第百十話 意義
「自分の家だと思って寛いで欲しい!」
俺とシャルはレームの部屋へ来ていた。
自称魔王の部屋だ。
悪趣味な物を想像していたが普通の家だった。
それはエルフの国と同じような作りで出来ていた。
周りも木々が生い茂り、これで世界樹があったらエルフの国と間違えそうなくらいだ。
「……どうぞ、お茶です」
フェルスがシャルにお茶を持ってくる。
「黒いお茶? まるで油の様ね」
「……油ですから」
シャルからは見えなかったと思うがフェルスは自分の体からお茶を出していた。
……どこから出したのかはご想像にお任せする。
それは油と言うかオイルというような感じでとても飲める物では無かった。
「そう、頂くわ」
シャルはそれを一気に飲み干す。
「む、無理はしないでくれ! フェルス、冗談が過ぎるぞ!」
レームが慌てて止めるがもう遅い。
器の中はもう既に空っぽだった。
まぁ、シャルは実際には飲んでいない。
俺が器の中の油をマジックボックスの中に入れただけだからな。
自分から離れた物をマジックボックスに入れれるのは使い魔と言う事と、ドラゴンの感覚があってこそだがな。
シャルは氷の魔術を何度も見せていた。
魔術の属性は一人に対して一つだ。
マジックボックスは通常、黒の時空属性で無いと使えないからな。
レームもフェルスも種には気付いていないはずだ。
「さぁ、魔王さんも同じ物を飲んで下さい。
それが礼儀と言う物でしょう?
まさか、毒が入れてあったなどとはいまさら言わないでしょう?」
シャルはフェルスでは無く、レームに同じお茶? を飲むように促す。
……相手の弱い所を突く。
なんとも厭らしい攻撃? だった。
「僕達の負けだよ。
つまらない争いはこの辺で止めにして本題に入っても?」
レームは種に気付いていた様だ。
そしてマジックボックスの魔術は使えないようだった。
フェルスは悔しそうな顔を浮かべている。
……機械の様なゴーレムでもその表情は良く出来ていた。
「そうね、悔しそうな顔が見れた事だしもう良いわ。
本当は私から説明するべきなのでしょうけど。
……貴方の方がこの状況をよく理解しているみたいだし」
実際、俺とシャルの方からこの村にやって来た。
だがレームの方がより詳しく状況が分かっているのだろう。
……ゴーレムを従えている事からもそれは良く分かった。
「君達の事はハトノに来てからずっと監視していた。
だからその目的も何となく理解しているつもりだ。
まぁ、少し長くなるけど僕の置かれた状況を先に説明した方が良いかな?」
レームはそのまま状況の説明を始めた。
◇◇◇
事の始まりは一人の人間が森に迷い込んだ所からだ。
そのまま放置しておけばいずれ力尽きて死んでいただろう。
だがレームの使い魔フェルスが使役するゴーレムの一体に命じ、近くにあったハトノの村まで案内させた。
何の気まぐれか、自称魔王は人助けをしたようだ。
これが失敗だったとレームは言う。
「この時、見殺しにしておけばこんな面倒な事は起こらなかったんだよね!」
まぁ、何も考えずにやった事らしい。
そしてそれからだ。
ハトノの調査隊がこの森に何度も来るようになったのは。
それは執拗に何度も繰り返され、ついには村のすぐ近くまでやってくる事になった。
レームは仕方なくゴーレムを使い、調査隊を森から追い返す事にしたそうだ。
……程なくしてハトノの軍が動く事になる。
先の戦闘からも分かる通り、初めは軍が圧勝した。
だがハトノはその時に倒したゴーレムを何体か持ち去ったそうだ。
この時ハトノはモンスターでは無い事が分かったはずだ。
ゴーレムには魔石が無いからな。
……そこのフェルスを除いてだろうが。
ハトノはそのゴーレム自体に価値を見出したのだろう。
自動で? 動くゴーレムの価値は想像もつかない。
特にその戦闘力を欲したのかもしれない。
魔石を必要としない事も特質すべき点だろう。
そして……大規模な軍事行動へと発展する。
ハトノは独自にゴーレムを使用する事、作り出す事は出来なかったようだ。
その方法が森の奥にあると思ったに違いない。
だがハトノが森の奥へ辿りつく事は無かった。
「フェルスの使役するゴーレムはほぼ無限にいるからね!」
ふざけた力だ。
……どこまで本当か分からないが。
ハトノはこの大量に存在するゴーレムを突破する事が出来なかった。
その為には強大な力が必要だった。
……勇者の様な。
それは本末転倒と言うべきか。
力を求め、力が必要になった。
ハトノから侵攻したのだ、その逆を恐れたのかもしれない。
ハトノの気持ちも分からないでも無い。
だが初めに迷い込んだ者が助けられたのだ。
友好的な存在とは思わなかったのだろうか。
所詮ゴーレム、モンスターもどきと交渉など出来ないと言う事だろう。
レームは続ける。
自分はハトノに興味は無いと言う。
ただ外と隔離されたこの村をそのままにしたかっただけらしい。
このダークエルフの村は平穏で争い事とはこれまで無縁だった。
この静かな村はどこかエルフの国と似た感じに思えた。
ただ彼らはとても数が少ない。
エルフの国もそれ程人数はいないが、ここは更に少ない。
彼らもまた外の国を恐れたのかもしれなかった。
◇◇◇
レームは自分達の置かれた状況を説明し終えるとその望みを言った。
「僕達は静かに暮らしたい。
出来ればハトノにはもう森に入ってこないようにして欲しい」
たったそれだけの事が望みだった。
「正直もう面倒になってきてね。
ハトノを滅ぼそうかと思っていた所さ!」
「……そこに話の分かりそうなのが、丁度良くやって来たという訳ね」
「うんうん! それだけの魔力を持ちながらハトノなんかに従っている変わり者がね!」
レームは初めにシャルの事を同種の存在と言っていた。
自分と同じ者なら交渉の余地があると思ったのかもしれない。
レームの考え方はハトノの考え方と同じだった。
レームにして見れば人間と交渉なんて出来ないと言う事だろう。
だがそれが同じ存在なら違うと言う事だ。
「君達はゴーレムなんて簡単に根絶やしに出来たはずだ。
大型ゴーレムだって倒せたんじゃないかな?」
倒す方法はいくつかあった。
だが今なら分かる。
それは簡単には行かないと言う事が。
目の前の男、レームからはシャルと同等の魔力を感じる。
そしてもう一人、いやもう一体か。
ゴーレムのフェルスからはレーム以上に凄まじい魔力を感じる。
それは大型ゴーレムの中から感じた物と同じだった。
「それは分からないわ。
私の使い魔より……大きいから」
それをここで言う必要があったのか!?
「ぎゃうぎゃう!」
『シャルよりも大きいしな!』
フェルスのそれはシャルよりも豊満だった。
そして俺は小さい体が更に小さくなるよう……潰されていた。
「い、いやそんな無理に小さくしなくても良いんじゃないかい?」
レームにまで心配されるほどそれは酷い仕打ちだった様だ。
だが茶番はここまでだった。
シャルが真剣な面持ちで話しだす。
「私達を監視していたのは……今は良いでしょう。
ハトノの表向きの目的はモンスターの討伐よ。
つまり貴方達を倒せば良いって事ね」
そうなのだ。
モンスター、ゴーレムをどうにかしない事にはこの戦いは終わらない。
「ハトノの本当の目的はゴーレムの利用だろう。
僕を懐柔すれば可能だろうけど、僕にその気はない」
ハトノとレームに交渉の余地は無いだろう。
俺とシャルは答えを出さなければいけなかった。
「そして後は君達次第になるね?
ハトノの目的は分かっている。
でも君達の目的はまだ聞いていないよ?」
そう、まだ俺とシャルの目的は明かしてはいなかった。
「私達は自分達の事をもっと知りたいの。
欲しいのは情報。
そしてそれを貴方は持っている。
……貴方と同種の存在、魔王とやらに付いて教えてくれる?」
シャルの話した事に一応嘘は無い。
「僕が知っている事なら何でも話してあげるよ!
……でもその前に教えたら僕に協力してくれると言う言質が欲しい」
そんな物に何の意味があるかなんて言えない。
「良いわよ。たとえ貴方の知っている事が私の知りたい事で無くても貴方に協力するわ」
シャルは簡単に返答してしまった。
どうせ断った所でハトノとゴーレムの戦いになるだけだ。
それはきっとレームも同じ事なのだろう。
レームはシャルの言質を得た事で直ぐに話し始めた。
「それ程難しい話では無いよ。
僕はただ人より魔力が多い。
それは生まれつきの物では無く、後天的に増えた物だ。
理由は洗礼。
ただそれだけの事さ」
シャルは洗礼を受けている。
しかし、シャルが人より優れた魔力を持つのは洗礼のお陰では無い。
「少し違ったのは洗礼に失敗した事。
僕は神の加護を得られず、洗礼に使用された魔石の魔力を全て吸収する事になった。
それをどう受け取るかで呼び方に差が出来た。
様々な呼び名があるのはそのせいだろうね」
呼び名が不吉な物が多かったのは仕方のない事かもしれない。
「でも使い魔の召喚は成功した。
きっとこの膨大な魔力のおかげでね。
今となっては洗礼に失敗した事を喜ばしく思うくらいさ!」
レームはそう言ってフェルスに微笑みかける。
フェルスは恥ずかしそうだったがとても嬉しそうでもあった。
……機械のゴーレムだけどそれはなぜか良く分かった。
「私と貴方は似ているかもしれない。
でも根本的には全く違うわ」
シャルとレームは全く違う。
洗礼は成功したし、魔力が増えたのは俺との契約のお陰だ。
似ているのは使い魔を使役している事と膨大な魔力だけだった。
「それは残念だ。
でも君の欲しい情報では無かったかもしれないが協力はしてくれるよね?
僕はこの村で平凡で静かな毎日を過ごしたいんだ!」
もう一つ似ている事があったか。
平凡に過ごしたいと言う事が。
「……ハトノを滅ぼす。
その事を手伝えば良いの?」
シャルがそんな事を手伝うとは思えないが。
「出来れば戦いたくはない。
僕には分かる。
こんな強大な、一国を滅ぼせるほどの力を持っているからこそ分かるんだ。
どれだけ強力な力を持っていようと更に上は存在する。
……現に君達が現れた」
上には上がいる。
自分達が一番強いとは限らないと言う事だ。
……それは俺とシャルにも言える事かもしれない。
「僕がもしハトノをゴーレムで攻めていたら君達と即座に戦う事になっただろう。
結果は……どうなるか分からないけどね。
たとえ君達を倒したとしても別の誰かがまたやってくるだろう。
戦い始めれば終わりは来ない。
……全てを滅ぼす以外はね!」
レームは自称魔王だ。
だがその名で呼ばれるのはそう遠くないのかもしれない。
「……私の選択次第で貴方は魔王になってしまうのね」
「そう言う事になるのかな?」
レームはどこまで行っても笑っていた。
彼の中には確固とした決意があるのだろう。
この村を、ダークエルフ達を守ると言う事だ。
レームの家の周りにはいつの間にかダークエルフ達が集まっていた。
俺はその気配を感じる事が出来ていた。
この村の住人はレームの事を信頼しているのだろう。
その決定に全てを委ねている様だ。
「はぁ……。
魔王になろうがどうしようが構わないけど、私のせいにされるのは嫌ね」
シャルは決めたようだ。
「私の提案通りにしてくれる?
ハトノの方は私がなんとかしてみるわ。
失敗しても文句を言わないでよね!」
「ああ、勿論! 失敗した時は僕が本物の魔王になるだけさ!」
シャルはハトノを説得するのだろう。
その為に必要なレームの行動を説明していた。
そして最後に一番重要な事を告げる。
「あとは剣の代金、一億ギルを貰ったら交渉は終了ね!」
……本気だったのか。
しかもここでその話を出すと言う事は払わなかったら協力しないと言う事に……。
「……貧困に喘いでいる訳では無く、金の亡者でしたか。
貴方は洗礼でも神から加護では無く、お金を貰いそうですね」
フェルスが憐れみを籠めてそう言っていた。
……間違っていないので言い返せない。
それはシャルも同じ気持ちだったのか悔しそうな顔をしていた。
最後の最後でフェルスにやり返された形になってしまった。
「ああ!
最後になってしまったけど、名前を言って無かったね。
もう知っているかもしれないけど、僕はレーム。
自称魔王さ!」
本当に今更だった。
「レームの使い魔でフェルスと申します」
主人にならい、使い魔も挨拶をする。
「私達を監視していたのなら知っているかもしれないけど、シャルよ。
勇者の護衛で……魔王の間者になったのかも」
シャルはどんな極悪人になってしまったのか!
……冗談は良いとして、俺も名乗ろうか。
「ぎゃうぎゃう!」
シャルからあまり人の言葉を話すなと言われていたんだった。
しかしそれは何の意味も無かった。
「……ぷははは!
もう我慢できない!
君達を観察していたと言ったろ?
人の言葉を話せる事は知っているよ!
それにしてもドラゴンの鳴き真似が上手だね……ぷっ!」
レームは完全に俺を馬鹿にしていた。
「……これはこれで可愛いかと」
フェルスは何とか笑いを堪えている感じだった。
機械のくせにそんな事を表現しなくても良いんだよ!
「……ファースト、もう良いわ。
普通に挨拶しなさい」
シャルも諦めたのか俺にそう言った。
「シャルの使い魔でファーストだ。
特技はドラゴンの鳴き真似だ!
……どっかのゴーレムよりは上手いだろ?
ごおおおおお! だっけか?」
ここは軽く言い返しておくべきだろう。
「……なっ、なっ、何を、いいいい言って!」
フェルスは恥ずかしさで壊れてしまったのかもしれない。
そんな機械は嫌だな……それはもう人間と変わらない。
「どうだい、僕のフェルスは可愛いだろう?」
「無駄に高性能ね」
「まだ中に人が入っているんじゃないか?」
人外だらけ? のこの場には似つかわしくない平凡な日常が流れていた。