第百二十九話 純粋な混じりモノ3
インツェンの競争試合は国を挙げての行事だ。
その参加者は多く、一万人を越えるとも言われている。
そしてその競争範囲なのだが……国を一週する事になる。
その範囲は分かりやすく、国をぐるっと囲んでいる壁の外側を回るだけだ。
この時ばかりは壁に見張りや観戦者が立つ事になるらしい。
「これ絶対一日で完走する事は無理なんですが……」
「はい。その為の準備を行う事も忘れないで下さい」
ブリッツは考えもしていなかったようだ。
……何日も走る事になるなんてな。
「競争試合というより遠征と思った方が良いのか」
シュトゥルムは冷静だった。
「……人間だけの徒歩で参加する者など私達しかいないのでは?」
「そうですね。
目立つと言う事では間違いありません。
ただし、アインツの名誉を汚さないよう頑張りなさい」
ベアイレ先生は少し厳しかった。
「では当日まで自由行動になります」
皆は準備に忙しくなるだろう。
だが俺とシャルはそれほど忙しくは無かった。
全てマジックボックスの中に準備してあるからな。
それに多分……俺は一日も掛からない。
◇◇◇
さしあたってする事の無かった俺とシャルはインツェンの冒険者ギルドへと足を運んでいた。
競争試合の開始場所から近いこの街のギルドにはきっとフルートとヴェレがいるからだ。
「今日はどういったご用件でしょうか?」
「ここにフルートはいるかしら?
知り合いなのだけど連絡を取りたいの」
シャルはギルドの受付でフルートの事を聞いていた。
「フルート様ですね?
でしたら今なら二階におられると思います。
ドラゴンの使い魔を持つ女性が来たら教えて欲しいと承っておりました」
「ありがと。二階に行ってみるわ」
ギルドのランクが高いと様付けで呼ばれるのか!
……そこはどうでも良いか。
フルートは一時的にランクが下がっていたはずだ。
だがもう戻っているはずだからな。
俺とシャルがギルドの二階へと上がるとすぐにフルートを見つける事が出来た。
そしてそのフルートは別の者と話をしているようだった。
……険悪な雰囲気で。
「使徒の選定に出るそうだな。
いい加減諦めたらどうだ?
そして私の元へ来い。
その力を無駄に使う事は無いだろう?」
「私は私のやりたいように行動する!
ファルの指図は受けない!」
あれがヴェレの話に出て来たファルか。
フルートより少し年上に見えるが……どことなくフルートに似ている。
「……お取込み中だったかしら?」
「シャル……。
いいえ、大丈夫よ。
ファルはもう帰るから!」
「まだ話は終わっていない!
妹の知り合いらしいが今は少し席をはずしていただきたい」
ファルはフルートの姉と言う事か。
似ているのも当たり前の事だった。
「私に話す事は何も無い!
……一つあったわ。
次の使徒の選定では必ず私が勝つから!」
「だからそれは無理だって言ってるのにねぇ」
「ヴェレも酷い!
やってみなければ分からないじゃない!」
使徒の選定というのは競争試合の事だろうか?
インツェンでは宗教的な意味合いでもあるのだろうか。
そしてフルートはいつも通り自分の考えを改める事はあまりしないようだ。
「フルートでは無理だ。
いや、私に勝てる者などほとんどいないだろう。
それにお前は勝てなくとも良いのだ。
別の事でその力を発揮する場所は必ずある。
まずは私の元で国の為に働いてみないか?
私の元が嫌なら別の場所でも良い。
……王族であれば国の為に働くのは当たり前の事だろう?」
えっ? フルートって偉いの?
王族が冒険者とかしてて良いのかよ……。
「国の為に働きたいと思っているわ!
でも今の国のやり方は嫌なのよ!」
「それならばなおさら国の為に働いてそれを変えていかなくてはならないのではないか?」
「……今のままでは無理じゃない!
ファルの言う国の為って国民の為なのでしょう?
その国民にすらなれない者、半獣を私は助けたいの!」
フルートのそれは半獣の事を言っている様だ。
「……やはりその目がいけないのだろうか。
そんな物を気にする事は無い。
フルートを貶す様な者は私が処罰してくれる!」
フルートの目は左右で色が違う。
それがきっとこの国では純粋では無いと受け取られるのかもしれない。
……半獣の様に。
意味は多少違うのだろうがな。
ファルはきっとその事を言っているのだろう。
「そうじゃない!
そうじゃないのよ!
どうしてファルは分かってくれないの!」
守りたい者がフルートとファルでは違うのだろう。
いや同じだがフルートの方が守りたい者が多いと言った方が良いのだろうか。
生きて行く為には他の生物を殺める事もある。
自らのルールに従って、守らない場合は同じ種族であっても殺める事すらあるのだから。
俺はなぜだかフルートに肩入れしたくなった。
俺がフルートの守りたい者に近い存在だからだろうか。
「まぁまぁ、二人とも落ち着いて。
ファルはフルートの考えを知っているのか?
それなら要はファルがフルートの考えを受け入れるかどうかだ。
ファルにそのつもりはあるのか?」
「なんだこのドラゴンは?
馴れ馴れしいにも程があるな。
だがフルートの知り合いだ……質問に答えよう。
……受け入れたいとは思っている。
だが実行する事は不可能だとも思っている」
不可能。
それがファルの答えだった。
「そんな事ない!
皆が頑張れば出来ない事なんてないの!」
フルートの言っている事を信じたくなるのだが……具体的な案はきっと何も無い。
あるのならもうファルに相談しているはずだからだ。
フルートが冷静に判断出来なくてもヴェレが導いていたはずだからな。
「悪いねぇ。
わたしゃのご主人様はちょっと馬鹿だから許してやっておくれ」
「そんな事は知っている。
ヴェレよりも私の方が付き合いは長いのだからな」
「……付き合いは短いが馬鹿だとは分かる」
「ちょっと、ファースト!
それは酷くない?
使い魔って皆こうなの!?」
フルートはやっぱり馬鹿だった。
「大変ね。馬鹿が地位を持っていると」
「シャルまで! もうみんな大っ嫌い!!!」
フルートはそっぽを向いてしまった。
「そうなのだよ。
いっそ王族の身分を取り上げてしまいたいが、これでも愛すべき家族なのだ。
……馬鹿な妹だが同じモンスターを使役する者同士、仲良くしてやってくれ」
「言われなくてもそうするつもりよ。
……今の所はね」
「フルート、はやくその馬鹿を治さないと友人が居なくなるぞ」
「もうファルの事なんて知らない!」
フルートはこっちを見ずに声だけで抗議していた。
「……よく見ると真っ黒で美しいドラゴンだな。
成長すればさぞや立派になる事だろう。
その時は是非、使徒の選定に参加して欲しい。
良き競争相手になりそうだ」
俺は珍しく褒められていた。
それでちょっとだけ……調子に乗ってしまった。
「俺はもう成長している」
俺は成体へと変態していた。
「ほぅ! これは素晴らしい!」
ファルは称賛の声を上げていた。
「でも立派という訳では無いわ。
……何勝手に姿を晒してるのよ!」
シャルは非難の声を上げていた。
そして同時に殴られた。酷い。
「使徒の選定には参加するのだろう?
今回で私の連勝記録も止まるかもしれないな」
「全力で競うつもりです」
「此方もそのつもりだ! だが少しだけ残念だな……」
「残念?」
シャルは思わず聞き返していた。
「君が男性だったなら私の伴侶としての期待が持てたのだよ」
「ファルは自分に選定で勝った者、一位の者と結婚するって明言しているんだよ。
まったく姉妹そろって馬鹿だとわたしゃ思うがねぇ」
「使い魔の分際で私を馬鹿呼ばわりするな!」
急にファルが馬鹿に見えてきたのは仕方のない事だろう。
「王族と結婚って……他に王族っているの?」
「父と母、そして私達姉妹と言う事になるな。
つまり私と結婚すれば未来のインツェン王だな!」
「……馬鹿姉妹だったか」
「お前も使い魔の分際で失礼な奴だな!」
競争試合、使徒の選定に参加者が多い理由はここにあった。
……こんな事をしてこの国は大丈夫なのだろうか。
そして今回、インツェンは存亡の危機を迎える事になるのかもしれない。
「……私が勝ったらファーストの伴侶としてファルを貰うわ」
「「「は?」」」
俺を含めた全ての者が驚きの声を上げていた。
近くで話を聞いていた冒険者達も全てだ。
「シャルと言ったか……お前は正気なのか?
もしやこの国の者では無いのか。
冗談でもそう言う事を言うのは止めて欲しい。
インツェンでは侮辱と捉える者が多いぞ」
「私は本気よ?
ファーストが王となりこの国を治めればフルートの考えも実現するかもしれないでしょう?」
いやいやいや、シャルさんは何を言っているのでしょうか?
「……シャルって私より馬鹿だったのね」
「半獣を人だと言うならドラゴンだって人と言っても良いでしょう?」
全然違うと思うが意思の疎通ができるなら良いのだろうか?
「……お前は危険な思想を持っているようだな。
フルートよりも更に危険な思考をする存在だったか」
「ファーストに勝つ自信が無いのなら今の内に馬鹿な明言を取り下げるべきね」
シャルはファルを挑発していた。
ファルを逃がさない為か、それとも苦言を呈しているのか。
「良いだろう! その挑発を受けてやる。
だがシャルよ、お前に同じ覚悟はあるのか?
……私が勝ったら私の使い魔の物になって貰う」
ファルは窓際、バルコニーの様な場所へ近づいて行く。
そして外にはその使い魔が舞い降りていた。
純白の羽が生えた馬……ペガサスが。
「ヴァッサー! 今回の選定は面白くなりそうだぞ」
「その様だな。
しかし、私は人の相手など出来ないし、欲しくも無いのだが……」
ファルはそのペガサス、ヴァッサーを撫でながら話しかけていた。
だが俺はここである事に思い立っていた。
それは元の世界でのうろ覚えの知識だった。
「済まないがそれは無理だ。
ペガサスは純粋な処女しか相手にしないのだろう?
ファルと違ってシャルはもう……」
「信じられないくらいの大馬鹿者がこんな所に居たわ……」
「わ、私は大人だぞ!
こ、こんな辱めを受けたのは初めてだ!」
俺は何か間違った事を言ったのだろうか?
『それペガサスでは無くてユニコーンだと思うわ。
羽の生えた馬では無く、角の生えた馬。
アインツの紋章の方よ』
『……ああ!』
シャルに諭されて俺は間違いに気付いた。
「ファルってあんまりそう言う話を聞かなかったけどやっぱりそうだったのね」
「ファルの目に留まる男なんて中々居ないからねぇ」
フルートとヴェレは納得? していた。
「お、お、お前ら許さないから!
絶対、許さない!
国王に言いつけてやるんだから!!!」
「ファル……落ち着け」
ファルは半泣きになりながら使い魔に乗ってこの場を逃げ出していた。
……情けない捨て台詞を残して。
使い魔のヴァッサーも大変だな……。
「ああ……なんだかシャルが大人に見えるわ」
「実際大人なんだから当り前さね」
「フルートとヴェレも同じ様なものね」
「確かに!」
インツェンには馬鹿しかいないのだろうか。
「ファーストが一番の馬鹿だけどね……」
ちょっと勘違いしたくらいでこれは酷い。
……本題はそこでは無いのだろうが。
この日のギルドでの出来事は瞬く間にインツェン中に広まった。
何故かインツェンではファルの人気が上がったらしい。
……純粋だったからだろうか?