第百十三話 意見
ハトノの協議の結果、ゴーレムの討伐は続行される事になった。
シャルの渡した剣が影響を与えたのかもしれない。
だがその結果自体は変わらなかっただろう。
変わったのはそれが決まるまでの時間だ。
「勇者様、再度のゴーレム討伐を宜しくお願いします」
アルタールが勇者に深々と頭を下げる。
だがそれに答えた? のは勇者では無かった。
「私は討伐を行うべきでは無いと思うわ」
それはシャルだった。
シャルはずっと討伐には反対している。
それを行う理由が無いからだ。
「……勇者様は剣を手に入れた。
この力さえあれば巨大なゴーレムを倒す事も可能でしょう」
「その剣は貸しただけよ。必ず返して貰うわ!
……話がそれたわね。
なぜ私がその剣を使ってゴーレムと戦わなかったと思う?
倒せないからよ。
それに巨大なゴーレムは群れの長と言える物でしょう。
長を失ったゴーレム達は近隣の村へなだれ込む可能性があるわ」
シャルはもっともらしい事を並べ立てる。
……全部でたらめだけど。
「勇者様とこの剣は属性の相性も良い。
シャル殿が倒せないからと言って勇者様が倒せないとは限りません。
それに巨大なゴーレム以外はハトノの軍で十分対応できます」
アルタールはそれに反論して見せる。
嘘では説得できない。
だが真実はもっと酷い。
たとえ伝えたとしても信じては貰えない程に。
「……私が巨大なゴーレムを止める事は出来ないわ。
属性の関係で倒せる物も倒せなくなってしまうから」
シャルが氷でゴーレムを止め、アキラが炎で倒すのは属性の相性が悪いと言えた。
威力を削いでしまう可能性があるからな。
「その必要はありません。
我が国の将軍、クノッヘンは巨大なゴーレムと渡り合えます。
……クノッヘンは一命にかえてもゴーレムを抑えるでしょう」
それは比喩では無く本当に命を賭けて止めるのだろう。
たとえクノッヘンごと斬る事になったとしても……と言う事だろうか。
「僕はシャルさんと同じ意見です。
ゴーレムの討伐は控えるべきだと考えます。
無理に討伐に行っても得る物が何もありません」
アキラは迷いが無くなっていた。
自らの功績などもう眼中にない。
いやその功績の為にかもしれないな。
自分の本当の望みが何かが、きっと分かったのだろう。
「無理では無いと言う事は説明いたしました。
そして得る物もあります。
民の不安を消し、国の安寧を得る事が出来ます」
アルタールの言う事はもっともだった。
「その不安はハトノ自身が招いた事でしょう?
……いえ、貴方達議員の浅はかな考えからでしょうか?」
それはこれまでずっと黙っていた女メガネだった。
「一体全体何の事でしょうか?
護衛風情が、口の利き方に気を付けた方が良いのでは?」
アルタールは不機嫌だった。
その口の利き方だけでなく、この間のシャルとクノッヘンの力試しの事も影響しているのだろう。
その提案も女メガネから出された物だったからな。
「ゴーレムは初めハトノの住人を助けたはずです。
しかし軍事利用の為にゴーレムを捕獲しようとした。
利用が難しいと分かると独自に製作もしようとした。
それも失敗し、今度はゴーレムの発生源を特定しようとした。
森の奥へ進むとゴーレムの抵抗も激しくなりそこに何かしらあると考えた。
だが巨大なゴーレムの為にそれも失敗に終わった」
女メガネはこれまでの経緯を全て説明していた。
「……何の事か分かりませんね。
世迷言はその辺にして貰えますか?」
アルタールはしらばっくれるつもりだった。
だが女メガネは止まらない。
「全て事実です。
そしてその巨大なゴーレムを倒す為、禁忌を犯した。
勇者召喚の事ではありません。
それは失敗に終わったのですから」
それはハトノが一番隠しておきたい事だった。
「貴方達は勇者を作り出した。
過去に召喚された勇者の遺体を使用して!」
周りの皆が驚いていた。
理由は様々だったが。
そして一番驚いていたのは勇者自身、アキラその人だった。
「僕が……作られた存在?」
だがすぐにそれを受け入れたようだ。
「それで、ですか。
僕に記憶が無いのは。
ずっと召喚の影響で一時的に混乱しているだけだと説明されていました。
真実を話せば余計に混乱しますからね」
言葉とは裏腹にアキラは混乱していなかった。
……無理矢理納得しているだけかもしれないが。
アキラは異世界人なら反応するような事に反応しなかった。
その理由が今、話されている事だろう。
「……面白い作り話でしたが証拠は何もありません。
それに人間を作り出す事など不可能です。
たとえそれが勇者の遺体を使用した物だったとしてもです」
そう、証拠は何も無い。
女メガネが見つけた書類や遺体の一部を見せたとしてもそれに何の意味があると言うのか。
それが本物かどうかを説明する事が出来ない。
ハトノの記録や書類などはアルタールなら簡単に偽造出来るだろう。
女メガネの言い分はここまでだった様だ。
だが女メガネは悔しそうな顔はしていなかった。
蔑んだ顔をしてはいたが。
ここで前回は力で証明したが、今回はそうはいかない。
……暗殺するのは流石に控えたかった。
「言いたい事はそれだけですか?
他国の者ゆえ穏便に済ませようと思っていましたがもはやそれは難しいでしょう。
……その者達を拘束しなさい!」
アルタールは兵士達に拘束の命令を出す。
俺とシャル、そして女メガネは言葉通り拘束されてしまった。
ご丁寧に魔力を封じる拘束具付きで。
中々の貴重品だと思われるが予め用意されていたのかもしれない。
俺用の首輪もあったからな。
「何もそこまでする必要は無いだろう!
すぐに拘束を解くんだ!」
「これもハトノの為です。
たとえ勇者様の言葉でも覆す事は出来ません」
アキラはアルタールに止めるよう言うが聞き入れられない。
「ならば僕も拘束すると良い!
僕もシャルさん達と同じ気持ちだからだ!」
「気持ちで拘束した訳ではありません。
憶測でハトノを侮辱した者と先日、勇者様を傷つけた者です。
またその使い魔は同罪と言えるでしょう」
俺達が拘束される理由は揃っていた。
「勇者様には巨大なゴーレムを倒して貰わねばなりません。
……その功績を持ってすれば拘束を解く事を再考すると約束しましょう」
アルタールはいつもこうなのか。
そして結局は力で証明する事になる。
「……分かった。言う通りにする。
だがその間にシャルさん達を傷つけるような事があれば絶対に僕はハトノを許さない!」
「その様な事は絶対に致しません。
拘束する以外は今まで通りの待遇で当たらせて頂きます」
この場にいた他国の護衛達は……ハトノを信じたようだ。
突拍子もない内容だし、証拠も無い。
そして妄言や虚偽の言葉を言う者にも優しい対応をする勇者を更に信じた。
だがグレーテは違っていた。
どちらが真実を言っているのか分かっているのだろう。
それはクノッヘンも同じなのか渋い顔をしていた。
しかし何方もハトノの者だ。
……国に対する忠誠は絶対の様だった。
ハトノは是が非でもゴーレムを倒したいようだ。
いやそれはもうただの理由なのかもしれない。
勇者を思い通りに操る事が本来の目的に思える。
だが今回の事でアキラはハトノに疑問を持ったはずだ。
ハトノの自業自得だがな。
そしてハトノはシャル達を解放するつもりはたぶん無い。
しかしハトノはシャルが抵抗しなかった事で忘れているのではないだろうか?
この国で一番強いのは誰で、それを倒したのが誰かと言う事を。
魔力を封じる拘束具を過信しているのだろうな。
そして今の状態は俺達にとって決して悪くは無い。
このまま行けば勇者はハトノを離れるからだ。
後はこの拘束だけが問題だった。
◇◇◇
アキラは大人しくハトノに従っていた。
そして俺だけはアキラ、勇者一行と一緒に行動をしていた。
俺の感知能力を期待しての事だろう。
ゴーレムがどこに居るかまるわかりだからな。
……魔力を封じる拘束具である首輪は付けられたままだったが。
俺の感知能力により前回と同じようにゴーレムと対峙する事になった。
違うのはこの場にシャルが居ない事か。
「雑魚に要は無い!
さっさと巨大なゴーレムを出せ!」
アキラは縦横無尽に暴れていた。
新しい武器、炎属性のマジックアイテムで両刃の剣がそれを大きく補助していた。
そしてアキラの言葉が届いたのか、大型ゴーレムはすぐに姿を現した。
「勇者様、お下がりを!
まずは私が動きを止めて見せます!」
クノッヘンがアキラに声を掛ける。
「必要無い!
僕一人で十分だ!」
アキラはまたしても一人で大型ゴーレムに挑みかかる。
そこでは何故か普通のゴーレム達も道を開け、一体一の戦いになっていた。
大型ゴーレムは少しずつ勇者へと近づいてくる。
その移動速度は徐々に早くなっていった。
アキラはそれを待ち構える。
勢いよく走りこんで来た大型ゴーレムの拳での一撃がアキラへと襲い掛かる。
それは慣れだろうか幾分、前回よりも遅く感じられた。
アキラはその拳をほんのわずかな動きで躱す。
そしてすれ違いざまにゴーレムの腕を斬り落とした。
「前の僕と同じだと思うな!
武器も魔術も前回とは全く違う事を思いしれ!」
また意味の無い口上を述べているが今度は結果が伴っていた。
炎属性のマジックアイテムと炎属性の魔術師の力でその攻撃力は凄まじい物になっていた。
誰一人としてアキラに近づけない程に。
それは敵だけでなく味方も近づけないのだ。
……危険すぎて。
「こ、これほどとは……」
「本当に勇者様なの? まるで別人みたい……」
クノッヘンもグレーテも驚きを隠せない。
今のアキラは力だけでは無く、戦う意思も伴っていた。
そして幸か不幸か、戦う理由もハトノが作り出していた。
アキラはそのまま一気に大型ゴーレムを倒してしまう。
腕、足、胴、最後は頭をその剣で斬り刻んだ。
最後には他のゴーレム達と変わらない残骸だけが残っていた。
詳しい事情を良く知らない一般の兵士達は素直に歓声を上げる。
当のアキラは喜びなど何も感じていないのだろうな。
だが大型ゴーレムを倒して終わりでは無かった。
残りの普通のゴーレムはまだ兵士達と戦っていたのだから。
アキラは言われた仕事を果たした。
普通のゴーレムの殲滅までは命令されていない。
だが何も知らない一般の兵士達をアキラは見殺しには出来なかった。
アキラの戦いは全てのゴーレムを倒すまで終わらなかった。
そして……ハトノの街へ戻ってからも戦いは続く事になる。
◇◇◇
「アルタール!
僕は言われた通り巨大なゴーレムを倒した。
すぐにシャルさん達を解放しろ!」
アキラは戻ってすぐにアルタールに解放を迫った。
命令されてから討伐までほんの数日だ。
それはハトノの考えを纏めるには短すぎたのかもしれない。
「すぐにという訳には行きません。
今は議員同士で再考している所です」
だが本当に解放する気があるとは思えなかった。
「何を再考すると言うんだ!」
アキラは剣に手を掛けていた。
その場には緊張が走り、アルタールの前にはクノッヘンが飛び出していた。
だがアキラは何もしなかった。
力で迫る事はモンスターと何も変わらない。
いや、目の前に居るアルタールとも変わらない。
「一体何が望みだ?
どうすればシャルさん達を解放する?」
アキラは対話での解決を望んだ。
「……これは私の望みではありません。
ハトノの願いです。
勇者様の永遠の忠誠をハトノは願っています」
それは願いと言うよりも脅迫だろうが。
「……分かった。忠誠を誓おう。
だからシャルさん達を解放しろ!」
アキラはきっと本当に忠誠を誓ったのだと思う。
何の根拠もないが俺はそう感じた。
「ならばハトノのする事を信じて欲しいものです。
……解放は難しいと言えるでしょう。
しかし危害を加える事はありません。
出来る限りの自由も約束しましょう。
ただハトノから出る事が出来ないだけです」
それはアキラに付けられた鎖だ。
……拘束具よりもずっと強力な。
「僕の言う事は何一つ叶わないのだな。
……せめて無事の確認はさせて貰えるのだろうか?」
「それでしたら可能です。
いくらでもずっと一緒にいる事だって叶いますよ」
それは枷の確認の意味もあったのだろう。
アキラの要望はすぐに叶えられた。
……だがアキラの表情は晴れなかった。
シャル達に掛ける言葉がないのかもしれない。
◇◇◇
シャルと女メガネは拘束具を付けられたままアキラの前へと連れられてきた。
「早かったのね。剣は役に立ったかしら?」
「流石、勇者様だな」
二人とも元気そうで危害などは一切加えられていない様だ。
「……すいません。
僕の力ではシャルさん達を解放出来ない様です……」
アキラは消え入りそうな声でその事実を伝えた。
今のアキラならこの場に居るハトノの者を倒し、シャル達を解放する事は容易だ。
だがそれをする事は……出来ないのだろうな。
……流石、勇者と言っておこうか。
俺ならとっくの昔に全てが灰になっている所だな。
「そんな事は聞いていないし、頼んでも居ないわ」
アキラはシャルと言う人物をまだ良く理解していない。
心のどこかで自分は勇者で全てを一人で何とか出来ると思っているのかもしれないな。
いや、しなければならないと思っているのか。
「……巨大なゴーレムは倒せました。
シャルさんからお借りした剣のお陰です」
アキラは素直にシャルの問いかけに答え直していた。
「それは良かったわ。
これでアインツからの依頼も終わりね」
「そう言う事になるな。
全く持って無茶苦茶なやり方だったがな」
シャルは依頼の完了を女メガネに確認していた。
「ではさっさと帰らして貰うわ」
「申し訳ないがそれは出来ない。
……もうアインツ王国に帰る事は出来ません。
ずっとハトノで暮らして貰う事になります」
答えたのはアルタールだった。
だが……そんな事は関係ない。
「貴方の言葉は嘘ばかりね。
現実と妄想を取り違えているのでは無くて?」
「……それは貴方達でしょう?
危害は加えないつもりですが、それが絶対という訳でも無いのですよ?」
挑発が気に食わなかったのかアルタールはシャルを脅迫していた。
……シャルは挑発では無く事実を言っただけなのに。
「そうね、世の中に絶対という事は無いのかもしれないわね」
そう言ってシャルはそれを証明して見せた。
いつも通り、その力で。
シャルは拘束具を……いとも簡単に素手で引きちぎった。
「「「……は?」」」
俺とシャル以外全ての者が今見た事を信じられなかった。
あの女メガネでさえだ。
……どうも女メガネは俺が何かをすると思っていたらしい。
まぁ、この程度ではシャルに助けなんか必要ないからな。
そしてこれで終わりでは無い。
ハトノはゴーレムから与えられた被害以上の物を受ける事になる。