第百四十五話 完璧なる半端モノ1
「久しぶりのシャバの空気は上手いな」
俺は長い、本当に長い時を経て迷宮の深遠から地上へと戻ってきた。
「久しぶり……ファースト」
迷宮の前では最愛の人、シャルが出迎えてくれていた。
俺はまだドラゴンの幼生に擬態している。
久しぶりとは言え、シャルにはすぐに俺だと分かったはずだ。
長い時を経て手に入れた姿は二人きりの時に見せると決めていたしな。
「それで……この盛大な歓迎はシャルの提案か?」
「そう……なのかな?
……少し思っていたのとは違う物になったみたい」
正直、すぐにでもシャルをこの手に抱きたかったが周りを気にしてそれは出来なかった。
復活祭後、迷宮の内部は一新される。
新しい宝や貴重な魔石を体内に持つボスモンスターなどを狙い、冒険者達が待っているからだ。
いつもなら学園近くの迷宮なので生徒達が多いのかもな。
しかし周りにはあまり似つかわしくない者達が立ち並んでいた。
「……どうして軍の兵士がいるんだ?」
「もしもの時の捜索部隊って事だったのだけど……」
もしもの時。
それは俺が戻らなかった時の事だろうか?
そんな事はあり得ないが心配するのも無理はない。
そして俺とシャルの再会があまり感動的でない理由でもあった。
俺はなぜか武器を持った者達に囲まれていたからだ。
「全軍攻撃開始!!!」
どこからともなく攻撃の合図まで聞こえてくる。
俺とシャルの再会は……派手になりそうだった。
◇◇◇
少しだけ時は遡る。
全てはシャルから聞いた話で俺が迷宮に籠っている間の出来事だ。
どうして再開した時、軍の兵士に囲まれていたかの理由を説明するついでに聞いた事だった。
俺としては会えなかった時、シャルがどうしていたかの方が本題だったかもしれないが。
復活祭の始まり。
俺だけが迷宮に残り、シャルは消えて無くなった迷宮の前で呆然としていた。
そしてしばらくして出て来たのは罵りの言葉だった。
「……馬鹿。
馬鹿、馬鹿、馬鹿!
ファーストの馬鹿!!!」
本当に悲しくてそんな言葉が出ていた。
「どうして一人で決めちゃうのよ……」
シャルが望んだ事だと言うのにそれは受け入れられない事だったようだ。
「……謝っても許さないんだから」
この時、シャルは本気で怒っていた。
ただ勝手に俺が行動したと言う事だけを考えて。
◇◇◇
「シャルちゃん、料理はまだかな?」
シャルはいつも通りお店で働いていた。
復活祭はお店が一番忙しい時期だ。
トレーネの催促も仕方のない事だった。
「シャルちゃん、追加の料理もお願い!」
ツェーレも同じ様に催促する。
「ああ、もぅ!
手が足りなーい!
ファースト、もっと火力あげて!」
焦るシャルだがそこにいつもいるはずの料理長補佐はいなかった。
「……あっ」
それに気付き、シャルはまた悲しそうな表情を浮かべる。
寂しさを紛らわす為にシャルは俺が帰るまでの間、お店でいつも以上に働こうとしていた。
「シャルさん! 私が手伝いますから!」
厨房には俺の代わりにモルトが入っていた。
「お、お願いね、モルト!」
「はい!」
俺が居なくてもお店は回る。
……はずだった。
「……シャルさん! 料理が焦げちゃいます!
ああ、そっちはお鍋が吹いてますよ!」
「ご、ごめんな……きゃあ!」
シャルは鍋をひっくり返してしまっていた。
こんな光景は今まで一度として見た事が無い。
「シャルちゃん、疲れている様だし少し休んでも良いんだよ」
「……はい」
女将さんがシャルに休むように伝える。
「ばーぶ!」
フェルカーはシャルを慰めていた。
お店は俺が居なくても、いや俺達が居なくても何とかなっている。
俺達がお店を離れていた間、みんなが何もしていなかった訳では無いのだから。
◇◇◇
「はぁ……ファースト……」
次の日、シャルはお店を休んでいた。
復活祭の間は休養を取るように言われたからだ。
言われなくともシャルはそう言うつもりだった様だが。
「あと九日……か。
たった一日でも耐えられないのに……」
これまで俺とシャルが離れる事が無かった訳では無い。
ただ主人と使い魔の力、感覚共有でお互いを感じる事が可能だった。
それが今は使えない。
俺は閉ざされた迷宮に籠っているからだ。
「今すぐにでも迷宮に飛び込みたい。
でも入口が無い。
……ドラゴンスレイヤーでこじ開けようにも無い物は斬れない」
俺はシャルの部屋に武器を置いて行った。
盾やお金、必要な物を一式全てだ。
離れている間、シャルが困らない様に。
「あと九日……そしたらファーストに会える……」
シャルは同じ事ばかりを考えていた。
だが考え方が悪い方へと向かってしまった。
「もし……ファーストが戻ってこなかったら……?」
シャルにとってはたった九日でも俺は途方もない時間を過ごす事になる。
しかも……俺の、ドラゴンの両親と。
「ドラゴンの両親は悪い存在では無いはず。
でも……それが人間にとって良い存在とは言い切れない」
ドラゴンの両親は人間を家畜か食糧程度にしか思っていない。
ただ魔石を外の世界へと運ぶ物だと。
「しかもあの母親の方は信用ならない。
ファーストに何か余計な事を吹き込むかも……」
シャルは母親とは言え、同じ女を信用していない。
ちょっと怖いな。
……どっちも。
「ただ待っているなんて私には耐えられない!
今……出来る事をやるしかない!」
シャルはじっとしている事が苦手だった。
悪い事ばかり思い付くし。
「たまには……私から会いに行ってやろうじゃないの!」
シャルは俺から逃れられない。
でもそれは俺も同じだった。
完璧な存在を求め、それぞれの行動が始まっていた。