第百十九話 魔笛
「酷い……」
「何が起きたらこうなるんだよ!」
シャルは成体となった俺に跨り、上空から王都を見降ろしていた。
急ぎ王都へ戻った俺とシャルが目にした物はモンスター襲撃よりも更に酷い物だった。
人間と人間の争い。
民衆の一部が暴徒と化し、他の民を襲っていた。
誰が敵か味方か分からない程、入り乱れながら。
手に持つ武器は……銃だ。
誰でも簡単に人を殺める事が出来る武器だった。
そして特に四階層目、一般地区は酷い。
彼方此方から煙が上がり、人の悲鳴も数多く聞こえてくる。
「ファースト、お店に急いで!」
「分かってる!」
俺達は焦りながらお店へと急ぐ。
◇◇◇
お店は既に壊れてしまっていた。
もう原型を留めない程、崩れていた。
銃だけで無く、爆発石の様な物も出回っているのかもしれない。
お店の前には見知った顔が並んでいた。
女将さん、料理長、従業員達や常連客。
スラムの者達も集まっている様だ。
皆無事な様だが、様子がおかしい。
そしてモルトの姿が見えない。
俺が上空よりその場へ降り立った時、その理由がはっきりと分かった。
料理長が……倒れた。
スラムの子供、カーグが手に持つ銃によって。
料理長に女将さん達やシャルが駆け寄る。
その前には俺が立ちはだかるが、一歩遅かった。
「カーグ! お前は何をやっているんだ!」
「何? 敵を倒しているだけだよ」
意味が分からない。
いつぞやの虫の様に体を何者かが操っているのか?
状況を理解できない内に更なる混乱が俺を襲う。
「ファーストの成体はやっぱスゲーな!」
「今なら炎で何でも燃やし放題だぜ?」
エグとルグだ。
二人はモルトを連れて現れた。
……物言わぬモルトを連れて。
二人はモルトを此方へと投げ捨てる。
「残念だけどモルトは敵だったみたいだ。
ファーストも俺達の敵なのか?
味方だと思っていたのに!」
ルグはいつもの様子で俺に語り掛ける。
……それが逆に恐ろしかった。
「ファーストは派手にやるなって言ったけどそれは無理だ。
俺達は殺される前に殺さなくちゃいけない。
俺に死ねって言うのかよ!」
エグも同じだ。
なんでそんなに普通でいられるんだ!
今のこの状況は異常だと感じないのか!
「見つかっても……そいつが居なくなれば同じだろ?」
カーグが銃を撃つ。
無作為に適当に滅茶苦茶に。
俺が前に出ていなかったら料理長の様になって居た者が何人いた事か。
「やめろ! こんな事をして何の意味がある!」
「お前達はパパやママの仇だ!
両親の、街の皆の、国の仇だ!
俺達の故郷……アフュンフの仇だ!!!」
ああ……そうだったな。
スラムの住人は移民が多かった。
アインツが最近人口が増えていたのはその影響だ。
銃も出回っていた。
そして治安も悪くなっていた。
兆候はあった。
でも実際にこんな事が起きるとは思わなかった。
きっと王都だけでは無い。
アインツのどこでも同じ事が起きているに違いなかった。
そしてそれを計画したのはあのスライムだ。
言葉で人間を操ったに違いなかった。
「死ね! 死ね! 死ね!
みんな死んじゃえ!」
カーグだけで無く、エグもルグも他のスラムの者達も皆が銃を撃っていた。
俺に何発も当たるが傷一つつかない。
ただ撃たれるごとに心が傷ついていくだけだ。
「もう止めろ!」
俺は魔術で皆の持つ銃を燃やし尽くす。
自分の周囲位ならこの程度の事は簡単だった。
「やあああああ!」
それでもカーグ達は手を止めない。
今度は素手で俺を殴って来た。
……傷つくのはカーグだと言うのに。
カーグの手は傷付き、自分の血で染まっていく。
それでも殴るのを止めない。
「怪我なんて怖くない!
そんなのスライムの兄ちゃんが治してくれる!」
カーグ達は前にもモンスターに助けられたと言っていた。
それはあのスライムだったのかもしれない。
……操る為に助けられたとも知らずに、信じ込んでいる様だった。
だがそれだけでは無いのかもしれない。
こんな血みどろになりながらも殴る手を止めない。
もうとっくの昔にカーグ達は狂っていたのかもしれない。
その悲しみによって。
……会った時からもう既に。
その間、シャルは料理長に薬を塗っていた。
友人から貰ったジャムだ。
今はモルトにそれを使用している。
シャルの顔は見た事の無い程、悲しみに歪んでいた。
……俺はそれを増長させる事しかできない。
俺はせめてそれを見せない様にする事しか出来なかった。
「……シャル達は安全な場所へ」
「ファースト? 待っ……」
転移の魔術でシャル達知り合いを安全な場所へと移動させた。
「楽にしてやるよ。
……もう何も感じない様に」
『ファースト、止めて!』
俺にシャルの言葉は聞こえたが……届かなかった。
スラムの住人達は男も女も大人も子供もみんな……焼き尽くした。
残ったのはシャルの悲しい声だけだった。
◇◇◇
シャル達は安全な場所へ移した。
今の事態に対応する事はシャルには出来ない。
感覚共有も強制的に此方から既に切っていた。
使い魔としての力では無く、ドラゴンとしての力によるものだ。
アンチマジックフィールドをこんな事に使うとは思わなかった。
シャルにはもう何も見せない、聞かせない、感じさせない。
暴徒達、いや反乱者達はまだ数多く存在していた。
俺が止めたのはほんの一部の者達に過ぎない。
この事態に対応するには国の、軍の力が必要だろう。
だがそれは難しい様だ。
……兵士達は劣勢だった。
兵士の一般的な武器は剣や槍だ。
たとえ一般人とは言え銃を持つ者に有利とは決して言えない。
俺は逃げ惑う人々を銃撃つ者を敵と認識した。
そいつらを燃やしながら王城へと急ぎ空を飛んでいた。
敵を燃やす事は有効だったかもしれないが、それでは一向に収まる事は無い。
……敵の数が多すぎる。
逃げ惑う人々も多すぎる為、敵と味方の判断が付きにくい。
俺は王城にてメガネや他の兵士達と協力する事を選んだ。
それでどうにかなるとも思えないが……他に取るべき手段が分からなかった。
俺はどうしても敵を倒したかった。