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ご主人様は真っ黒  作者: pinfu
第五章 羽化
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第百三十二話 純粋な混じりモノ6


 ファルとヴァッサーの本気を目の当たりにする。

 今まではヴァッサーの力だけで飛んでいたのだろう。

 そこにファルの、フルートと同じ風の魔術が加わる。


『自分達の移動だけに作用するように魔術を制御しているのね

 最小限の力で最大の威力を得ているわ』

『進行方向を塞ぐのは……もう結構きついんですけど』


 相手の動きに合わせて移動するにも限界があった。

 速度が上がりそれは更に難しくなっていた。


『仕方ないわね……』

『……こっちも本気を出す?』

『出したら試合にならないでしょうが!』


 それはそうなのだが……。

 俺は他に手が思いつかなかった。


『……ダメ元で誘ってみるわ』


 シャルは何か思い付いたようだ。


「ファル! 純粋な勝負をしましょう」

「いまさら何を言っている!」

「純粋な速さだけの勝負よ。

 小細工は無し、ただ直線を進むだけの単純な勝負。

 ……どちらが純粋に速いかを競いましょう」


 シャルの指示で俺は敢えてファル達の進行方向を開ける。

 更にその場で止まる事になる。

 ここまですればシャルの言う事を聞く可能性はあった。


「本気なのか?

 ……良いだろう。

 だがその方法はどうする?」


 ファルはシャルの誘いに乗ってきた。


「ただ真っ直ぐ進むだけよ。

 別に試合範囲から外れても問題ないでしょう?

 すぐに決着はつくから戻るのに問題はないわ」

「大した自身だな。

 だがすぐに決着がつくのは確かだろう。

 ……勝つのは私達だがな」


 純粋な速さの勝負。

 どこかの神速なら速さに食いつくだろうが、ファルは純粋の方に食いついていた。


「この銅貨が地面に着いた時が開始の合図よ」


 シャルがお金を無駄にする!?

 いや、合図にするくらいの価値はあると言う事か?

 それとも何かの策略がそこにはるのかもしれないな!


『ファースト、考え過ぎ。

 別に何も無いからね?

 手頃な物が無かっただけよ』

『あ、ああ、すまない。

 あまりの事に狼狽えてしまった』

『帰りに拾えば良いじゃない!』

『ですよね!

 たとえ銅貨でも必ず回収しますよね!』

『安心した様で何よりだけど……何故か腹が立つわね』


 俺は本当に安心していた。

 ……仕方ないよな?


「……どうした?

 此方は準備は出来ている。

 いつでも初めて良いぞ」


 ファルを焦らしてしまった。

 純粋な勝負だ。

 そんなつもりは全く無い事を言って置く。


「では行くわよ」


 シャルはそう言って銅貨を指ではじく。

 それはクルクルと回りながら地面へと落ちていく。

 ファルとヴァッサーからは魔力の集中を感じる。

 きっと初めから全力で来るに違いない。


 銅貨が地面に触れた瞬間、ファル達は……風になっていた。


 疾風とでもいうべき速さでファル達は飛んで行ってしまう。


『さて……先に進むか!』

『何言ってるの! 追いかけて!』


 シャルは本当に勝負をするつもりだったのか!


『ファースト……頑張ってね』

『……ああ、任せとけ!』


 俺には魔法や魔術よりも更に強力な()が加えられる。

 俺が負けるなんてありえなかった。


 俺の本気の速度は並では無い。

 純粋に早さを求めた時、その衝撃は人間が耐えられる物では無かった。

 それどころか普通の生物、いやモンスターですら耐えられない様な速さだ。


 俺の速さは風をも斬り裂く。

 ……ファル達を追い抜くのはあっという間だった。


「……ははは。

 あれがドラゴンか。

 全く話にならないではないか……」

「ファル……すまない。

 ドラゴンは私達の速度より何倍も速い様だ」


 ファル達の会話は普通なら聞こえないだろう。

 だが俺には聞こえていた。

 それくらいに俺は余裕がある。

 ファル達をしばらく先で待つのも簡単な事だった。


「……私達の負けだ。

 ドラゴンとはこんなにも速いのだな。

 己の矮小さを思い知ったよ」

「同じ使い魔として羨ましく思う。

 だが今は称賛の言葉を贈るとしよう。

 空の支配者はお前こそが相応しい!」


 ファル達は負けてもどこか清々しさを感じている様だった。

 ……それが少し気に食わなかった。


「俺はお前達に勝ったのかもしれない。

 だが俺達(・・)が勝った訳では無い」


 この場にシャルは居なかった。


「搭乗者の必要が無い分、軽くなれる。

 それが速さの秘密か……。

 ドラゴンの力には私達の力を合わせても及ばないのか」

「……その様だな」

「それは違う!」


 納得したファルと納得した振りをしたヴァッサーに俺はそう言わずにはいられなかった。


「ヴァッサーだけならもっと速く飛べたはずだ。

 ファルの魔術を差し引いてもな。

 でもそれが本当の理由では無い。

 ……人間は強力な魔術を使えるかもしれない。

 だがその肉体は他の生物に大きく劣る」


 人間は自分達が思っているほど強い存在では無い。

 それがたとえ獣人族だったとしても肉体はモンスターやそれこそ半獣にすら劣る。

 ファルは自分が半獣に劣る部分がある事を気付いていなかった。

 いや悪く言うのは止めよう。

 半獣にもファルより良い所もあると言いたいだけだ。


「……お前はフルートには自分とは違う何か別の力があると言っていた。

 それを活かせる場所は必ずあると。

 何故それを半獣にも言ってやれないんだ!」

「それを言えれば自らが王になる道を選べたのかもしれないな……」


 ファルは自分が王になるとは言っていない。

 フルートも言ってはいないがそのつもりはあるはずだ。

 ファルも本当は気付いていたのかもしれないな。


 でもそれを口にする事は出来ない。

 それもまた王としての在り方かもしれないな……。

 俺はファルの事をほんの少し誤解していたのかもしれない。


「私はまだまだ考えねばならない事があるようだ。

 今回は色々教えられたよ。

 ……出来ればもう一つ教えて欲しい。

 お前達はなぜそこまで半獣に肩入れするのだ?

 親しい半獣でもいるのだろうか?」


 その問いに答える事はこの国では難しい事なのだろうな。

 そして理解されない事でもあった。


「俺は人間が好きなんだよ。

 いつかは……親しい、大切な半獣が出来るかもしれないだろ?」


 俺は少し恥ずかしかった。

 これで俺の気持ちが少しはファル達に伝わっただろうか。


「……ま、ま、まさかそれは私との間にか!?」

「な、何て奴だ!

 人間が半獣を使役するようにドラゴンが人間を使役するつもりか!?

 いや、それよりももっと酷い!

 半獣が出来る時、それは魔獣側が人間を襲う事が多いと聞く。

 それ故に人間はそれを禁忌として忌み嫌ったのだ!」


 少しだけ俺が思っている事とは違って伝わっていた。


「……じゃあそう言う事で俺は選定に戻るから!」


 俺は先ほどよりも速い速度で飛んでいたと思う。


「ま、待て、ドラゴン!?

 ヴァッサー、なりふり構っていられない!

 この身が壊れても構わない!

 限界を超えても良いから、とにかく速く飛んでくれ!」

「わ、分かった!

 おのれ悪しきドラゴンめ!

 私の主人は渡さんぞ!」


 ファル達も先程より何倍も速い速度で俺を追っていた。

 ……俺が思っているほど人間は弱くは無いのかもしれない。


『シャル! 急いで先へ進むぞ!』

『えっ、何?

 上手く行かなかったの?

 まだ銅貨が見つからな……きゃっ!』


 俺はシャルを急いで回収してゴールへと進んだ。

 ……決して逃げている訳では無い。




◇◇◇




 使徒の選定は例年とは違った波乱の結果を迎えた。

 選定のゴール地点では既に走り終えた者や観戦者で溢れていた。

 ……と言ってもスタート地点と同じ場所だがな。


「この私が負けるとは……」

「力及ばず……か」


 ファルとヴァッサーは落胆していた。

 だがそれは俺とシャルに負けたからでは無い。


「優勝は……アイヒ!

 初出場でファル様を破ったのは……動物?

 少々お待ちください……」


 運営側は困惑していた。

 その結果自体もだが、登録されていた名前や種族がちょっと変わっていたからだろう。


「……えー、搭乗者の名前はアイヒですが、これは近隣に生息する小動物ですね。

 そしてその搭乗物は普人族のベアイレ……で登録されていますね」


 進行役兼解説役が会場の全ての者達に説明していた。

 アイヒはベアイレ先生が捕獲した小動物だ。

 ……生徒には捕まえた物を食べさせておきながら自分はペットとして飼育していたのだ。

 ベアイレ先生曰く、自らが出来なくても教える事は出来ると言う事らしい。


「えー……失礼しました。

 これは登録時の間違いでしょう。

 改めまして、優勝はベアイレ!

 アインツ王国出身で職業は魔術学園教師です!」


 競争試合は全員参加。

 それは教師であるベアイレ先生も含めての事だった。


「……神速だ」

「ああ、間違いない。

 あれは神速のベアイレだ!」

「人間で使徒の選定に優勝できるとしたら奴しかいない!」

「「「神速! 神速! 神速!」」」


 会場は神速コールで埋め尽くされていた。


「……これは少し恥ずかしいですね」


 柄にもなくベアイレ先生は照れていた。

 こんなアインツと離れた場所でも神速の名は有名な様だな。


 まだゴールしていない者も多いが今回の使徒の選定の結果が発表される。

 一位……ベアイレ。

 二位……シャル。

 三位……ファル。

 四位以降はまだゴールしていなかった。


「私達が人間に負けるなんて……」 

「その驕りが敗因ですよ」 


 ベアイレ先生はファル達に声を掛けていた。

 同じ速さを求める者同士、何か通じる物があったのかもしれない。


「貴方達が例年通りの速さならば私が勝つ事は無かったでしょう。

 優れた力は本来の目的を見失う事になると言う事です」

「……本来の目的?」

「他国では競争試合と呼びますが、インツェンでは使徒の選定と呼びますね。

 それは本来、使徒と呼ばれる選ばれし者を決めるからです。

 良く間違われますが、聖人とは違います。

 聖人は神が選ぶものですが、使徒は人間が選ぶのです」


 ベアイレ先生がまともな先生に思えたのは久しぶりだった。


「勿論、力ある者が選ばれる事もあります。

 ですがこの選定は本来一人では無理な工程なのです。

 多くの人々が力を合わせて望むべき事なのですよ」


 普通はこれだけの距離をたった一人で乗り越えるのは難しい。


「貴方達はいつもすぐに完走してしまい、遅れた者達がどうやって走っているのか知らないのでしょう?

 ……貴方の妹を見ればきっと私の言いたい事が分かると思いますよ」

「……まだ何の事か分からない。

 だが忠告通りにしてみる事にする」


 フルートは未だゴールしていない。

 あれだけの速さならそれ程時間は掛からないはずなのに。




◇◇◇




「ヴェレ、お腹すいた!」

「何も無いさね。

 水ならあるけど、魔法の水じゃお腹の足しにはならないねぇ」


 フルート達は……寝転がっていた。

 どうやら何一つ準備をしていなかった様だ。

 ……ファルの様に一気にゴールするつもりだったのだろうがフルート達にその力は無かった。


「フルート様! また準備不足ですかい?

 私等は十分、食糧を持って来てますから少し分けましょう」

「ありがと!

 ……でも選定の手は抜かないからね?」

「ははは! あんまり無理しないで下さいね!」


 フルートとヴェレは終始こんな感じで選定を進んでいた。


「あー! 半獣に酷い事してる奴がいる!」

「半獣に荷車を引かせてるねぇ」

「ちょっとそこのアンタ!

 半獣に何させてるのよ!」

「これが半獣の仕事ですからね。

 ちゃんと報酬の食料も渡してますぜ?」

「そんな無理矢理に使役する事は私が許さ……私より良い物食べてる!?」

「わたしゃもそっちで働きたいよ」


 半獣は枷こそ付けられているが、それほど悪い待遇でも無いのかもしれない。


「えーっと、シャルさんの知り合いでフルートさんでしたっけ?

 まだこんな所で何をしているんです?」

「シャルの所に居た可愛い男の子だ!

 ……ブリッツって言うんだ。

 私はちょっと……靴が破れちゃってね」

「それでしたらフルートさんに合うかどうか分かりませんが予備を差し上げますよ」

「フルートは足が結構でかいからねぇ。

 アンタの予備でも十分使えるさね」

「ヴェレ、なんか恥ずかしいからやめて……」


 フルート達は本当に何も準備していないらしいな。


「ヴェレ、ヴェレ!

 道に野菜が落ちてるよ!

 これで食べ物の心配はもうしなくて良いね!」

「それは良いんだけど、あんまり選定の範囲から外れるのはどうかと思うねぇ」


 仕舞いには走る道すら外れてしまう事もあった。

 そんな物に釣られるなよ!

 ……俺が言えた事でも無いか。




◇◇◇




「……自分の妹なのに掛ける言葉が見当たらない」

「いっそ私が助けた方が良いのだろうか?」


 ファルとヴァッサーは空からフルートとヴェレを見守っていた。


「アレを見て何が分かると言うのか……」

「ああ……もう最後尾になってしまったではないか」


 フルート達は最後尾、つまり最下位になっていた。


「ヴェレ、ごめんね。

 またビリになっちゃった」

「フルートはそれで良いのさ。

 今回も沢山助けられたねぇ」

「ええ。みんな助けてくれた。

 この国の人はみんな良い人だよ!」

「フルートに言わせればみんな良い人になっちまうねぇ」


 フルート達はこの選定で一番周りから助けられていた。


「あっ! 前方に倒れている人がいる!」

「まったく監視員は何してるんだろうねぇ」

「そんな事言ってないで助けるよ!」

「はいはい。

 受けた恩はまた別の者に返すものさね」


 そしてフルート達は一番周りを助けていた。


「そんな事をしているからいつも最下位なのだ……」

「監視員が居るとはいえ、放ってはおけないのだろう」

「あいつは本当に馬鹿だな……」

「ああ、本当に馬鹿だが……選ばれるのはその馬鹿なのかもしれないな」


 使徒とは導く者だ。

 それは王に近い存在なのかもしれない。

 そして王とは多くの者を助け、また助けられる存在でもある。


「使徒の選定に勝つ意味は無いのかもしれないな。

 皆で助け合う事か……フルートは皆で頑張るとよく言っていたな……」

「馬鹿にも分かる事が私達は分かっていなかったのか」


 ベアイレ先生が言いたかった事は伝わったのかもしれない。


「ベアイレか、あの様な者なら……あっ!?」


 ファルはここで何かを思い出したようだ。

 そしてヴァッサーも気付いた様だ。


「ファル……あいつが次の王になるのか?」


 そう言う事になってしまうのだが……。




◇◇◇




「私が王になる?

 そんな事に興味はありませんよ。

 ……本気でそんな事を言っていたのならすぐに撤回しなさい。

 国を何だと思っているのですか!」

「……はい。すいません」


 ファルは何とも情けない状態になっていた。


「ファルって結構馬鹿だったのね」

「……フルートだけには言われたくなかった」


 使徒の選定は無事終わり、その後の表彰なども既に終わっていた。

 ベアイレ先生は方々から色々な誘いを受け多忙を極めていた。

 だがファルの計らいで何とか落ち着きを取り戻していた。


「一応、私達もファルに勝ったのだけど?」

「か、勝つだけでは駄目だ!

 一位にならなければな!」

「まだそんな事を言っているのですか!」

「い、いえ! 本当にすいません」


 ファルはもうベアイレ先生に頭が上がらなかった。


「なら代わりに少し力を貸して欲しいのだけど」

「……言ってみろ。

 多少、力になる程度なら構わん」


 一応、ファルはシャルの事を認めてはいる様だ。


「裏の賭博場で選定の優勝者の予想を当てたのだけど支払われないの。

 なんとかしてくれない?」

「さらりと悪事を暴露するな!」


 賭博が罪になるのでは無く、神聖な使徒の選定を穢した事が罪らしい。


「……今回は大荒れだったからな、配当金も高かっただろう。

 それでいくら貰えるんだ?」

「十億ギルよ」

「……は?」


 俺達は予め順位を決めていた。

 本当はもっと儲けようと思っていた。

 あえてベアイレでは無く、ペットの名前で登録したりして。

 だがシャルの人気が結構あった為、この程度になってしまった。


「金貨一枚がこんなに化けるなんてね」


 本当はもっと賭けても良かったのだが、あまりもうけ過ぎると支払われない様な気がした。

 支払われそうなギリギリを狙ったのだが、欲には勝てなかったのかもしれない。


「……お前ら謀ったな?

 ちょっとだけ認めていたが、それは誤りだった様だ。

 結局は金の為か!」

「お金はおまけよ。

 ……協力してくれないなら自分達で取り立てるわ。

 でもその場合、被害が出るかもしれない。

 その辺は上手く誤魔化してね?」

「お前らこそ、国を何だと思っているんだ!」


 結局、ファルは配当金の取り立てを手伝ってくれた。

 その過程で裏の賭博場はもう無くなっていた。

 その事を一番嘆いていたのは他ならぬシャルだったのは言うまでもない。


「今度は胴元になろうかしら?」


 インツェンが賭博の国になる日は近い……かもしれない。




◇◇◇




「インツェンでの目標は達成されました。

 少しやり過ぎたようですが……問題ないでしょう」

「ベアイレ先生の事を俺達は勘違いしていたようです」

「先生から学ぶべき事は多いですが、全てを見習う事はしない方が良いようです」

「自分だけ飼育したり、自分が一番目立ったりするなんて……」


 ベアイレ先生の信用は地に落ちていた。


「……私の事は良いでしょう。

 君達の選定の結果については合格です。

 順位などよりも皆で協力した事が評価に値します。

 シャル君とドラゴン君は……注目を受けたので良いでしょう」


 ブリッツ達は選定での正解を導き出していた。

 俺とシャルは当初の予定通り注目された。

 ……ベアイレ先生程じゃないけどな。


「選定も終わった事ですし、今日は私が皆さんに食事を奢りましょう。

 ただあまり騒ぎすぎないように注意して下さいね。

 今、私達はとても注目されているのですから」


 ベアイレ先生には臨時収入が入っている。

 ……結構な額の。

 裏の賭博場から巻き上げたお金の一部だと言う事は言うまでもない。


 この日は朝まで大いに騒ぎ立てた。

 俺達は……更なる注目を浴びる事に成功? した。




◇◇◇




 俺達はインツェンでの目的を達成した。

 ここにとどまる理由はもう無い。

 次は本当の目的地、ベンア竜帝国に向かう事になる。

 その見送りにフルートとヴェレがわざわざ国境の壁の傍まで来てくれていた。


「もう行っちゃうの?」

「ええ、インツェンには選定に参加する為に来ただけだから」


 フルートは少しだけ寂しそうな顔をしていた。

 それは別れが寂しいだけではない様だ。


「……シャルに先を越されちゃった」

「その更に先には私の先生がいるわね」


 シャルはそんな目先の事に囚われるなと言いたかったのだろうか?

 ……ただ寂しそうな顔をどうにかしたかっただけか。

 それはあまり上手く行かなかった。


「……私のしている事って何なんだろうね?」

「今のままで良いと思うわ。

 馬鹿には馬鹿のやり方があるのよ」

「もう、シャルの馬鹿!」


 今度は上手く行ったようだった。


 フルートはただ頑張っているだけだ。

 何を頑張っているのかを本人すら分かっていないが。

 ただその結果は少しだけ分かっている事もある。


「私達はもうインツェンを出るわ」

「またどこかで会えるよね?」

「たぶん……ね?」


 先の事は全く分からなかった。

 でもフルートは笑顔で送り出してくれる。

 そしてそれはフルートだけでは無かった。


 半獣達も俺達を見送ってくれていた。

 その者達には来た時と違って枷はついていなかった。

 ファルが早くも行動を起こしたからだろうか。

 俺達がこの国を去る前にこの光景を見せたかったからかもしれない。


「アリガト! アリガト!」


 片言の言葉。

 そう言えば半獣とは一度も会話していなかった。

 でも俺達が何かをした事は何故か伝わっていた。


「……感謝の言葉なんていらないのにな」

「そうね……」


 俺とシャルは自分達の為に好き勝手に暴れただけだから。


「……言葉よりもお金が欲しいわ」


 ……シャルは最後までシャルだった。


 そんなシャルの気持ちが伝わったのか、半獣の子供が何かをシャルに持って来ていた。

 その手に握られた物をシャルは受け取る。


「アリガト!」

「……ありがと」


 半獣の子供とシャルは短く感謝の言葉だけを交わしていた。


「何を貰ったんだ? 花とか綺麗な石とかか?」

「……マジックアイテムよ」


 それは今まで何度も見た事のある……銅貨だった。

 価値は言うまでも無く……一ギルだ。

 本当の価値は違うのかもしれないが。


「……捨てる事は出来ないな」

「大切な物を貰ったはずなのに……。

 ……嬉しさ半減よ」


 半獣の純粋な感謝を受け取った。

 だがそれには少しだけ別な物が混じっていた。

 ……主に受け取った側の問題だがな。




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