第百四十一話 偽物の本モノ3
あくる日の朝。
俺はシャルに声を掛けるのに勇気が必要だった。
「シャル! 昨日は……」
「今は話しかけないで……」
シャルは酷い顔をしていた。
これまで何度か同じ様な顔を見た事はある。
だがそれはその中でも一番酷い物だった。
「シャルさん、大丈夫ですか?」
そんなシャルにブリッツは水を渡していた。
シャルはそれを受け取り、飲み干す。
たったそれだけの行為が酷く耐えがたい。
その役目は俺がするべき事なのだから。
「……見損なったぞ。
これからは俺にシャルさんの事は任せるんだ。
ファーストは使い魔としての分を弁えていれば良い」
「ブリッツ、騒がないで」
「シャルさんがそう言うのなら……分かりました」
俺はブリッツに完全に見下されていた。
いや蔑まれていたと言った方が良いか。
シャルはブリッツに支えられながら部屋へと戻って行った。
……ブリッツの部屋へと。
俺も部屋へと変える。
シャルの部屋へと。
……主のいない部屋はやけに広く感じた。
◇◇◇
俺はずっと一人で過ごしていた。
シャルはあれからずっとブリッツの所だ。
……今日はシュトゥルムもいる様だ。
ブリッツは既にダウンしており、シュトゥルムが一人でシャルの相手をしている。
「シャルさん、それ以上は……」
「私に指図するつもりー?」
シャルの相手は大変だ。
一人では無理なのだろう……人の身では。
「はぁー……駄目ねー……」
しばらくしてシュトゥルムもブリッツと同じ様にダウンしていた。
やはりシャルには俺が付いていなければ……。
俺でなければいけないはず……。
◇◇◇
「貴様! ラヴィーネ様に何をした!」
「……何もしてないよ」
俺はベーゼに問い詰められていた。
ラヴィーネは俺と過ごした後、塞ぎ込んでいる様だった。
「普段と変わらない様にしておられるが、貴様と過ごしてからずっと落ち込まれている。
絶対に貴様が何かしたに決まっている!」
「……初めての事で刺激が強すぎたのかもな?」
「ふざけるな!
ならば貴様が気遣うのが当たり前だろうに!」
「俺よりも年上で経験豊富? なのだから必要ないだろ」
「貴様と言う奴は……もう許さん!」
ベーゼは魔術で俺を攻撃しようとしたが、俺のアンチマジックフィールドでそれは発動しない。
俺はラヴィーネより弱いかもしれない。
だからと言ってそれ以外の者が俺の相手になるとは限らない。
更にベーゼは剣で斬りかかってくるが、俺の体に触れると剣は折れてしまう。
「……お前がラヴィーネの傍についてあげるんだな」
「貴様が何を言う!」
「俺よりもお前の方がきっと助けになる」
それは本心だった。
俺の問題は何も解決していなかった。
俺は種を残す事が出来ない。
それどころか……。
「くっ、見た目に騙された様だ。
たとえ成体になれたとしても、それはドラゴンではまだまだ子供と言う事か。
いや、体は関係ないな。
……中身が子供だった様だな!」
「……それは違うけどな」
俺は中身が子供の訳では無い。
子供どころか全くの偽物だから。
「何が違うと言うのだ!
……力無き事がこれほど悔しいと思った事は無い!
私がドラゴンであれば貴様など消し炭にしてやると言うのに!」
「出来る事なら変わって欲しいよ」
「どこまでも馬鹿にして!」
馬鹿にしたつもりなど無かった。
俺は本当に変わって欲しかったのだから。
◇◇◇
俺はベーゼとの一件から暗殺者に狙われるようになった。
暗殺者と言うか……普通に大挙して襲ってくるのだから軍隊と言った方が良いかもしれない。
俺が居た部屋。
シャルの部屋はその軍隊の手によってもう跡形もなくなっている。
どうせ主は帰ってこないが。
「……お前達も飽きないな」
俺は毎日の様に襲ってくるベンア軍の対応に追われていた。
留まる部屋はもう無く、シャルとラヴィーネが戦った場所にずっと待機している。
……ラヴィーネの居城に居場所が無いからだ。
それはラヴィーネに何かしたからでは無く、シャルと顔を合わせづらいからだ。
「あのドラゴンめ……必ず仕留めてやる。
竜騎士隊は空から!
騎竜隊は地上を!
魔術師隊は後方より援護しろ!」
ベーゼが各隊に指示を出していた。
なんて言うか総力戦だ。
歩兵は役に立たないのか遥か後方で俺を取り囲むように待機していた。
「……攻撃開始!」
ベーゼの合図でまずは魔術師達が俺に魔術で攻撃してくる。
様々な属性の魔術の矢が飛んでくるが俺に届く事は無い。
だがそれは計算済みの様だ。
俺のアンチマジックフィールドの効果範囲を確認しているだけの事だ。
……俺は本気を出しておらず、それほど広い範囲の魔力を中和している訳では無い。
範囲を確認した後は上空より投石が行われる。
ただ落すだけでは無く、飛竜が勢いを付けて飛来し、範囲ギリギリの所で投石が行われる。
……いくら勢いを付けても俺は傷など受けないが。
しかしその投石は俺の行動を制限する為の物だった。
投石が着弾した後は騎竜達が突撃を仕掛けてきた。
直接のぶつかり合いでは飛竜より騎竜の方が強い。
飛竜は空を飛ぶ為か、見た目よりも体重が軽いからだ。
騎竜とぶつかると俺は簡単に吹き飛ばされていた。
耐える事も出来たかもしれないが、そんな気合は無かった。
それに避ける場所は地上には無かった。
空を飛べば簡単に避けれたが、何故か突進による攻撃を受けたい気分だった。
……どうせ傷など受けない。
吹き飛ばされた後、俺は何事も無かったように地上に立ち上がる。
「……化け物が!
しかし、これで終わりでは無い!」
ベンア軍の最後の攻撃が俺を襲っていた。
それは魔法。
ただの魔法だがその威力は桁違いだった。
赤、青、黄、緑。
四色、四属性の魔法による攻撃が俺に届く。
ベンアの本気は属性竜による魔法攻撃だ。
俺はアンチマジックフィールドを本気で使っていなかった。
その怠慢が攻撃を喰らう結果になったが……ダメージは無い。
「……撤退する。
ただし、歩兵はそのまま包囲して待機だ」
ベーゼは撤退を指示したがまだ諦めた訳ではない様だ。
諦めてはいない様だが、本気という訳でも無いのかもしれない。
ベーゼは何故かドラゴンスレイヤーを使わない。
いや、ドラゴンを殺す事が出来る武器を使いたくないのかもしれない。
それはラヴィーネに対する忠誠からだろうか。
俺にとってはどうでも良い事だ。
ベーゼがどう思おうが、どう感じようが関係ない。
俺が相手をしていた理由はただ殴られたかっただけだ。
ただ、それはシャルに殴られるのとは違っていた。
……俺にまったく響かないのだから。