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ご主人様は真っ黒  作者: pinfu
第四章 擬態
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第百十八話 魔王


「ファースト、出して」


 俺はシャルに言われた通り……出した。

 どんな物でも、たとえドラゴンでも斬る事の出来る刀を。


「ドラゴンスレイヤーか?

 そんな物を使わずとも、木刀ですら俺を倒す事は容易いだろう」


 ただそれでもお前は死なないのだろう?


「はぁぁ!」


 シャルはもう言葉を交わすつもりは無い。

 ただ刀を振るうだけだ。


 その刀は予想に違わずスライムを斬り裂く。

 それは一太刀では終わらず、何度も何度も繰り返され、スライムが細切れに斬り分けられていく。


「炎の魔術の時と同じだ。

 そんな事に何の意味も無い」


 それでもスライムはまた何事も無かったかのように元に戻ってしまう。

 それでもシャルは斬る事を止めない。


「……斬っている間は俺を止められる。

 そう言う事か?

 なら好きにするが良い。

 何秒でも、何分でも、何時間でも、何日でも」


 スライムは余裕だ。

 俺の時の様に姿を消してしまう事だって可能なのにそれをしない。

 その必要すらないと言う事か。


 だが何度も繰り返されるうちにある変化が起きた。

 スライムが消えた訳では無い。

 ほんの少し、ほんの少しだけだがスライムが小さくなっていた。

 今はまだドラゴンである俺でしか気付けない程の微々たる差だったが。


 シャルはそれに気付いているのかいないのか。

 そんな事は関係ないのかずっとずっと斬り続けていた。


 通常、マジックアイテムの使用には魔石を必要とする。

 それが高威力のマジックブレイドの様な者なら尚更だ。

 そして使用すれば必ず魔石の補充が必要になる。


 だがドラゴンスレイヤーにはそれが必要ない。

 斬る事だけに特化した為、魔力の消費量が驚くほど少ない。

 逆に斬った時に魔力を吸収する為、むしろ魔力が増えるほどだ。

 現にシャルの持つドラゴンスレイヤーは入手した時、二か三等級しかなかった。

 しかし使い続けるうちに今では四等級へと上がっている。


 つまり、斬るたびに敵の魔力は減っていると言う事だ。

 スライムは体を再生するように魔力を再生する事は出来ないと言う事だろう。


「は、ははは! この感覚は初めてだ!」


 スライムはその事に気付いたようだ。

 スライムはドラゴンスレイヤーを知っていたようだが、これほど多く斬られた事は無かったのだろう。

 道具の事を深くは知ろうとしなかった。

 ……敵である人間とは違って。


 人は学ぶ事で強くなる。

 モンスターには理解しづらい事だろう。

 もしくは、己の力を過信していたのかもしれない。


 シャルは尚も斬り続けている。

 その顔はなぜか悲しげだった。

 シャルは冷静だが、冷徹では無い。

 ……俺と同じくらい言葉に弱い。

 いや、感情に弱いと言った方が正しいか。


 シャルはスライムの想う何かに気付いている様だった。

 液体で人の形を取っているだけのスライムから何故か感情の様な物を感じていた。


 スライムは抵抗しない。

 攻撃は言葉だけだった。

 今はその言葉すら発しない。

 物言わぬその存在が何を考えているのか無性に知りたくなる。


 静寂の中にシャルの斬撃の音だけが響く。

 そしてその沈黙を破ったのはスライムだった。


「……俺は死ねるのか?」


 スライムは初めに俺は死ねない(・・・・)と言った。

 このスライムは……死にたかったのかもしれない。

 主人と別れた、いや失った使い魔に……存在価値はないのかもしれない。

 俺はどうしてもその考えに至ってしまう。

 だからシャルは会話をさせたくなかったのかもしれない。


 ……俺とシャルが同じ時を過ごせるとは限らないから。


 シャルはスライムの気持ちが分かるのかもしれない。

 このスライムは死にたがっていると。

 シャルは主人であり、また使い魔なのだから。


 スライムは何千何万と言う斬撃で今はもう誰にでも分かるくらい小さくなっていた。

 ずっと斬り続ける事で、いくらシャルでも疲労の色が見え始めた。

 それでもシャルは斬り続ける。

 

「お前は俺の天敵だったかもしれないが……救世主でもあった様だ」


 スライムはずっと死にたかったはずだ。

 だがその能力のせいで死ねなかった。


「……私が殺してあげる」


 シャルの声はとても悲しげだった。


 スライムは人の言葉を話す。

 体はわざわざ人の形を取っていた。

 そしてモンスターにあるはずの魔石が無い。

 それはまるで人間の様だった。


 スライムはきっと人間を主人に持つ使い魔だろう。

 だが……主人はもう居ない。

 スライムは人間より長生きするのかもしれない。

 主人を失ってからどれだけの時を過ごしたのか。


 スライムはアインツを恨んでいる。

 引いてはそこに住む人間を恨んでいるのかもしれない。

 ……考えても何も良い事は思いつかなかった。

 シャルはこの事に気付いていた。

 いや既に考えていたのか。


 どれだけの時が流れただろうか。

 何時間、いや何十時間か?

 スライムはもうほんの一握りの塊になっていた。


「俺の目的(・・)は果たされた。

 それどころか諦めていた事すら叶えられようとしている。

 ……最後に先輩として忠告しておく。

 人間を信じるな。

 人はどうしようもなく愚かで救いようがない。

 人の天敵は人だ。

 最後は人の手によって滅ぶが良い……」


 俺は、俺達は思い違いをしていた。

 スライムの目的は俺達の勧誘では無い。

 それにここへ来た当初は死ぬ事を考えていなかったはずだ。


 スライムの本当の目的は俺とシャルをここに足止めする事だった。

 たぶん、王都で何か起きているはずだ。

 それもかなり良くない事が。


 シャルもそれに気付き、斬撃の手を早める。

 でもそれは少しの間だけだった。

 もう……スライムは死ぬのだから。


「……アスカ、やっと会いに行けるよ」


 スライムの最後の言葉は本当の願いだった。

 アスカ、それは主人の名前だろうか。

 本当に最後の最後まで聞きたくない事ばかりを聞かせてくれる奴だ。


 だが今はそれよりもスライムの言っていた人の手によって滅ぶと言う事が気になる。

 何かしらの策謀があったに違いない。

 そしてそれは今も進んでいるはずだ。


 俺とシャルは急ぎ王都へと戻る。

 大切な者を、失いたくない者を守る為に。




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