第百二十一話 邪な聖なるモノ1
五章は雰囲気を少しだけ変えようと思います。
新キャラだけで無く、過去のキャラも登場します。
少しでも面白くなるよう頑張ります!
「シャルちゃん、竜の炎で煮込んだスープを大盛りでお願い!」
「トレーネ、分かったわ!」
「シャルちゃん、竜の出し汁を二つお願い!」
「ツェーレも了解よ!
……変わったのを頼むわね」
今日もお店は繁盛していた。
ある事件がきっかけでお店は有名店へと変貌した。
アインツ王国の各地で同時に起きた暴動。
その時に起きた現象から天罰の日と呼ばれているその事件からだ。
ファーストインパクトと呼ぶ者もいるがそれは極々身内の者だけだ。
……俺が引き起こした事でもあるしな。
まぁ、その事件によってお店は倒壊してしまった。
だがそんな時こそ、自分達より困っている人々に無料で料理を配った。
それがきっかけで今では毎日が大繁盛だった。
前は宿もしていたが、料理一本に絞った事も良かったのかもしれない。
「お待たせしましたー!」
「モルトちゃん、ありがとね」
天罰の日、モルトは瀕死の重傷を負った。
あれから一年以上が経ち、モルトはすっかり回復してお店を手伝っていた。
「ファースト! 火力が弱いわよ!」
「はひ!」
俺は万年皿洗いから脱出し、料理長補佐の地位を獲得していた。
「ファースト! 鍋から出ないで!
出し汁が取れないでしょう!」
……食材である事はまだ脱していない。
「おやおや、忙しそうだね。
私も何か手伝おうか?」
「女将さんはフェルカーを見ていないと駄目ですから!」
「そうですよ! 赤ちゃんは大切にしないと!」
トレーネとツェーレが女将さんを止めていた。
宿を止めた理由は色々あった。
女将さんが子供を出産する為、しばらく手が回らないと言う理由が。
「ばぶー!」
可愛い女の子の赤ちゃん、フェルカーは今日も元気だ。
「ちょっと、フェルカー!
厨房に入っちゃ駄目でしょう!
もう、女将さんがちゃんと見ていないから!」
「悪かったね!」
……厨房にさえ入って来なければ何の心配も無い。
「……見た事も無いパパの事が分かるのかねぇ」
フェルカーがいつも忍び込んでくる場所は厨房で前の料理長が居た場所だった。
女将さんの旦那さん、フランメは天罰の日に亡くなっている。
「このお店に男は居ないからな。
シャルの事をパパと勘違いして……」
俺はシャルに尻尾を掴まれて持ち上げられていた。
まるでこれから捌かれる様に。
「男らしくないドラゴンなら居るでしょう?」
「ド、ドラゴンをパパとは思わないだろう?」
「そうね、ペットか……食材としか思わないわよね!」
シャルの包丁が俺を襲う。
そんな物で俺は傷つかない。
だが刃物が迫ってくる事にはどうしても恐怖してしまう。
そして刃物が俺の体に接触し……俺は斬り裂かれた。
「……血が出てるんだけど」
「これマジックアイテムだから。
試作品を貰ったんだけど中々強力ね」
「お、俺が悪かった。
殺さないでくれ!!!」
お店は今日も平和だった。
ただいつも危険と隣り合わせである事を忘れてはいけない。
◇◇◇
俺とシャルは王城へと来ていた。
その道すがら見慣れた顔を見つけたので俺はついでに文句を言って置く事にした。
「モーン、てめぇはシャルに変なもん渡すんじゃねーよ!」
「あ、効果はどうでした?
その様子だと良い成果が出たみたいですね」
「ええ、とても強力な物だったわ」
モーンはアインツ王国の技術開発部門に所属している魔術師だ。
着々と成果を上げて居る為、若くして結構高い地位を得ているらしい。
「お前はいっつも俺を傷付ける武器ばかり作ってないか?」
「いや、だってそれが国の命令ですから!」
前回はモンスターを追尾する魔力弾を開発していた。
王都襲撃時に大活躍だったが、あれは対ドラゴン用の秘密兵器だった。
「……モーン君。
その事は極秘事項だと思いますが?」
アインツ王国騎士団副団長メガネ……では無くアイゼン。
いつも事あるごとにメガネをクイクイする。
今もしているが、これは非常に効果的だ。
……相手を威嚇するのに。
またどこからともなく現れ、背後に立っている事がある嫌な奴だ。
「モーンは、ど……友達だから。
嘘や隠し事をしないのよ」
「シャルさん今、奴隷って言おうとしませんでしたか?」
本人の前でははっきりと言わないくらいの配慮はあった。
「君は騎士団に誘われているはずです。
もし騎士団に入ったのならその様な公私混同は許されませんよ」
「ぼ、僕は技術開発が好きなので騎士団に入る事は無いと思います。
ああ、そうだ!
実験の時間が迫っていますので、これで失礼します!」
モーンはこの場を逃げ出していた。
……たぶん、シャルに近づきたくないから誘いを断っているのだろう。
「君達に友人は居ないのですか……」
メガネは呆れていた。
「何言ってるのよ。
今からその友人に会いに行くのでしょう?」
「友人と呼ぶのは止めなさい。
今はもうそう言うお立場では無いのですから」
「でもたぶん、本人もそう言うと思うけどな」
俺とシャルは謁見する為に王城へと来ていた。
◇◇◇
周りには兵士達が立ち並んでいる。
広い部屋には格式を重んじた荘厳な装飾。
そこには少しだけ階段があり、その先には王の為の椅子が用意されている。
その椅子には俺達の友達が座っていた。
いつもなら出迎えに出る様な奴だったが、今は出来ないのだろう。
まずはメガネが俺達を紹介していた。
「陛下!
シャル・フルスとその使い魔を連れてまいりました」
メガネは完璧な礼儀作法で陛下に頭を垂れていた。
「……ご苦労様。
今回は頼み事があって来てもらった。
まずは顔を見せてほしい」
「はい……陛下」
俺とシャルは陛下の前へと歩み寄る。
シャルもまた礼儀作法に問題は無かった。
そのシャルに陛下は近づいてきたが……ちょっと不自然だった。
まだ慣れていないからだろうな。
それに所々、間違った作法もある。
「久しぶりだね、シャル。
友人同士なんだ、こう言う堅苦しい事はもうやめないかい?」
「偉くなったわね、キルシュ。
確かに堅苦しいのはごめんだわ」
「おいおい、シャルに話しかけるならまず俺に許可を取ってからにして貰おうか!」
「……ファーストは相変わらず変に偉そうだね」
「そう言う事はまともな礼儀作法を身に付けてから言って貰おうか」
しばらく会っていなかった、がキルシュはキルシュのままだった。
たとえ国王という地位になったとしても変わらない。
「こんな作法は学校では習わない事だったしね」
「これだからお坊ちゃんは!
俺は試験問題に出たからな、甘えんなよ!」
「……ファーストはどこの学校に行っていたんだっけ?」
「お前と同じだから!」
「……男同士っていつもこうなの?」
シャルにも呆れられてしまった。
……メガネはもうとっくに呆れかえってしまい言葉も無いようだ。
「本当はこの場にショコラも呼びたかったんだけど一応公の場は避けて貰っている。
後で会うと良いよ。
ショコラも君達に会いたがっていたし」
キルシュと同じでショコラもこの王城にいる様だ。
勿論、後で会いに行く。
「ああ、もっと話して居たいがそこのメガネが睨んでいるからね。
本題に入ろうか」
……メガネはどこでもメガネなんだな。
もしかしたら俺達に言った事と同じ事をキルシュにも言っていたのかもしれないな。
「即位してから本当に忙しくて君達の事が後回しになってしまった事を許して欲しい。
今回伝えたかった事は、君達が国に抱えている負債を取り消す事だ。
君達は十分に国に尽くしてくれた。
こんな物で縛るのは良くない事だからね」
まったくキルシュの奴は本当に真面目なんだな。
メガネはもうこの事を知っていたのだろう。
落ち着いたものだった。
「一応、お礼を言っておくわ。
でもこんな物はただの建前よ。
国に仕えていると証明する為だけのね」
シャルもまた真面目というか正直というか……不遜というか。
「大人しく働いておけば面倒事を避けられたしね。
それに個人では知りえない情報も手に入るわ」
「でも僕がこの国の王となったからにはそんな事はしたくないんだよ。
欲しい情報はこれからも教えると約束するよ」
「さすがキルシュ、太っ腹!」
「調子が良いのも相変わらずだね」
だが少しだけ気になる事もあった。
メガネが大人しすぎる。
この展開を知っていて何もしないとは思えなかった。
しかし、この後のキルシュの言葉で理解する事が出来た。
「もう君達を縛る物は何も無い。
その上で一つ頼みを聞いて欲しい」
これは断わる事も出来ると言う事だろう。
でも逆に俺とシャルは友人の頼みを断る事は出来ない。
「……ベンアに行って欲しい。
君達の良く知る人物を連れて」
ベンアは少しだけ知っている。
ちょっと興味深い国だ。
シャルは少しだけ考えていた。
確かにここは考えておかなければならない重要な事もあるからな。
「……友人の頼みは断われないわね。
でも何から何までして貰うのも悪いわ。
これを最後の依頼にして負債を返すと言う事でどうかしら?」
「良いよ?
元々負債は取り消すつもりだったんだから。
ああ、これで何の心配も無くなったよ!」
キルシュは本当に嬉しそうだった。
……少しだけ騙されたとも知らずに。
「……では依頼の方は人選も含めて此方で準備いたします」
メガネは多分気付いているが、それくらいの事は予想していたのだろう。
シャルは負債を返すと言った。
つまり残りの負債分の依頼料を取ると言う事だ。
国に返す負債分は名目上の事で、実際にはそれと同じ金額がシャルへと支払われていた。
……黒すぎて真っ黒だが、当然の報酬と言えるので詐欺では無い。
そして俺とシャルは最後の依頼に出かける事になる。
行先はベンア。
ベンア竜帝国。
竜の聖地と呼ばれ、世界に存在する九割の竜が住むと言われる国へと。