第百三話 柄口
「あの……シャル様、いつものご料理を頂けませんか?」
シャルにちょっかいを掛けていた常連は態度が著しく変わっていた。
物凄く下出になっていた。
それでもシャルに注文するのだからある意味凄い。
トレーネとツェーレは相変わらず元気に店内を駆け回っている。
そこにはモルトの姿も増えていた。
「モルトちゃんは小さいのに頑張るねぇ」
主に爺さん婆さんの心をがっちり鷲掴みにしている。
……大きなお友達は近づけさせない。
エグ達とはたまに遊んでいるようだがそれは良いだろう。
そして俺は……皿を洗っていた。
お客が結構増えた為、職を失わずに済んだ。
モルトの効果もあるかもしれないが、一番はやっぱりシャルだろう。
ここでなら安心して食事が取れるという事だろうか。
安全な食材という意味では無い。
態度の悪い連中は誰も寄り付かないからな。
だが悪い事もあった。
貴族の連中に目を付けられた事だ。
王都襲撃の際、王城や貴族地区を優先して守らなかった事を逆恨みしているようだ。
このお店には元から貴族なんて来ないから関係ないけどな。
だが俺達の事を知っている様な奴らで反感を持っている者は注意が必要だ。
アインツ王国で力を持っていると言う事だからな。
◇◇◇
襲撃から数か月。
直接的な新しい情報は何も無かった。
だが間接的な情報はある。
隣国、ハトノ国でもモンスターが大量発生したと言う事だ。
原因はまだ分かっていないが、同じく迷宮が問題なのだろうか。
そしてここからが本題だ。
そのハトノで異世界より勇者が召喚された。
これはまだ各国の上層部しか知りえない情報だ。
ああ、ギルドの上役と教会の一部の者も知っているか。
異世界からの召喚は基本的に禁止されている。
人道的では無いと言う事が理由だ。
相手側は召喚に応じるか応じないかの選択が出来ず、強制的に召喚されるからな。
しかし、召喚は行われた。
モンスターに対応する為には他に方法が無いと言うのがハトノの主張だ。
……ハトノは実際の所、召喚の事実を隠しておきたかったようだがな。
だが教会にそう言う事が分かる者が居たらしい。
転生についても分かるのだろうか?
教会には少し探りを入れなければいけないかもしれない。
その辺はメガネが上手くやるだろう。
そしてそのメガネから呼び出しだ。
今回は呼び出されなくても此方から向かうつもりだった。
◇◇◇
「よく来てくれた。
今回の依頼は君達の望む事とも関係しているから断る事は無いと思っている」
メガネの言いたい事は分かる。
依頼は召喚者に関係している事なのだろう。
「本題をどうぞ」
シャルは短く先を促した。
「ハトノ国で一人の勇者が召喚された。
君達にはハトノへ行き、その勇者の護衛をして貰いたい。
実際の所、どうなるかはハトノの対応次第になる」
どうもハトノとは完全に話がついていないようだった。
それに勇者は一人だけか。
俺の知っているお伽話では四人の勇者が召喚されていた。
同じ召喚方法なのか、別の召喚方法なのか、それとも人数指定が出来るのか。
だが所詮、お伽話だ。
どこまでが本当か分かったもんじゃない。
召喚について、俺は分からない事だらけだった。
「実はもう他の国は勇者の護衛を送り出している。
アインツは少し対応が遅れたようだ」
「ならもう護衛は必要ないのでは?」
シャルの質問は当然の事だった。
「そう思うかもしれないが、これは高度な政治的問題で……」
「つまり?」
シャルは回りくどい事が嫌いだった。
「……元々護衛など必要ないのだよ。
此方の事情で無理矢理ねじ込んだ事だ。
護衛は建前で本来の目的は勇者の懐柔になる」
勇者の懐柔。
歴史上、召喚された勇者は優れた力を持っていた。
それは戦う力だけでなく、技術的な事でも発揮されている。
時計や硬貨などが代表的だ。
その勇者の力を手に入れる事は国にとって大きな利益になると言えるだろう。
懐柔する為に直接的な交渉は難しい。
ただ勇者に会いたいと言う事では普通は会わせてくれない。
戦って奪い取る方法もあるかもしれないがそれは下策だろう。
何も知らない者なら普通攻めて来た側を悪く考える。
それだと勇者が反感を持ちそうだからな。
争い以外での交渉の機会がこの護衛と言う事なのかもしれない。
「この世界の為に召喚された勇者は国の枠を超えて守る必要がある。
そう言って無理矢理各国でハトノを説き伏せた。
流石に軍を送る事は認められなかったが、護衛を付ける事で合意した」
モンスターの対応に他の国の力を借りるつもりなら、初めからそうしていただろうしな。
それにまずモンスターに対応出来ないという理由が本当かどうかと言う事からして怪しい。
そしてそれ以上に怪しい事もある。
「シャルが護衛をするとして、勇者を懐柔する方法は?」
「勇者はシャル君よりも少しだけ年下で、男性だ。
……方法は任せる」
「どうやら今日がアインツ王国最後の日のようだな」
全ての力を解放する時が遂に来た!
「待て待て待て!
依頼はあくまで勇者の護衛だ!
その上で懐柔出来るならして欲しいと言う事だよ!」
……その時はまだ来ないようだ。
俺が思った通りの事をシャルにして欲しいがそれは強制では無いと言う事か?
「……君達なら異世界からの召喚者と話が合うのではと思ってね」
メガネは此方に探りを入れるように話す。
「国からの情報でしか、異世界の事なんて知らないな」
「今回の勇者が私達の知りたい情報を知っていると嬉しいんだけどね。
……ハトノ国からでも良いんだけど?」
俺とシャルは情報を求めている。
特に異世界の事、召喚の事を……だ。
負債の為だけにアインツ王国に従っている訳では無い。
その情報を得る事が一番の理由だった。
個人で調べるのには限界がある。
国の力を借りた方が確実で早い。
今回の勇者の件についても国の力が無ければ知りえなかったかもしれない。
「ハトノに直接聞いても何も得られないだろう。
だが調べる事は出来る。
……ハトノについては此方に任せて欲しい。
君達は勇者を頼む!」
異世界からの召喚の方法。
それは教会が厳重に管理している。
決して誰にも、枢機卿や教皇ですらそれを知る事は出来ない。
ではなぜハトノは召喚出来たのか?
教会から流出したのではないと仮定すると、新しく召喚方法を発見したか作り出したかになる。
そして本来なら勇者は四人召喚されるはずだ。
まだ完全な召喚方法では無いのか、それとも人数指定出来るようになったのか。
……事細かに条件を変更する事が出来るのか?
ここまで全てがアインツ王国、メガネから得られた情報だ。
あまり有益な情報はこれまで無かった。
今回の召喚は情報を得るまたとない機会だった。
「……今回の依頼、受ける事にするわ。
当然、報酬は弾んで貰えるのでしょう?」
「桁違いだと思ってくれて良い。
……懐柔出来ればの話だが」
メガネには俺達が異世界や召喚についての情報を求める理由を教えていない。
だがメガネはこう見えて優秀だ。
きっと気付いている。
生物の頂点であるドラゴンが何を恐れるのか。
それは伝説上の人物で、モンスターを地上から一掃した者。
勇者その人しか考えられないだろう。
そしてそれは国も同じだ。
異世界より勇者を召喚したとして、もし勇者が国を裏切ったらどうなる。
国の手におえないような事を勇者にして貰う為に召喚する。
そんな国に勇者を倒す事など出来ない。
ならどうするか?
……元の世界へ帰す方法は必ずあるはずだ。
万が一、俺が勇者と戦う事になった時の為にその方法を求めているとメガネは考えているはずだ。
……そう思っていてくれたら助かる。
俺は異世界からの転生者だ。
だがこれまで転生についての情報は何一つ得られていない。
『今回召喚された勇者はファーストのお友達かしら?』
『俺に友達なんて居なかったよ』
シャルはからかうように質問する。
そして次は真剣に質問してくる。
『やっぱり気は変わらない?』
『何度も言うけど俺はシャルと一緒に居られればどこだって良い。
シャルの望むようにするよ』
『私はファーストにも同じ気持ちになって欲しい。
きっとまだ時間はあるわ。
興味が無くても考えてみて……』
『ああ、分かったよ……』
俺が興味を持つとしたらその方法だ。
リスクが無いとは思えないからだ。
シャルは俺に協力してくれる。
俺の為に情報を求めてくれる。
そして俺の為だけでは無く……シャル自身の為にも。
◇◇◇
お店をしばらくまた休む事を女将さんに了承して貰った。
モルトの事も頼んである。
心配は何も無い。
考えるべき事はこれから先の事。
向かう先はハトノ国。
アインツ王国の南西の国だ。
会うべき人は異世界から召喚されし勇者。
シャルの三つ年下の十五歳、男性。
名前はアキラ。
名前からして元の世界、日本からの召喚者だろう。
得るべき物は情報。
異世界、召喚何でも良い。
俺はこの時、自分とシャルの事しか考えていない。
……召喚された勇者の事なんて気にも留めていなかった。