第百二十六話 邪な聖なるモノ6
シャルの実家に泊まる事になった訳だが、すぐに寝るという訳でも無い。
その日の夕食をシャルの家族達と依頼を受ける五人全員で取る事になった。
「シャルの兄でレルムです。
いつもシャルがお世話になっているようですが……」
レルムは何かが気になっていた様だ。
「……先程からずっと気になっていたのです。
そのお揃いの制服はなんでしょうか?
シャルはもう卒業したはずなのになぜそんな物を着ているのでしょう?」
まぁ、そりゃ気になるよな。
「少し学生の気分に戻りたかっただけよ。
気にしないで」
「シャルがそう言うならそう言う事で良いよ。
……でもあまり変な事はしないようにね?」
……なんて勘の鋭い奴だ。
「国に関わる事なので詳しくは説明できません。
シャル君が言う様にあまりお気になさらない様にして頂きたい。
……他言も無用にお願いします」
「大丈夫。
僕は友達が居ないからね!」
……それは大丈夫なのだろうか。
「駄目兄さんだけど馬鹿では無いわ。
その辺は大丈夫なはずよ。
……それよりも紹介がまだだったわね。
ベアイレ先生、ブリッツ、シュトゥルム、ブリレよ」
シャルは順に屋敷へと招いた者達を紹介していた。
「それでどの方がシャルの良い人なんだい?
まさか女性のブリレさんではないだろうね?」
現実は時に予想もしない事が起きる。
……説明は出来ないが。
「どの殿方も駄目兄さんよりは素敵な方よ。
そんな事よりも駄目兄さんの良い人を紹介して欲しかったわ」
「僕に優しくしてくれる女性なんてクラハだけだよ」
「レルム兄様はちょっと駄目なだけで悪い人では無いんです!
ぜひどなたか良い人を紹介してあげて下さい!」
「クラハ、俺に任せろ!
レルム……猫とゴーレムならどっちが良い?」
勢いに任せて言ってしまったが普通の女性を紹介する気にはなれなかった。
「……それ人じゃないからね。
気持ちだけ受け取っておくよ。
まずはブリレさんを紹介して欲しかったんだがね」
「わ、私には心に決めた人がもう居る!」
女メガネは社交辞令だと言う事が分かっていないのだろうか。
「……確かレルム殿には何人も縁談の話が持ち上がっていた様な?」
ベアイレ先生は何か知っている様だ。
「……そんな事もあったかな?」
レルムはそれにとぼけて見せていた。
俺はここで気づいてしまった。
シャルはアインツでは有名になっている。
もう知っている者は多いと言う事だ。
そのシャルの家族と縁を結びたいと言う者は多いのかもしれない。
「言ったでしょ? 駄目でも馬鹿では無いって。
簡単に取り込まれるような人では無いわ。
……もし取り込まれたら見捨てるけど」
「ははは!
僕は周りに迷惑はかけないよ。
……助けもしないけどね!」
似ている所もあるのかもしれない。
俺はそんな事を思っていた。
「話を振っておいてこんな事を言うのもおかしいかも知れませんが、料理が冷めてしまいます。
どうぞお食べになって下さい」
クラハの言葉で食事は始まった。
普通はレルムが気にする事だろうに。
「ドラゴン君も同じ料理を食べるんだね。
シャルは食費が大変そうだ」
「駄目兄さんより食費は掛からないわよ」
「僕をペットか何かと勘違いしていないかい?
まぁ良いけどね。
ドラゴン君は野菜を食べるのかい?
あんまり野菜を食べないから肌の色が悪いのだよ。
僕の分も上げるから食べない?」
「レルム兄さま! 好き嫌いをしてはいけません!」
レルムはいい歳して何してんだ。
どこまでもおどけた態度だったがほんの少しだけレルムと言う人物が分かった気がした。
◇◇◇
食事が終わり皆が部屋に戻った。
後は休むだけなのだが、シャルの部屋には来訪者が訪れていた。
だがシャルに会いに来た訳では無く、俺に会いに来ていた。
「ファースト、頼みがあるんだが……」
「なんだ?
ブリッツが頼みとは珍しいな。
従魔にはならないぞ?」
「それはもう良いよ。
……クラハさんに謝りたいんだ」
そう言えば少しだけ失礼な事を言っていたかもしれないな。
「クラハはそんな事もう気にしていないさ」
シャルと違ってな。
「……私は気にしているわよ?」
それを口に出してしまうのがシャルだった。
「シャルさんには本当に申し訳ないと思っています。
でもそれだけの力を持っているのです。
仕方のない事でしょう?」
「ブリッツはもう私よりも強いのに何を言っているの?
それにそう言う事では無く、女性に対する接し方の問題でしょう」
「そんな事を言っているようではまた同じ事をやりそうだな」
「……本当にすいません」
ブリッツも悪気はないのだろう。
まぁ、あまり苛める事もないか。
「それで俺は一緒に付いて行ってやれば良いのか?
行くなら速く行こう。
あんまり遅い時間だとそれはそれでまた失礼に当たるからな」
「有難う、頼むよ!」
ブリッツの顔は少しだけ笑顔を取り戻していた。
「……ブリッツ」
「シャルさん? 何でしょうか?」
シャルは真剣な表情だ。
まだ何か言い足りなかったのか。
「クラハに手を出したら許さないわよ?」
「そ、そんな気持ちはありません!」
ブリッツはこう言っているが……気にはなっているだろうな。
歳も同じくらいだし、クラハはシャルに似て? とても可愛いからな。
俺とブリッツはクラハの部屋へと行く事になる。
そこには先客が待っていた。
◇◇◇
「シュトゥルム、お前は見かけによらず手が早いな。
最後に言い残す事は何かあるか?」
俺は既にクラハの部屋に来ていたシュトゥルムを睨んでいた。
「そうだな。
ブリッツは失礼な奴かもしれないが良い奴だよ。
俺の言いたい事はそれだけさ。
クラハさんには分かって貰えると思う」
シュトゥルムはやはりどこか変わっていた。
そしてどうやらブリッツの代わりにクラハに謝っていた様だ。
もしかして良い奴なのか?
いやそれを口実にクラハに会いに来ただけかもしれない。
「もう十分に分かりました。
ずっとブリッツさんの良い所ばかり話されるのですから」
……俺の心は汚れているのかもしれない。
「俺はこの辺で失礼するよ。
ブリッツ、ちゃんと謝るんだぞ?」
「言われなくても分かってる!」
そう言ってシュトゥルムは部屋を出て行った。
「……良いお友達を沢山お持ちのようですが、あまり意気地が無い方は好きではありませんよ?」
俺が一緒に来たのは逆効果だったか?
「いや、俺が心配だったから付いて来たんだよ!
俺のクラハに手を出されるのは嫌だったからな!」
「何度も言いますが私はファーストさんの物ではありません……」
「ファースト、大丈夫だから二人っきりにしてくれないか?」
「分かったよ!
でも変な事はするなよ?
絶対だからな!
絶対だぞ!」
俺はくどいくらいに言って部屋を出る。
……そこではシャルとシュトゥルムが聞き耳を立てていた。
「……何してんだよ」
「私のクラハが気になって」
「俺はブリッツが気になって」
お前らちょっと馬鹿だろ?
……俺も一緒に聞き耳を立てるけどな。
「改めて謝りたくて来たんだ。
本当にすいませんでした。
クラハさんの事を何も考えずに発言した事を本当に公開しています」
ブリッツは深々と頭を下げていた。
ドラゴンの感覚を持ってすれば扉越しでもそれくらいは簡単に分かった。
「もう気にしていません。
それに慣れていますから。
いつもシャル姉さまとは比べられるのです。
……面と向かって言われたのは初めてでしたけど」
「……すいません」
「本当にもう良いのです。
それにいつも陰口ばかりでしたから、面と向かって言って欲しかったくらいです。
予想以上に腹が立ちましたけどね」
「本当にすいません!」
「ブリッツさんは謝ってばかり。
でもそれが本心な事は分かります。
最近、私に近づく人は皆が嘘ばかりなのです。
嘘偽り無く話して下さって少しだけ嬉しかったのですよ?」
クラハのブリッツに対する態度は初めから少し変だった。
クラハは多少失礼なくらいでは初対面の人に怒るような事はまずしないからな。
「俺は嘘が苦手ですぐに本心を言ってしまいます。
それが良い事なら問題はないのですが悪い事の方が多い。
そんな時、シュトゥルムにはいつも助けて貰っています」
「良いお友達ですね。
私にはそう言った方がいませんので羨ましく思います」
……これは俺のせいでもあるのかもしれない。
居ないのでは無く、作れなかったのだ。
クラハは下手な関係を築いてしまうと迷惑を掛けると思ったのだろう。
兄のレルムと同じ様に考えて。
「でしたら俺がその友達になりましょう!」
「ふふふ! シュトゥルムさんと同じ事を言うのですね」
クラハの部屋の前ではシュトゥルムがシャルにボコボコにされていた。
……理不尽だが俺も一緒にペシペシやっているので何も言えない。
「あいつは抜け駆けしやがって……」
「……抜け駆け?」
「な、何でもありません!」
クラハの部屋から出た瞬間、ブリッツもシュトゥルムと同じ目に遭う事は決定した。
「それにあの……シュトゥルムさんはブリッツさんとその……付き合って欲しいと進められました……」
俺はマジックボックスからドラゴンスレイヤーを取り出していた。
シャルはそれをテレパシーも無しの無言で受け取る。
阿吽の呼吸と言う奴だろう。
シュトゥルムの命はもう風前の灯火だった。
「あ、あの馬鹿は何を言っているんでしょうね!
でもクラハさんの様な方なら是非にとお願いしたいくらいですね!」
「あ、会ったばかりでその様な事を言われても困ります!」
「す、すいません!」
ん? なんか記憶の片隅に同じ様な事があったような……。
「でも貴方で二人目です。
会っていきなりそんな事を言われたのは」
「だ、誰です! その様な不届き者は!」
ブリッツ、それは自分が不届き者だと言っているのだぞ。
「ファーストさんです。
いきなり求愛をされました。
酷いんですよ? 怯える私にいきなり……」
「求愛!?
モンスターの求愛って……!?
あのドラゴン何を考えてやがる!!!
いくら親友とは言え、許せない事もある!」
ブリッツはクラハの部屋を飛び出していた。
そしてすぐに俺を見つける。
……部屋の前に居たしな。
「ファースト……決闘だ!
クラハさんを辱めた罪、万死に値する!」
「いや、何の事だか思い当たる事はあるんだけど、いやそうじゃ無くて……」
慌てふためく俺を無視してブリッツは話を進める。
「シャルさん、その手に持つ武器をお貸しください。
たとえ貴方の使い魔といえど倒さねばならぬのです!」
「良いけど使用料は高いわよ?」
「有難う御座います!」
「シャル、それは洒落にならないから!」
ブリッツは俺を倒すための武器を手に入れていた。
そこからは血みどろの戦いが……始まらなかった。
「ブリッツさん、落ち着いてください!
手をちょっと舐められただけですから!
ペロペロって!」
「……ファースト、本当にそれだけか?」
「ああ、本当だ。
怯えていたクラハの緊張をほぐした程度だ」
ブリッツは正気を取り戻していた。
「……シャルさん、武器を有難う御座います」
「もう良いの?
ちょっとくらいならファーストを斬っても良いわよ」
「駄目だから!」
まったくシャルは何を考えているんだ。
ビビる俺を無視してブリッツはクラハに近づく。
「今回は何事も無かったようですが、もし何かあれば俺は何時でも力になります」
「……はい」
そしてブリッツはクラハの手を取り、その甲に口づけをした。
……お前も同じ事するのかよ!
クラハは俺の時? とは違いうっとりとした表情をしていた。
この差は何だよ!
「……ブリッツ、覚悟は出来ているわね?」
「な、何のでしょうか?」
「俺がクラハにした時は……歯を食いしばるんだな」
これはきっと愛の鞭? に近いのかもしれない。
ブリッツはシュトゥルムと同じ事になる。
シュトゥルムはと言うと……。
「俺が一体何をしたと言うんだ……」
……辛うじて生きている様だ。
そしてブリッツも理不尽な暴力を受けていた。
「……ふぅ。
後は武器の使用料ね。
いくら取ろうかしら?」
「えっ、取るの?」
ブリッツは手を出してはいけない者に近づいたのかもしれない。
「私もレルム兄さんの様に良い人とは会えないのかな……」
クラハには強力な守護者が付いている。
その者は神の洗礼を受けた聖なる者。
ただ聖なる者と言うには少しだけ邪な者だった。