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ご主人様は真っ黒  作者: pinfu
第五章 羽化
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第百三十八話 年上の幼きモノ6


 シャルは命に別条は無かった。

 意識もすぐに取戻し、今はベンア竜帝国皇帝の居城で休んでいる。


 俺はこの結果をある程度予想していた。

 それはシャルも同じだったのかもしれない。


 俺とシャルが力を合わせたとしてもきっと勝てない。

 だがラヴィーネに手加減をする余裕など無くなるほどには戦えるかもしれない。

 でもそれでは逆にシャルが危険になってしまう。


 俺のそんな考えがシャルには分かったのだろう。

 それにシャルはラヴィーネの気持ちも少しだけ分かったに違いない。

 何千、何万年と待つ事がどれだけ辛い事かを。

 ……シャルは実際に体験した事は無くてもその事を真剣に考えた事があるからだ。


 ラヴィーネに初めからシャルを殺す気は無く、シャルもそれを分かったからかもしれない

 だから武器を、ドラゴンスレイヤーを使わなかったのだ。

 ただ一撃くらいはラヴィーネに喰らわせてやりたかったのかもしれないが。


 俺は目移りをした罰を受けたのかもしれない。

 シャルがこんなにも傷つく所を見るのは本当に辛かった。

 でもそれが一番の方法だと信じていた。

 俺はラヴィーネに負い目があって何も出来なかった訳では無い……はずだ。


 シャルが回復するまでの間、俺達は監視下に置かれていた。

 だが拘束される事などは無く、比較的自由に動く事が出来た。

 それに皇帝の居城以外も自由に出入りする事が出来た。


 ベアイレ先生達もまだ一緒に残っている。

 どうせ襲われないのだからと大胆にも居城で休んでいた。

 ……間違いなく俺達の事を気にかけて。


「ファーストは……ラヴィーネの所に行っちゃうの?」


 シャルは怪我のせいかいつになく弱気になっていた。


「シャルの所にずっと居るよ。

 ラヴィーネとはまだまだ交渉の余地があるはずだから」


 ラヴィーネは結構優しい。

 俺が頼むと簡単に言う事を聞いてくれる。

 ラヴィーネに対してつれない態度だけは取ってはいけないが。


「ありがと……。

 ファーストは優しいね……」


 これで何度目だろうか、シャルにお礼を言われるのは。

 それは何度聞いてもなれない事だった。




◇◇◇




 シャルは傷が治り、歩けるぐらいには回復した。

 そしてまた皇帝との謁見、ラヴィーネとの交渉の機会が設けられた。


「ファーストはそちを本気で好いておる様じゃからのぅ。

 ……もう百年ほど我慢してやる。

 そしてそちが死んだ時はファーストはわらわの物じゃ!」


 何千、何万年も待ったのだ。

 あと百年やそこらは同じと言う事だろうか。


「ファーストは……死んでも渡さない」


 だがシャルはそれすら認めない。

 戦って負けてもそれは変わらなかった。


「その心意気は褒めるが無理な事もある。

 そちは普人族でどれだけ長生きをしたとしてもあと百年も生きられんのじゃ。

 墓の中までファーストは連れていけんぞ?」

「……私は連れて行く」


 シャルならそう言うと思った。


「そちは死ぬ前にファーストを殺すとでも言うのか?」

「そうかもしれない……。

 でもファーストなら、自ら私の後を追うはずよ」


 ……そう言う気持ちはあった。

 だが実際に言われると、どうしてこんなにも微妙な気持ちになるのだろうか?

 まぁ、シャルはただラヴィーネに反抗したいだけでそう言っているはずだ。

 ……そうだよね?

 本気じゃないよね?


「たとえ使い魔の主人でもそれは言ってはならん事じゃ。

 やはりそちは殺しておいた方が良いのかのぅ?」

「使い魔の主人として言っている事では無いの。

 愛する者、貴方の言う伴侶(・・)として言っているのよ」

「戯言を。

 今回は少し意味が違うが、前にも同じ事を言ったか?

 人の身でドラゴンの相手をする事など出来ぬ!」

「……そうでもないわよ?」


 シャルの言っている事は……本当の事だった。


「何を馬鹿な……ファースト、本当なのか!?」


 ラヴィーネは俺の微妙な表情からそれが真実であると確信した。


「あ、あり得ぬ。

 わらわですらこの擬態した人の姿では無理じゃ……」

「えっ、そうなの?」


 俺の驚きを察してかベーゼが狼狽える。


「き、貴様!

 ラヴィーネ様の体を何だと思っている!

 たとえ人の姿であったとしても許される年齢の体では無いと言うのに!」


 いや、そんな事を考えていた訳では……いや、そうなんだけど実際にするという訳ではない。

 ベーゼと同じ事を考えていたのか、同席していたブリッツとシュトゥルムも驚いていた。

 ……俺を見る目がどこか蔑んでいるのは気のせいだろうか。


「分かったのなら、ファーストを諦めて!」


 シャルの言う事は無茶苦茶だったかもしれない。


「た、たとえそうだったとしても答えは変わらん。

 愛する者に対しても言う事では無いからのぅ」


 ラヴィーネの言う事はきっと正しいのだろう。

 ……一般的には。


「自分が間違っている。

 いえ、狂っている事は分かっているのよ……。

 でもそれが私の本当の気持ちだから!」


 シャルは自分の気持ち、感情を抑えられない。

 それは肉体と精神がちぐはぐだから。

 頭ではいけない事だと分かっていても止める事が出来ない。

 人の身でドラゴンの力を扱うなどまともでいられる訳が無かった。


 ……シャルの精神はモンスター側に引かれていた。

 全て使い魔でもあり、主人でもある……俺の責任だった。


「……そちは変わっておる。

 普通では無いと言う事じゃ。

 だがわらわも普通ではない。

 そちの間違った行いを正すくらいの力は持っておる」


 ラヴィーネはシャルを憐れんでいたのかもしれない。

 人とモンスターの間で揺れ動いている……幼き者の事を。


「そちの死後、ファーストに後を追う様な事はさせん。

 わらわが止めて見せる」

「……私がファーストを道連れにしようとしたら?」

「そちを殺す。

 いや、ファーストを守ると言った方が良いかのぅ」


 共に死ぬか、共に生きるか。

 両者を分けたのは……力だろうか? 種族だろうか?


「それでも、ファーストは渡さない。

 ……結果は私の寿命が尽きる時に分かるわ」

「人の寿命などドラゴンにとっては一瞬の事じゃ。

 だが人自身にとってはそれなりに長い。

 そちの考えが変わる事を祈っておるよ」

「……ドラゴンが何に祈るって言うのよ?

 言っておくけど、私は神を信じていない」


 実のところ、シャルが俺を手に入れる方法はあった。

 ……元の世界に帰る。

 そして元の体、人の姿に戻ると言う方法が。

 だがそれは酷く困難で、神にすら叶えて貰えなかった事だった。


「神は存在するのじゃぞ?」

「その神には裏切られたわ。

 ……期待には応えて貰えなかった」

「……そちは結構苦労しておるのぅ」


 ラヴィーネのシャルに対する憐れみはより一層強くなっている様だった。


「まぁ、そんな事はどうでも良い。

 問題はファーストじゃ。

 シャル亡き後はわらわの元へ来て欲しいのぅ」

「……その時になってみないと分からない」


 俺の出した答えもシャルと同じ先送りだった。


「ファースト?

 私と一緒に死んでくれないの?

 私とずっと一緒に居るって言ったよね?」


 やばい、シャルが完全に壊れている。

 ……病んでいるというんだっけ?

 いやいやいや、ただの冗談だよね?


「ファーストがわらわの元に来るのは思ったより早いかもしれんのぅ……」


 俺とシャルの様子を見てラヴィーネが一般的な回答を答えていた。

 そして俺はいつもとは違った恐怖をシャルから感じていた……。


 そんな雰囲気に耐えられなかった? のか、ベアイレ先生が話に加わってくる。


「この状況で発言するのはとても恐縮なのですが……」


 ……ああ。

 俺とシャルは当初の予定を完全に忘れていた。


「ドラゴンの知識もそうですが、出来ればアインツ王国に飛竜をお貸し頂きたいのです」

「……よく言えたものじゃの。

 ファーストと交換なら何匹でもくれてやるのじゃが、それはそこの主人が許さんじゃろう?」

「当初の此方の考えとしてはドラゴン、ファースト君を預ける代りに飛竜を借り受ける予定でした」

「アインツは既に飛竜を持っておるのになぜそのような事を?

 それにファーストが居れば必要のない事じゃろう?」

「出来れば雌の飛竜をお借りし、繁殖を試みるつもりです。

 新しい子をアインツが手に入れればお借りした飛竜を返し、ファースト君も自由になる。

 勿論、他にもベンア竜帝国が望む対価をお渡しします」


 ベアイレ先生は予定通りの説明をする。


「同じドラゴンとしてその様な考えは好かんのぅ。

 人は他の物、特にモンスターに対してはどこまでも非情になれるのじゃな」

「……全てはファースト君の提案です」

「さすがファーストじゃ!

 王に相応しい考えの持ち主じゃの!」


 この手のひらの返しようは、ある意味清々しい。


「まぁ、良いじゃろう。

 雌の飛竜を貸してやる。

 期限は子が生まれるまで。

 対価は……ファーストに貸し一つじゃ!」

「……いつか返すよ」


 俺には大きな貸しが出来てしまった様だ。


「いつでも良い。

 わらわは待つ事には慣れているからのぅ」


 ラヴィーネの不敵な笑みが憎らしい。


「……ファーストは預けないわよ?」

「わらわにファーストとそちがいちゃつく所をずっと見ていろと言うのか?」


 俺がベンアに預けられればきっとシャルも一緒に違いないからな。


「先程からのファーストとそちのやり取りも正直我慢ならん。

 わらわの気が変わらぬうちにさっさとこの国から出て行くが良い」


 ラヴィーネは……嫉妬していたのかもしれない。


「だが……怪我人を追い出す様な真似も出来んからのぅ。

 治るまでは滞在を許可する」


 この幼い外見の皇帝は俺達よりもずっと大人だった。

 年齢で言えばずっと年上なのだろうし、当然と言えば当然なのだがな。




◇◇◇




 俺達は目的を達成した。

 それはつまりアインツの依頼を達成したと言う事だった。

 異世界に転生して十年。

 シャルは二十年だろうか?

 俺達は何のしがらみも無く、本当の自由を手に入れたのかもしれない。


 そしてベンア竜帝国を離れるのはもう少しだけ先になる。

 シャルの怪我が治るまでだ。


「ファーストはずっと一緒だから……」


 シャルの傷は肉体よりも精神の方が大きかった。

 俺はそれを癒す事が出来る。

 ……共に死ぬと言えば良いだけだ。

 だがそれは間違っている事も分かっていた。


 俺はどうすれば良いのか考えて考えて、考えた。

 ……答えは簡単だった。

 シャルが言っていた事だ。

 何度も話し合った事だ。

 俺は馬鹿だった。

 本当に、本当に俺は馬鹿で、今までどれだけシャルを傷つけていたのだろうか。


 ……元の世界に帰る。

 シャルは俺の事を手に入れたい訳では無い。

 自由を手に入れたい訳でも無い。

 自分の意志で未来を決めたい訳でも無い。


 シャルはただ……俺と一緒に生きたいだけだった。


 シャルは俺に同じ考えに、同じ想いになって欲しいとも言っていた。

 冗談めかして一緒に死んで欲しいと言っていた。

 でもそれは本心だったのかもしれない。


 ドラゴンと言う不死に近い存在にそんな事は言えない。

 不死とは人が叶えたくても叶えられない望みの一つなのだから。

 そして俺はそんな物に興味は無かった。


 シャルはどんな時でも……最後は俺を優先する。

 俺と同じかもしれないが、俺の方が力は上だった。

 シャルがいくら俺を優先しても、俺がシャルを優先する事には及ばないと言う事だ。


 俺の答えはずっと前から既に出ていた。


「ああ! 俺はシャルとずっと一緒だ!」


 俺は全てを納得して、覚悟も決めていた。

 だが問題が一つだけ……大きな貸しが一つだけ残っていた。


 頭の中にはラヴィーネの不敵な笑みが浮かんでいた。

 ずっと年上だが外見は幼き少女の笑みが。




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