第百三十一話 純粋な混じりモノ5
使徒の選定中、出来る事は限られていた。
俺とシャルが出来たのは会話する事だけだった。
「……ねぇ、貴方は半獣をどう考えているの?」
「いきなりなんだ?
……半獣は動物と一緒だ。
人間とは違う。
この選定に多く参加している馬などと……同じと言う事だ。
それはこの使い魔であるヴァッサーとて同じ事だ」
「そうだ。
私はペガサスであって人間では無い。
たとえ人の言葉を話そうともそれは変わらない」
ファルとヴァッサーは完全に割り切っていた。
実際そう考える者が多いのも事実だ。
「でも使い魔には権利が認められているわ。
主人の為に働く限り、人と同じ権利がある。
インツェンで半獣は人の為に働いている。
でも半獣に人と同じ権利はあるの?」
「動物と同じと言っただろう!
人と半獣は対等な関係では無い。
使い魔と違ってな」
俺とシャルは半獣について知らなさすぎる。
……会って話した事も触れあった事も無い。
ただ遠くから見ていただけだ。
他者から伝え聞いただけだ。
だがそれでもどうしても気になる事はある。
差し迫った問題では無いかもしれない。
でもいつか立ちはだかる事になるはずだ。
今のまま順調に進めばきっと。
……もし、もしだが俺とシャルに新しい種が、子が出来たとしたらどうなる?
今は出来ないのかもしれない。
でももしかしたら、いつかはとどうしても考える事は……あった。
「そう言うアインツはどうなのだ?
確か半獣は追放処分だっただろう。
問題を放棄する様な国に言われたくはない事だな!」
「アインツは放棄した訳では無いわ。
相容れない者同士は距離を取るべきなのよ。
それも一つの共存よ。
対等な……ね?」
それは俺とシャルにも言える事なのかもしれない。
人の世界と離れて暮らすか、もしくは元の世界に帰る。
一つ目はいつでも出来る事だ。
でも二つ目は人の世界から離れては達成できそうもない。
俺達はまだ人の世界とはなれる事は出来なかった。
「住む地を奪っておきながら良く言えるな。
結局、力で支配したのと変わらないではないか!」
「支配はしていないわ。
一つしか無い物は力で奪い合う事もあるかもしれない。
だけど譲り合う事だって出来るはずよ」
「この地、インツェンを半獣に譲れと言うのか!」
「違う!
……半獣に選ばせてあげて。
この地で暮らすのか別の地へ行くのか。
枷を付けて縛らずに!」
それは自由。
シャルが昔からずっと求めている物だ。
もし自分に子供が出来たのなら一番あげたい物でもあった。
「獣に自由など無い!」
「なら半獣は黙って従えと言うの?
……アインツでは反抗を受けたわ。
貴方の言う力での支配を覆すには力で対抗するしかないの?
そうね……貴方はそれを望んでいるものね」
「……私が力での反抗を望んでいると?」
ファルは少しだけ狼狽えていた。
「選定での結果で貴方は伴侶を決める。
それはこの国の王の座よ。
結局貴方はフルートと同じね。
答えが出せないのよ。
いえ、フルートは自分自身で答えを見つけようと抗っている。
でも貴方はただ待っているだけ」
シャルの言葉はファルに響いているのだろうか。
「……黙れ、黙れ、黙れ!
私はインツェンの事を想っている!
私が……この国を導いて見せる!」
その気持ちは本物だろう。
だがその方法はまだ分からないのかもしれない。
「もう心配しなくて良いわよ?
私のファーストがこの国を導くから」
「ふざけるな!
他国の、しかも使い魔に国を導く事など出来るか!」
「ファル、落ち着け。
今は選定中だぞ!」
ヴァッサーがファルを止めようとする。
だが興奮したファルを上手く誘導する事は出来ない様だ。
……予定通りファル達の飛行速度は落ちていた。
ファルはシャルの術中にはまった。
後は他の者達が頑張るのを待つだけだ。
その者達はと言うと……大体の事なら感知する事は可能だった。
◇◇◇
「はぁ、もっとこう魔術でビューンと飛ぶ様な感じを考えていたんだけどなぁ」
「そんな事をしたら体力が持たないぞ」
ブリッツとシュトゥルムは最後方を歩いていた。
「これでは埒が明かない。
お前達、私を運べ!
今からブリッツは馬だ!」
「ブリレさん、急に何を言っているのです?」
「……そう言う事か。
だがそれは選定の違反にはならないのか?」
ブリッツは分からなかったが、シュトゥルムは気付いたようだ。
「他者の邪魔をしてはいけないが協力してはいけない訳では無い」
「ならまずは荷物や自分達が乗れる台車の様な物が必要です」
「任せろ! 授業での工作は得意だったんだ!」
ブリッツは魔法を使い辺りの木を切り始めていた。
三人が交代で馬の代わりになる。
魔術師ならではの無茶苦茶なやり方ではあった。
ブリッツ達が最前線に来るのはもう少し後になりそうだな。
◇◇◇
ブリッツ達の前はそれほど差のある物では無かった。
どの者達も馬車での移動だが速度はあまり速くない。
長期戦の構えで来ているのだろう。
そしてその更に前、俺達とは近い部類に入る所にフルートとヴェレは居た。
「まだ無理?」
「そんなに長時間使える魔法ではないさね。
今はフルートの馬鹿みたいな体力に期待しているよ」
フルートはヴェレを頭に乗せながら走っていた。
その速さは尋常では無い。
多分、風の魔術を使用しているのだろう。
ブリッツ達は体力が持たないと言っていたがフルートには馬鹿みたいな体力があるらしいからな。
「馬鹿は余計だよ!」
大声で叫ぶ余裕もあるようだった。
◇◇◇
『概ね予想通りに進んでいる。
でも出来ればもう少し速度を落としたい所だ』
『んー、正直もう手は無いんだけど……』
『なら俺が奥の手を使うぜ!』
俺はこの時の為に準備してきた物をマジックボックスから取り出していた。
そしてそれをばら撒きながら空を進む。
「なんだ? 妨害工作か!
……いや違うな。
私達の進行方向の邪魔にはなっていない」
「あれはもしや……」
俺がばら撒いていたのは……異世界での人参っぽい野菜だった。
「馬はこれが好きに決まっている!」
「……ファーストの頭は大丈夫かしら?」
シャルには酷い言われ様だったが効果は……あった。
「……どれだけ私達を侮辱すれば気が済むんだ」
「……ここまで侮辱された事は今まで無かったな」
どうやら馬が好きな物ではあったらしい。
だがその効果はそう言う意味であった訳では無い。
……挑発の意味合いが強かったか。
「本気で行くぞ!」
「分かっている。
私達の力はこんな物では無い事を教えてやろう」
今まで冷静だったヴァッサーまでちょっと怒っていた。
本当の選定はここから始まるのかもしれなかった。