、私の一存では決めかねる。少し軍の者と協議しなければ!」
ミュルベはそう言ってこの場を逃げるように去っていった。
「……言いたい事は分かる。
だがあのような者でも味方に付けねばならぬのじゃ」
「はっ! 差し出がましい真似をしました。
……申し訳ありません」
「よい、気にするな」
そんなやり取りを見てか、ローゼが悪くなった場の雰囲気を変えようとする。
「去年より更に成長されたようですね。
そして……ドラゴンは参加せず、ですか?」
そして本題を振って来た。
「……あの力は強大すぎるからの」
「確かに……。
それでは後で挨拶に向かわせて貰います。
贈った剣の件もありますし」
「おお、儂も盾を贈ったのじゃ。
紋章入りのな!」
「ではもしや先程の戦闘で使われたのは陛下からの?」
「うむ!」
「あれは見事なマジックアイテムですね。
どんな攻撃も防ぐのでしょうね!」
ここからは世辞の言い合いが始まった。
結局、ライフィー共和国との模擬戦闘は行われなかった。
◇◇◇
そしてエルフのローゼがシャルへと会いに来ていた。
「久しいな。
そして大分成長されたようだ」
「お久しぶりです。
まだまだです。
学生の身なれば、学ぶ事も多くあります」
定番の挨拶が交わされた後、ローゼが俺へと向き直る。
「お前は全く成長していないようだな」
「誰かさんの胸と同じだな」
エルフは一般的にスレンダーだ。
そしてそれほど大きくない。
つまり、そう言う事だ。
「黙れ、エルフでは普通だ!」
「俺はマルメラとカトライアしか知らん。
それと比べたら……ぷっ!」
子供の喧嘩がそこでは始まっていた。
「……もう良い……不毛だ。
それで贈った剣はマルメラから渡されただろうか?」
自分から吹っかけておいてこれだ。
「はい、確かに頂きました。
今はマジックボックスに入れてありますが、見事な刀を有難う御座います」
「刀だと分かるのか。
それでその威力はどうだった?」
「……その名の通りだったと申し上げます」
「……そうか!」
そのせいで酷い目に遭ったわ!
その後は取り留めのない話を続けた。
俺はその間、終始無視された。
そしてローゼがマルメラの所へ行くと言って別れた。
……俺はシャルの様にローゼとは簡単には分かり合えないな。
◇◇◇
次は陛下との謁見だった。
模擬戦闘が終わってからも、心休まる時が無いな。
「良く来たの。
盾も有効に使っておるようじゃの、何よりじゃ」
「ご無沙汰しております。
下賜いただいた盾は、大切にさせて頂きます」
うーむ、俺は黙っておこう。
話さない方が良いだろう。
「それでその後、どうじゃ。
軍に入る気にはならんかの?」
「……申し訳ありません」
「気は変わらずか……」
ここで断りの言葉を言えるのは凄いと思う。
「エレクト、正直に言って欲しい。
……今の四年生は正規軍より優秀か?」
「はい、我が国の軍で勝てる者はそうはいません」
「もし、そこにドラゴンが加勢した場合はどうなる?」
「……同数で勝てる者はおりません。
たとえ私を含めても不可能でしょう」
「エレクトでも勝てぬか……」
エレクトは直接俺の力を見た訳では無い。
だが伝え聞く話だけでこれだけ言いきれるのか。
そして……国がこんな事認めて良いのか?
他言しなければ良いだけかもしれないが……。
「聞いての通りじゃ。
儂は今まで通り勧誘する事しかできん。
無理矢理引き込もうとしても損害の方が大きくなるからの。
だがその上で頼む。
アインツ王国と敵対しないで欲しい。
そして我が国が窮地の際は助力願いたい!」
一国の王が下出に出ている。
それ程の力が俺にあるという事だろうか。
「敵対する事はありません。
ですが……助力は出来ません。
我儘かも知れませんが、敵を作りたくないのです」
どのような事情であろうと片方に力を貸せば片方に角が立つ。
そう言う事だろう。
「此方は頼んでいる身だ。
だが一つ聞きたい。
その強大な力をどうする?
その様な生き方では力を持て余すのではないか?」
そう……これでは……。
「私には過ぎた力……必要ありません」
俺の世界が音を立てて崩れた。
「何と欲の無い……。
それでは使い魔、そのドラゴンを我が国で貰い受けても良いと申すか?」
「ドラゴンにも意思があります。
もしドラゴンがそれを望むのなら可能かもしれません」
今の俺にそんな事は考えられない。
薄々気付いていたとは言え、ここまではっきり言われたの初めてだった。
「ではドラゴンに聞こう。
我が国の力になってくれるか?」
俺はその問いに答えられなかった。
それどころではないのだ。
俺はその場を飛び出し、空へと舞い上がった。
……俺は逃げ出す事しか出来なかった。
「……そなた以外にあれが扱えるのか?」
「申し訳ありません。
私には……扱う気がありません」
俺はもう何もわからなかった。
謁見はそれで終わり、シャルはその場を後にした。
「……エレクト、もしドラゴンを討伐するとしたらそれは可能か?」
「何もかも全てがシャル・フルス次第です。
その者の力を借りずにとなると……国が滅ぶ覚悟で、刺し違える事になるかと」
「もし反旗を翻されたら、滅ぶしかないか……。
打てる手は全て打つ。
トートには今よりシャル・フルスとドラゴンにつくように言え。
ブラゼン公爵に文を、フルス領にも文を出せ。
友人知人全てを調べ上げ、万一の際に備えよう」
備えるってなんだよ!
人質でも取るのかよ!?
たとえそれがドラゴンの考えた方や感じ方を知る為だったとしても、今の俺には悪い方にしか考えられなかった。
俺はシャルからも、誰からも手に負えない力という事なのか?
逃げだした所で、全てが聞こえ、分かる。
いくら空へと逃げ出しても、耳を塞いだとしても、聞こえてしまう、分かってしまう。
たとえ知りたくない事だったとしてもだ。
今だけはドラゴンの身を恨まずにはいられなかった。
そしてシャルの必要ないと言う言葉だけが何時までも残った。
俺は何を信じれば……。




