第五十九話 一月
シャルの実家を出てから五日目。
俺達は学園近くの街へと戻って来た。
エレクトの屋敷があるその街へと。
だがエレクトの屋敷へはすぐに向かえなかった。
「シャルさん、シャル・フルスさんですね?
私は冒険者ギルドの者ですが少しお時間を頂けませんか」
「……御免なさい。
今は急いでいるの」
「此方の要件もそのお急ぎの理由と同じだと思います。
申し訳ありませんが……ギルドまでご同行願います」
言葉遣いは丁寧だったが、それはほとんど強制だった。
話しかけて来た男以外に、四人の男がシャルを囲もうとしていた。
俺はシャルに抱きかかえられていて、そのまま暴れようとするのを抑えられた。
「……分かりました」
シャルはそれに大人しく従った。
◇◇◇
「ご足労願って申し訳ない。
私がこの支部のギルドマスター、エルガーだ」
俺達は冒険者ギルドに来ていた。
そしてここはそのギルドの一室だ。
ここは豪華な応接室のようなつくりをした場所だった。
「シャルです。
……それでどのようなご用件でしょうか?」
ま、予想は付いているけどな。
「ギルドから派遣した護衛の者が不始末をしたようで申し訳ない。
まともに護衛をせず、夜盗に投降したなど、ギルド始まって以来の不祥事だ」
「私よりも早くにどなたか護衛の者が戻ったのですか?」
「護衛は夜盗に拘束され放置されていた。
だが自力で拘束を解き、近隣の町から馬を使いここに知らせが届いた。
もしかしたら警護対象者、シャル君が戻っているかもしれないとな。
そしてすぐに安全を確保して欲しいと」
辻褄は合っているな。
だがこの分だとオプファーが夜盗と内通していた事は知らないのだろうか?
「……護衛の方は皆無事だったのでしょうか?
あの場に残してきてしまいましたが、安否はずっと気にしていました」
だな、死んじゃったら何も聞き出せないからな。
……嘘は言ってない。
「ああ、皆無事だよ。
今はギルドの方で保護し、休んでいるだろう」
身柄は確保しているという事か。
「会う事は出来ますでしょうか?」
「……今この場には居ないので無理だな。
後日改めてなら会う事も出来るだろう」
居ない……ねぇ?
「それで一つ、シャル君にお願いがあるのだが」
「なんでしょうか?」
「今回の件、他言無用にして欲しい。
護衛が敵から逃げたとなると、ギルドの信用と言う物が無くなってしまう。
護衛の者は此方で厳しく処罰するのでそれで何とか許して欲しい」
言いたい事は分かるがそれでは此方が困るのだ。
「私の置かれた状況は知っておられると思います。
この件はきちんと調べ目的をはっきりさせる必要があると思います。
国の方に報告する義務が私にはあります。
またそれが私の安全にもつながります」
「……此方で調べ、分かった事は全てシャル君に教える。
それによる危険もギルドが排除すると約束する。
だから秘密にしておいてくれないだろうか?」
言っている事が全て本当なら問題ない。
だがそれを信用できるほど冒険者ギルドの事を知っているかとなると違うとしか言えなかった。
「……現状で分かっている事を教えて頂けますか?」
「良いだろう。
夜盗は物取りの類だろう。
護衛から金品と武器を奪って放置した。
君達が逃げるのを見て、殺してもすぐ自分達の事がばれると思ったのだろうね。
今は夜盗を追ってギルドから冒険者達に緊急の依頼をしている所だよ。
直ぐに捕まるだろう、そしたら確認も取れる。
まぁ物取りで決まりだろうがね」
オプファーが上手くやったと言うのだろうか?
俺達がギルドについて知っている事は少ない。
だから一つでも嘘があるとそれだけで判断してしまう。
……信用出来ないと。
「そうですか、分かりました。
あと此方から一つ言っておかないといけない事があります」
「何だろうか?」
「……もう既に国の方には報告したという事です」
ギルドマスターが驚きの顔を見せる。
そしてそれとほぼ同じくして部屋にノックの音がした。
「……失礼します」
「なんだ、今は大事な話をしているのだ。
後にしろ!」
「いえそれが……騎士団長、エレクト様がお見えになっています」
先ほどと同じようにギルドマスターが驚きの顔を見せる。
「やぁシャル君、遅くなってすまないね。
ここからは私も話に混ぜて貰おうかな」
さぁ尋問の始まりだ。
◇◇◇
「……既に使いを出していたか。
街に戻ってすぐに此方へ来て貰ったと思ったのだがな」
ああ、使いは出したよ。
俺達自身がそうだがな。
俺達は三日前にこの街に戻って来ていた。
そして誰にも気づかれる事無く、エレクトの屋敷を訪れていた。
空から降りたのだ、気付ける訳が無い。
……屋敷に降り立ってすぐエレクトに見つかったがな。
相変わらず得体のしれない凄さを感じる。
「シャル君を責めないで欲しい。
たとえどのような説得をしても私に報告しただろう。
そこにあるのは速いか、遅いかの違いだけだよ」
そしてその速さが今は重要だった。
「それでギルドはどこまで掴んでいるのかい?」
「今回の件、夜盗は物取りの可能性が高いそうです。
また捕まった護衛の者達はギルドで保護し、今は別の所で休んでいるそうです」
シャルがエレクトに説明した。
「うん、やっぱり私が来てよかったようだね。
シャル君には本当の事を何も話す気が無いようだ」
ギルドマスターは冷や汗をかいていた。
今まで話した事は嘘ばかりだ。
そして目の前にはその事を知られたくない人物、国の人間がそこには座っているのだから。
「ギルドマスターともあろう者がそう緊張してはいけないな。
そうだ! お茶を頂けないかな?
何も私は苛めに来た訳では無いのだよ。
落ち着いては無そうじゃないか」
完全にエレクトのペースだった。
ギルドマスターは先ほどエレクトを案内して来た者にお茶を準備させた。
「あ、すまないがこの使い魔君の分も良いかな?
彼は中々賢くてね、お茶も嗜んでいるんだよ!
それに機嫌を取っておいて悪い事もないだろう?」
俺も話に参加しろという事か?
んー、なんだか俺もエレクトのペースに巻き込まれている気がしてきたぞ。
しかもこれドラゴンも絶賛! の紅茶だった。
マルメラ一体幾ら儲けてんだ……。
俺達より儲けてるんじゃないだろうな。
「さて、落ち着いた所で話を始めようか。
まずは此方から話そう。
……既に夜盗は捕えたよ。
尋問も始めている。
分かった事はいくつかあるが、一番重要なのは今回の件はシャル君達を狙ったものである事。
そしてそれがライフィーの手の者が仕組んだという事だね」
俺達の報告を受け、エレクトはすぐに部下を派遣した。
そして夜盗をすぐに捕える事に成功した。
だが護衛は近くの町へ既に移動しており、そこでギルドの者に保護(拘束)されたようだった。
急いだ甲斐があると言う物だ。
この三日が全ての勝負を分けた。
必要な手札は揃っていた。
そしてギルドマスターは何も言えない。
夜盗が捕えられたとなるとその者がオプファーと繋がっている事が知られた可能性があるという事。
そしてどうしてギルドがそれを知っているのかという事になるからだ。
しかも隠した内容が悪すぎる。
ギルドは基本的に国家間の問題に干渉しない。
だがこれではアインツ王国に支部を置きながらライフィーの手先を匿っているように捉えられかねない。
まぁ、もしギルドが裏で手引きしていたら、護衛全員で裏切って終わりだったろうがな。
「言い方が悪かったかな?
国としてはギルドを裁くつもりは無い。
ただ情報を正確に話して欲しい。
あとは今回護衛の依頼を受けた五人の身柄を此方に渡して欲しい事かな。
それに得た情報はギルドにも伝えるよ?」
「それは先ほど同じような事をギルドマスターから私にも言われました。
……全く信用出来ませんでしたが」
「はっはっは! それは失敗したね。
得た情報は教えないと言った方が、ギルドマスターには良かったのかな?」
もうギルドマスターの威厳とかは無かった。
ちょっと可哀想になってきた。
「……もう全てご存知なのだろう。
オプファーの身柄だけはお渡しする。
その他の護衛四人は関係ない」
「駄目だ。五人全員を渡して欲しい」
エレクトは一歩も引かない。
「今回ライフィーとかかわっているのはオプファーだけだ。
それは夜盗を尋問されたのならご存知のはずだが?」
「夜盗にもオプファーにも知らせずに護衛にまぎれた可能性がある。
あとはどうしてオプファーの事をギルドが知っていたかだ」
オプファーが夜盗と組んでいた事をどうしてギルドが知りえたか。
これが問題だった。
場合によってはギルドが全て仕組んだと言う可能性すらあった。
「……正直に話せば他の護衛への尋問は控えて頂けるか?」
「聞いてから考えよう」
エレクトはあくまで優位な体制は崩さなかった。
「ギルドから……いや私の命令で護衛に一人、シャル君と使い魔を見張るよう言ってあった。
その者だけは薬で眠らされた振りをして状況を確認する事が出来た。
それでオプファーが夜盗と繋がっている事が分かった」
「見張らせた理由と、なぜオプファーと夜盗をすぐに倒さなかったか説明して欲しい」
当然の疑問だった。
「使い魔の、ドラゴンの噂は学園から近いこの街ではすぐに聞こえてくる。
その力は絶大だとな。
見張らせた理由は噂の真意を確かめるのと、出来ればギルドに取り込みたかったからだ」
そんな事だろうとは思っていた。
「そしてオプファーと夜盗をすぐに倒さなかったのではない。
倒せなかったのだ。
状況は囲まれており最悪で、人数も圧倒的に少ない。
シャル君と使い魔の力は未知数で、連携も取りようが無かったからだ」
「あとゲファールは俺達と仲が悪かったからな。
人となりを調べる為か知らないが、煽り過ぎなんだよ!」
最後に俺が付け足した。
ギルドマスターの命令を受けていたのはゲファールだった。
あいつだけ薬を盛られた酒を飲んでいなかったし、横になっていただけで眠ってはいなかった。
そんな事はドラゴンの感覚を持つ俺には簡単に分かってしまう。
「なっ!
……もう本当に全て知っているのだな。
此方の話せる事は全て話した。
……どうか関係の無い者には寛大な処置をお願いしたい」
ギルドマスターはギルドの冒険者を守りたいだけなのかもしれない。
だがそれがライフィーと繋がっていない事の証明にはならない。
……尋問は必要だろう。
「……五人は全員此方に渡して貰う。
これは国家に対する裏切りだ。
きつい尋問は覚悟してもらうしかない。
事情によってはギルドマスター、あなた自身もだ!」
エレクトは厳しい決断を下した。
「……分かった。
私も拘束されて構わない。
護衛の五人はこのギルドで匿っていた。
すぐにでも引渡そう」
「最後に初めて本当の事を言ったようだね」
俺達はこのギルドに護衛の五人がいた事も知っていた。
そして部屋の扉が開かれこの場へゲファールが入ってきた。
近くで話を聞いていたようだった。
「マスターすまねぇ、気を使わせてしまったな。
今回は俺のミスだ……覚悟は出来てるさ」
「君にはオプファーの次に厳しい尋問を受けて貰う事になるのだが……」
エレクトは何か言いたげに俺を見ていた。
「彼の言い分次第ではそれは変わってくる。
……君はどうしたい?」
俺に処分を任せると言うのだろうか?
「ファースト、私も貴方がどうしたいのか聞きたい」
シャルも俺に決めて欲しいのだろうか。
「ま、拷問を受けて苦痛の中で死んじまえ。
ゲファール、俺はお前が嫌いだからな」
それは酷く短絡的な物だった。
「そこまで恨まれてるとはな。
まぁ、俺はお前達を見捨てたみたいなものだからな。
覚悟は変わらないさ」
ゲファールは潔かった。
そしてそれは嘘偽りの無い答えに俺は思えた。
「……と、いつもなら良いそうだけど紅茶のお陰かな?
落ち着いた気分で、ゲファールの事なんかどうでもいいや。
今回の件はもう全て分かったしな。
話した内容に嘘は無いだろう。
後はオプファーだけを取り調べれば良いんじゃないのか?」
皆が驚いた顔をしていた。
俺をモンスターか何かかと思ってるんじゃないだろうな?
……見た目はモンスターだけど。
シャルはそっと俺抱きしめ、頭をなでていた。
「はっはっは! どうだい?
機嫌を伺っておいて良かったろう?」
エレクトはこの話し合いで何度目かの笑い声を上げていた。
この余裕はどこから来るものなのだろうか。
「護衛五人とギルドマスターには改めて尋問を行う。
だがオプファー以外は軽く話を聞くだけだ。
もう全て聞いてしまったからね。
身辺調査の為、しばらくは拘束するだろうが我慢して欲しい」
「……寛大な処置に感謝する」
一連の事件はこれで終わりを告げた。
後はオプファーの尋問結果を待つだけだ。
これでやっと予定通り、エレクトの屋敷で過ごす事が出来る。
長かった帰郷の旅もこれで終わりだった。




