第百五十話 完璧なる半端モノ6
王になるのは可能かもしれない。
それに俺には王になってやりたい事など無い。
だがそれがキルシュが王になるのに必要な事だった。
「俺の事はどうでも良い。
……キルシュはどうして王になろうと思ったんだ?
簡単に投げ出して、他者に任せる事なんて出来るのか?」
キルシュを助ける者や支える者は少なからずいる。
だが一緒に考えてくれる、相談に乗ってくれる者が居ないのかもしれない。
どこぞの女装癖のある奴は憧れより現実をとったらしいからな。
せめて前王が生きていれば無理矢理にでもキルシュの傍に置いたかもしれないが。
無い物ねだりをしても仕方がない。
少しだけ俺が変わりをする事にした。
「……ファーストなら僕より上手く出来るさ。
いや、もっと良い王になるはずだ!」
キルシュは重症だった。
「だから俺の事よりもキルシュ自身の事を聞いてるんだよ。
……他者に任せるにしてもキルシュがして欲しい事だってあるだろう?」
「ただ平和であればそれで良い。
争い事が無く、自由で平等な国を目指していた。
力さえあれば叶うと思っていた。
だがそれは間違いだった。
本当に必要なのは周りを納得させる事。
力はその手段の一つと言うだけだった。
そしてファーストは誰でも納得させてしまう。
古代竜でも人間でも誰でもだ!」
納得よりもこの場合は妥協と言った方が近いかもしれない。
双方が譲り合い、納得すれば争いは起こらない。
対話などその方法はいくらでもある。
「キルシュは十分上手くやっているよ。
俺なんかの力は必要ないくらいにな。
飛竜の件だって本当の所は俺達の勝手な都合に合わせてくれただけだろ?
何をそんなに急いでいるんだ。
ショコラを説得した時の粘りは一体どこへ行ったんだ?」
キルシュは我慢強いと言うか辛抱強い方だったと思う。
……すぐにでも戦いたいとか言ってそうでも無かったか。
だが自分で決めた事は最後までやり遂げるだけの意思はあったはずだ。
「……そのショコラが問題なんだ」
キルシュはやっと本当の理由を語ろうとしていた。
「アインツの紋章、ユニコーンは知っているかい?」
話が飛んだがアインツについての事なのだろう。
ショコラは王の妻、王妃として迎えられようとしている。
それに紋章が関係しているのだろう。
「一角獣の生物だよな?
馬に角が生えた空想の生物だっけ?」
ドラゴンが空想の生物がどうとか言うのは可笑しかったかもしれない。
だが俺の知っている事とこの世界の事では違うかもしれないしな。
「史実には残っているが実際に見た事は僕も無いよ。
そしてこのアインツには下らない慣例が残っているんだよ。
王妃にはユニコーンに認められた者しかなれないっていうね」
「ユニコーンは居ないのだろう?
それに認められるってどいう事だ?」
俺の質問は当然の事だろう。
そう言えば前にユニコーンの話が出たな。
……とても下らない内容だった気がする。
「乙女しか王妃にはなれないんだよ。
……本当に下らない慣例だろ?」
確かに下らない。
だがちょっと待て。
それが問題で何が問題になると言うのだろうか。
「それが理由でショコラが王妃になれないとか?
……いや、違うな。
キルシュ、てめー……」
俺は本当に下らない事に巻き込まれていた。
ショコラが王妃として認められていない。
それはユニコーンが理由では無く、その出自や境遇からだろう。
「僕が一体どれだけ我慢したと思っているんだ!
本当に子供の頃からずっとだぞ!?
僕はもう耐えられない!」
今の俺にはその気持ちが痛いほど良く分かる。
だが結論を出す前に聞く事があった。
「耐えられないから……首を刎ねろ?」
「……ファーストなら本当にそんな事はしないだろ?」
「今は本当に刎ねたくなったよ」
キルシュは周りにこの事を話したのだろうか。
周りに片手の指で足りるほどしか側近が残っていないのは仕方のない事だったか。
いや、逆にこれだけ残った事が驚きか。
「ファースト、頼む。
助けると思って!」
「黙れ童貞!
あと数千年くらい耐えたら考えてやるよ!」
そして最後にこの下らない一件を片づけなければいけなかった。
「はいはい、ドラゴンは童貞の王に討たれた。
これでこの件はおしまい。
もうこれで良いだろ?」
「僕はもう王なんてやりたくな……ぐふっ!」
キルシュは最後まで言う事無く、その場に倒れる。
背後から獣人族の攻撃を受けた為だ。
「馬鹿な王で御免なさい。
ちょっと躾が足りなかったみたい」
それは今まで姿を見なかったショコラだった。
どこかに隔離されていたのに無理矢理この場に来たのだろう。
後ろには召使いの様な者達が慌てながらショコラを追って来ていたから。
「立場が逆転しているみたいだな。
前はキルシュが教える立場だったのに」
「貴方達を見習ったのよ」
ショコラは俺と……シャルを見ていた。
「でも、今はファーストの方が……ね?」
シャルはショコラにだけ分かるように話していた。
「……私達も早くそうなって欲しいわね!」
「ぐふっ!」
ショコラはそれに答えるように言葉の最後にはキルシュをしめていた。
「……話は付きましたでしょうか?
いつまでもこうしている事は出来ません。
後は私の方でなんとか辻褄を合わせておきます。
邪なドラゴンは無垢な王によって討たれたと言う事で」
後はメガネが何とかする様だ。
……こいつ知ってて放置したんじゃないだろうな?
俺はキルシュ以上に我慢の限界なんだぞ!
余計な苦労を掛けないで欲しい物だ。
「そしてこれを機に強引に陛下とショコラ様の婚姻を進めましょう。
……陛下にまた変な気を起こされても困りますから」
ドラゴンを討った者には中々逆らえないだろうしな。
次に何かされる前に手を打っておくべきだろう。
……キルシュの事では無い、敵対勢力の事だ。
「出来ればショコラ様にも何か功績が欲しい所ですが……無理を言っても仕方ありませんね」
確かにショコラにも何か欲しい所ではあった。
敢えて一般庶民を王妃に選び、民の親近感を得ると言うのはありかも知れない。
ただその肩書はある程度良い物が欲しかった。
「ショコラ様は引き続き陛下とは別の場所で暮らして貰いますが、ご理解を」
「……ええ、分かっているわ」
下らない慣例の為、同じ屋根の下、一つの場所で過ごすのは好まれないのかもしれない。
「ここには丁度、友人がいるわ。
暫くはそこで過ごしたいのだけど、良いかしら?」
「問題ありません」
友人とはきっとマルメラの事だろう。
マルメラ……か。
俺は思い付いた。
とても強引で下らないかもしれない。
でもちょっとした功績をショコラとキルシュ、そしてマルメラに上げさせようと。
……功績と言えるかどうかも怪しいが。
「童貞陛下、婚姻に合わせて減税したらどうだ?」
「……面白い考えだね」
キルシュはショコラに足蹴にされながら答えていた。
「……ファースト君、続けて貰えるか?」
そしてメガネもこの話に興味を示す。
「まぁ、色々税は種類があるだろうがどれでも良い。
ただ敢えて言うとしたら紅茶の税を無くしてはどうだろう?」
「何故、紅茶を?」
メガネでも知らない事はある様だ。
キルシュ、ショコラは気付いたようだ。
「ショコラは紅茶が好きなんだよ。
色男……色王にはお似合いの理由だろう?」
「良いね!
僕はどう思われても構わない。
ショコラの為にもなるかな?」
きっとマルメラにも協力をして貰える。
キルシュとショコラが言えばきっとな。
「それでは紅茶はもっと求めやすい価格になるのですね?
皆に嗜好品を配る事が出来るかもしれません!」
以外にもこの話を喜んだのはザフィーアだった。
味気ない配給食に少しだけ追加されるかもしれないな。
国が税を減らし、生産元もきっと価格を下げてくれる。
そして販売元も。
「……アードラーさんも協力してくれるわよね?」
シャルがフォーゲル商会の頭取に確認する。
少しだけ強い口調で。
「……嫌じゃ。
商売人は情では動かん」
だがシャルは引かなかった。
「王家御用達の看板では足りない?」
アードラーは少しだけ考える素振りを見せる。
まだシャルから譲歩を引き出そうとしているのだろうか。
「……嫌なら紅茶の供給を止めて、無理矢理に国賊の汚名を広めるわよ?」
「喜んで引き受ける。
どこよりも安く紅茶を販売する事を約束しよう!」
引き出されたのは脅迫だったが、結果は良好だな。
「紅茶ってあれだろ、ドラゴンも絶賛の奴だろ?
気分が落ち着くんだよな!
今以上に安くなるなら冒険者達は酒じゃ無くて、紅茶ばかり飲んじまうな!」
ゲファールが何か言っていたが、そんなに上手くは行かないだろう……。
でも悪い事では無いと思う。
……俺も紅茶は結構好きだしな。
地上に戻り、すぐに訪れた馬鹿騒ぎはこれでようやく終わりを迎える事になった。
◇◇◇
騒ぎが終わり、俺とシャルはやっと二人きりになっていた。
場所は思い出の場所。
学園の寮でシャルがずっと暮らしていた部屋だ。
粋な計らいをしたのはこの場に居ない神速では無く、ラヴィーネでも無く、ケーゼだった。
ラヴィーネの元を訪れた神速から大使としてベンア竜帝国に赴いていたケーゼが今回の事を知る事になった。
ケーゼはこの後も色々サプライズ的な物を準備していた。
全く、この気の効き様だけは褒めてやろう。
「ファースト、ごめんね。
もっと良い再会にしたかったけど、必要な事だったから……」
「シャルが気にする必要は無いよ。
俺は今こうして居られるだけで十分だから」
キルシュがあんな事を考えていたとはシャルも知らなかった様だが、それによって結果は変わらなかった。
ドラゴンの討伐は行われる予定だったのだから。
「でもこれでもう煩わしい事は何も無い。
……二人で静かに暮らしましょう」
「ああ、そうしよう」
シャルが選んだ道は静かに暮らす事だった。
ドラゴンが討たれたとなればアインツが俺達に関わる事は表立っては無い。
引き続き、異世界の情報は分かり次第教えて貰える事にはなっているしな。
後はただその情報が入ってくるのを待つだけで良い。
自分達で探す事は控える。
どうしても争い事や企み事に巻き込まれてしまうからな。
そして静かに暮らしたいのは俺も同じだ。
その為に迷宮で長い時を過ごしたのだから。
ドラゴンは討たれた。
後はその姿を隠してしまえば良いだけだ。
「その為の力は……姿は手に入れたよ。
初めはシャルに見せると決めていたんだ!」
俺は人に擬態する術を手に入れていた。
そしてその姿を見せるのはシャルが一番だと決めていた。
他にも沢山決めていた。
今後はずっと人の姿で過ごす。
ドラゴンなんて目立つ姿は捨てればきっと静かに暮らせるから。
人の擬態には思わぬ効果もあった。
幼生に擬態した時、モンスターとしての威圧が抑えられる。
それと同じ様に人に擬態した時にはモンスター自身の力が抑えられる。
まるで本当の人の様になれるのだ。
傷は付くし、馬鹿げた筋力も無い。
そしてシャルにモンスターの影響が及ばない。
迷宮で隔離されていた時の様にシャルからモンスターの様な攻撃性が失われるはずだ。
今のしおらしいシャルのままで居られるはずだ。
それは俺から流れ出ていたモンスターの力が全く出ていない事からまず間違いなかった。
だが今はそんな先の事は些細な事だった。
……俺はもう我慢の限界だったのだから。
人の姿になれば俺は本当の人と同じ事が出来る。
今まで出来なかった事が。
それは形だけの行為では無く、結果の伴う物へと変わるはずだ。
俺は種を残す事が出来るようになっている……多分。
人と同じになれるのだから問題ないだろう。
……問題があったとしてもやる事は変わらなかったか。
俺はシャルに見つめられながら姿を変える。
人の姿への擬態。
俺の気持ちの上では擬態では無い。
俺は人の姿へと……戻った。
俺は人の姿へと擬態した時、少しだけ残念だった。
人に戻ったのが残念と言う意味では無く、その姿自体が問題だった。
その姿は俺の覚えている限り、元の人間のままで全く同じだ。
その姿は普通の子供。
どう背伸びしても高校生くらいにしか見えない。
大人なシャルとは少しだけ不釣り合いだったから。
……俺の方がずっと年上になったのにな。
お爺ちゃんでは無いだけ良かったと思っておこう。
そして重要なのは俺の気持ちでは無く、シャルの気持ちの方だ。
「シャル、どうかな?
少し子供っぽいかもしれないが……ドラゴンよりは良いだろ?」
俺はシャルと目が合せれないでいた。
ドラゴンの時とは違い、なんだか気恥ずかしくて。
姿だけでなく、心まで人と同じなのかもしれない。
俺は恐る恐るシャルを見上げる。
シャルは震えていた。
子供の姿が可笑しかったのでは無い。
溢れ出る感情、衝動を抑えていた為だ。
シャルは見下ろしていた。
俺の姿が子供なのは些細な理由だ。
俺の存在が急に小さく思えたからでも無い。
シャルの目は血走っていた。
まるで獲物を見つけた捕食者の様に。
小さい男の子が好きなのは確かかも知れない。
でも理由は他にもある。
「でもシャルは……ドラゴンが好きなんだな」
俺の言葉はただの虚勢だった。
シャルはドラゴンが好きという訳では無い。
理由は簡単だった。
「シャルがドラゴンになっちゃ、意味ないから……」
「GYAUUU!」
ドラゴンの雄叫びってこんなに怖いんだな。
俺はこの後、五体満足で居られるだろうか?
せっかく手に入れた人の姿が仇になるとはな。
俺はドラゴンの力を人の姿に封じ込めたと思っていた。
しかし、実際はドラゴンの力、いやモンスターとしての力はシャルへと流れていた。
使い魔としての契約の力を恨んだのは初めてだ。
人としてシャルを感じたかった。
その願いは叶ったが、シャルの肌は冷たかった。
その心まで冷たくない事を祈るだけだ。
「……優しくしてくれるよな?」
「GYAUUU!!!」
今までと完全に立場は逆転した。
もう少し考えて魔法や魔術を使うべきだ。
そんな分かり切った事を今更ながらに実感していた。
ただそんな事を考えられたのは少しの間だけだった。
久しぶりに受けた感覚は俺を狂わせた。
特に快感は想像を絶していた。
……俺はシャルの気が済むまで犯された。
◇◇◇
俺が解放されたのはそれから何日も経ってからの事だ。
俺は自分では時間の感覚が分からなくなっていたので周りの者から聞いた事だがな。
周りの者には予めシャルから当分放っておくように頼んであった様だ。
……シャルの気遣いは涙が出るほど嬉しいな。
結果は全くの逆になったが。
防音のマジックアイテムからドラゴンの雄叫びが漏れ出ていたそうだ。
いくら久しぶりだったとは言え、節度を持って行動しろと忠告されたよ。
ドラゴンは討たれた事になっているしな。
でもそれ俺の声じゃないから。
「ファースト、何してるの?
早く行こっ!」
「シャル、そんなに急ぐ事は無いだろう?」
シャルは人の姿に戻っていた。
そして俺も同じく……人の姿だ。
感覚共有を遮断する様にドラゴンの、モンスターの力を遮断する。
今の俺なら簡単に出来る事だった。
……それを思い付きさえすればな。
「もう空は飛ばないんだから移動に時間が掛かるの!」
「そうだけど……」
俺達を縛る物は何も無い。
時間からは逃れられないが、急ぐ理由にはならない。
ただシャルは止まっている事が苦手なのかもしれないな。
そしてシャルはいつもの様に俺を導く。
……これまでとは違ってちゃんと手を取って優しく。
俺には握り返す手が、今はちゃんとあるから。
「一緒にね!」
「ああ!」
俺は行き先を知らない。
シャルもきっと知らない。
でも俺とシャルには分かるはずだから。
完璧な存在でも一人ではきっと半端なままだ。
でも二人でなら……きっと。
第五章はあと一話、閑話を挟んで終わりになります。
第六章はどうなるかまだ分かりません。
今の構想だと人と人とのイチャラブ展開しかないので……。
なるべく早く第六章が始められるよう頑張ります!