第六十八話 反旗
「皆さん、急に集まってもらったのには理由があります。
今から話す事は機密情報になりますので他言しないように。
……東の地、ムスケル領で反乱が起きました。
アインツ王国から独立し、アフュンフ国に組するとの声明が出ています。
既に軍が制圧に動いています。
今回は我々もムスケル領に向かい、後方支援を行う事になります。
実際は後学の為の見学なので、戦闘はまずあり得ませんので安心してください」
クラスメイト達は驚きの表情を見せていた。
それには理由がいくつかある。
まずなぜ自分達がそこへ行かなければならないのか?
普通は学生が後学の為とはいえそんな場所には行かない。
そしてなぜこの時期に反乱を起こすのか?
戦争が落ち着いてきたのに、今になって反乱を起こすのは時期が悪いと思えた。
たとえ東寄りの場所に領地があり、アフュンフ国の支援を受けていたとしてもだ。
そしてもう一つ、シャルが驚いていたのだ。
「お隣さんだわ」
理由は皆とちょっと違ったが。
シャルの実家、フルス領の更に東がムスケル領らしい。
シャルの実家に寄れるのかと考えたが、一応軍事行動中なのだから無理に決まっていた。
それに最短距離を進む為、屋敷の傍にすら行かないようだ。
ま、屋敷に領主は居ないだろう。
領地の境目ギリギリの所まで出兵しているはずだ。
いやあの領地に戦える者などほとんどいない。
軍の進行が間に合う事と、攻められていない事を祈るしかない。
「食糧だけ持って逃げれば良いのだけれど、領主はそうもいかないのよね……」
そう、逃げれない。
貴族と言うのも大変なのだろう。
◇◇◇
翌朝にはムスケル領に向けて出発していた。
だがまたもおかしな事があった。
四年生、俺達のクラスしかいない。
しかも兵士の数が少なく、魔術師の方が多いくらいだった。
補給物資を運ぶだけだからなのだろうか?
おかしな事ばかりだった。
そしてまずはフルス領を通る。
荒らされた痕跡は無く、攻め込まれてはいないようだった。
領地の境目でシャルの父、フェアラート・フルスを見かけた。
だがシャルと話す事も無く進軍が優先された。
当然の事だな。
ムスケル領に入る。
戦闘の痕跡などは道中まったく無く、そのまま先行していた軍と合流した。
「補給物資を届けてくれたのだね?
これで此方には何の不安も無くなったよ。
後は降伏を相手が受け入れてくれれば良いのだがね」
そこで待っていたのはエレクトだった。
何か問題があればいつも真っ先に来ているな。
ワイバーンを扱えるのだから当たり前かもしれないが。
味方の兵士の数は三千と言った所か?
魔術師は少ないな三百ほどしかいないと思われる。
フルス領ならこれでだけの軍が攻めてきたらひとたまりもない。
領民全てを合わせても人数が足りないからな。
ムスケル領はどうなのだろう。
「反乱軍は多く見積もって千と言った所かな?
まったくどうしてこんな事をしてしまったのか理解出来ないよ。
一応密偵を放って背後関係を調べてはいるが、分かる前に戦闘になるだろうね」
本当にその通りだった。
「ん、降伏の勧告に行っていた使者が戻ったようだ」
そしてその答えは否。
徹底抗戦の構えを見せていた。
「残念だが戦闘になる。
……いや蹂躙するだけだ。
ある程度倒した所で一旦引く。
そうすれば反乱軍は今度こそ降伏を受け入れるはずだ」
戦闘場所は傾斜のある山間で行われるようだった。
反乱軍は森林部の高い位置に陣取っていた。
こんな地方の領地に要塞や砦など無い。
敵国と隣接した場所だったが、防備などは天然の森が侵攻を邪魔するくらいで何も無いに等しかった。
アフュンフ国は敵国だが国交が無いだけで直接の戦闘はほとんど無かったらしい。
ライフィー共和国と組んで侵攻してきた時も、北の地ばかりを攻めてきていた。
それ故にライフィー共和国との戦争が一段落した時点で、アインツ王国は一旦様子を見ていたのだ。
アフュンフ国の真の狙いは隣国の弱体化だったのかもしれない。
ライフィー共和国は踊らされただけだったのかもしれないな。
今回の狙いもアインツ王国の弱体化を狙ってのものだろうか?
それにしては時期が悪すぎる。
まだアフュンフ国が関与しているかどうかも分からないが。
「私が先行する。
他の者は魔力砲だけで攻撃すれば良い。
反乱軍が攻めてくるまでは前へ出ないように」
俺達は戦闘場所から離れた場所で待機だった。
俺は集中すればその指示の一つ一つまで聞き取る事が出来るけどな。
攻撃が始まる。
エレクトがワイバーンに乗り上空より何かを敵へと投下していた。
爆裂石の様な物だろう。
反乱軍は手が出せない上空からの攻撃で壊滅的だ。
またマジックキャノンの性能が違うのだろう。
此方側が一方的に攻撃しているだけだった。
これはエレクトの言う通り蹂躙だった。
あっという間に反乱軍は半数近くの兵士を失っていた。
しかも反乱軍は一度も攻撃する事無くだ。
「……ここまでだ。
あとは反乱軍が降伏するのを待つ」
こんな結果は分かり切っていた事だ。
悪戯に数百名の命を散らしただけだった。
そしてそれはまだ終わりでは無かった。
「反乱軍が攻めてきます!」
「何! 敵は気でも狂ったか?」
攻めてくるのだから降伏を待つ事は出来ない。
そして反撃するしかなった。
……敵は全滅した。
文字通りの全滅だ。
生存者は居なかった。
「領主のムスケルの遺体を発見しました。
……ムスケル領にはもう戦えない女子供しかいません」
言葉も無い。
これでは犬死ではないか。
「……領民を保護し何か事情を知っている者が居ないか調べるんだ」
俺達はただ事の成り行きを見ているだけだった。
何が後学の為だ!
こんな物を見て何をどう学べと言うのだろうか。
◇◇◇
その後数日に渡ってムスケル領での待機が続いた。
もうムスケル領では無いのかもしれないが。
生き残った領民の話では、領主が一方的に反乱を起こすと勧告してきたそうだ。
町を戦場にせずに女子供だけでも生き残ったのが唯一の救いか。
「後味の悪い物になりそうだ。
……ムスケルの妻子が見つかっていない。
アフュンフ国に亡命したとも考えられるが……」
今に至るまでアフュンフ国からの兵士は影も形も見えない。
初めからムスケルを助ける気は無かったのだろう。
これでアフュンフ国とムスケルに何か接点が見つかると……答えはあまり良く無い物になりそうだった。
そして更に数日。
次にきた補給部隊と入れ違いに俺達は学園に戻ることになった。
最後に今回の発端を聞いて。
「密偵がアフュンフ国でムスケルの妻子を見つけた。
人質に取られていたようで、それ故の反乱だったようだ。
そしてもう既に亡くなっていたよ。
拷問などの痕跡は無く、一撃で苦しまずに死んだだろうとね」
エレクトは終始、レーレン先生とだけ会話をしていた。
生徒達にこんな事を聞かせたくないのだろう。
俺はどうしても気になってしまい、聞いてしまったが。
それにしてもアフュンフ国の狙いが分からない。
これでは攻めて来いと言わんばかりではないか。
攻める事は出来ないが、守る事なら出来るという事だろうか?
だが今回はアインツ王国内だけの地方領主の反乱という事で収まるのだろう。
幾らムスケルの妻子がアフュンフ国で見つかろうとも何とでもいい訳出来るのだ。
北の地で俺達を襲って来た時もそうだ。
もし俺達が全滅していたら証拠など残らなかっただろう。
結局どれだけ考えてもアフュンフ国の考えなど分かりはしなかった。
◇◇◇
学園に戻り、先生が今回の軍事行動について説明した。
だがその言葉は重かった。
「今回の反乱はすぐに鎮圧されました。
ただ一方的に虐殺したように見えたかもしれません。
ですがこれが最善です。
戦闘の時間が長引けば長引くほど状況は悪くなります。
もしかしたら他国がこの隙に攻めてくる可能性もありました。
戦闘では躊躇ってはいけません。
たとえ虐殺に見えても攻撃の手を緩めてはいけないのです」
それは今回の戦闘を見れば分かった。
一応は降伏の勧告もしている。
だが攻めてくる者には一切の躊躇をしていなかった。
躊躇すれば味方がやられるからだ。
「皆さんにはこういった力も必要だと学んで貰えたらと思っています」
俺達は虐殺される側に立った事はある。
だが逆の立場に立った事は無い。
後者の方が辛く感じられたのはまだそれを見てから日が経っていないからだろうか。
そして後日もう一つ分かった事があった。
「元ムスケル領はフェアラート・フルスに与えられたわ」
それはシャルの父だった。
「反乱への対応が早かった事が功績になったらしいわ。
……初めから全部決まっていたのでは? と勘ぐってしまうわね」
態々、学園のシャルのクラスを補給部隊に選んだ事。
大した功績でも無いのに領地をシャルの父に与えた事。
気になる事は沢山あった。
そして領地が増えたと言っても領民は女子供ばかり、隣は敵国では苦労の方が多い様に思える。
あからさまにシャルを優遇したとも取れる。
いや実際そうなのだろうが。
「本当に嫌な事ばかりね……」
シャルには本当の事を話していた。
ムスケルがなぜ反乱を起こしたかを。
次は我が身かもしれない事だった。
領地の事だけじゃない。
シャル自身にもムスケルと同じ事が起きるかもしれないからだ。




