第百四十四話 偽物の本モノ6
「ファーストよ、本当に帰ってしまうのか?」
「ああ、俺はアインツへ戻るよ。
ラヴィーネには色々と世話になったな」
俺達はベンア竜帝国を出る事にした。
アインツ王国へと戻る為に。
シャルの傷はもうすっかり治っていた。
心の方も治り始めている。
俺自身の傷はシャルとの蟠りが無くなるとそれに合わせるようにすぐに治ってしまった。
病は気からと言うがドラゴンは傷も気持ち次第で治るのかもしれない?
「そちらの傷は治ったようじゃが……。
どうじゃろう、わらわの傷が癒えるまでベンアに居ると言うのは?」
ただラヴィーネの傷は癒えていないのか体中包帯だらけだ。
……俺と戦った時より傷が増えている様にも見える。
「俺より早く治ってるのに、なぜそんなバレバレの嘘をつくんだ?」
「いや、これは、その……ベ、ベーゼがそうしろって!」
「……えっ?
は、はい!
私の提案です。
差し出がましい事をして申し訳ありません!」
ベーゼは大変だな。
ラヴィーネは実際に別れる事になり、急に寂しく感じているのかもしれない。
「わらわの事は気にしろ。
ベンアにはいつでも戻ってきて良いのだぞ?
むしろずっと居れば良いのじゃ!」
「そしたら私もずっと居るわよ」
「そちは居らんで良い。
ファーストをいいように操りおってからに!
そもそも……」
シャルは最後までラヴィーネと言い争いをしていた。
何となく俺は止める事が出来なかった。
……当たり前か。
「ラヴィーネ様、今宵はアインツ王国の者達との最後の夜。
対外的にも個人的にも盛大な宴を準備してあります。
この様な場で話せない事も話せるでしょう」
「……分かった。
今宵は存分に楽しんで貰おうぞ」
聞くに堪えない言い争いをしていたシャルとラヴィーネに仲裁が入る。
ベーゼは上手くラヴィーネを誘導していた。
ベンアを裏で操っているのはベーゼなのかもしれない。
それは全てラヴィーネの為を思っての事だろうが。
◇◇◇
その日の夜は皇帝の居城で盛大な宴が催された。
ベンアの有力な将軍や隊長、政治に携わる貴族の様な存在、そしてアインツ王国からも来賓客が招かれていた。
「ケーゼ・ブラゼンと申します。
今宵はお誘い頂き有難う御座います。
道中に体験した飛竜での移動は流石ベンア竜帝国と言わざるを得ません」
「うむ、良く来たのじゃ。
武将ばかりでまともに話せる奴を連れてこないとはアインツ王国は侵略でもしてくる気かと思っておった」
「まずは此方の意志を伝える事から始め、実際に会うのはもっと後からになると考えておりました。
侵略などと恐れ多い事は思いつきもしておりません」
「そうか……ベンアは辺鄙な田舎で道は険しいからのぅ。
いきなり話の出来る奴を連れて来いと言っても無理かもしれんの」
「ご理解頂き感謝いたします」
……誰だ?
この遜った言い方で相手を持ち上げている奴は。
どうみてもケーゼにしか見えないのだが、別人だろうか?
「……ケーゼなの?
少し見ない間に立派になったわね」
「シャルか!
話には聞いていたが、本当に国の為に働いているのだな。
まぁ……方々で暴れまくっているだけの様だが」
「おいおい、ケーゼさんよう!
口のきき方がなってねーんじゃねーか!?」
「ドラゴン、お前の話し方はなんなのだ。
少し見ない間にモンスター側に近づいたのではないか?」
「俺ほど人間に近いモンスターも居ないってーの!」
ケーゼは相変わらずむかつく奴だったが元気そうで何よりではあった。
「ブラゼン公爵はファースト達と知り合いだったのか?」
「はい、その通りです、ラヴィーネ皇帝陛下。
そこのドラゴンの主人とは学園の同級生です。
もっと詳しく言えば何度も我が公爵家に誘ったのですが、振られてしまった間でもあります」
「はっはっはっ!
それは振られて良かったのぅ!
このじゃじゃ馬は手が付けられんからの!」
「……チッ」
シャルは舌打ちをするだけに留めた。
久しぶりに会った知人に格好の悪い所を見せたくなかったのかもしれない。
「ここでもシャルは暴れているのか?
いい加減にしないと本当に嫁の貰い手が居なくなるぞ?
まぁ、その時は俺が貰ってやっても良い。
いつでもブラゼン公爵の門を叩くが良い」
「門の前にケーゼの首を晒して……もぎゅぅ!」
「シャル! その辺にしておこうか!」
宴の場とは言え、さすがに言い過ぎだろう。
俺は何とかシャルの口を塞いでその先が語られるのを阻止した。
「ふと気になったのじゃが……同級生といったかの?
ケーゼ殿はもう学園をとっくに卒業していたはずじゃの?
失礼かもしれんがこのベンアに来る者は事前にいろいろと調べてある。
シャルに至っては隣国で目立っておったからの。
来る前から勝手に情報は入って来ていた。
……シャルはまだ学園の学生だったと思うが違うのかの?」
あ、まずい。
ラヴィーネの態度をいち早く察し、後ではベーゼが部下達に情報の確認をしている様だ。
「女性は年を若く見られたい傾向があるが、いくらなんでもさばを読み過ぎだろう……」
ケーゼのそれはシャルを助ける為の言葉だろうか。
「ケーゼは黙ってて!」
シャルにはその事は伝わらないが。
「その気持ちは同じ女として多少は分かる。
……わらわは逆かも知れんがの」
ラヴィーネの最後の言葉は聞き取れるかどうかの小声で言われていた。
「まぁ、その様な些細な事は良いでしょう。
遅れましたが、今日はベンア竜帝国に献上したい品をいくつか持ってまいりました。
どうぞお納めください!」
「どこかの筋肉馬鹿とは違って気が利くのぅ」
「ラヴィーネは胸まで筋肉に……もぎゅぅ!」
「シャル! その辺にしておこうか!」
今日のシャルは絶好調だな。
全く持って目が離せない。
まるで何かを試している様に。
……俺はもうずっと離すつもりはない。
「アインツ王国自慢の酒と特産品になります。
今回はアインツでしか取れない物を御用意させて頂きました」
「おお、それは助かる!
最近、酒の減りが激しくてのぅ。
どこぞの学生もどきが酒を飲みまくっておっての!」
「お前らは遠慮と言う物をしらんのか……」
「お、俺達も土産の品は準備してはいたんだが、出す機会が無かったんだよ!
さ、酒についてはベンアの酒が旨すぎるのがいけないんだ!」
俺の言い訳は何とも情けない物だった。
でもベンアの酒はドラゴンの嗜好にあった物が作られている。
飲み過ぎても仕方のない事だった。
シャルは半分くらいドラゴンみたいなものだから!
……その狂暴性とか!
稚拙な言い訳だったかもしれないが、俺の思って居た事がシャルには伝わった。
……殴られた。酷い。
どうでも良い事だけ伝わっていた様だ。
「お前達の事だ、土産と言っても金を直接渡そうとか思っていたのだろう?」
「……そうだが、魔石とかも準備したから!」
「魔石は一般生活にも欠かせないが、基本的には軍事物資だろうが。
そんな物をいきなり持ち込むなど、それだけで怪しまれる。
まともに話す事すら難しくして、一体どうするつもりだったのか……」
力尽くで面会したとは言えなかった。
「しかし、これからは私がベンア竜帝国との交渉人となります。
この様な馬鹿者共とは違い、まともな話し合いが出来ると約束しましょう」
「期待しておるよ。
ファーストの知人が交渉人ならわらわも安心じゃからの」
俺は安心出来そうにないが。
対外的な宴はそれなりに順調に進み、何事も無く終わりを迎えようとしていた。
だが問題はその後の個人的な宴の方だった。
◇◇◇
シャルは人間同士の話し合いに連れて行かれた。
いや違うな、俺が連れて行かれたと言った方が良いか。
この宴の場にはモンスターを邪魔者扱いする者が少なからずいたせいだ。
一見平等な様に見えるベンア竜帝国でも差別はある。
半獣は見下されているし、魔物は嫌われる。
それは純粋な力と言う物で分けられているだけの事だ。
単純に今のこの世界は人が支配していると言う事だった。
圧倒的な力を持つラヴィーネでさえ人の力が無ければ国を纏められないのかもしれない。
……面倒事を全て人間に任せているだけかもしれないが。
そして俺は別室へと案内されていた。
これまでの豪華な広い部屋とは違う、特別な部屋へと。
そこには場違いな人間が一人、ベーゼが立っていた。
「もうしばらくすればラヴィーネ様もおいでになる。
それまではしばし酒でも楽しむが良い。
……お前達、相手をして差し上げろ」
出て来たのはとても美しい女達だった。
見る者全てを虜にするような。
その美女達は俺の傍に寄り添い、酒を進める。
美しい声を上げ、悩ましげに見つめ、様々な方法で俺を楽しませようとしていた。
そこへ遅れてやってくる場違いな人間。
人に擬態したラヴィーネでは無く、シャルだった。
「……楽しそうね」
「話せば長くな……らない。
誤解だ。
俺は全然楽しんでいないから!」
そこは先程までの宴の席と同じ様に豪華で同じ様に広かったが、人間の為の部屋では無かった。
ドラゴンの為の宴会場とでもいうべき部屋だった。
俺の周りには美しい雌のドラゴンが寄り添っていた。
何が美しいのか良く分からないが。
「……どうやらわらわに魅力が足りないからでは無く、ドラゴンに興味がないようじゃの」
そして今度こそラヴィーネがその場に現れた。
「それはあの夜に説明したはずだ。
俺はドラゴンの生態に興味はあるが、魅力を感じる訳では無いと。
こんな毒々しい色をした爬虫類みたいな気持ち悪い物を好きになれるはずが無いだろ」
俺はわざと少し酷く言っていた。
周りの美竜達が引く程に。
「……酷い言い様でわらわは傷ついておる。
じゃがそれ以上に傷ついておる者も居るようじゃの」
そこには顔を赤くしてぷんぷんに怒っている人物がいた。
……シャルだ。
「ま、まるで私が変態みたいな言い方ね」
爬虫類を好きな女性は少数派かもしれない。
いやいや、そんな事を言いたい訳では無い。
「いや、あの……俺はそう言った変態が好きな変態なの!」
まるで言い訳になっていなかった。
「ファーストがいつも何を考えているのか本当に分からなくなったわ。
これなら私が全部決めさせられていた事にも納得してしまいそう」
「シャルの方が良い考えを思い付くからな!」
「ファーストは結構馬鹿だったようじゃのぅ。
それを支えるのも一興かの?」
「ラヴィーネはそんな心配しなくて良いから」
「そちがしっかり支えぬから心配なのじゃよ」
ここでもまたシャルとラヴィーネは火花を散らしていた。
……本当にここに来てから居心地が良くない。
だが俺は今までとは少し違う。
いつもなら黙って見守るがこれからは自分で考えて行動を起こすのだ。
「二人とも止めるんだ!
俺は頼りないかもしれないが、支えられなければいけない程に弱い訳では無い!」
「ほぅ! 生意気な事を言うではないか!」
「……たまにもファーストの顔を立ててあげるわ」
ラヴィーネはやっぱり上から目線だったが、シャルは俺の言う事を聞き入れてくれた。
そしてシャルは人の手には大きすぎる盃を取り、黙って酒を飲みほす。
「ラヴィーネの事は好きでは無いけど、酒の相手くらいはしても良いわよ?」
「そちにわらわの相手が出来るかの?」
ラヴィーネもシャルと同じ様に酒を飲みほす。
それからは互いに酒を進みあって飲み明かしていく。
なんていうか女性がそれで良いのかって言う感じだな。
「ファーストはねー、私が付いていないと何も出来ないんだからー」
「ファーストはわらわを傷つけるほど、強いんじゃぞー」
何か俺の事ばかりはしていて、少し恥ずかしいが。
だがこれで少しは蟠りが取れたと信じたい。
……結局俺は何もしていないが。
◇◇◇
ベンア竜帝国を出立する時が来ていた。
ラヴィーネは二日酔いで見送りには出られなかった。
代わりにベーゼがその場には出向いていた。
「ラヴィーネ様は本当は寂しいのだ。
同種の存在は長き時の中で地上から全て居なくなった。
しかし、いつかドラゴンの中から同じ存在が誕生しないかと考えた。
飛竜の中からは稀に属性竜が誕生するからな。
古代竜もと考えずにはいられなかった。
そして世界中からドラゴンを集めていたらいつの間にか出来たのがベンア竜帝国だ」
この国はラヴィーネの為にあるのかもしれない。
ラヴィーネの寂しさを紛らわせる為に。
「……気が向いたらベンアに顔を出す事もあるさ」
「そう言わずに定期的に出向いて欲しい所だが、無理は言えない。
お前はラヴィーネ様のお気に入りなのだからな」
ベーゼは絶対的に忠誠を誓っている様だ。
全てはラヴィーネの為と。
「……ファースト、行くわよ」
「ああ!」
これで本当にベンアを後にする。
俺は久しぶりにその背にシャルを乗せていた。
一時はもう乗せる事は無いかもと思ったくらいだったが。
「ファースト、遅いって!
俺は早く飛びたくて仕方がないって言うのに!」
俺はブリッツに急かされていた。
ベンアから借りた飛竜には予定通りブリッツが騎乗していた。
そして傍にはもう一騎。
「ファーストさんには思う所もあるのだろう。
ドラゴンの聖地とまで呼ばれている場所だからな」
ブリッツと同じ様に騎乗したシュトゥルムだ。
ベンアからは飛竜を二匹借り受ける事になっていた。
「まさか二匹も借りれるとは思いませんでした。
ああ、ブリッツ君。
私を置いて行かないで下さいよ」
ベアイレ先生がブリッツの後へと乗り込む。
「うー、何度乗ってもなれない。
駕籠よりはマシだがあまり揺らさないでくれよ」
女メガネはシュトゥルムの後へと乗っている。
「これならすぐにアインツへ戻れるな」
「そうね、これで私達のするべき事は終わったわ」
三匹のドラゴンが空へと舞い上がる。
弱体したアインツもこれで少しは力を取り戻しただろうか。
いや、そうとは言えないのかもしれない。
俺とシャルがアインツへ帰るとは限らないのだから。
◇◇◇
俺達はアインツへと戻り、全ての報告を終える。
同時に依頼の完了も確認された。
かなりの期間をアインツから離れており、友人達にこれまでの事を語るだけで日々が過ぎてしまっていた。
アインツからの依頼を受ける事も無くなり、これまでの平凡な日常へと戻っていた。
お店で働き、料理を配り、たまに周辺諸国へ観光に出る。
ありふれた日常を過ごしていたが、長くは続かない。
それを壊したのは他ならない自分自身。
……俺にはやりたい事があったからだ。
俺にはどうしても話をしたい物達がいた。
俺の、ドラゴンの両親だ。
いつもは何を聞いてもはぐらかされるばかりだった。
しかしラヴィーネと言う同種の存在が居るとなると話は違ってくる。
今まで自分が一番だと勝手に思い込んでいた。
だがそれは間違いだった。
しかも自分より強いその存在は少し機嫌を損ねただけで争いになるほど短絡的だった。
……モンスターらしいと言った方が良いか。
分からない事を分からないままにしておく事は良くないから。
他にも目的はあるが、俺とシャルはアインツ学園近くの迷宮へと行く事になる。
復活祭の始まるほんの少し前に。
「今回は迷宮内で復活祭を過ごす事になるのね」
「まぁ、たまには良いだろ?
シャルは外で待っていても良いんだけど……」
「私も付いて行くわ。
……当然でしょう?」
俺がずっとシャルと一緒に居ると言ったはずだが、シャルの方が俺にべったりだった。
言葉と行動が全く一致しないのはいつもの事か。
「迷宮の入口が閉じるわ」
何度も見た光景だが少しずつ入口が塞がって行く様はなぜか寂しさを感じる。
「……なぁ、シャル。
少しだけ話があるんだ」
「何? ドラゴンの両親に何か関係ある事?」
シャルは分かっていない。
気付かせない様に細心の注意を払っていたからな。
「……愛してる。
俺は大人の人間になって帰ってくるよ!」
「えっ? ファースト! 待っ……」
俺はシャルを迷宮の外へと出していた。
最後に見たシャルの顔は少し歪んでいたな。
それすらも迷宮の入口が閉じてしまいすぐに見えなくなる。
俺は人の姿に擬態する方法を知っている。
ただ長い時を掛けて成長すれば良いだけだ。
この迷宮が閉じた時、次に出る時は決まっている。
復活祭の終了する十日後だ。
それは中で過ごす時間がどれだけ短い時間でも変わらない。
逆にどれだけ長い時間でも。
シャルとは何度か話し合った事もある。
中で何千、何万年と過ごす事をシャルは許さなかった。
そんな事には耐えられるはずが無いから。
人間の精神で耐えられると言う事では無い。
シャルと離れ離れになる時間が長すぎると言う事だ。
およそ人の感覚では分からない程に。
シャルは逆の立場ならそんな事には耐えられないと言っていた。
そんな事を俺にさせたくないと。
まぁ、シャルにとってはたった十日間だ。
問題は無い。
シャルがずっと人とモンスターの間で苦しむ事を考えたら容易い事だ。
他にも元の世界に戻る方法を探すと言う手段もあった。
だが目の前に他の道がある。
元の世界に帰る事を諦めた訳でも無い。
今まではシャルの言う通りにしていたが、それは甘えだと気付いたから。
俺は出来る事を全力でするだけだった。
それほど心配する事も無い。
普通より少し長い間、ニートの様になるだけだ。
俺は人である事を受け入れた。
そしてモンスターである事も受け入れている。
人の心、精神的には何も問題は無かった。
それに最強の種族であるドラゴンに耐えられないはずが無い。
ただ、何が本物で何が偽物なのか、今は分からない。
……震える体を抑える事は出来なかったから。
負債…………2憶5000万
報酬…………2憶5000万
追加報酬……2憶5000万(飛竜が二匹借りられた為)
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負債残高……0
次の更新は十日後くらいか……数千年後、もしくは数万年後になる予定です。