第百七話 柄前
ハトノ国では俺達が来る前からモンスターに対してずっと警戒態勢を取っていた。
だがなぜかモンスターは攻めては来なかった。
それに気になる情報を女メガネは入手していた。
「モンスターが出現した周辺住民に聞きこんだ結果だが……。
モンスターが攻めてきたのは勇者が召喚された後かもしれない」
女メガネを暫く見かけないと思ったらちゃんと仕事をしていた様だ。
でも女メガネ本人が仕入れた情報では無く、俺達の良く知る速さが身上の者からの情報らしい。
学園時代からしばらく会っていないが、国で情報収集の仕事をしていた様だ。
「それは勇者、アキラさんが召喚されたからモンスターが襲ってきたって事?」
シャルは女メガネに説明を求めていた。
俺達が本当に知りたい情報では無かったが、知っておくべき事でもあった。
「そこまでは分からなかった。
ただ今回の召喚には何か裏があると言う事だろう。
ハトノは色々と隠し事が多そうだ」
答えは得られなかった。
そんな中、モンスターの再度の討伐が実行される。
◇◇◇
今回の討伐に護衛はお留守番だった。
シャルを除いてだけど。
アキラの護衛はシャルと将軍のクノッヘン、そして選りすぐりの精鋭で軍の兵士達が行う。
初めの時の様な失態は犯さないと言う事だ。
アキラにはハトノから自分の身を第一に考え、護衛の者達は盾として扱うよう厳命されている。
……本人は守る気がなさそうだったけど。
また精鋭の中には魔術師が居ない。
捨て駒と言う意味もあるのかもしれない。
魔術師は貴重だからな。
アキラの訓練していた場所とモンスターが居ると言われている場所は少しだけ離れていた。
道中には町もあったが、そこでは被害は出ていないらしい。
最前線はハトノ南西で森の手前だった。
ここでは多くの軍の兵士が駐屯していたが、戦った痕跡は無い。
モンスターが攻めてこないのは本当の事の様だった。
俺の様にモンスターを威圧する事もしていないのに、どうして攻めてこないのかは分からない。
正直、攻めてこないならずっと守っていれば良いと思う。
だが目に見える脅威は排除しなければ、安心は出来ないのかもしれない。
アインツ王国なら前者を、ハトノ国は後者を選んだ。
何方が良いとは断言できないな。
普通モンスターは人間を見かけたら無差別に攻撃してくる。
アインツ王国を襲撃したモンスターと同じで、何者かが操っている可能性があるのかもしれない。
ハトノの情報では人型のゴーレムが森の奥に数多く生息していると事だ。
森の奥に迷宮があるかどうかは確認されていないとも言っていた。
なぜモンスターが発生したかはまだ分かってはいない。
だが全ては予想で自分自身で確認した訳では無い。
確実な事は……。
『この森の奥に何かいる……それも大量にね』
『何か? モンスターでは無いの?』
『モンスターも居る。
けど別の何かが大量にいるのも確かだ』
アインツの時の様に操られた死体では無い。
今まで感じた事の無い気配だった。
「私の使い魔がこの先に何かいるのを感じている。
大体の場所は分かるわ。
……案内しましょうか?」
シャルはクノッヘンに提案していた。
このまま待っている訳にもいかない。
闇雲に進むよりはある程度把握できる事を教え、有利な状況で戦いたかった。
「優秀な使い魔だな。
分かった! シャル殿に案内を頼むとしよう。
先頭は勇者様だ。
護衛は最前線で戦う事になるが宜しいか?」
「問題ないわ。
ただアキラさんは護衛より前に出ないと約束して欲しいわ」
シャルが護衛を務める時に万が一がありましたでは話にならないからな。
「……分かりました。
でも護衛の皆さんが危ないようでしたら約束は守れませんよ?」
「勇者様は私が教える事など無い程、お強くなられた。
しかし油断は禁物です。
最悪の場合は護衛を見捨ててでも撤退する事をお忘れなく!」
クノッヘンが念押しとばかりに撤退について説明する。
アキラは強くなった。
だがまだクノッヘンより弱い。
理由は色々あるが圧倒的に実戦経験が少ない事が一番だ。
その経験をさせる為の討伐でもある。
最悪撤退する事になってもそれはそれで成功と言えるのだ。
死なない事。
再起不能の大怪我をしない事。
これだけは守らないと行けなかった。
◇◇◇
アキラ一行を先頭として森の奥へと進軍していく。
後方には大勢の兵士達が控えている。
アキラの進軍に合わせて防衛ラインを上げている様だ。
……なぜ上げるのか?
人間はモンスターの様に感覚が鋭くない。
森の中で戦うよりは開けた場所へ誘い込んで戦った方が良いと思える。
だがなぜかその方法を選ばなかった。
勇者が撤退しやすいようにしているのかもしれないが。
『……目の前だ。
気を付けた方が良い!』
「ぎゃうぎゃう!」
「来るわ! 戦闘準備を!」
シャルの声でクノッヘンが兵士達に指示を飛ばす。
「全員、前方に注意しろ!
戦闘準備だ! 槍を構えろ!」
ハトノではアインツと違い五人一組の隊列では無い。
アキラの前に十人、軍の兵士達が槍を構え、盾で体を守り立ち並ぶ。
シャルとクノッヘンの前にも同じように兵士が立つ。
準備万端。
後はモンスターを迎え撃つだけだ。
そこへわらわらとモンスターが森の奥から湧いて出てきた。
それは事前にハトノから聞いていた通り、人型のゴーレムだった。
人型の機械と言った方が良いか。
無機質な感じに機械的なコードやボルトの様な物が見て取れた。
そこに嘘は無かったが……森で機械のゴーレム。
森の奥には古代の遺跡や文明的な何かがあるのだろうか。
それともこの世界ではこれが普通のゴーレムなのか。
そんな答えの出ない考えをまとめる前に戦闘が開始される。
「ゴーレムを前に進ませるな!
動きが止まるまで攻撃の手を休めるな!
確実にゴーレムを倒すまで油断するなよ!」
ゴーレムは多少の破損では動きが止まらない。
痛覚と言う物が無いのだろう。
ただ回復すると言う事は無いので確実に倒していくのが正攻法だった。
逆にハトノは兵士を直ぐに後退させる。
それと同時に別の兵士が前に上がってくる。
魔術師だけはその場に残り、兵士だけが交代する。
この繰り返しで前線を維持していた。
この交代速度は洗練されているように感じた。
ハトノは魔術師の数が少ないらしい。
その為、魔術師は常に前線に居続け兵士だけを交代させ対応する。
アインツ以上に兵士は消耗品扱いされていた。
傷を受けた際の交代が早い事だけが兵士の救いか。
だが今回はあまり交代は行われない。
見殺しにしている訳では無く、後方の魔術師が強いからだ。
シャルでは無く、アキラの力が大きかった。
「ファイアアロー!!!」
槍ではほとんど傷つかないゴーレム達が炎で簡単に溶かされていく。
炎の矢はゴーレムを貫く事もあったが、貫かれたゴーレムは必ず燃え上がっていた。
触れた物全てが燃え上がる。
ただのファイアアローと言うには強すぎる魔術だった。
そんな活躍の裏でシャルと俺は暗躍していた。
……主に魔石を回収する為だ。
動かなくなったゴーレムを解体する。
だがその核となるはずの魔石が見つからない。
……またか。
『本当の機械とでも言うの?
……それにしては簡単な作りの様に思えるわ。
戦闘を行えるほど複雑な動きは出来ないはずよ』
『やっぱりモンスターに操られているとみるべきだな。
今度はその操っている奴が……現れたみたいだ』
ゴーレムはアキラを避けるように展開していった。
更に後方でも戦闘が始まっている様だ。
そしてアキラの前には一際大きな人型のゴーレムが現れる。
……成体となった俺よりも大きいだろう。
「これがモンスターを総べる物か。
……魔王って奴になるのかな?」
アキラはハトノからこの世界についてどういう説明を受けたのだろうか。
それとも元の世界でのイメージか。
ただこの大型ゴーレムは迷宮のボス達より確実に強い。
俺はそんな直観的な事を感じていた。
そしてもう一つ感じた事がある。
『こいつは他の人型ゴーレムとは違う。
……確実にモンスターだ』
それはモンスター同士特有の感覚かもしれない。
俺はその感覚をはっきりと感じていた。
『ファーストよりも……大きい?』
『ま、魔石の話だよね!?
自分の体の中にある魔石とか見た事無いから分からない。
でもモンスターなら魔石があるはずだ。
……かなりの大きさになるだろうな』
シャルの目が怪しく光る。
それとは別に勇者も目の色を変えていた。
「こいつを倒せば……僕は認められる事になる」
それは勇者として大衆に認められると言う事だろうか。
……シャルに認められると言う事なら俺を倒してから考える事だな。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずかアキラは握る剣に力を入れる。
アキラは勇者として、初の功績を得ようとしていた。
ベアイレ
性格は変わり者
趣味は速さの追及
シャルの学園時代の担任だったが卒業前に軍へと徴兵された
現在は騎士団に所属している
各地を転々としておりライフィー、アフュンフ、今はハトノで情報収集をしている様だ
シャルとファーストの速さを認めており、評価も高い