第百二十七話 純粋な混じりモノ1
「お土産は良いから!」
「駄目兄さんにそんな物あげるわけないでしょ!」
レルムはお約束と言うのを分かっている。
「私は何でも良いですからね?」
「クラハには……何か買ってくるわよ」
「期待せずに待ってます」
シャルは珍しくクラハに何かあげるようだ。
俺もクラハには何かあげようかな?
俺達はこれでアインツからは出る事になる。
フルス家の新しい領地には向かわない。
位置的に遠回りになると言う事もある。
だがシャルが両親とはあまり会いたくないと言うのが大きいだろう。
昔と同じ様に早く良い人をとか言われるに決まっている。
昔の様に強要する事はないだろうがな。
「寄り道はもう終わり。
……先を急ぎましょう」
シャルはほんの少しだけ名残惜しそうだった。
前はそんな事は無かった。
少しずつだが変わってきている事もあるのだろう。
◇◇◇
その後は本当に寄り道をせずにインツェンまで一直線に進んでいく。
道中の元アフュンフ、現ライフィー共和国アフュンフ州? では復興の兆しはまだ見えない。
どこも人が少なく、崩れかけた廃墟が数多く残っていた。
「この地に住んでいた者はアインツへ流れてきたのでしょう。
……今はもうアインツにも居ませんが」
ベアイレ先生は天罰の日の事を思い出しているのだろう。
あの日、暴動を起こした移民達は全て国によって処刑された。
あまりの人数の多さに捕縛などと言う対応が難しかった為だ。
「この地にはもう人は居ません。
ですが、新しい主は既に居るようです」
ベアイレ先生の視線の先には廃墟を取り巻く草木が見て取れた。
そしてその影にはリスの様な小動物の姿も見える。
「可愛い主ですね」
「主? この地は実質的にはアインツの物だろう」
「シュトゥルムは真面目すぎないか……」
ブリッツは素直な反応。
シュトゥルムは真面目すぎる反応。
女メガネはシュトゥルムに呆れていた。
「こう言った何気ない事からも学ぶ事はあります」
ベアイレ先生は本当の教師の様な事を言う。
……まぁ実際にそうなのかもしれないが。
「ファースト……捕まえて」
「……了解」
シャルは……現実的だった。
「シャルさんはああいった可愛い動物が好きなのでしょうか?」
「そうだけど、今回は違うわ」
シャルが捕まえろと言った理由は単純だった。
「晩飯!」
俺は正解を叫んでいた。
「く、喰うのかよ!」
「なるほど、納得だ」
「モンスターにはお似合いの答えだな」
三者三様の反応だが、それはどこか他人事の様に思っていたのだろう。
「さぁ、君達も捕まえるんですよ?」
これは課外授業の一環とも言うべき事だった。
「捕まえられなかった者の夕食はその小動物になります」
これは結構厳しい条件だった。
捕まえるのも……その後も。
「……自分で調理して貰うのでそのつもりで頑張りなさい」
可愛いと言っていた物の命を奪う事になる。
それが嫌で捕まえたとしても、それは同じ様に命を奪う事になる。
生きていくうえで当たり前の事だ。
だがその自らの手で行って初めて分かる事もあった。
この日はブリッツと女メガネが涙を浮かべながらその手で命を奪っていた。
……どんだけお前らはぬるいんだよ。
「ファースト……あーん!」
「ご、ごめん……無理だから!」
俺は今だにトラウマを克服していない。
あまり人の事は……言えなかった。
◇◇◇
「ヴァイド帝国は通らないのですか?」
「通りません。
……余計な国を刺激したくないのです」
ブリッツの質問にベアイレ先生は答えていた。
アインツ王国とベンア竜帝国の間には三つの国がある。
元アフュンフのライフィー共和国、ヴァイド帝国、インツェン国の三つだ。
そのヴァイドとアインツは直接な対立関係などは無い。
だが友好的という訳でも無かった。
アフュンフを支援していたのはライフィーだけでは無い。
ヴァイドにもその疑いはあった。
……本当に国同士と言う物は面倒な事しかないな。
「ですが、それほど遠回りと言う事もありません。
……現にもう見えてきましたよ」
目の前に白く高い壁が見えてくる。
「あの壁を越えた先が目的地のインツェンです」
壁は国中を囲っているらしい。
だがそれは外敵の侵入を防ぐ為の物では無い。
「白い壁は自らの国が純粋な物だと証明する為の物です。
少し変わった考え方の国ですが決して、その事を悪く言ってはいけません」
変わった考え方とは宗教に近い物で信じる物と言った方が良いだろうか。
「純粋な物を崇拝する傾向がある国です。
もしかしたらドラゴン君は歓迎されるかもしれませんね」
俺は体が真っ黒だからな。
混じりけのない物と言えばそうかもしれない。
「どうしてかしら?
……嫌な予感しかしないのは」
「……俺も同感だ」
こういう風に考えてしまうのは歓迎された事などこれまでほとんど無かったからかもしれない。
「ファーストは心が濁っているからな」
「そうかもしれない。
だが純粋に馬鹿とも言える」
ブリッツとシュトゥルムは酷い言い様だった。
「お前は大人しくしているんだぞ?
これまでの事を考えるに無理かもしれんがな」
女メガネはいつも忠告ばかりだが……もう諦めているのかもしれない。
「さぁ、先を急ぎましょう。
特に入出国の見張りなどは居ないようですが壁を越えてもすぐに街はありません」
結構おおらかな国なのかもしれない。
俺達は割と気楽にその地へと足を踏み入れていた。