第百二十五話 邪な聖なるモノ5
目的地のベンア竜帝国にはすぐには向かわない。
まずは教師一名と生徒四名で行動し、それと無く? 情報を流す必要がある。
そしてベンアの隣国インツェンで丁度その機会がありそうだった。
「インツェンで行われる行事に誰でも参加できる競走試合がある。
それは国を挙げての催し物だ。
これに参加して優秀な記録を狙おうと思う」
女メガネはどこからかそんな情報を手に入れてきていた。
「インツェンと言うと北東の国ですね。
アフュンフの更に北になる訳ですが問題ないでしょう。
アフュンフはもうありませんし、なるべく東寄りを進めばライフィーからも遠いですからね」
ベアイレ先生が補足する。
神速とは今は呼ばない事にしている。
少しでも成り済ます為に今回の依頼中はそう言う事にした。
またこの五人での行動になれる為に道中は全員一緒に行動する。
空からの移動はなるべくしない事になるだろう。
「それでどんな競争試合なのでしょう?
俺はそれなりに足には自信がありますが……」
ブリッツは出場するつもりの様だ。
「決められた区間を移動する時間で競うだけだ。
その移動方法は問われない。
魔術で移動しても良いし……使い魔や従魔を使用しても良い」
「それは俺では難しいかな?
……ファーストの出番だな!」
「任せろ! 楽勝で一位をとってやるぜ!」
なんというか丁度良い行事があったものだ。
「まだ開催日までは日がある。
道中は皆で移動し、少しでも五人での行動に慣れる様にするべきだろう」
さしあたっての目的は分かっていた。
「ここからは教師役である私が仕切りましょうか。
これから皆さんは私の生徒です。
そのつもりで行動するようお願いします」
「「「はい!」」」
皆は結構乗り気だった。
「では各自準備をして下さい。
出発は三日後、移動期間は十日、目的地はインツェンです。
道中は馬車での移動になりますが、荷物は最低限にして下さい。
持ち物検査をしますのでそのつもりで!」
「女メガネ、お菓子は五百ギルまでだぞ?」
「何を言っている?
期間は十日だぞ。
五千ギルまでは許されるはずだ」
持って行くつもりだったのかよ!
ちなみに嗜好品であるお菓子などはちょっと高い。
「ブリレって子供っぽい所があるんだな」
「完璧に生徒になりきっているのだろう」
ブリッツとシュトゥルムはブリレを同級生として扱う様に言われていた。
「……四千五百ギルにする」
女メガネはどこかずれていた。
「私はファーストのマジックボックスに入れたい放題だけどね」
「シャル、それは狡いぞ!」
「ブリレ君、落ち着きなさい。
……こんなに手のかかる生徒は久しぶりだ」
出発前からこれだ。
……どこまでが演技なのか聞いてはいけない。
◇◇◇
道中は馬車に揺られながら何事も無く進む。
ただ少しだけ寄り道をする事になっていた。
「シャルの実家ですか?」
ブリッツの問いにシャルは答える。
「ええ、丁度元アフュンフとの国境近くにあるの。
今夜は私の家に泊まると良いわ」
シャルの実家に帰るのは久しぶりだった。
屋敷は少し見ない間に立派になっていた。
増えた領地の経営は順調なのかもしれないな。
「お姉さま!
いつ帰って来て下さるかと待ち遠しかったの!」
「クラハ、ただいま。
また少し大きくなったわね」
「もぅ、子ども扱いは止めて下さい!」
クラハは成長していた。
姉妹と言う事もあってか、ほんの少しだけ若いシャルの様だ。
あえていうなら「きれいなシャル」だ。
シャルから恐怖と狂気を引いたらこうなるのだろうか。
「まるでシャルさんが二人いるみたいだね。
でも強者の雰囲気は感じないかな?」
ブリッツはシャルから剣術を学んだだけの事はある。
俺と同じ様な事を感じ取っていた。
「この方は?
私は魔術師ではありませんが……」
「おいおい、ブリッツ!
俺のクラハに何をいってくれちゃってるの?」
「す、すいません!
シャルさんの妹と聞いていたので、どんな豪傑が現れるのかと……」
それは地雷を踏んだと言う奴だろうか。
「ブリッツ……私の事をどう思っているのかしら?」
「シャルさんもすいません!」
一瞬にして場が凍り付く。
この恐怖こそがシャルのシャルたるゆえんだろうか。
「ブリッツは思った事をすぐ口にするからな」
「まだ学生と言っても紳士として振る舞わねばなりませんよ」
シュトゥルムとベアイレ先生はきちんと弁えていた。
……女メガネはブリッツと同じ事を考えていたのか少しだけ気まずそうだ。
「ファーストさん、お久しぶりです。
……初めての方もいらっしゃる様なので少し遅れましたが自己紹介をさせて頂きます。
シャルの妹でクラハです。
今日は当家でごゆるりとお休みください」
クラハは礼儀正しく一礼して俺達を屋敷へと招く。
屋敷の中には使用人が何人もおり、それぞれ個別に部屋へと案内してくれた。
俺とシャルはクラハに連れられてシャルの部屋へと案内される。
元々シャルの部屋だから案内の必要は別に無いけどな。
部屋の中に入るとクラハはシャルに抱き付いていた。
「本当にお久しぶりです。
お姉さまの噂はいつも驚く事ばかりでとても心配だったんですから!」
「心配掛けたわね。
でも私にはファーストがついている。
何も心配する事は無いのよ?」
「その通り!
シャルにはずっと俺がついている。
それよりも俺のクラハにどこぞの馬の骨とも分からん男が言い寄って来ないかとこっちが心配したくらいだ」
「先程も思いましたが私はファーストさんの物ではありませんよ?」
「そうよ、ファースト。
クラハは私の物なんだから!」
「……お姉さまの物でもありません」
クラハは変わっていなかった。
まずは一安心と言った所か。
「シャル? 帰ったと聞いたが入っても良いだろうか?」
そこへシャルの部屋に訪問者がやってきた。
「ええ、どうぞ」
「失礼するよ。
ああ、シャル! 久しぶりだね。
覚えているだろうか?
僕だ、レルムだよ!」
その訪問者はシャルより少し年上の男だった。
なんというか優男と言った感じか。
「勿論です。
……駄目な方の兄さん」
「……その呼び方変わらないね」
「お姉さま!
レルム兄さまをその様に呼んではいけません。
本当の事ほど本人を傷つけるのですよ!」
……クラハも大概だと思う。
シャルには二人の兄がいる。
レルムは次男で長男とは違い……色々と駄目な方らしい。
「十年ぶりくらいだろうか?
あのころの可愛らしさはどこからも感じられない。
……でも美しい女性になったね」
「それは褒めらているのかしら?
……私の事よりも駄目兄さんは今は何を?
少し前はアフュンフとの戦争に参加していたと思いますが……」
「今は気楽に領地経営さ。
元々のフルスの領地は僕が、新しく増えた領地は兄が継ぐ事になったからね」
「フルスの地は駄目兄さんの代で終わりになるのですね」
シャルはまったくレルムの事を信頼していなかった。
「大丈夫だよ。
兄さんが何とかするから!」
本当に駄目な奴らしいな。
俺は正直、名前くらいしかレルムの事を知らないからな。
「父と母、あと兄さんも新しい領地で頑張っているよ。
僕は悠々自適な隠居生活さ!」
歳はシャルより一、二歳上だったと思うがもう隠居かよ。
「ああ、これが使い魔のドラゴンだね?
最悪こいつを売ればどうとでもなるさ!」
「お前はすぐにでもライフィーに送ってやるよ。
国のお偉いさんに知り合いは多いからな」
俺は少しだけ腹が立っていた。
「ははは!
父と同じような事を言うね。
きっと君が何もしなくてもそうなるから心配しなくて良いよ?」
「ファーストは駄目兄さんと会うのは初めてだったわね。
この人とまともに話す意味は無いわ。
駄目な兄さんだけど実害は何も無いから無視するのが得策ね」
「僕は妹に無視すると言われて傷ついたよ!」
「駄目兄さんはいつも陽気な所だけが取り柄でしょう?」
「まぁ、そうなんだけどね。
今日はシャルに会えていつも以上に気分が良いね。
ドラゴンも僕をそう睨まないで。
さっきのは冗談だから!
お詫びにシャルでもクラハでも好きな方をあげるから許して欲しいな」
「……両方欲しいんだけど?」
「ははは!
良いよ良いよ!
両方ともあげるよ!」
「お前、結構良い奴だな!」
俺は本気でそう思っていた。
「駄目な者はここにも居たようね……」
「私はやっぱり物なのでしょうか……」
姉妹の呆れた声が響いていた。