第百一話 無視
俺とシャル、そしてモルトが王都へと帰る道を歩いていた。
しかしその足取りは重かった。
『ファースト、今回の件……どう思う?』
『人間くせぇ。
匂いじゃ無く、その行動がな』
モルトは暴れ過ぎて疲れたのか俺の手によって大人しく運ばれていた。
そして俺とシャルはモルトには聞かれたくない事をテレパシーで会話していた。
『冒険者達を足止めする為……よね?』
『そうだと思うが、やり方があまい。
……甘々の俺達が言う事ではないけどな』
今回の件とは迷宮付近の町の住人が全滅し、住人がゾンビとなって操られた事だ。
そしてなぜかモルトだけが生き残り、冒険者達へと助けを求めた事だ。
『モルトが直接、操られている事はまずない。
だがそう誘導された可能性は否定できないな。
そしてそんな回りくどい事をするのは……人間だろう』
『例えそうだとしても冒険者達をモルトが説得できるとは思えないわ。
……狙いは私達だった、とか?』
シャルが危惧していたのはこの事だった。
『無いとは言い切れないが……』
『それに人間が虫を操れるのかどうか。
従魔や使い魔として使役していたと考えれば……不可能では無いわね』
仮定に仮定を重ねているが確実な事もある。
『死体とはいえ、人間を操れるモンスター。
……しかも大量に。
並のモンスターでは無いな』
これはまた仮定に戻るが同時に大型の虫を大量に誘導した可能性もある。
……その力は迷宮のボス並と言えるだろう。
その強さのモンスターだと魔術師が束になっても敵わない。
『まぁ、面倒事は全てメガネに押し付けよう』
『そうね。
それに……いろいろ話す事もあるからね』
メガネに危機が迫っていた。
……どうでも良いか。
それにまだ一番の問題、モルトが残っていた。
「モルトは……どうするのが良いのか、分からないな」
「このままでは壊れてしまうわ。
……体も、心もね」
今はシャルが力尽くで押さえつけている様な状態だ。
「放して! 私だけでも、助けに行くの!」
だからと言ってずっと押さえつける訳にもいかない。
「私は……私は! 助ける!」
モルトは食事も碌に取らない。
早急に何か手を打たなければいけなかった。
シャルは諦めずに何度もモルトを説得する。
「町の人達は死んだわ。もう助からない」
シャルはハッキリと静かに事実を言う。
モルトが信じたくない、理解したくない事実を。
「違う!
町の人達は生きてる!
お父さんもお母さんも!
だって動いてたもの!」
「もう止まった。死んでしまったのよ」
「嘘! 嘘! 嘘! 皆は生きてる!」
「モルトも見たでしょう?
あの状態を生きているとは言わない!」
モルトは押し黙る。
本当はきっと分かっているからだ。
「人には出来る事と出来ない事があるの。
過去を変える事は出来ない。
でも未来は変えられる」
モルトはじっとシャルの話を聞いていた。
「町の住人で生き残ったのはモルトだけ。
……死んだ町の住人を覚えているのはモルト、貴方だけよ。
貴方が死んだ時、本当に町の皆が死んでしまうの」
町の住人は死んでしまった。
でもモルトの中で生きている、そう言う事だろうか。
そしてモルトがするべき事は生きる事、それが町の住人の為になるのかもしれない。
「モルトが生きる事が皆を助ける事、生かす事になる。
……取り敢えず、ご飯を食べましょう?」
「……うん」
モルトはシャルが手渡した食事を大人しく食べ始めた。
その目には涙が浮かんでいた。
これが正しい状態なのだろう。
こんな少女が今まで泣かずにいた事がおかしいのだ。
「好き嫌いせずちゃんと全部食べるんだぞ!」
「ファーストが言える事かしら……」
「俺は嫌いな物は食べない主義だ。
だがそうでない物は食べられない物でも食べるぞ!
……それはちょっと違うか?」
「……ドラゴンなら人間でも食べちゃいそう!」
モルトは冗談を言えるほど元気も出て来たのだろうか。
……冗談になっていないのは困った所だが。
◇◇◇
王都へ帰るまでの道中、モルトは回復しているように思えた。
食事もきちんと取るし、暴れる事も無い。
一人で歩く事も出来るが、時折悲しげな表情を見せるのはまだ仕方のない事だろう。
一時はどうなる事かと思ったが、何とかやっていけそうだ。
だが問題と言う奴は一つ解決するとまた一つ出てくる物なのかもしれない。
王都はモンスターで溢れかえっていた。
それは人間よりも大きい大型の虫だ。
だが先日冒険者達が誘い込み、軍が討伐を行う物とはまた別だった。
そのモンスター、大型の虫は空を飛んでいる。
対応が難しい飛行系モンスターだった。
「なんでこう俺達が留守の時にこう何度も問題が起きるんだよ!」
「文句は後! お店に急ぐわよ!」
飛行系モンスターは主に王城周辺を飛んでいるようだ。
その他の地区にはそれほど多くはモンスターは来ていない。
狙いは王城と言う事だろうか。
お店に行くと丁度、女将さんと料理長が外へと出て来ていた。
……危ないから。
そしてそこにはカーグがいた。
「た、助けてー!」
大型の虫に追われながら。
逃げ遅れたのか、逃げる場所が無かったのかは分からない。
カーグを助ける為に二人はお店から出て来たようだ。
しかし間に合わない。
料理長が女将さんとカーグを守るように虫の前に立ちはだかった。
大型の虫が料理長を襲う瞬間、シャルの声が辺りに響く。
「伏せて!」
シャルは言葉と同時に銃を撃っていた。
あまり見せたくないが、緊急事態なのだから仕方ない。
だが銃では虫の堅い皮膚を破る事は出来ない。
尚も料理長達を虫は襲おうとする。
「アイスウォール!」
シャルは魔術まで見せていた。
これまた仕方のない事だ。
「シャルちゃん、戻っていたのかい?
って、どうしてこんな物騒な事出来るんだよ!」
「これは……魔術……」
「シャルお姉ちゃん、すげー!」
女将さんも料理長もカーグもみんなが驚いていた。
ついでにお店の中から様子を見ていた獣人族の姉妹や常連の客達も驚いている。
だが安心するのはまだ早かった。
虫がシャルの魔術すら突破しようとしていたのだ。
氷の壁に幾つもひびが入り、そして……すぐに破壊される。
みんながシャルの力に驚いているせいで対応が遅れていた。
……俺以外はだけどな。
だが幼生の体では大型の虫は止められない。
俺は成体の姿へと変態していた。
先程よりも大きな驚きが知り合い達に訪れていた。
「大丈夫か? 怪我は無いよな?」
俺は料理長達に声を掛ける。
「ファースト、なのかい?」
「……驚きだ」
「ファーストもすげー!」
もう隠す事は不可能だろう。
これもまた仕方のないこ……。
「何勝手に姿を晒してんのよ!」
シャルさん、自分も晒しておいてこれは酷い。
「でもこれで何も遠慮する事は無いわね」
ちなみに大型の虫はシャルの刀によってバラバラにされている。
俺が成体へ変態する必要は……無かったのかもしれない。
「女将さん達、話は後でします。
今はお店から出てこないで下さい!」
「あ、ああ、分かったよ!」
「それと、この子も一緒にお店で匿って下さい。
モルトって言います。
これも後で事情を説明します」
「わ、分かったよ!」
シャルは手短に説明し、俺へと向き直った。
「さぁ、久しぶりの魔石狩りね!」
「そこはモンスターから皆を守る、とかにしとこうよ……」
今この瞬間も飛行系モンスター、大型の虫に王都は襲われていた。
飛行系を相手にするには、やはり空へ上がるべきだろう。
俺は背にシャルを乗せ、空へと舞い上がった。
◇◇◇
戦闘は王都の彼方此方で行われていた。
特に王城周辺はモンスターが多く危険だった。
そしてどこも同じ事が言えた。
空に有効な攻撃手段は少ない。
国の兵士ですら剣や槍、弓しか持っていない。
……防戦一方と言う事だった。
「この混戦ではファーストの威圧も効果が薄そうね」
「だな。一体一体倒していくしかないな」
大型の虫との空中戦。
シャルの魔術、アイスアローで倒していく。
まずは目や口の中などの急所を狙う。
狙えない時はアイスランスで体を貫く。
それでも駄目なら接近戦からの刀での一撃だった。
シャルの刀はマジックアイテムだ。
どんな物でも斬る事が出来る刀。
通常マジックアイテムは魔石から魔力を補給しなければ使用出来ない。
だがこの刀は斬った物から魔力を吸収し、切れ味を良くする事が出来る。
斬れば斬るほど強くなり、魔石の補給も必要ない。
そしてモンスターの頂点すら斬れる事から通称……ドラゴンスレイヤー。
お願いだから刃をこっちに向けないでね。
「数が多すぎるわ!
比較的モンスターの数が少ない所でこれなんて嫌になっちゃう!」
「俺も少しは炎で焼き尽くしているけど……厳しいな」
俺は魔石の回収もしながらなのであまり攻撃は出来ずにいた。
それでもかなりの数を倒しているのだが、倒しても倒してもきりが無い。
「ファースト、一気に焼き払っちゃいなさい!」
「そうするか!
……いや、その必要は無くなったかも」
ここ一般地区では無く、もっと離れた場所。
王城周辺でそれは展開されていた。
ドラゴンの感覚を持ってすれば……結構ギリギリだったけど感知出来た。
城をぐるっと取り囲む城壁にそれは配備されていた。
魔力砲。
大量の魔石と引き換えに強力な破壊力を発揮する兵器だ。
そして今回は更に発展形になるのだろうか。
いや改良型と言った方が良いか。
だが改良されたのは魔力砲自体では無く、その弾が改良されていた。
城壁にはまだ若い、その弾の発案者でシャルと同世代の者が攻撃の合図を下していた。
……あいつがこんな目立つ事をするとは変わったもんだな。
一斉に魔力砲が空の飛行系モンスターへと放たれる。
だがモンスターの動きは素早く、弾は回避されてしまった。
しかし……弾は命中した。
そしてモンスターは無残な姿で地面へと落ちていく。
それは誘導弾だった。
モンスターだけを感知し、追尾する効果がある。
最近開発された対モンスター用の兵器だ。
そこからは一気に形勢が逆転していた。
今まで耐えるだけだった兵士達も攻撃の手段を得て士気が高まっている。
……シャルの士気も高まっている。
「王城周辺に行くわよ!」
「……誘導弾に狙われるんですが」
「魔石回収の為よ。当たらない様に飛んでね」
どうしろって言うんだよ!
本当にしんどいわ。
仕方ない……地面すれすれの低空飛行で行くか。
◇◇◇
飛行系モンスターによる王都襲撃。
結果だけ見れば被害は軽微だった。
またその被害のほとんどは王城周辺と軍の兵士達だった。
一般人、平民の被害は驚くほど少なかった。
兵士達は一般地区まで手が回っていなかったのにだ。
迷宮から溢れ出たモンスターの対応に軍の兵士のほとんどが向かっていた。
その為、王都にはあまり兵士が居なかったのだ。
飛行系モンスターは討伐され、王都へ平穏が戻っていた。
俺とシャルは魔石の回収を終え、お店へと戻る。
だがそこにはまだモンスターが残っていた。
軍の兵士と思われる者達がモンスターを取り囲む。
「動くな! 大人しく投降しろ!」
そのモンスターとは……俺だ。
「貴様がモンスターの親玉か!
しかも女を人質に取るとは!」
すんごい勘違いです。
「待ちな!
そのドラゴンは私達を助けてくれたんだよ!」
女将さんが兵士と俺の間に立ってくれた。
それに続き、知り合い達も俺を守るように取り囲む。
最後にシャルが兵士の前に歩み出て行った。
「誤解よ。
このドラゴンは私の使い魔。
投降する理由が無いわ」
「ええい、黙れ黙れ!
まずは拘束してから話を聞いてやる!」
ああ、またか。
以前にもこういう事があったような気がするな。
「少し待ちたまえ。
そこのドラゴンと女性は私の方で預かる」
遅れて見知ったメガネがこの場に現れる。
……今頃何をしに来たのか。
俺は正直、このメガネを全く信用していない。
暗殺まがいの盗賊退治。
スラムでの火事騒ぎ。
迷宮から溢れたモンスターの囮。
どれもこれも汚れ役だ。
今度はモンスターを操り、王都を襲撃したのは俺達だ、とでも言うつもりだろうか。
そうすれば今後、民の対応はやりやすくなるはずだ。
……俺は悪い事ばかり考えてしまっていた。
「こ、これは騎士団のメ……アイゼン様!」
この兵士、絶対メガネって言おうとしたぞ。
「この者は騎士団に所属している。
ドラゴンを見れば分かるだろうが……騎士団長、縁の者だ。
あまり深く詮索せずにこの場は私に任せて欲しい」
「わ、分かりました!」
俺の不安とは違い全くの別の対応になりそうだ。
「……黙っていて御免なさい。
事情を話すのはもうしばらく後になるかもしれないけれど、必ず話します。
それまでモルトの事をお願いします」
「ああ、分かったよ! 必ず帰っておいで!」
女将さんはいつも通りの言葉を掛けてくれた。
「ファースト君、いつもの姿に戻ってくれないか?
このままでは目立ち過ぎる」
「メガネの言う事なんか聞くわけ……」
「ファースト、戻って」
「はひ!」
俺はどもりながらもいつもの幼生の姿へと戻る。
「……王城へ向かう。
いろいろ話すべき事がある」
「私達も話す事があるから丁度良いわね」
俺とシャルはメガネに連れられて王城へと向かう。
一端収まったとは言え、次の対応は考えておくべきだ。
それがモンスターに対する物かどうかは……分からない。
モーン
性格は人見知りで引っ込み思案……だった
趣味はマジックアイテム作り
シャルの同級生で現在は軍の開発部門の様な物に所属
今でも学園へとマジックアイテム作りの参考の為に通っている
しかし本来の目的は少し違うようだ
シャルに爆発石を流している犯人だが、もしかしたら被害者なのかもしれない