第百十五話 魔窟
「暫く休みが欲しいと言ったでしょう?」
シャルは怒っていた。
大抵怒っているのでいつも通りだ。
「今回の依頼は急遽決まった事だ」
メガネの前では仕方のない事かもしれない。
だがその内容もまたシャルを呼び出すのに仕方のない事だった。
「……ローブの男が発見された」
それはこれまで何度も見え隠れしたがその度に消えてしまった者の事だ。
「だがローブの男を見つけようとして見つけた訳ではない。
探していなかった訳でも無いが。
モンスターの王都襲撃について調べていた所、この者が関与している疑いが出てきた」
こいつは本当に悪い事ばかりして居る奴だな。
名前と悪事がセットになっていやがる。
「王都襲撃時、あれだけのモンスターが地上に存在していれば必ず気付けたはずだ。
ならばその発生源は迷宮だろう。
迷宮からモンスターが溢れた時、種類は違えど同じ虫系のモンスターが多かった事からもこれはすぐに予想出来た」
当たり前と言えば当たり前の事かもしれない。
「だがそのモンスターは同じ迷宮から現れた訳では無い。
モンスターが溢れてからその迷宮はずっと軍の監視下にあったのだからな」
違う迷宮か。
アインツだけでも迷宮は数多く存在する。
そのうちの一つからという訳だろう。
「その他の迷宮でもモンスターが溢れたと言う事は未だ聞いていない。
多分、溢れた時には周辺の人間は全て殺されていたのだろう」
それでは情報が得られない。
「しかし今回は全ての迷宮に人員を配置した。
勿論十分な警戒をするように言ってだ。
だが……連絡が取れない者が出てしまった」
結果は同じだったかもしれないが得られる情報もあったと言う事か。
……素直に喜ぶ事は出来ないが。
「またその連絡の取れない者が監視していた迷宮周辺の街でローブの男が確認されている。
しかもローブの男は迷宮を探索する為に人を集めようとしていたそうだ。
……全くの無関係とはとても思えない」
確かに疑いを持って当然だった。
「まだ正確な所在が確認出来た訳では無いが、その街では何度かローブの男を確認している。
依頼の内容は王都襲撃の原因究明になるが、確実にローブの男も関わってくるだろう」
メガネは合わせて報酬についても説明した。
その場へ行くだけで一千万。
ローブの男と王都襲撃の関係性を確認出来れば二千万。
討伐で三千万。
捕獲なら五千万。
王都襲撃の原因究明で二千万。
もし王都襲撃の原因や発生源を防ぐ事になれば五千万。
報酬は十分な物と言えるだろう。
だが報酬はあまり関係ない。
俺とシャルはローブの男と浅からぬ因縁がある。
例を挙げれば過去に誘拐されそうになった事もあるくらいだ。
放っておく訳にもいかない。
「仕方ないわね。
街を襲った事の報いは受けさせるべきよね」
少ないが顔見知りも亡くなっている。
それがたとえ名前も知らない様な者だったとしても関係ない。
それにモルトの事もある。
また同じ事が繰り返されるのは出来る事なら避けたかった。
「最後に注意事項を伝えておく。
君達は目立ち過ぎる。
もうその存在を隠す事は難しいだろう。
だから今まで以上に行動には注意して欲しい。
アインツの、国の者だと言う事を決して忘れない様に」
メガネはメガネらしく最後まで口うるさかった。
だがメガネの言う通り、俺達の存在はもう知れ渡っているのかもしれない。
……この辺だとドラゴンなんて滅多にいないからな。
それでも一応、シャルは気配を薄くするローブの着用はしておく。
俺は目立ち過ぎるので普段は上空での待機する事になった。
◇◇◇
向かう先はアインツの北東部だ。
アフュンフとの国境付近の街でローブの男が目撃されている。
国境付近といってもアフュンフ側は完全にアインツの支配する地域ではあるが。
またその街のすぐ近くにある迷宮付近でメガネの手の者からの連絡が途絶えている。
この地域はやはり争い事が起きやすいのかもしれない。
そして依頼が来たからと言ってすぐに向かう訳にもいかない。
アインツへ、お店へ帰って来てまだそれほど日も経っていない。
お店にモルトを預けっぱなしと言うのも気になるが、それよりも心配な事があった。
「ここは値段がお手頃だし、頼むとすぐに料理が出てくる。
何度でも来ちゃうよー!」
そこではいつもの様にレームが食事を取っていた。
そしてそのレーム目がけて黒い物体が投げつけられていた。
だが寸前でレームは首を傾げ、頭への直撃を避ける。
「そうそう、最後に危険と言うのを付け加えるのを忘れていたよ」
安い、速い、危ない! それが分かるレームはもう常連さんと言って良いだろう。
「ここは安全と言う事で評判のお店よ?」
シャルはそれを否定するが、レームの傍にいつも付き従っているフェルスが反論する。
主人に無礼を働いているのだから当たり前か。
「……貴方の前では正直に話せないのでしょう。
危険ですから」
シャルの周りは安全だ。
だがシャルに目を付けられた者を犠牲として得られる物だった。
「使い魔も大変でしょうね。
この様な横暴な主人では正直に慣れなくて」
俺はその話を壁の中にめり込んだ状態で聞いていた。
……犠牲になるのは大抵が俺の役目だった。
「ファーストは私に嘘をつかないし、隠し事もしない」
「……とぼける事はあるけどな」
俺は更に壁へとめり込む事になる。
……シャルの手によって。
「それに全てを正直に話す者は逆に信用が出来ないと思わない?」
シャルのこの問いに正解など無いがフェルスは思い当たる節があった様だ。
フェルスは言葉に詰まり反論できなかった。
「僕の為に争うのは止めてくれ!」
それを助けたのはレームだったが、その台詞はどうかと思う。
シャルとフェルスはにらみ合ったままだが、一応の収束を見せる。
「そう思うならさっさと故郷へ帰れよ。
お前みたいな信用出来ない奴が傍に居ると不安なんだよ」
レームが俺とシャルの不安材料だった。
万が一にも身内には関わって欲しくなかった。
嫌な予感しかしないからな。
「そうだねー。
次はエルフの国っていう奴に行ってみようかな?
……少し興味があってね。
でも行く方法が無いんだよねー」
レームはダークエルフだ。
エルフとの種族間にどんな経緯があるかは知らないがこれだけ似た種族なら何かありそうだ。
レームの様子からもそれは確かだろう。
「それにモルトちゃんに魔術を教えたいしなー」
モルトには魔術の才があった。
それを見抜いたのはフェルスだ。
少しの間モルトとは離れていたとは言え、それを先に見抜かれたのは正直ショックだった。
フェルスは観察が得意な様だ。
……監視だったかもしれないがそれは何方でもそう変わらないか。
「モルトには魔術はまだ早いわ。
……勝手な事をしないで欲しいわね」
「そうかもしれないねー。
でもフェルスに良く懐いてるし、僕も何かして上げたかっただけさ!」
モルトはフェルスに懐いている。
と言うか参考にしている様だ。
そのメイドの様な動きはお店での接客で役に立つと思ったのだろう。
そしてそれは実際に役に立つ。
「……懐いていると言ってもそれ程ではありません。
現に今は同世代のお友達と遊ばれています」
モルトはエグやルグ、カーグ達と遊んでいる。
今は水の掛け合いをしているようだが、三体一でもモルトが勝っていた。
魔法で水を掛けるのは反則かもしれないが。
「貴方も混じれば良いでしょう?
同じ子供なんだから」
「……それはどういう意味でしょう?
私は一応貴方より製造年齢は上ですよ」
製造年齢ってなんだよ。
そこに突っ込むとややこしくなりそうなので触れないが。
「年齢の事では無くて……ね?」
「……分かりかねますが侮辱されている事は分かりました。
その様な低俗な煽りの方が子供っぽいと思いますが」
今度は俺がシャルとフェルスを止める番かもしれないな。
「シャルの言っている子供って言うのは……」
「説明しなくて良い!」
俺は体を張って止めた。
シャルの鋭いツッコミによって壁にめり込むのは止められなかったが。
「ははは!
大変楽しませて貰ったけどこのままではお店が壊れてしまうね。
そろそろ退散させて貰うよ。
今度来るのは随分後になりそうだ。
他の国に観光へ行くと思うから!」
「……分かりました。
では出発準備の前に宿でゆるりと休みませんか?
子供云々を手とり足とり教えて頂く時間も取れましょう」
……フェルスは確信犯だろう。
そして俺達の傍から離れてどこかへ行ってくれる様だ。
「これで不安は少しだけ減ったわね。
安心して私達も出発できそう」
シャルは安堵の表情を見せる。
そして此方の様子を伺っていた女将さんは逆の表情を見せていた。
「……また出かけるんだね?」
「ええ、何時もご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「良いんだよ! 無事に帰ってさえ来ればね!」
「はい! 必ず帰ってきます」
「あと言いにくいんだけど、お店の修理費はお給料から引いておくから」
「……はい」
その場に居た者達は笑いを堪えるのに大変だった。
……そこには平凡な日常があった。
シャルは自分が何の為に行動しているのか確認できただろうか。
食事をして、子供達が遊んで、皆が笑っている。
ここは旅の途中、ただの通過点かもしれない。
でも寄り道をするには良い場所だった。
ここが目的地でも良いくらいに。