第百三十話 純粋な混じりモノ4
競争試合、使徒の選定の当日がやって来た。
開始地点であるこの場所は参加者だけでなく応援の者達も数多く集まっていた。
「ファル様ー! 今回も頑張って下さい!」
「ファル様! なんとお美しい!」
「ファル様がまだ子供って本当ですか!?」
応援だけで無く、変な言葉も掛けられていたが。
そしてその発言をした物はインツェンの兵士によって連行されていた。
……本気で国王に言いつけたのかもしれない。
「何故か注目を集めている気がしますね。
それはドラゴン君の姿だけが理由では無いでしょう。
……君達はいつも問題を起こしますね」
「シャルが変な事を言うから……」
「ファーストの方が馬鹿な事を言っていたわよ!」
ベアイレ先生にはまた呆れられていた。
そして俺とシャルはくだらない言い争いを続ける。
「シャルさんはもう大人だったんですね……」
「ブリッツは女性に幻想を持ち過ぎだ。
シャルさんくらいの年齢なら普通の事だからな?」
「普通……そう言う事にしておこう」
ブリッツもシュトゥルムも女メガネも皆が噂を知っていた。
シャルとファルがギルドで言い合っていた事をだ。
「それでは皆さん!
準備は良いでしょうか?
使徒の選定を開始します!!!」
進行役の声が周りに響き渡る。
風の魔術で声を遠くまで届かせているのだろう。
その開始の合図に合わせて一斉に参加者達はスタートする。
参加者の多くが何かしらの乗り物に乗っていた。
馬車が一番多く、次に使い魔や従魔と言ったモンスターを操る者達が多かった。
……徒歩などこの場に居るアインツの者達しかいない。
ブリッツ達は歩みは遅いものの、既に進み始めていた。
そして他にも一人だけ徒歩の者がいた。
……フルートだ。
周りの皆がもうスタートしていると言うのにフルートはその場で動かずじっとしていた。
「フルート様は落ち着いているようです。
今回こそファル様を抜く事が出来るのでしょうか!?」
進行役が観客を盛り上げる。
その観客の歓声に合わせるようにフルートはその力を見せた。
「ヴェレ、行きましょう!」
「……はいはい、それじゃあいくかね」
ヴェレは水の魔法を使用する。
その魔法はとても特殊でヴェレの猫の様な体は水へと変化していく。
完全に水、と言うよりは霧の様な物になったヴェレがフルートへと重なる。
「フルート様の得意技、使い魔との融合です!
その効果は人間の力では無く、猫の力を使えるようになる事です!」
……弱くなっている様な気がするのは俺だけだろうか。
だがその動きは俊敏で普通に人が走るよりは速い……たぶん。
フルートにはいつの間にかヴェレの様なネコミミと二本のシッポが生えていた。
獣人化と言った方が分かりやすいだろうか。
「……前回より少しだけ速いようだがそれでは私には勝てないな」
フルートのつぶやきが聞こえてきた。
俺とシャルは既に空へと浮かんでいた。
そしてその隣では同じ様にペガサスに跨ったファルがフルートの事を見ていた。
「まだスタートしないの?
その余裕はいつまで続くのかしらね」
「最後までずっと続くさ」
シャルの挑発にファルは余裕の態度を見せていた。
「……頑張るのは俺だけどな」
「お互い主人には振り回されるな……」
俺はヴァッサーに奇妙な親近感を抱いていた。
「だがシャルに手を出される訳には行かない」
「……本気にするな。
ファルにそのつもりは無いから安心しろ」
ヴァッサーは良い奴なのかもしれない。
「……こっちは本気なんだよ。
シャルはそのつもりだから油断するなよ」
「お前の主人は本当に人間か?
魔物か魔獣、もしくは魔王の間違いだろう……」
俺は黙っていた方が良かったのかもしれない。
だが善良なヴァッサーを騙すのには抵抗があった。
「酷い言われ様だけど本当の事だから許してあげる。
ファースト、そろそろ行こうかしら?」
「了解だ!」
「まてまてまて! 本当の事ってどういう……」
「ファル! 私達も行くぞ!」
慌てるファルを置き去りにして俺とシャルはその場からスタートした。
「速い! 速い! 速い!
これはどうした事か!?
アインツからの参戦、シャルとその使い魔ファーストの力はファル様を凌駕しているとでもいうのでしょうか!」
進行役の解説に会場は再び湧いていた。
だが次の瞬間にはまた別の歓声が上がる。
ファルとヴァッサーのスタートが俺とシャルのスタートに勝るとも劣らない物だったからだ。
ファル達はヴァッサーの使う風の魔法であたかもそこに風の道があるかの様に飛び出していた。
「これがファル様の力です!
その使い魔ヴァッサーとの連携にこれまで勝った者は居ません。
無敗の王者!
空の支配者!
そして純粋な乙女!? がその力を見せてくれました!」
使徒の選定の始まりは何とも締まらない物だった。
◇◇◇
『このまま一気にゴールしては駄目だったな?』
『そうよ。
……ちゃんと試合をしましょう』
シャルの言う事は……聞いておかねばならない。
「ふっ! なかなかの速さだが私達より速い訳では無いな!」
俺達のすぐ後ろにはファル達が迫っていた。
……風の魔法の応用で話しかけてくるとは、まだまだ余裕があるようだな。
俺達は既に普通なら声は届かない様な速さで飛んでいた。
シャルも同じ様な事をして話しかける。
「でも私達を抜く事が出来るかしら?」
ファル達は俺達のぴったり後ろまでついて来ていた。
だが前に出る事は出来ない。
俺がファル達の進行方向を巧みに塞いでいるからだ。
「その様な事がいつまでも出来ると思うなよ!」
だがそれはいつまでも続く事になる。
そして俺は速度を調節していた。
今回の選定はこれまでで一番のスローペースで進む事になる。
「ええい、生意気な小細工を!
純粋な速さでの勝負が出来んのか!」
「これも戦い方の一つよ。
まだまだ小細工を使わせて貰うわ」
シャルはこう言っているが参加者同士の直接的な接触などは禁止されている。
当然、妨害行為は禁止だ。
もしそのような事をすればインツェンによって罰せられるのは覚悟しなければならなかった。
そして魔法や魔術での妨害などもってのほかだった。
早く飛ぶ為に気流を操ったとしても、それが他者の邪魔になってはいけないのだ。
俺達に出来る事は限られていた。