第百四十二話 偽物の本モノ4
「今度のドラゴンは結構強いみたいだな」
俺はずっと平原の真ん中に立っていた。
それを取り囲むベンアの兵士達の会話が、聞きたくも無いのに聞こえてしまっていた。
「属性竜って話だしな。
それに時空属性らしいし、魔法に耐性があるんだろ」
俺の事は一般的には伏せられている様だ。
属性竜として新たにベンアの従魔として捕えに来ている様だ。
「そうかもな。
だが今までベンアが捕えられなかったドラゴンはいない。
さっさと服従して欲しい物だ」
これまでも同じような事があったのかもしれないな。
「これは久しぶりに皇帝が出てくるかもな」
「あの氷の魔術ならどんなドラゴンだって一発だしな!」
「人の身でドラゴンを超える絶対的な存在。
ベンア竜帝国はラヴィーネ皇帝が居る限り安泰だ」
ラヴィーネは一般的には人と言う事になっている様だ。
俺の事が伏せられている理由に関係しているかもしれない。
「噂をすれば……」
ベンアの兵士達は気付いたようだ。
噂の物が近づいている事に。
「全軍撤退する!
……後は皇帝に託すのだ!」
ベーゼが撤退の指示を出す。
皇帝の強すぎる魔術……本当は魔法だが、その巻き添えを喰らわない為に。
「ベーゼが無茶をするからわらわが出るしかなくなってしまったのぅ」
「申し訳ありません!
やはり我々にはラヴィーネ様の助けが必要な様です!」
「……今回は大人しくベーゼのたくらみに乗ってやろうかのぅ」
「はっ! 出過ぎた真似をお許しください!」
ベーゼはラヴィーネを俺の前に出す為に軍隊を使って攻撃していた。
もうラヴィーネしか相手が出来ないと周りに思わせる為に。
だが……半分くらいは個人的な思いからかもしれない。
「あの夜以来じゃの……ファースト」
「そう言う事になるな……ラヴィーネ」
俺とラヴィーネはどこかなれない感じで言葉を交わす。
「この様な形で対峙するとは思っていなかったのぅ」
「それは俺も同じだ」
「だが丁度良い。
あの夜の続きをしようぞ」
「……続き?」
俺はラヴィーネが何を言っているのか分からなかった。
「あの夜、わらわはファーストの思いを受け入れた。
次はファーストがわらわを受け入れる番じゃ!」
それは確かにそう言えなくもないかもしれない。
「俺にラヴィーネの相手は務まらないよ」
「それはやってみなければ分からん!」
そう言ってラヴィーネは幼い少女の体からドラゴンの成体へと擬態する。
それに合わせ、俺も成体へと変態する。
……あの夜と同じ様に。
「ベーゼ、下がっておれ!
兵士達も更にこの地より離れるよう指示を出すのじゃ!」
「はっ! ……お気をつけて!」
「心配はいらん。
じゃが……この地は無くなるやもしれんな」
何の事は無い。
ラヴィーネは本気で俺と戦うと言う事だった。
そしてベーゼは言葉の通り、兵士達と共にこの地から離れていた。
「……結果は見えている。
ラヴィーネは己より強いモンスターから感じる、畏怖と言う物を知っているか?
俺は今それを感じている」
そう、初めて会った時に感じた畏怖を今も同じ様に俺は感じていた。
「わらわも生まれた時から今の様に強かった訳では無い。
その感じは知っておるよ。
だがもう……地上に畏怖を感じる物は居なくなったがの」
地上最強のモンスター。
それは古代竜として完全に成長した肉体を持つラヴィーネの事なのかもしれない。
「ここから先は人の言葉で話すのは止めじゃ。
モンスターらしく、力で分かり合おうぞ!」
ラヴィーネは大きな翼を広げ、俺を威嚇していた。
俺もそれに答えるように翼を広げる。
二匹のドラゴンが雌雄を決しようとしていた。
◇◇◇
まず目に見える変化が起こる。
シャルとラヴィーネが対峙した時と同じ様な事が。
見える範囲全てがラヴィーネの氷が支配する空間、銀世界へと変わる。
しかしそれは俺の周囲以外だ。
そこは何もせずとも俺の魔力が支配する空間だ。
空間と空間の間では俺とラヴィーネの魔力がぶつかり合っているのが分かる。
俺は何もしていなかった為、徐々に氷の支配する空間が広がっていた。
俺はどうしてラヴィーネと戦わなければいけないのか分からなかったからだ。
ラヴィーネの思いを受け入れる事が戦う事なのだろうか?
力で屈服させる事がモンスター同士が分かり合うと言う事なのだろうか?
それは凄く自然な事とも思えるが、畏怖と言う感覚がそれを否定していた。
「GYAUUU!」
ラヴィーネは本当にモンスターとしての力を全力で使っていた。
それは種族特性である炎のブレスの大きさが物語っている。
「ぎゃうぎゃう!」
俺も対抗して炎のブレスを吐く。
だがそれはどうしても力負けしていた。
俺はモンスターだ。
それを受け入れ、完全に力を使いこなしたとしても……所詮は偽物だった。
どうしてもモンスターの様に力を出す事は出来なかった。
人間としての心が圧倒的な暴力を振るう事に躊躇してしまう。
絶対に怪我をしないと分かっていても、全力で力を出す事は人には出来ない。
無意識に力を抑えてしまうのだ……己の体を守る為に。
だがそれは良い訳だったかもしれない。
たとえ全力が出せたとしてもラヴィーネより大きな力は出せなかっただろう。
……俺は炎のブレスで焼かれていた。
体の一部が焦げている。
肉体にダメージを喰らうのはドラゴンスレイヤー以外では初めての事かもしれないな。
俺は絶対に傷つかないという訳では無い。
圧倒的な魔力さえあれば、それは可能だ。
自分で試した事があるからな……金の為に。
「GYAUUU!!」
ラヴィーネはそのまま俺に接近戦を仕掛けてくる。
「ぎゃうぎゃう!!」
二匹のドラゴンが絡み合い、血と肉が飛び散る。
飛び散ったそれは……俺の物だった。
ラヴィーネの爪で引き裂かれ、牙で咬み千切られる。
俺は単純な魔法でも肉体の力でもラヴィーネに劣っていた。
そしてラヴィーネは地面に俺を投げ飛ばし、人の言葉で語り出した。
「なぜそんなに簡単に攻撃を喰らうのじゃ!
なぜ全力を出さぬ!
出せない理由があるのか?
それともファーストはあの夜に語った通り……本当に人の心を持つのか?」
「ああ……俺は本当の事を話した」
俺はラヴィーネに本当の事を話していた。
……元は異世界の人間で、ドラゴンに転生したと言う事を。
シャル以外に話したのは初めてだ。
信じて貰えなくても本当の事を話すべきだと思ったから。
「信じられぬ……だがファーストはモンスターらしくない。
使い魔としての違和感かと思っておったが、それは違うのかもしれんのぅ」
ラヴィーネは俺がモンスターかどうかを、人間の心を持っているかどうかを確かめたかったのか。
「しかし、そんな事はどうでも良い。
わらわの全力をファーストには受け入れて欲しいのじゃから」
俺にはラヴィーネが何をしたいのか本当に分からなくなっていた。
「これで最後にしようぞ!
……とこしえに眠るが良い。
氷の大地はちと冷えるかも知れぬがの」
俺はシャルが氷像にされた時よりも、もっと酷い状態になっていた。
周囲全てが氷、氷、氷。
俺は……氷の大地に飲み込まれていた。
普通なら体が凍ってしまうのだろう。
そしてたとえそれに耐えたとしても、脱出するには氷をどうにかするしかない。
大地と見間違えるほどの量を。
……俺は転移で逃げ出していたがな。
「……その様な魔法だったのか。
魔力を封じただけでは、どのような魔法か分からなんだからのぅ」
ラヴィーネは俺がシャルを逃がそうと使った魔法を今更ながらに理解していた。
ラヴィーネは余裕を見せていたが、今の氷の魔法はかなり危なかった。
……ドラゴンである俺ですら凍り付いてしまうほどに。
冗談では無く、俺は本気を見せなければいけないのかもしれない。
次も逃げれるとは限らないのだから。
だが真新しい事は何も出来ない。
俺はラヴィーネが知っている事しか出来なかった。
「……ラヴィーネ、死ぬなよ」
俺は閃光のブレスを放っていた。
それはベンアに来て初めて使った炎のブレス。
普通のブレスを圧縮しただけだ。
しかしその威力は信じられない程に高い。
俺が使用出来る最大の火力は偶然の産物だった。
俺はその閃光のブレスをラヴィーネから少しだけ外して使用した。
使用した……はずだった。
「これを待っておったのじゃ!」
しかし閃光はラヴィーネに直撃した。
ラヴィーネは自分から閃光に向かって行ったのだ。
ラヴィーネのブレスより俺の閃光のブレスの方が明らかに威力が大きい。
その直撃を喰らったラヴィーネは俺よりも酷く焼け焦げていた。
「……これが人の力か。
モンスターには扱えぬ魔術。
これが……ファーストが人である証拠かもしれぬの」
ラヴィーネは俺に魔術を使わせたかった。
それが戦いの目的だったのかもしれない。
俺が炎のブレスを圧縮した方法は狭い空間にブレスを閉じ込める事。
時空属性の魔術でその空間は作られていた。
魔法では出来ない複雑な魔力の変化。
それが魔術と言う物だ。
「そんな事の為にわざわざ傷つく事は無いだろう!」
「ファーストは優しいのぅ。
もう一つ確認したい事もあったのじゃよ。
……ファーストはわらわより強いと言う事をじゃ!」
「そんな事は無い!
ラヴィーネが本気を出したら俺は手も足も出ないはずだ」
「今、わらわは本気を出した。
全力で戦ったのじゃよ。
ファーストが最後の攻撃をわざと外さなければ、結果は同じだったはずじゃ」
それはそうかもしれないが、ラヴィーネはまだ力が残っているはずだ。
「……違う。
ラヴィーネが成体では無く、空をも多い尽くすほど大きな姿、ドラゴンの完全体なら結果は違っていた。
俺が勝てるはずが無いんだよ!」
「……何の事じゃ?
わらわは成体に変態する事しか出来んぞ?」
「えっ……?」
……俺は勘違いしていた様だ。
人の姿に擬態できるのなら完全体になれるはずだと。
ラヴィーネの成体は擬態では無く、変態。
俺と同じ成体までしか成長していないと言う事だった。
人の姿に擬態出来るのだから俺よりは成長しているのかもしれないが。
まぁ、つまりラヴィーネはまだ完全体にはなれないと言う事らしい。
「わらわもまだ成長過程にあるのやもしれん。
まさか……それがあの夜の結果と言う事か!
わらわとした事が何と言う間違いを……。
わらわもまだまだ子供だったようじゃ……」
……おい。
ドラゴンの生態はどうなってやがる。
一体全体何歳から大人なんだよ。
「はぁ……これまでにない疲れを感じるが、まだ終わりでは無い。
ファーストはわらわに負けたと言う事で頼む。
わらわに勝った事にしてベンアを任せても良いが、ドラゴンの姿では中々に難しいからのぅ。
まぁ、ベーゼが上手くやるから心配するな」
「あ、ああ……」
ラヴィーネは疲れている様だが、どこか晴れ晴れとしていた。
ベーゼの考えとは違った結果だったかもしれないが、俺との戦いが功を奏したようだ。
そしてそれは俺も同じだ。
……俺は人だ。
モンスターであるかもしれないが、人である事もまた事実だ。
そんな事をモンスターである物に教えられてしまった。
いや、分かっていた事だが他者から言われると何故か安心感が違う。
シャルに言われた時とはまた違う感覚だった。
……深い意味は無い。
俺はあの夜、ラヴィーネとは何も無かったのだから。