表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ご主人様は真っ黒  作者: pinfu
第五章 羽化
174/176

第百四十九話 完璧なる半端モノ5


「百階じゃねーのなら何階だっていうんだ?」


 シャルの言葉にまずはゲファールが咬み付いた。


「ゲファール、落ち着け。

 シャル殿は深淵に行ったが、その道中は知らないのだろう?

 最下層が百階の可能性もあるのでは?」


 ギルドマスターがゲファールを諌め、シャルに事実を確認しようとする。


「私は深淵に行くだけでなく、ファーストと迷宮を探索した事もあるわ」

「学生の時は三十階を超えていましたよね。

 卒業した後にも何度も迷宮へと足を運んでいると聞きました。

 その時は一体どこまで行ったのです?」


 ブリッツは俺達の事を一番よく知っているからな。

 そう言った話もした事があった。


「ファーストとの探索は楽な物よ。

 途中で飽きてしまう程にね。

 私達は百階を超え二百階を超え……」


 皆はシャルの言葉に聞き入っていた。


「千階を超えた所で飽きてしまったわ。

 その先がどこまで続いているのかは私にも分からない」


 シャルには深淵の場所が分からなかった。

 ……俺も分からないし、知らなかった。

 皆が無理だと感じていた。

 誰もシャルには、狂った考えを持った者には付いて行けないのかもしれない。


「単純に計算して今の百倍の物資を用意すれば良いのじゃな」


 始めに声を上げたのは商売に狂った者。


「祈りましょう。

 神に祈れば叶わない事などありません。

 その信仰心が力へと変わるのです」


 次は宗教に狂った者。


「俺が冒険者になったのは誰も成し得なかった様な事をしたかったからだ。

 前人未到、桁違いの階層なんて最高の冒険じゃねーか。

 嫁達に良い自慢話が出来るってもんだ!」


 これはただの馬鹿。

 敢えて言うなら嫁狂いか?


「例えどのような状況であろうとも兵士は任務を遂行しなければなりません。

 作戦を建て直します」


 真っ直ぐにただ与えられた事を行う。

 どの様な事でも行うその意思は忠誠心に狂っていると言える。


 誰しもが譲れない事はある。

 ただそれを狂っていると簡単に言ってしまう事は出来ないのかもしれない。


「……ありがと」


 その声はとても小さかったが皆に届いていたはずだ。


 シャル曰く、ザフィーアに習ったそうだ。

 余計な事は言わなくて良いと。

 全くその通りだ。

 その後に続く言葉がそうだったから。

 言うだけならタダ……だそうだ。


 俺はそこの辺りは聞かなかった事にした。

 ……照れ隠しだと信じたい。




◇◇◇




 全ての準備が終わっていた。

 そして復活祭の終わりが訪れる。


 ドラゴンが現れる事を信じる者。

 命令にただ従う者。

 何方でも問題なく儲けるだけの者。

 周りに流され雰囲気に酔っている者。

 様々な者達がこの場には居たが、申し合せたように不思議と辺りは静寂に包まれる。


 現れたのは小さな幼生のドラゴンが一匹。


 ある者は話しかけ、ある者は見守る。

 そしてある者は……攻撃する。


「全軍攻撃開始!!!」


 それはシャルと同じ様にドラゴンが現れる事を願っていた者達だった。

 しかし、その目的は大きく違っていた。


 急な王の死去から数年。

 それを好機と捉え、権力を手にしようとした者は少なからずいた。

 だが今まで表に出て来なかった王の息子がその座についた。


 その息子はただの傀儡に成り下がるはずだった。

 しかし、今や王として揺ぎ無い地位を手に入れようとしていた。


 一匹の飛竜、ドラゴンによって支えられたアインツ王国。

 そこに新たなドラゴンが王の政策によって増える事になった。

 アインツに長く仕えたドラゴンの竜騎士、騎士団長も王に忠誠を誓っている。

 ……王の力は盤石に思える。


 そこにまた別のドラゴンの話が上がった。

 予てより期待されていたドラゴンだが、どうにも扱いが難しいその存在の話が。

 しかもアインツに仇を成す可能性があると。

 絶対的なドラゴンと言う存在の価値を落とす事が出来る可能性があった。


 ドラゴンを味方に引き入れる可能性は初めから除外されていた。

 そのドラゴンの主人が狂人だったからだ。

 とても扱い切れる物では無かった。

 現王どころか、前王ですら手を焼いている有り様だ。


 ならば今ここで討つのが得策だった。

 ドラゴンの価値を落とし、王の物になる可能性を無くす。

 上手くすればドラゴン同士の相打ちに持って行ける。

 失敗すれば竜騎士達に責任を取らせ、成功すれば自分達の手柄とする。


 攻撃を命令した者達の考えはこんな所だろうか。




◇◇◇




「シャル、下がってくれ。

 考えていたのとは少し違うが、成長した俺の力を見せるとするよ」

「どうせなら派手にやっちゃえ!」


 なんて言うかシャルの機嫌がすこぶる良い気がする。

 ……久しぶりに俺に会えたからかな?

 重要な事だが、今はシャルも傷付きかねない攻撃が俺を襲おうとしていた。


 魔術、物理、両方の攻撃が俺へと放たれている。

 接近せずに遠距離からの包囲攻撃。

 俺には効かないが、マジックアイテムによってモンスターの魔力を抑えられてもいる。

 その規模が少し大きいだけで迷宮でのボス討伐と同じ戦術だった。


「まったく、シャルを巻き込むような事しやがって。

 ……纏めて灰にしてやる!」


 俺はシャルの言葉もあり、調子に乗っていた。

 向かってくる魔術はアンチマジックフィールドで消し去る。

 物理的な攻撃は全てを認識し、炎で一斉に燃やし尽くす。


 空では数えきれないほどの爆発が起こっていた。


 このまま地上に居たのではシャルを巻き込まない様、迎撃ばかりになってしまう。

 俺は空へと飛び上がる。

 しかし、今の幼生の姿では周りの者達が見失ってしまうかもしれない。

 少し的を大きくしてやる事にした。


 俺は長い時を経て二つの新しい姿を手に入れていた。

 その一つを今、見せよう。


「ドラゴンが逃げるぞ!」

「見失うなよ!」

「良く狙って攻撃しろ!」


 俺が反撃しなかったせいか相手は調子に乗っていた。

 だがそれはすぐに絶望へと変わる。


「……なんだ?」

「急に暗く……」

「ドラゴンを見失っただと!?」


 今の今まで目視していた幼生のドラゴンが一瞬して見えなくなったはずだ。

 そして辺りは夜と間違えるほどの暗闇が包み込む。


 俺は……ドラゴンの完全体、空を埋め尽くすほどの巨体に変態していた。


「矮小なる者よ、己が無力を嘆くが良い……」


 こんな事もあろうかと迷宮の中で考えておいたボスっぽい台詞を周り中に聞こえるように言い放つ。

 それは轟音だったがどこか不気味で体の芯に響くような声だったはずだ。

 モンスターとしての威圧を思いっきり掛けながら話したからな。

 ……台詞の内容は関係なかったかもしれない。


「……無理だ」

「こんな話は聞いてねぇ!」

「これが本当のドラゴンか……」


 俺は大きいだけだ。

 だがそれだけで戦意を喪失させるには十分だった。

 兵士達が手に持つ武器を落としかけた時、上官が再度の攻撃命令を出す。


「あ、諦めるな!

 お前達は言われた通り動けばそれで良い!」


 行動をするだけで結果を求めない。

 攻撃する事が目的で当てる事、倒す事は考えない。

 そうすれば行動を起こすくらいの事は兵士達も出来た。

 しかし、それは逆効果だった。


「魔術が……発動しない?」

「マジックアイテムも発動しないぞ!」

「これではまるで……」


 兵士達は今と同じ様な状況を経験した事がある。

 その時は自分達に味方していた。

 しかし、今は敵対するモノに味方している。


 アインツ王国で起きた反乱。

 天罰の日と同様の事が起きていた。

 そして兵士達は疑問を持つ。

 自分達は何か間違った事をしているのではないかと。


 それでも物理的な攻撃をしようとする者が少しはいた。

 だが攻撃前に武器を燃やし尽くし、灰に変えるだけだった。


 兵士達はただ茫然と空を見上げる事しか出来ない。


「……全軍に撤退の指示を。

 そして兵以外の者達を優先的に逃がすんだ。

 殿は僕が務める」

「しかし、陛下……」

「早くするんだ!

 悪戯に命を損なう事は無い」

「……分かりました。

 全軍撤退する!」


 キルシュは始めからずっと傍観していた。

 俺への攻撃指示はキルシュの望む所では無かったはずだ。

 でも、キルシュはこうなる事をある程度予想していたのかもしれない。


 なぜならここにショコラが居ないから。


 シャルはショコラにも話をしたかったが会えなかった。

 もしかしたらキルシュがそれをさせなかったのかもしれない。

 こうなる事が分かっていたから。


 兵士達は撤退を始めていた。

 殿に残ったキルシュの周りには極々少数の護衛しか残っていない。

 アインツの重役の中で残っている者は知り合い以外では片手の指で足りるほどしかいない。


「ファースト!

 願わくば、今回の件は僕の首で許して欲しい!」


 そんな物は欲しくない。

 それに事情を聞きたい所でもあった。

 だがこのままでは話をするのも一苦労だ。

 姿を成体へと擬態し、俺はキルシュの前へと降り立った。

 ……幼生だとさすがに舐められそうだからな。


「言い訳くらいは聞いてやるよ」

「……王と言っても何でも出来る訳では無いって事さ。

 どれだけ功績を上げようと国を一つに纏めるのは難しい。

 今回、僕は王国内の敵対勢力を抑える事が出来なかった」


 敵対勢力と言っても直接争うのでは無く、権力争いと言うか政治的な物なのだろう。


「結構肩入れしたんだけどな?」

「……そうだね。

 君達が望むような国を作りたかった。

 それは僕の望みと同じだったからね。

 ……それでも僕には力が足りなかった」


 力はあると思う。

 ただタイミングが悪かった。

 前王の死ぬタイミングが。


 キルシュに王位を、国を、まともに引き継ぐ前に亡くなってしまったのだから。

 それが隙となり、要らぬ野心を招いたのだろう。


「僕には強力な味方が沢山いる。

 だけど政治的な力を持った者が居ないんだ。

 そのせいで騎士団長さえ思うように動けない。

 本当に自分の不甲斐なさを恨みたくなるよ」


 そう言えば騎士団長はよく飛ばされていたな。

 空では無くて、地方と言うか僻地というか敵地と言うか最前線に。


「で、言いたい事はそれだけか?」

「いや、まだお願いしたい事がある」


 それはこの事態を傍観してでもキルシュが望んだ事だった。


「ファースト……君がこの国の王にならないか?」

「……本気か?」


 キルシュは王と言う立場に潰されていた。

 そして自分では出来ないと悟り、他者に譲る事にした。


「思い付きで言っている訳じゃ無いよ。

 ……ベンア竜帝国。

 ラヴィーネ陛下は君と同じなのだろう?

 それにファーストなら出来ると僕は思っている」


 ラヴィーネが古代竜である事は伏せられている。

 だが流石にアインツの王には伏せる事は出来なかった。


「国が乱れるのは権力者が争うからだ。

 アインツで言えば王が変わる時が一番争いが起きやすい。

 だがもし君が王になればその心配をしなくて良い。

 ベンア竜帝国の様に繁栄する事も不可能ではないはずだ!」


 キルシュの考えが理解出来てしまった。

 あながち的外れでは無い事も。


「さぁ、僕の首を刎ねろ!

 僕以外にアインツの血筋は残っていない。

 僕が死ねば誰が王を名乗っても不思議ではない。

 特に王の首を刎ねた者ならなおさら……ね?」


 わざわざ首を刎ねる必要は無い。

 キルシュを討ったと周りに広め、キルシュ自身は身を隠せば良いだけだ。

 他国へ行けば見つかる事などまず無いし、この世界で本人だと証明する事は難しい。

 本人にその気がないのだから到底無理だろう。

 それに今回集まった知り合い達なら協力してくれるはずだ。


 俺が王になる事は可能か不可能かで言えば……可能だった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ