第百十二話 意味
俺とシャル、そしてアキラはハトノの街へと来ていた。
その他の護衛はアキラの要望で誰もついて来てはいない。
……と言う事になっているが少し離れた所でハトノの者がアキラの護衛の為に潜んでいた。
まぁ、アキラは気付いていない様だし別に良いか。
「アインツからここへ来る途中も感じたけれどあまり活気が無いわね」
ハトノの街はあまり賑わってはいない。
ゴーレムが街まで襲った訳では無いのに。
それ以外にも街がどこか変な雰囲気がしていた。
「僕がしっかりしないから……」
アキラは気落ちしていた。
ゴーレムの存在が関係していないとは言い切れないがそれを抜きにしてもこれは少し変だった。
「軍が駐屯していると言ってもずっと前線に居る訳では無いわ。
交代で休暇の様な物を取っているはずよ。
そうだとしたら普通、近くの街は賑わうのに」
それは兵士が休暇を楽しむ事が出来ないと言う事だろうか。
休みの日はあるはずだ。
だが楽しむ為のお金が無いのかもしれない。
「それ程この国は切羽詰まっていると言う事でしょうか。
僕の貰ったお金も本来なら兵士達に……」
どうやらアキラも俺と同じ様な考えに至った様だ。
「アキラさんは失敗したかもしれない。
だけど勇者がモンスターに対して挑んでいるという事実は残るわ。
一般の人達には知らされていないかもしれないけれど、同じ前線で戦った兵士達は分かっているはずよ。
アキラさんは正当な報酬を受けただけ。
気にする必要は無いわ」
シャルはアインツから報酬を得ている。
少し真っ当とは言いにくい仕事をして。
でも受け取った報酬は正当な物だと思っていた。
「……そうですね!
むしろパーッと使った方が街の人達も兵士達も喜んでくれるかもしれませんね」
お金は使ってこそ意味がある物だからな。
「でもどうしても考えてしまうのです。
このお金を洗礼の費用に充てた方が良いのではないかと」
アキラは洗礼の事を知っている様だ。
洗礼を行えば何かしらの力を得られるかもしれない。
だが洗礼には莫大な費用が掛かる。
その費用がハトノには無いから受けれないと思っているのかもしれない。
……いくらなんでも国が払えないとは思えないが。
「それ程気にする事は無いって言っているでしょう?
……洗礼が確実な結果をもたらすとは限らないからかもしれないわよ?」
「シャルさんは洗礼を受けたのですか?
もし宜しければそれがどんな物だったか教えて頂けませんか?
勿論、他言する事はありません!」
洗礼の内容についてはあまり広める物では無い。
だが絶対に教えてはいけないと言う事でも無い。
「そうね、何か飲み物を買いましょうか。
アキラさんは何が飲みたい?
……メロンソーダで良い?」
そんな飲み物はこの世界には無いから……。
そしてシャルの手元には洗礼で授かったマジックアイテムも今は無かった。
「……話が長くなるのでしょうか?」
アキラは色々と何の事か分かっていないようだった。
「シャルさんには僕の気分転換に付き合って貰っているのです。
ここは僕が払いましょう!」
アキラはシャルの代わりに飲み物を買おうとしていたがシャルに止められる。
「これは私が払うわ」
飲み物の代金はシャルが支払った。
それ程高い物でも無いからな。
だが重要なのは金額では無く、シャルが支払ったと言う事だ。
飲み物といくらかのお釣りを商人から受け取り、シャルは辺りを見回していた。
「あとは……落ち着いて話せる場所へ行きましょうか」
シャルはアキラを人気の無い所へと導いて行った。
……変な事をする訳じゃ無いぞ?
◇◇◇
「それであの……洗礼の内容は?」
アキラは洗礼の事が気になって仕方ないようだった。
いや人気の無い所で二人っきりと言うのが気になっているのかもしれない。
……俺の存在を忘れるなよな。
シャルは先ほど買った飲み物をアキラに渡す。
「説明している最中よ?」
そしてお釣りもアキラに渡す。
「あの、僕はお金に困っている訳では……」
アキラは何の事か分からずに勘違いしている様だった。
「私が洗礼で授かったマジックアイテムがそれよ」
「えっ!?」
シャルが渡したお釣りは一枚の銅貨。
この世界で一番価値の低い硬貨だ。
それがシャルの授かったマジックアイテムだった。
「見た目では分からないと思うけど、それは十等級のマジックアイテムよ」
十等級とはこの世界で最高の価値があるとされているマジックアイテムの事だ。
十等級で確認されている物はエルフの至宝しか他にはない。
アキラは信じられないと言う顔をしていた。
「魔術で壊す事は出来ないし、剣で斬る事も出来ない。
……試しても良いわよ?」
「そ、それでは……」
アキラはその手を炎の魔術で覆った。
当然中にある銅貨は燃え尽きるはずだ。
だがそれは何の損傷も受けてはいなかった。
「ほ、本当だ……。
次は剣ですね」
アキラは本気で斬るつもりで剣を抜いていた。
それはシャルから習った魔術を帯びた一撃でもあった。
それでも銅貨は傷一つつかない。
「こんな物が存在するなんて。
……大型ゴーレムを斬れなかった僕が言うのも変かもしれませんが」
それでもこんな銅貨は普通は存在しない。
「壊れない事よりも何度使ってもまた手元に戻ってくる方がマジックアイテムらしいでしょう?」
そうなのだ。
シャルはこのマジックアイテムを何度も使用している。
……買い物をしているだけだが。
「らしいと言うか……失礼かもしれませんが気味が悪いです」
それは俺も同感だ。
「神からの贈り物で無かったら、呪われた銅貨としか……」
ですよねー。
「私は神からの嫌がらせだと思っているわ」
『……いつか後悔させてやる』
シャルは笑いながら最後の言葉をテレパシーで俺に伝えて来た。
……その時は手伝えって事ですよね、分かります。
俺も神から洗礼で同じ物を受け取っている。
一緒に? 洗礼を受けたからな。
「ははは! 洗礼に頼るなんて間違っていたのですね」
アキラはその言葉と笑いを冗談だと受け取っていた。
知らない方が良い事もこの世界にはある。
「神はどんな望みも聞いてくれるけど叶えてくれるとは限らない。
でも自分の一番の望みを確認する事は出来るわ。
アキラさんの望みは何なのかしら?」
「それは……」
アキラにはそれが無い。
その事が力を発揮できない理由かもしれなかった。
「僕は皆の為に頑張ろうと思っていました。
でもそれは少しだけ間違っていたようです」
アキラは何か迷いが晴れたようだった。
「その皆の中に自分自身も入れるべきでした。
僕は皆の為、そして……自分の為に頑張ります!」
そう言ってシャルの手を握っていた。
お前何してくれちゃってるの?
……殺すしかないな。
俺は瞬時にしてアキラを炎で燃やし尽くす為、魔術を使用しようとした。
だがそれよりも早く、シャルは魔術を使用していた。
……アキラの手は氷漬けになっていた。
シャルはアキラを殺す事なんて簡単に出来る。
でもこの程度で許すと言うのなら……俺は従うだけだ。
今回だけだからな……。
「……アキラさんが握るのは私ではありません。
氷の剣では属性の相性が悪いでしょう?」
「そ、そうかもしれませんね」
アキラはいきなり手を握ったのはまずかったと思ったのかすぐに引く。
だがそれよりもまずい? と思った者が居たようだ。
その者はいきなりシャルとアキラの間に割って入ってきた。
「貴様! 勇者様になんて事を!」
それはグレーテだった。
そしてこっそりアキラの後をつけていたのはグレーテだけでは無い。
他のハトノの人間や護衛達もその場を取り囲む。
……こんな団体で後をつけるなよ。
街中が変な雰囲気だったのはこのせいかもしれないな。
「属性の確認をしていただけよ。
……ファースト、出して」
「ぎゃうぎゃう!」
俺はシャルの前に幾つもの剣を並べる。
シャルはそれを手を触れずに左右に振るだけで移動させる。
それは俺の魔術。
マジックボックスの発展形と言える物でインベントリと言う魔術だ。
マジックボックス内の在庫を部分的に出しているだけだがな。
それをシャルの意志で動かせるのは使い魔として、主人として、ドラゴンとしての力あってこそだ。
「六……いえ七かしら?」
「ぎゃうぎゃう!」
『三か四で十分だろ!』
シャルは少し迷っていた。
こんな奴に渡すには勿体ない。
「んー、間を取って五で良いか」
シャルは一本の剣をインベントリから取り出した。
それはアキラと同じ炎属性のマジックアイテムで五等級の物だ。
シャルが学園を卒業した後に、迷宮で荒稼ぎした時の戦利品だ。
この他にも俺のマジックボックス内には幾つも保管されていた。
「さっきから何を訳の分からない事を言っているの!」
グレーテは爆発寸前に感じられた。
「アキラさんの使う武器で困っていたでしょう?
……それを貸してあげるって言っているのよ」
「そ、それと勇者様を魔術で傷つけた事は関係ないわ!」
グレーテはその武器の有用性を分かっていた。
シャルの言った数字からそれが等級だと分かったのだろう。
一般的に出回るのは精々で三等級だ。
四、五等級はもう国宝級と言っても良い。
ちなみに六から上は存在自体がほとんど確認できない。
「僕は大丈夫だから!
グレーテが気にする事では無いよ」
「勇者様がそう言われるのでしたら……」
結構他の護衛とも仲良しっぽいじゃねーか!
全く……勇者って奴はフラグ? を立てまくる物なんだな。
結局、アキラがグレーテを止め、その場は収まった。
だが……収まったのはその場だけだった。