第十一話 休業3
「ここが我が家だよ。
遠慮しなくて良いからね」
俺とシャルはマルメラと別れ、今夜泊まる場所に来ていた。
……あの場にいた青年と。
「助けて貰っといて聞くのは失礼かもだけど……。
この人は誰? 信用出来る人?」
「アンタはこの人が誰か知らないの?」
有名な人だったのだろうか、シャルに呆れられてしまった。
「これは失礼。
申し遅れたが……私はエレクト。
アインツ王国の騎士団長の座を頂いている。
以後宜しくお願いするよ」
騎士団長が何をする職なのかよく知らないが確か軍でもトップクラスに偉い人じゃ……。
「アインツ王国にその人ありと言われている人よ。
この国で最強の騎士でありまた魔術にも秀でている。
そしてこの見た目でしょう?
結婚したい男性で五年連続一位の人気者よ。
今は殿堂入りしてしまって除外されているけど、あと五年は続いたでしょうね」
物凄い人だったようだ。
しかもなんか女の子が気にしそうなどうでも良い情報付きである。
「まぁ名誉職みたいなもので実際は国の雑用係……何でも屋みたいなものだよ。
だからそんなに畏まらなくても良いからね。
あと後半の事は恥ずかしいのであまり言わないで欲しいかな」
本当に気にしているのか少しだけ顔を染めている。
それにしても爽やかである。
「家族を紹介したいが今日は疲れているだろう。
部屋へはメイドが案内するよ。
何か困った事があったら彼女に言うと良い。
それではゆっくりしていってね」
塀に囲まれた庭はとても広くまた部屋がいくつもある。
ドラゴンの幼生となり体が小さくなったからそう感じるのではない。
案内が無いと迷子になってしまいそうだ……ドラゴンだからそんな事は無いのだが。
頭の中に正確な地図があるかのようにすべてを感じ取れる。
なぜか感覚が鋭くなっているようにも感じるのは気のせいだろうか。
俺とシャルはこの豪邸で学園が始まるまでの休みを過ごす事になりそうだ。
それまでには学園の安全が確認されるだろう。
◇◇◇
「今日は早めに休みましょう」
「うん……とても疲れたよ……」
シャルがそう言って案内された部屋のベッドに横になる。
俺を抱いて。
『分かるかしら?
もし返事が出来ないようなら頷くだけで良いからね』
シャルの声が頭の中に直接響く。
捕まって助け出された直前に聞こえた時のように。
そして俺は小さく頷いた。
『疲れていると思うけどもう少しだけ頑張って。
これは主人と使い魔の能力。
私が使えたのだからきっとアンタも念話が使えるはず。
集中して……魔力に言葉と想いを込める感じで!』
俺は言われた通りにする。
今感じている事と同じ事をするだけだ、きっとできる。
シャルを信じれば良いんだ。
『……ャル……シャル!』
『できたわね。
これで誰にも知られる事無く話せるわね』
『どういう事?』
『どうも私達は思ってた以上に監視されているわ』
『……そうだね。
人攫いとローブの男が俺たちの情報をどこからか手に入れていたな』
古びた山小屋での事を俺は思い出していた。
『それだけじゃないわ。
今回助けて貰った騎士団もよ。
私がアンタの場所を感じる事が出来るって言ったら驚いていたのよ。
主人と使い魔がお互いの位置を知る事はそれほど珍しい事じゃないのにね』
『騎士団もグルだったって事?』
『いえ、それは無いと思うわ。
でも今回の事が無くてもいずれ騎士団が接触を図ってくる事はあったのでしょうね』
『何か問題ある事なのかな?』
俺にはよく理解できない事だった。
騎士団の事も何も知らないしな。
『多分、私達を騎士団もしくは国の兵として引き込みたいのよ。
それにエレクト様は従魔を扱う』
――従魔。
使い魔とよく似ているが召喚されるのでは無く主人が直接会って従える。
契約をする事もあるが魔力を流すと苦痛を与えるといった拘束具で縛る事が多い。
そうする事で複数の従魔を操る事が容易になる。
『俺を従魔にしようとしていると?』
『私に何かあったらそうするかもしれないわね。
今なら簡単に拘束具で縛る事が出来るしね。
でもそんな事はしないと思うわ。
国として求めているのは人知を超えた天災クラスの力を持ったドラゴン。
そんな力をもっていたら拘束するなんて無理よ。
でも使い魔として契約しているのならその力を利用できる可能性がある』
確かにそうだと思った。
シャルの言う事なら大抵の事は俺はするだろう。
『ま、今のアンタじゃそんな力はまだまだ手に入れられそうにないけどね。
それに私は今の所……国に仕える気は無いわ。
でも反逆の意志がある訳でも無い。
まぁ私の生まれた国だし、どちらかと言えば好意的なんだけどね』
『それでも疑うと?』
『ええ……でも悪い事を考えているので無いわ。
エレクト様は従魔を使うっていったでしょう?
その従魔と言うのはワイバーンっていう飛竜よ。
国はエレクト様のように名声も富も得られるっていう事を見せたいだけだと思うわ』
『そうして自らの意志で国に仕えるようにする……という事か』
『ね? 悪い話では無いでしょう』
『そうだね。
だけどあんまり荒事に巻き込まれるのは嫌だなぁ』
『巻き込まれると言うよりもその原因だから何をしていてもあまり変わらないけどね……』
そうだった……。
当事者である限り荒事からは逃げられないのかもしれない。
『でもアンタが何をしたいのかは考えておいて欲しい。
アンタは魔物かもしれないけど人間と同じように考えることが出来るからね』
『俺はシャルに付いて行くよ』
『……それ以外の道も考えて欲しいの。
自分が何をしたいのかをね……』
『……一応考えてみるよ』
『お願いね?
話が少しそれたわね。
結局何が言いたいかと言うと能力や魔術の事はなるべく伏せておきましょう。
今は言葉が交わせて、少しなら空を飛ぶ出来る。
後は火が吐けて、お互いの位置がなんとなく分かる。
これ以降何か出来るようになったらその都度話し合いましょうって事!』
『了解。
この念話の事は黙っておくよ』
そして今度こそ本当に休む事にした。
長い一日がやっと終わった……。
◇◇◇
「今日くらいトレーニングを休んでも良いと思うんだけど……」
「筋肉は裏切らないわ。
でも毎日鍛えてやらないといけないのよ」
「何に裏切られたの!?
その前にそれ女の子のセリフじゃないから……」
シャルは今日もトレーニングをしていた。
場所はエレクト家の庭。
丁度良い広さの場所があったのだ。
もしかしたらエレクトもここで鍛錬をしていたのかもしれない。
「やあ、昨日はゆっくり休めたかな?」
エレクトがシャルに話しかけた。
こいつも朝がはえーな。
「ええ。
あんなフカフカの豪華なベッドで寝たのは初めてです。
とてもゆっくり休めました」
「それは良かった」
「ご一緒にどうでしょうか?
最強のお手並みを拝見してみたいです。
それに出来れば魔術も教えて貰えると嬉しいです」
「申し訳ないがすぐに出かけなくてはいけなくてね。
戻ったらでも良ければ喜んで相手をしてあげよう」
そう言って足早にこの場を後にした。
昨日の件もあるのだろう。
俺とシャルはトレーニングの後に朝食を頂いた。
そしてまたシャルは庭でトレーニングだ。
剣を振るっている。
俺はと言うと……ぶっちゃけする事が無い。
剣は持てないし魔法の訓練は人の家で火を吐くわけにもいかず、訓練するわけにはいかなかった。
ぼーっと空を見ていたらその視界に網目状の物が映った。
そして俺は捕えられてしまった。
虫取り網のような物に……だ。
「やったー。つかまえたぞ!」
「え、何? 俺捕まえられちゃったの!?」
「おまえはいまからぼくの じゅうま だからな!」
五、六歳だろうか。
小さな男の子に俺は捕えられたようだ。
「あはは、アンタ暇なんでしょう。
少し遊んであげたら?」
シャルから笑われながらそう言われてしまった。
まぁ本当の事なんだが。
「分かったから取り敢えず網から出してくれるかな?」
「にげちゃだめだからな!」
そう言って男の子は網から俺を出した。
「フフフ! 馬鹿目、言ってる事は分かったが従うとは言ってないぞ!」
俺はそのまま男の子の手から逃げ出した。
「こ、こら! ずるいぞー!」
「簡単に信用する方が悪い!」
「まてーーー!」
そうして男の子との鬼ごっこが始まった。
「ま、まってー……」
「どうした? もう降参か?」
男の子はへとへとになるまで俺を追いかけていた。
小さな男の子に捕まるほど俺は軟では無い。
大人げないとも言うが。
そして丁度元の場所、シャルがトレーニングしている所まで来て男の子は地面に倒れこんでしまった。
もう動けないのだろう。
そこへ一人の女性が現れた……メイドでは無い。
「あらあら、こんな所で寝てはいけませんよ」
「あのどらごんがにげるからだよー!」
「俺のせいかよ!」
思わず突っ込んでしまった。
その隙をついて男の子がまた俺に網をかけた。
「すきありー! こんどこそつかまえたぞー!」
「ははは。ブリッツ、その辺で勘弁してあげたらどうだい?」
エレクトが帰ってきたようだ。
その男の子に俺を開放するように伝えた。
「そのドラゴンは客人、シャルさんの使い魔だよ。
ブリッツは他のを探さないとな!」
エレクトは男の子、ブリッツを抱えながらそう言っていた。
「エレクト。お帰りなさい」
「ああ、ただいまトレーネ。
そうだ丁度良い、私の家族を紹介しよう」
エレクトが俺とシャルに向かって話し始めた。
「女性がトレーネ、私の妻だ」
それにあわせてトレーネが会釈した。
「この男の子がブリッツ、私の息子だね。
息子は私のように飛竜を従魔にしたいようでね。
ドラゴン君には悪い事をしたね」
「いえいえ、私の使い魔は暇を持て余していたようで丁度良い遊び相手になって貰えましたわ」
「ちょ、俺が遊んで貰っていたの!?」
俺の突込みはスルーされ会話が続く。
「それは良かった。
またブリッツに相手させよう!」
「それも宜しいですが皆で食事に致しませんこと?」
トレーネが提案した。
「それが良いね」
「準備は出来ていますわ」
食事はとても豪華な物だった。
ゆっくり味わいたかったが終始ブリッツがちょっかいをかけてくるのでそれは叶わなかった。
ここにいる間ずっと相手をしないといけないのだろうか……。
◇◇◇
食事が終わりエレクトがシャルに武術と魔術を教えてくれる事になった。
「それで剣と魔術、どちらを先に見せようか?
でも正直、教えるのは苦手でね……あまり期待しないで欲しい」
「両方教わりたいですが、出来れば……対魔法障壁を教えて頂きたいです」
シャルは昨日の事件でエレクトが使用したそれを教えて欲しいようだ。
確かにあれは凄いものだと思う。
「そう急がずとも学園でも教えて貰えるだろう。
だが昨日の事もあるか……いいよ、私の出来うる限りで教えてあげよう」
「有難う御座います」
「さっそくだけどこの魔法を説明するね。
この魔法は壁を作ると言うよりは自分の周り全てを魔力で囲うと言った方が良いだろう。
そしてその魔力に触れた別の魔力をそのまま中和するんだ。
物理的な物にも効果はあるがそれほど効果は無いね。
それなら魔法で土の壁なんかを作った方が効果が高いからね」
「私は氷の属性なのですが自らを氷の壁で囲った方が良いと?」
「物理的な攻撃に対してはそうだね。
でも魔術には対魔法障壁の方が良いだろう。
氷の壁で自らを囲むと身動きが取れなくなってしまうからね。
それにとっさの時にも対魔法障壁の方が早く出せるはずだからね」
「というと?」
「工程で説明すると魔力を出す。
この一工程だけなんだよ。
圧倒的な魔力でその他の魔力を中和する。
ただそれだけの事なんだ。
そして自らの傍でしか使えない。
広範囲や自分から離れた場所に魔力を出すのは適正属性でもない限り難しいからね」
「これは何属性になるのでしょうか?」
「黒……時空属性になるね」
「それは!?」
俺は思わず声を上げていた。
これだと思った。
俺はやっと自分がするべき事、出来る事を見つけたと思った。
「ドラゴン君が時空属性だったのかな?
対魔法障壁は魔法だ。
適性が無くても使えるし、シャルさんも覚えておいて損は無いね。
だがドラゴン君はより強力な物が使えるかもしれないね。
まぁ私は適正が無いので対魔法障壁しか教えれないがね」
「それだけで十分です。
俺にも一緒に教えて欲しいです」
「ああ、勿論良いとも!」
俺はこの日からシャルと一緒に同じ魔法の修行に励む事になった。
これまでどこかシャルと違い思い入れが足りなかったと思う。
だがこれからは俺の方が……と思えたのだった。