第六話 転機
シャルは強くなった。
周りはもう誰もシャルに文句が付けられないほどだ。
二年生に上がる時はEクラスからいきなりAクラスになるのではと噂されている。
そして武術の授業中、シャルに剣の手合わせを願い出る者も出てきた。
決闘などでは無く、本当に簡単な手合わせだ。
シャルが本気を出したら相手は宙を舞う事になる。
もしくは体が二つに分かれているだろう。
魔術の授業でもシャルは力を発揮する事ができる。
詳しくは省くが、魔力を使い何かをする時、三工程目までは魔法だ。
四工程目からは技術が必要な魔術となる。
そして卒業するには五工程目まで出来なければならない。
シャルは六工程目に入っている。
もう卒業できるのだが、なぜかシャルは四工程目までしか周りには見せない。
出来るのにやらないのだ。
理由は俺には分からないが目立つことは避けているようには思えた。
周りにはまだ三工程目の者が多く、シャルは教える側になっている。
シャルを避けるような雰囲気は徐々に無くなって来ていた。
ちなみに俺は相変わらず役立たずの烙印が押されている。
◇◇◇
ある日、シャルの部屋にメイドが訪ねてきた。
「今夜、身を清めてケーゼ様の部屋に行くように」
「な、何を言って! それでは約束が違うわ!」
シャルは慌てて言葉を上げる。
「……公爵様からのお言葉です」
「私はそんな言葉には従わないわ!」
「断るか受け入れるかどちらにしろケーゼ様の部屋にお向かい下さい」
そう言ってメイドは足早に去っていった。
シャルは落ち込み、動揺し、狼狽えていた。
俺は何となくこれまでの事から事情を察した。
シャルは夜になり部屋を出ようとした。
まだ動揺しているようだが先ほどよりは落ち着いていた。
だがこのまま行かせるのはよくない気がして扉の前に立ちふさがる。
通さないようにジャンプして扉を開けるのを邪魔するのも忘れない。
「行くなっていうの?」
「ギャウギャウ!」
シャルは悲しそうな顔でそう言った。
俺はなおも譲らない。
断りに部屋に言ったとしても無事で済む訳が無い。
シャルは強くなったとは思うが、ケーゼの強さは分からない。
また一人だけしかいないとも限らないのだ。
無理矢理に迫られた時に逃げ出せる保証も無い。
シャルはまだ冷静になり切れてないと思う。
もしかしたらこの出来事はシャルが強くなり過ぎた為のケーゼと公爵の焦りから来ているのかもしれないな。
「……分かったわ。貴方に理解できるか分からないけど事情を説明するわ」
シャルは諦め、俺を抱きかかえていつかのように机に乗せた。
シャルは椅子に座り語り始める。
「私にはケーゼの親、公爵に借金があるの。
学園の五年分の授業料五百万ギル。
実家が領主なんだけど運営費に一千五百万ギル。
卒業後に一括で返済……利息込で一億ギル」
暴利だろうか?
この世界のシステムは知らないが、年に四割近い利息は高く思える。
「貴方にお金の価値が分かるかしら?
平民が食べるようなパンが一個十ギル、スープも大体十ギルくらいね。
私が食堂を手伝って一回百ギル、朝夕で一日二百ギルね。
これでも結構良い収入なのよ?」
シャルは軽く微笑みながら言うが表情は暗く見えた。
それだけの収入ではとても返せるとは思えない
「そして返せない場合は……ケーゼの妾として引き取られるの」
大体予想通りだ。
分からない事は返済方法が妾になる以外にあるのかどうかか。
「私は返済する当てがある。
それは……学園にある迷宮に行く事」
当てと言って良いのだろうか?
学園の授業で触りだけは習った。
魔物が数多く存在し、また財宝も多く存在する。
魔物を倒し、魔石を持って帰るだけでもそれなりの収入になると聞いている。
それでシャルは自らを鍛えていたのか、それはもう徹底的に。
だがそれでも難しいだろう。
俺は今日までシャルが一度も迷宮に行っているのを見た事が無い。
もう卒業できるくらいの力がありながらまだ不安があるという事だろう。
俺はここまでで自分の出来る事が分かった。
シャルは初めに言っていたじゃないか、俺を売ると。
俺は多分、億単位の金額で売れる。
前に血が百万ギルとか言ってたしな。
これですべて解決だな。
シャルはこの借金を反故にしない。
五百万ギルの分だけでも良いような気もする。
シャルは家族と仲が悪いとも言っていたが恨んでいる訳でも無いのだろう。
シャルの親として娘の不幸を願ってはいないだろう。
妾と言っても相手は公爵の息子だ、何不自由ない生活ができるだろう。
むしろ娘の幸せを願っての事かもしれない。
ケーゼにさえ従っておけば良いのだ……俺もシャルも嫌いだがな。
「ふふふ、何か分かったような顔をしているのね」
シャルはすべてを話して楽になったのか表情は緩やかだ。
「私は他者を売って自分が得をするっていう事が嫌いなの。
だから家族とも喧嘩もしたし説得もした……結局抗えなかったけどね」
シャルは複雑な表情をしている。
「覚えているかしら初めて会った時の事?
私は貴方を売るって言ったの。
でも初めから売る気なんて無かったのよ?
それじゃあ私の嫌っている事を自分でするような物じゃない!」
そう……だったのか。
俺はシャルを少し誤解していたのかもしれない。
「貴方は賢いわ、きっとこれまでの事も今話した事も理解している。
だから安心して私は貴方を売らない……大切にするわ。
だから貴方も自分を売ろうとか考えないでね!」
俺はシャルの事を全然分かっていなかった。
言葉だけじゃない……俺はこれまでずっと大切にされていた。
俺はシャルを大切にしていたか?
シャルはこれまで俺を守ってくれた。
なら俺はシャルを守れるのか?
「……多分貴方はケーゼに売られた方が幸せになれる。
おいしいご飯もいっぱい食べられると思うわ。
でも……今は無理でもいつか必ず私といた方が幸せだったと思わせてあげるからね!」
俺は力が欲しい……魔力で無くても良い。
何でも良いから力が……力が欲しかった。
「今日はもうどこにも行かないから。
……久しぶりに抱いて寝てあげるね」
ほんのちょっと前まで力がとにかく欲しいと願った。
でも今はこの時間がずっと続けば良いなと願っている自分が居た。
◇◇◇
あくる朝、シャルと俺は明るくなってから起きた。
少し気が抜けてしまっていたのだろうか、珍しい事だった。
「おはよう」
「おはよう、シャル」
シャルは何か驚いたような顔をしていた。
「貴方……その声……」
「あれ、俺! 声! 話せてる!?」
そしてシャルはハッキリとした声で力強く言った。
「男かよ!!!」
同時に俺は思いっきり殴られた。
思えばこれがDVの始まりである。
女の子アピールとかしてしまった俺の自業自得なのだがな。




