第百二十四話 邪な聖なるモノ4
次の日、会議は夜からなので俺とシャルは学園を回る事にした。
会いたい人物が居るからだ。
「マルメラ! それにレーレン先生もお久しぶりです」
「おひさー! 二人はまじで変わらねーな!」
同級生のマルメラと神速の後に俺達の担任を務めてくれたレーレン先生に俺とシャルは声を掛けていた。
「ファーストも……変わらない……。
シャルは……大人びた感じになった……」
ショコラは話し方が変わっていたがマルメラは前のままだ。
「シャル君、それにドラゴン君も久しぶりですね。
君達の噂はこんな所まで届いていますよ。
優秀な人物に育ってくれて先生としては誇らしいですよ」
レーレン先生は外見が全く変わっていなかった。
以前は神速とレーレン先生が同じくらいの年に見えた。
だが今はレーレン先生の方が神速より年下に見える。
……マルメラの怪しげなジャムの効果だろうか?
「マルメラは学園でジャム、薬の研究をしているの?」
「そう……あと少し……」
研究は着々と進んでいる様だ。
「出来れば君達もどうですか?
……私の身が持ちません」
レーレン先生は実験体になっているのだろう。
「手の伸びる……ジャムが……」
「……遠慮するわ」
「……俺もやめとく」
先生には悪いが俺とシャルはすぐにこの場を去った。
……名残惜しいが仕方のない事だろう。
◇◇◇
その後は迷宮に少しだけ入った。
本当に入口に入るだけですぐに出る。
たったこれだけの事でも俺の両親には伝わるはずだ。
……今度の復活祭では一度帰る事も考えておくか。
「これはこれは! シャル様ではありませんか!」
「ドラゴン様もいらっしゃるようで!」
怪しげな二人組の商人が迷宮から出て来た俺とシャルを目敏く見つけ近づいて来た。
フォーゲル商会のキューケンとオイルだ。
「少し懐かしくて迷宮に入っただけよ」
「お前らに売る物はねーよ!」
俺とシャルは少し突き放した感じで話していた。
竜素材を売った後、凄い剣幕で言い寄って来た時の事を俺達は忘れない。
……悪いのは俺達だけど。
「頭取から相手をよく見て商売をするようきつく言われています」
「どの様な儲け話でもシャル様にはする事が出来ません」
どうもアードラーに色々言われている様だった。
「そう……せっかく良い武器が沢山あったのだけど」
「魔石もいっぱいあるんだけど他を当たろうか」
少しだけ意地悪をして別れる事になった。
二人の物欲しそうな顔が忘れられない。
だがアードラーの指示を無視しなかった事だけは褒めてやろう。
……また死ぬ気で働く事が出来たのにな。
◇◇◇
夜になり、また昨日と同じ様に会議が開かれる事になった。
「昨晩は良く休めただろうか?
たった一日では何も思いつかないだろう。
今日はベンアについて昨日の説明の補足をしようと思うが……」
女メガネはまた長いだけの話をしようとしていた。
だがそれはもう飽きた。
それにたった一日でも思い付く時は思い付く物だ。
「その話はもう良いわ。
……私の使い魔が交渉方法の案、作戦を説明するから」
「ドラゴンに人間の世界の事が分かるのか?」
「まだ問題のある物かもしれないが、そこは女メガネが頑張ってくれ」
「何を頑張るかも分からないが、まずは話を聞こうか」
まだ完璧とは言えない内容かもしれない。
俺とシャルだけでは全てを決めかねていた。
そこは女メガネが補足してくれる事だろう。
「ベンアには飛竜を借り受けれるよう交渉する。
その内容は雌を一匹譲って欲しいと言う物だ。
……繁殖用に借り受けると言う事になる」
俺? にとっては全く持って受け入れがたい内容だった。
「……続けろ」
女メガネはその考えに興味を持った様だ。
「借り受ける期間は長ければ長い程良い。
出来れば新しい子供、飛竜の子孫が生まれるまでとしたい所だな。
その生まれた子供がアインツの物と言う事になる。
ベンアに払う対価は金か価値ある物か、なるべくベンアの希望に沿う物と言う事になるか」
「生まれた飛竜の子供を従魔とする訳か。
幼少より育てればそれも容易かもしれないな。
それにベンアは飛竜を失う訳でも無い」
「団長の飛竜は雄だったよな?
言っておくが俺は絶対に相手しないからな?」
これは重要な事だった。
本当に……重要な事だ。
俺はパンダじゃない。
「……お前のような奴が増えて貰っては困る。
その様な事にはならないとアインツからは約束して貰えるはずだ」
それに俺の問題だけでも無い。
「対価の問題もある。
あまりしたくない事だが飛竜を借り受ける期間、代わりに俺がベンアに居れば良い」
これでベンアは飛竜が居なくなる期間も無くなる。
「……面白い。
これなら交渉は上手く行くかもしれん」
女メガネはもうこれで決まりだと言わんばかりの表情だった。
「……ここまでが第一案だ。
次は上手く行かなかった時の第二案を説明する」
「……まだあるのか?」
不安材料はある。
たとえ代わりの飛竜と交換の様な物とは言え、団長のせいで断られる可能性は十分あった。
むしろ借りられっぱなしと言うか、奪われた飛竜の代わりに逆に俺が囚われる可能性がある。
その為の第二案だった。
「もし交渉が上手く行かなった場合、ブリッツが飛竜を無理矢理に使役するしかない。
拘束具を使うのか、主人として認めさせるのかは其方で決めてくれ」
「……その準備は出来ている。
主人として認められるのが一番だが、特注の拘束具も準備はしてある。
団長の飛竜を参考に作られているのでその強度に問題は無い」
それくらいの準備はさすがにしてあったか。
「どちらにしてもブリッツをベンアに連れて行く事は必要だろう。
そしてその為にはブリッツを目立たせるわけにはいかない。
フェーブスの名は完全に伏せるべきだろう」
「そのつもりだがベンアがどこまで情報を持っているかは分からない。
ただ未成年の魔術師一人一人を確認しているとは思えない」
いくら有名人の息子とは言え、他国のそんな人物までは普通は重要視しないだろう。
それにこの世界には写真の様な物はない。
俺が知らないだけであるのかもしれないが、そんな物が一般人にまで浸透しているとは思えない。
ベンアに入っただけではブリッツの事は気付かれないだろう。
「だが今のままでは目立ってしまう。
騎士団員三名になぜか学園の生徒が二名。
誰に注目するかと言えば……生徒二名の方だろう。
むしろ怪しすぎて全員を念入りに調べられる事になるだろうな」
「人員の変更は難しいぞ?」
「ならば……身分を偽るしかないな」
第二案の核心はここからだ。
「学園の教師一人と生徒四人。
そして生徒の内の一人が飛竜を使い魔としているとしたら誰に注目するだろうな?」
今までは目立たない様にしてきた。
だがそれはもう終わりにすると決めていた。
……シャルを目立たせる事。
それが第二案だった。
「私の事はベンアは知っているのかしら?
知っていたとしても問題ないわ。
私が生徒になりすましているとしたら、それは私自身を隠そうとしていると考えるはずよね?」
「それは……そうだろうな」
ベンアがどこまで何を知っているのか。
それを調べる事も出来るという訳だ。
俺の提案に皆は納得している様だった。
そこに神速が補足を付け加える。
「いきなり生徒だと言っても信じないかもしれない。
まずは今言った条件で、少し周りの国で目立つ行動をしてみてはどうだろうか?
アインツとベンアは国を二つほど挟んでいる。
せめてベンアの隣国で何か行動を起こしてみるのが良いかもしれない。
此方からただ教えるのではなく、相手が調べてからの方が騙しやすいだろう」
神速の提案は今まで諜報活動をしていた経験からの物だろうか。
「俺はずっと父上の飛竜を見てきた。
従魔については任せて欲しい。
拘束具の必要もないくらいに従えて見せる」
ブリッツは自信満々に言いきっていた。
「学園ではずっとブリッツと組んでいた。
その力になるのに、俺以上の適任はいない」
シュトゥルムも不安は無いようだ。
「どうやらお前の案で行く事になりそうだな。
少し準備や調べる事が出来たが、それ程時間はかからないだろう」
女メガネは俺の作戦で行くと決めたようだ。
だがまだ問題もある。
「最後に……女メガネが問題だ」
「……私では力不足だと言いたいのか!」
昨日はメガネに無理無理いってたくせに。
……メガネに甘えたかっただけとか言うなよ?
まぁそれは良い。
問題はそんな事では無いのだ。
「教師一人に生徒四人。
教師は神速で問題ないだろう。
元教師だしな。
問題は生徒だ。
シャルは十分いけるが……女メガネ、お前はどうだ?」
シャルについては昨日十分に確認した。
確認しなくて良い事まで十分に。
「き、きさま! 侮辱するにも程があるぞ!」
女メガネは顔を真っ赤にしていた。
「ブリレは……発言は控える事にします」
「ファーストは酷いな……いやなんでもない」
「ブリレさんに何の問題が? 」
神速とブリッツは気付いたようだ。
シュトゥルムは何も気付いていない。
「ブリレ、元気出して。
……二十年くらい留年したって事にすれば良いだけだから」
「私はそんな歳では無い!!!」
シャルは止めを刺していた。
精神年齢はシャルの方が上になるだろうに大人げない。
多少問題? はあるかもしれないが作戦は決まった。
そして誰もあえて言わなかったのかもしれないが完全に失敗した時の事を忘れてはいない。
ただ逃げるだけだがな。
シャルと……もう一人くらいなら乗せて飛べる。
その優先順位を決めると言う事を。
多分、女メガネを乗せる事になる。
他の男達は後回しになるだろうな。
こいつらは女性より先に逃げる奴らでは無いからな。
そして最後はきっと……神速が残る。
学園の思い出には嫌な記憶もある。
俺は神速を残して敵から逃げた事を思い出していた。
あの時は魔法がまだ上手く扱えなかった。
そんな事はもう御免だ。
使うなと言われているが今なら転移の魔法を使う事が出来る。
たとえどんなに難しい事でも俺は何も心配していなかった。
『……ファーストも飛竜が欲しい?』
『俺には必要ないよ』
だがシャルには心配事があるようだった。
『私では満足させてあげられない。
でも飛竜なら……』
『そんな事は無い! シャルは気にしすぎだよ』
俺は擬似的な行為は出来るが種を残す事は出来ない。
……言いにくい事だが絶頂を迎えないからだ。
シャルが言っているのはそう言う事だろう。
『それなら……良いけど……』
『俺はシャルに隠し事はしないよ』
『感覚共有を切られた事があったわ』
シャルは本当に痛い所を突いてくる。
『……もうしない。約束する』
『今は信じてあげる。
……でも私の事になるとファーストはすぐ約束を破るからなぁ』
『もう本当に絶対しないから!』
俺の心配事はいつもシャルの事だった。
そしてそれは大抵……魔法では解決しない。
ドラゴンと言えど万能では無い。
今は人間と同じ、謝る事しか出来なかった。
『ごめんなさい!』
得られる物も同じ物。
『もぅ……本当に隠し事は無しだからね?』
この気持ちだけは変わらない。