第三十七話 六月
「魔石の売却まで頼んじゃって悪いわね」
「ははは、僕にとっては何時も良い勉強になるよ!
それに相場も分かっているから簡単な事だ」
「それに私が付いていくから大丈夫なんだよー」
シャルは今回キルシュに魔石の販売をお願いしていた。
一応一つだけだ。
そしてキルシュとショコラがトルテに乗って町へと向かっていった。
ショコラはキルシュの後に乗り更に体まで此方に向けて手を振っていた。
自由な奴だ。
獣人族の身体能力が無かったら落っこちてると思う。
「さてと……。
私達はレーレン先生の所へ行きましょうか……」
「そうだね」
シャルは相談があって行く訳では無い。
いや相談とも言えるかも知れないが、その主たる理由は簡単だ。
「予想通りといった所でしょうか?」
「はい、もう勘弁して欲しいです」
シャルは生徒達からの勧誘で全く身動きが取れなくなっていた。
それは寮の部屋にまで押し掛けられるほどだ。
「まぁ、ここなら生徒達も簡単には入ってこないよ。
ゆっくりして行くと良い。
あ、マルメラ君。お茶とお菓子を出して貰えるかな?」
「はい……先生……」
レーレン先生の教員室は個室で他の教師は誰もいなかった。
ほとんど実験室みたいなものだったがな。
そしてそこにはマルメラが居る事が多かった。
「んー、やっと一息つけた感じ。
ありがとうね、マルメラ」
「このお菓子本当に美味しいな!
マルメラの手作りなの?」
「そう……お店にも売ってる……」
「やっぱりあれはマルメラのだったかー」
これはレーレン先生の口利きでキューケンの手に渡ったのかも知れないな。
「マルメラはやっぱり治癒魔術の訓練でここに?」
「そう……でも今は薬、ジャムの研究の方かも……」
「そうだね、治癒魔法はショコラ君もたまに習いに来てるよ」
「シャルは習わないのか?」
俺は何となく気になって聞いてみた。
「そうねー、一応訓練はしているのよ。
でもやっぱり攻撃系を優先したいかしら」
「その辺は使い魔が補ってあげると良いですね。
アンチマジックフィールドなどの防御系を訓練していましたよね」
「うん、それなりに使えるようになったね!」
俺は適当に答えておいた。
何でも防げるようになったとか言っても仕方ない。
「でもこの前のボスは苦戦したようですね。
ケルベロスの炎はやはり防ぎきれなかったようですしね」
「シャルの制服……黒焦げ……」
「ええ、あれは大変でした!」
シャルはそう言いながら俺を抱き上げる。
ミシミシと音が聞こえそうなくらいに。
「俺もまだまだだな! もっと頑張らないとね!」
何でも防げるとか言わなくて本当に良かった……。
◇◇◇
ずっとレーレン先生の所に居る訳にもいかず、そろそろお暇しようとした時だった。
「ここにいたんだよー。魔石とか売ってきたよー」
「ショコラ君、一応ノックをするようにね。
君は落ち着きが少し足りませんよ」
「これは御免なさいだよー。
それでキルシュが呼んでるんだよー」
何を急いでいるのかシャルを引っ張ってすぐに出て行ってしまった。
「ショコラは……キルシュにべったり……」
何やら複雑な表情でマルメラは答えた。
「マルメラは先生にべったり?」
顔を赤くして睨まれた。
怒られる前に退散だ。
俺はシャルとショコラの後を追いかけた。
シャルはショコラに引きずられていた。
「こっちだよー」
「ファーストがまだ来てないのに……もう!」
シャルは立ち止まろうと必死だったがショコラの力には敵わないようだった。
「んー、こっちの方から匂うんだよー」
ショコラは鼻をクンクンしながら進んでいた。
なにそれ匂いでキルシュを探せるの?
ちょっと怖いぞそれは……。
「もうすぐだよー」
キルシュが近いのかショコラがそういった所で声が聞こえて来た。
「これで良いかい?」
「俺は別に金が欲しいって訳じゃないんだが、貰えるなら貰っとくよ」
「兎に角あまり近づかないでくれ。
それがお互いの為にもなる」
「はいはい。それにしても自分達が望んでそうしたんだろうに大変な事で」
そこではトイフェルとキルシュが何やら良くない事を話して居るようだった。
「でもお前達の命令で調教されたあいつがあそこまで元気になっていて俺も嬉しいよ」
その話はきっと聞いてはいけない事だったのだろう。
いやいずれ分かった事でもそれは……早すぎたという事だろうか。
「キル……シュ……?」
そこには今まで見た事の無い、力の抜けきったようなショコラがそこにいた。
「ショコラ!? いやこれは何でもないんだよ!」
「何でも、ない? キルシュが……私を……。
え? どうして? 私はマルメら、に? なんで? たすけて? ちがう!?」
最後は叫び声だった。
「あああぁぁぁ!!!」
ショコラは膝を付き、ただ泣き叫ぶだけだった。
「ショコラ! 気をしっかり持つんだ!
大丈夫だ、何でもないんだよ!」
キルシュが声を掛けるがショコラは目を見開き、叫ぶだけだった。
「キルシュ、これはどういう事?
ショコラは一体どうしちゃったの!?」
「キルシュてめー、これはどうすれば良いんだよ!」
俺とシャルは事態が呑み込めずキルシュを責めるだけだった。
「なんでこんな事に!
ショコラ、とにかく落ち着いてくれ!
ちゃんと話せば分かる事だから!」
だがショコラは正気では無かった。
喉をかきむしり髪を引き抜き地面に手を叩き付ける。
それを必死に抑える事しか俺達には出来なかった。
「おい、キルシュ!
あんまり良くないが試したい事がある。
このままだとこいつは壊れちゃうだろ?」
「……分かった。やってくれトイフェル」
トイフェルは何か魔法を使いだした。
風だろうか?
それと同時にショコラの動きが止まる。
「大人しくしていたら水をやる。
良いか大人しくするんだぞ?」
そういってトイフェルは次に水の魔法を使い、それをショコラに飲ませた。
そしてショコラは簡単に気を失ってしまった。
「キルシュ、トイフェル! これはどういう事?
説明はあるんでしょうね!?」
「ああ、でもまずはショコラをどこか休める場所まで運びたい」
ショコラは明らかに正常では無かった。
ここはレーレン先生の所が良いだろうという事になった。
マルメラもいるしな。
◇◇◇
パチン!
レーレン先生の所へショコラを運ぶなり、キルシュはマルメラに叩かれていた。
「貴方は……何を……」
「すまない、こんなはずじゃなかったんだ」
「それは……ショコラにね……」
マルメラはこの事態の事を何か知っているようだった。
「キルシュ説明してくれる?」
「そうだね、みんなにも知って貰った方が良いだろう。
この状態のショコラ君を見てしまったんだ仕方がないだろう」
シャルが説明を求める。
話からレーレン先生も何か知っているようだった。
「ショコラは小さい頃から特殊な環境で育っていてね。
心を壊す依存性のある特殊な水で、忠実な奴隷として育てられていたんだ」
麻薬に似た物なのだろう。
それに更に魔術を組み込んでいたのかもしれない。
「それがどうも僕の家が依頼してやっていた事だったみたいでね。
僕の父とも相談してこのような事は止める事にしたんだ」
簡単に言っているがとんでもない事だった。
いやこの国の人権と言う物は何かがおかしい。
もしかしたらこれは合法なのか?
俺には分からなかったが正しい事では無いとは思えた。
それだけしか今は分からなかった。
「トイフェルはその依頼先の人間だよ。
直接は関わっていないし、どちらかと言うとこの事に反対している者だよ」
「まったく、俺は適当に対応して初めから(・・・・)あまり関わる気が無いのにな。
キルシュの奴が余計な気を回してね。
一応念押しをされていたって訳さ」
トイフェルが本当にめんどくさそうに言っていた。
確かにこんな事には関わりたくないがこの態度は無いと思う。
「それであの魔法は何?
またショコラに特殊な水を与えたの!?」
「アレは匂いを似せた物を嗅がせ、ただの水を飲ませただけだ。
あんなので簡単にいう事を聞くなんてな。
見た目ほど良くなって居なかったようだな。
それとも何か別に悩んでいたとかか?」
本当に腹が立つ。
もう少し言い方があるだろう。
「それに魔法で作った水なんて飲んでも意味がないって知ってるだろ?」
確かに魔法で作った物はいずれ消えてなくなってしまう。
体に吸収されたとしてもそれは変わらない。
「でも体には良くないだろうな、いや精神的にか。
こいつはまた水を求めると思うぜ。
そのたびに魔法でごまかすのか?
まぁ俺はめんどうだからこれで失礼するよ」
トイフェルはそう言ってこの場を去ってしまった。
「それでキルシュ。これからどうするの?」
「分からない。せめて言葉が通じれば良いのだが……」
先ほどの状態を見るに難しそうだった。
一度気を失った事で少しは安定してくれると良いのだが。
「ん……」
ショコラが気が付いた。
「……水を……水を頂戴!」
やっぱり駄目なのだろうか。
暴れるショコラをみんなで抑える。
「大丈夫だよ! ショコラもう水なんて君には必要ないんだよ!」
「いや! いやぁ! 水! 水を下さい!」
「落ち着いてくれ! 大丈夫何でもないんだ!」
「貴方は何? 来ないで! 信じられない! もう騙されるのはいや!
水を! 水は楽になれる! 水は忘れられる!!!」
何も言葉が届かない。
キルシュを認識はしているようだがもう信じられないのだろう。
たとえそれが誤解であっても今は無理なのだろう。
そこへマルメラが水? を持ってきた。
「ショコラ……分かる……」
「違う! これじゃない! 水を! 水を頂戴!」
「この匂い分からない……一緒に飲んだ紅茶……」
「何? 何を言っているの? これは水じゃない!」
「そう水じゃない……でも良い香りでしょう……」
「良い香り? これは何? 落ち着く?」
「そう落ち着くでしょう……私達が一緒に飲んだ紅茶……」
これはきっと今までショコラとマルメラが一緒に飲んで来た物なのだろう。
そしてそれはきっとマルメラが求める水よりももっと良い物に違いない。
「これを飲んで……これも食べて……」
マルメラは紅茶を飲ませ、お菓子を差し出した。
「思い出して……楽しい事を……」
ショコラはそれを食べていた。
「私は楽しかった……初めての友達は貴方……」
きっと俺達には分からない、ショコラとマルメラの思いで。
「ショコラは……連れ出してくれた……」
「私が、連れ出した?」
「そう……寂しい部屋から外へと……」
「でも私は、必要ない」
「私には……必要よ……」
「必要?」
「うん……一緒にいて欲しい……」
「本当に? 私は一緒にいて良いの?」
「一緒にいて……ずっとね……」
「うんうん」
その中でショコラはポロポロと涙を流しながら紅茶とお菓子を食べていた。
マルメラの独特なゆっくり話すのが良かったのか、それともそれがいつも通りで良かったのか。
俺に分かる事はなんとなくだがある。
きっとショコラは必要とされなくなったのが怖かったのだろう。
ショコラの居場所をマルメラに取られたと思ったのかもしれない。
それが決まっていた事とは言え最近現実味を帯びてきたのだろう。
そこへ今回のキルシュとトイフェルの件だ。
キルシュには必要とされないと思っただろう。
でもマルメラが必要だと言った。
そして水なんかよりも紅茶とお菓子で説得か。
これがマルメラの研究理由だったのか。
「正気に戻ったみたいで良かったわ……」
「本当にね……。
まぁそれにしてもあれだ」
今回の件で言いたい事がみんなあると思う。
「キルシュはマジで使えねーな!」
「何も言い返せないよ……」
「教師である私も何も出来なかったしあまりキルシュ君を責めないであげたまえ」
レーレン先生がフォローするが……。
「先生が……悲しい事は楽しい事で消せるって……」
え、なにそのカッコイイ台詞は。
しかも紅茶とかお菓子とかって先生のアドバイスだったの?
「流石すぎてもう……先生に出来ない事なんて無いんじゃないでしょうか?」
「いやいや、マルメラ君の思いが全てさ。私はただ助言しただけだよ」
「やっぱキルシュ使えねーわ……」
「本当にすまない。僕に出来る事があれば何でも言ってくれ」
「んー、お使いとか?」
「でもそれも使い魔のトルテの力が大きいよね」
「もう私達の中でキルシュの価値が無くなっているわね」
まぁ馬鹿な事を言うのはこれくらいで勘弁してあげよう。
「ショコラ済まなかった、全て誤解なんだ。
落ち着いたらまた話そう。
今は僕も君が必要だとだけ言っておくよ!」
そう言ってキルシュは部屋を出て行く。
「……わかったんだよー」
その声は小さかったがキルシュに聞こえただろうか?
もしかしたらショコラも少しだけキルシュを苛めたかったのかもしれないな。




