閑話 ご主人様は真っ青
本日二回目の投稿です。
人によっては好ましくない表現があるかもしれません。
この場面は飛ばしても問題ありません。
そこでは真っ暗で何も見えない。
時折聞こえる音は酷く恐ろしい。
腐臭が漂い匂いは最悪だった。
床は冷たく、日も当たらず、風は流れておらず、空気は淀んでいた。
たとえ日が当たっても暗闇は消えない。
目隠しに手錠、首輪に鎖。
足枷には錘が付いており自由は全くない。
たまに出される食事だけが唯一の希望だった。
その何も無い空間では感覚が逆に研ぎ澄まされた。
そしてまず匂いを感じる。
食事の匂いだ。
これだけで気が狂いそうになるほどに嬉しい。
そして皿に入れられたそれが床に置かれる。
それは冷たく具もほとんど無い水のような物だった。
だが匂いはずっと嗅いでいたい。
一舐めすると天にも昇るような気分になる。
それをあっという間に平らげる。
後はずっと皿を嗅いだり舐めたりして、また時を過ごす。
ここではそれだけしかする事は無かった。
◇◇◇
「良く出来たな」
そう言ってあの香しい匂いのする水が少しだけ貰える。
これが全てで他には何も無い。
言われた事を忠実にすれば水が貰える。
ただそれだけの事が狂おしい程に嬉しい。
「駄目だ。何をやっている」
そして出来なかった時は水が貰えない。
そして酷い時は暗闇に落される。
それが何度も何度も何度も何度も何度も繰り返された。
「さぁ水をやろう」
これだけが生きる意味だった。
そして勉強、魔術、武術、家事などに至る全ての事を覚えさせられた。
変わった事もあった。
「そいつは見てるだけなのか?」
「ええ、そう言うのも……良いでしょう?」
男と女が絡み合う。
女は男に手を這わせながら答えていた。
「依頼主のご要望なのよ」
「とんだ変態だな」
見せつけるようにことは進んでいく。
実際見せつけるのが目的なのだろう。
一つ分かった事は依頼主がこの状況を作り出しているという事だろうか。
今は……どうでも良い事だった。
見るだけで水が貰えるそれだけだ。
男が女を喜ばす。その逆の時もある。
女と女、男と男の時もあった。
そして複数での事も。
ただそういう物だという事を覚えた。
そして水がそれを忘れさせない。
これも何度も繰り返される事に変わりは無かった。
◇◇◇
「さぁこれで自由だ。好きな所へ行け」
ある時、暗闇から出されるとそこはとてもきれいな場所だった。
そして枷が外される。
初めは何の事か分からなかった。
だが見張りが居なくなると本当に自由になったという事が分かった。
遠くに見える町に向かって歩く。
知識はあった。
どうすれば生きて行けるか町ではどのような暮らしをしているか。
魔術だって使える。
全てを知っていた。
一人でも生きている技術と力はあった。
「おかえり、散歩は楽しかったか?」
街の手前で気が付くとまた暗闇の中にいた。
叫ばずにはいられなかった。
「そんなに嬉しかったのか」
その後は水も何も貰えなかった。
気が狂いそうなのを耐えもう限界という所であの匂いがした。
限界だったはずなのに体がそれを求めじたばたと動いていた。
だがその匂いは遠ざかる。
それが幾度となく繰り返され本当に水が貰えた時は嬉しくて気が狂いそうだった。
いやもう狂っていて何が正しいのかも分からなかった。
そしてまた散歩の時間が来た。
町の手前まで行き気付いた。
どうせ連れ戻される。
それに……帰らないと水が貰えない。
一人で生きていく心は無かった。
◇◇◇
「こんな酷い所に……」
ある時、本当の神様と思える者が現れた。
「大丈夫かい? もう何も心配しなくて良いからね」
暗闇から解き放たれた瞬間だった。
だが体には幾重にも重なって、暗闇が巻き付いていた。
「水を、頂戴!」
体を拘束する枷はもう無い。
綺麗な部屋のふかふかのベッドで寝ているだけだ。
だが体はまだ繋がれているという事だった。
「あれは良くない物なんだ。
無くても大丈夫。
今はつらいかもしれないけどもう少しの辛抱だよ」
「お願い! 水を下さい! 何でもしますから!」
水は貰えなかった。
匂いすら感じない。
そして声を掛けられるだけだった。
「大丈夫、大丈夫だからね」
◇◇◇
どれだけの時間が経ったのだろう。
ふいにそれは無くなった。
だがずっと声だけは聞こえていた。
体は重く辛かったがもう水を求めてはいなかった。
「気が付いたかい? さぁこれは食べれるかな?」
でも水では無いもっと大切な物を求めるようになった。




