閑話 ご主人様は真っ黒9
人によっては好ましくない表現があるかもしれません。
この場面は飛ばしても問題ありません。
わらわは恋をした。
相手は身分違いの飛竜だったのぅ。
本当はただ恋をしたくて、たまたま切っ掛けがあったに過ぎなかったのかもしれん。
相手は誰でも良かったのかもしれん。
今なら分かるがわらわは恋に恋していたようじゃ。
◇◇◇
「ヴェッター! わらわの護衛に付け」
「GYARURU!」
わらわは飛竜のヴェッターを重用しておった。
切っ掛けは些細な事じゃ。
ある戦争でわらわに当たるはずだった攻撃をヴェッターが身を挺して防いだ事じゃ。
「ラヴィーネ様、あまり同じ飛竜ばかり用いるのも考え物です」
「黙れ、ベーゼ。
お主も重用しておるじゃろう?
それと変わらん事じゃ!」
「……はっ。
出過ぎた事を申しました」
お気に入りの飛竜を持つ事は普通の事かもしれん。
周りの人間も特に気にする者はおらん。
ただ……それはわらわが人であればの話じゃが。
ベーゼが危惧していた事もわらわには分かっていたのじゃ。
わらわと同じモンスターの間では不審に思うモノが居たと言う事をのぅ。
◇◇◇
わらわはベンア竜帝国を完全に支配しておった。
誰一人としてわらわに逆らう者はおらん。
それはモンスターを含めてもじゃ。
「……のぅ、ヴェッター。
わらわの事をいつまでも守ってくれぬか?」
「……GYARURU!」
ヴェッターはわらわの問いかけに答えた。
肯定の答えを。
それはわらわに対する愛から来る物だと疑う事は無かった。
ヴェッターと共にベンアを、世界を導いていく。
そんな馬鹿な事を本気で信じて疑わない。
……わらわはこの状況に浮かれていたのかもしれん。
◇◇◇
「……モンスター達の間でベンアから離れると言う話が出ておるじゃと?」
「はい。
逆に飛竜達は更にベンアへの忠誠が高まっております。
しかし、属性竜やその支配下にあるモノ達が不信感を持っております。
……言葉汚くラヴィーネ様を穢すモノも……」
その事は知っておった。
同じドラゴンとは言え、飛竜はわらわと比べれば格が落ちる。
優秀とは言え、ただの飛竜を重用しては色狂いと思われても仕方ないのかもしれない。
「わらわは何も間違った事はしておらん。
ベンアに対しても何一つ不利益な事など無い」
「ラヴィーネ様に譲れぬ思いがあるように、臣下の者達にもそう言う思いがあると言う事です」
ベーゼはわらわに尽くしてくれている。
「ヴェッターを重用するなと言っている訳ではありません。
もう少し穏便に接しられてはどうでしょうか?」
言っている事も分かる。
「ヴェッターと何をしてもかまいません。
……人に言えぬような事もです。
ただそれを公にわざわざ教える事も無いと言っているだけです」
ベーゼの言う事が正しいと言う事も分かる。
「わらわとヴェッターに隠す事など何も無い。
これまで通り、好きにやらせて貰う!」
だが自分ではどうしようも無かったのじゃ。
◇◇◇
そして……わらわとヴェッターの関係は唐突に終わりを迎える。
ヴェッターが他国へと行ってしまったからじゃ。
「ベーゼ!
ヴェッターはどこじゃ!?」
「……攫われました」
「攫われた?
このベンアから飛竜を攫うなど不可能じゃ!
もしそうだとしてもわらわが取り返してくれる!」
わらわは取り乱しておった。
冷静な判断が出来ない程に。
「なりません!
飛竜一匹の為に他国と戦争を起こすつもりですか?」
「飛竜は一匹で国の力を変えるほど強力じゃ!
戦争をするには十分な理由じゃ!」
「それは他国同士での話です。
我がベンアは飛竜の一匹や二匹の力では揺るぎません」
ここまで言われてもわらわは気付かなかった。
ベーゼがこんな事を言うはずが無いと言うのに。
「ええい、煩い!
わらわは一人でもヴェッターを助けに行く!」
そう言ってわらわは居城を飛び出しておった。
◇◇◇
「待つのじゃ!
ベンア竜帝国から飛竜を持ち出し、ただで済むとは思っておらんじゃろう?」
わらわはあっという間にヴェッターに追いついた。
どんな大軍で飛竜を攫ったのかと思っておったが……。
じゃが、それはたった一人でしかもヴェッターに騎乗しておった。
「……少しの間、借りるだけさ」
「戯言を。
……ならばその対価にそちの命を貰おうかの?」
「あげても良いのだけど、百年後くらいにして貰っても?」
「ならぬ。
今すぐに貰い受けようかの。
……ヴェッター、今助けてやるからの」
ヴェッターには拘束具が付けられておった。
それさえ破壊すればすぐにでもヴェッターはわらわの元に戻るはずじゃった。
方法は単純で簡単じゃ。
拘束具の魔力が集中する箇所だけを魔法で破壊する。
ヴェッターを悪戯に傷つけたくなかったからの。
しかしそれを見つける事が出来ない。
……拘束具はただの見せかけで、その効力を発揮していなかったのじゃ。
「ヴェッター……そう言う事なのじゃな……」
そこで初めてわらわの独りよがりだと言う事に気付いた。
ヴェッターはわらわを愛していたのかもしれない。
だがそれは忠誠心から来るものでわらわのそれとはまた違っていた。
ヴェッターはベンアの、わらわの事を想い自ら他国へと行くと言う事じゃった。
「……そちに飛竜を貸してやる。
じゃがそれはわらわの飛竜じゃ。
それを忘れる出ないぞ!」
「……確かに借り受けた。
この借りはいつか返すよ!」
その者はどこまでも陽気でこの者ならヴェッターを任せても良いと何故か思えた。
万が一、ヴェッターに何かあった時はすぐに助けに行くだけの事じゃしな。
「ヴェッター、わらわの事は気にするでない。
じゃが、わらわの事を忘れないで欲しい。
……達者で暮らすのじゃぞ」
「……GYARURU」
これまでのヴェッターとの事が思い出される。
わらわは恋をしたいだけだったのかもしれない。
じゃがヴェッターとの時間は偽りでは無かった。
◇◇◇
あれから幾年たっただろうか。
ドラゴンと言う物は時間の感覚に乏しいのが欠点かも知れぬ。
わらわはまた……恋をした。
今度は前とは違う。
身分も力も、そしてその想いも違っていた。
でも結末はそう変わらない物だった。
「ファースト……」
だがわらわの想いは違った。
別れてもそれは変わらない。
そして前とは違い、別れた後の寂しさも強かった。
「……ラヴィーネ様、もしお望みであれば私の方で相手を用意いたします。
たとえ一夜限りでもそれを望むモノも多く、また口外する事もありません」
ベーゼにはわらわの事はなんでも分かるのかもしれぬ。
「もし心配であられるならその後、自ら命を絶つ事すら受け入れるでしょう」
そしてどのような事でもやってくれるのじゃろう。
「その必要は無い。
わらわは……初めては愛するモノと決めておるのじゃから。
余計な心配はせず、このベンアの事だけを考えればよいのじゃ」
ベーゼがわらわに尽くすのはこのベンアを守る為じゃろう。
わらわでは分からぬような人の行いもベーゼが補佐してくれる。
「初めて!?
……し、失礼しました。
人の世ではラヴィーネ様はまだ子供と言う設定なので問題ありません。
しかし、モンスターの世界ではそれでは困ります。
見下すモノや蔑むモノが現れるやもしれません。
どうぞ、ご内密にお願いいたします」
どうやらベーゼはモンスターの世にも詳しいようじゃ……。
いやそれは人の世の感覚なのか?
わらわにはもう何が何やらわからぬ。
「次にファーストと会った時には何としても受け入れて貰わねばのぅ。
それで……ベーゼよ。
その練習相手をせよ。
ドラゴンの相手をするのは無理じゃろうから人の姿のままで良いぞ」
「な、なりません!
私奴の様な者に相手など、恐れ多く出来ません!」
「気にするでない。
さぁさぁ、我が寝所へと来るが良い!」
「ラ、ラヴィーネ様、お戯れを……」
わらわは寂しかったが、ベーゼに悪戯をしておる内はまだ気がまぎれるかもしれぬ。
今までの本当にわらわの相手が務まる物が現れるかどうかわからぬ状態よりも幾分マシじゃ。
「そちの忠誠心を見せよ!」
「それとこれとは違います!」
わらわに相手を進めておいて自分は駄目とはのぅ。
言葉とは何が偽物で何が本物か分かった物ではないの。
そしてその真意が分かるのはずっと時が流れた跡じゃ。
その時がいつになるのか?
わらわにはすぐの事かもしれぬ。
じゃが、人には長く感じるやもしれぬ。
……ファーストはどう感じるのじゃろうのぅ?
わらわは寂しかったが、不幸せという訳では無いのかもしれぬの。
……この状況を楽しんでおるのじゃから。